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Prism Hearts  作者: 霧原真
第九章
108/222

森忍者発生注意報

「とりあえず、俺はどうすればいいんだろうなぁ……」

おじさんとの通話を終えて、自分の今現在置かれている状況が思ったよりも大変なものなのではないか、と思い至るわけなのだが、しかしだからといってなにができるというわけでもないなぁ、ということにも気づいてしまったのだった。いや、そもそも、俺の置かれている状況っていうのは、本当に大変なのだろうか。すべては俺の想像でしかなく、もしかしたら俺はただ一人で焦っているだけなのかもしれない。

「あ~、俺に何ができるっていうんだ……」

おじさんと電話をして分かったことは、彼女――三枝弓子の存在は庄司の家の差し金ではないということと、彼女のバックには日本という国の単位で見ても大きな存在が付いているらしい、ということだけ。具体的に彼女が何者なのかということや、彼女の思惑がどこにあるのかということや、俺とはどういう関係になる可能性があるのかということまで、何一つとして詳細なところは判然としなかった。

となると、俺が彼女に対して抱いている軽い不安感はどこからくるのだろうか。俺は彼女と会ったこともなければ、見たこともない。それは確かなことで、また彼女も俺と直接の面識はないと言っていた。ということは、俺と彼女には何のつながりもないではないか。どうして彼女は俺に執着を持っているというのだろうか。

もしかして、三木の財産が狙い? もしそうだとしたら、俺のことを誘拐したりしておじさんたちに身代金を要求したりするのだろうか。本当にそうだとしたら、俺はこんなところにいるべきではないし、さっさと逃げ出して安全なところに隠れるべきなのかもしれない。

「…、いや、誘拐なんて、ないか」

可能性として誘拐があり得るにしろあり得ないにしろ、どちらにしても俺が置かれている状況は、それがどのような性質のものかは定かではないが、ある程度以上に面倒なものに違いない。面倒なものからは、可能ならば逃げてしまいたい。

しかし、みんなで旅行に来ている以上、俺一人でみんなを置いてこの場から逃げ出してしまうわけにはいかない。そうすれば必ず姐さんあたりから事情の説明を要求されるわけで、今、俺が置かれている状況を事細かに解説しなくてはいけないだろう。そしてその理由が、よく分からないけど面倒そうだから逃げる、などという全く意味の分からないものであるならば、姐さんが納得などしてくれるはずがないのである。

というか、旅行初日から俺が帰るなんて言い出したら、それこそ面倒なことになってしまうではないか。もしかしたら霧子とか志穂とかも帰ると言い出すかもしれないし、姐さんからは冷たい目で見られることだろう。メイは、どういう反応をするか分からないが、だが休み明けに顔を合わせづらいのは間違いない。

それは、ちょっとイヤだ。

「っていうか、何にも分かってないんだから、どうのこうのってジタバタする方がおかしいのかなぁ……。こういうときどうやって対処するのがスマートなんだろう……。年上の女の人をどうやって扱うのが正しいかなんて、俺は知らないぞ……」

『三木様、お部屋に入らせていただいても、よろしいでしょうか……? お連れ様が、いらしていますが……』

「あっ、はい。開いてるんで、入ってください」

『それでは、失礼いたします』

「幸久君、おじゃまします」

「あっ、ゆっきぃ、いた~! ゆっきぃゆっきぃ~!」

「…、なんか、騒がしいのがいっしょだな、霧子。いつの間に戻ってきたんだ、こいつ。ついさっきまでどっかに走って行ってていなかったじゃねぇか」

「えと、しぃちゃんは、さっき戻ってきたよ。戻ってきたばっかりなの」

「あのねあのね! もりがあったの! それでねそれでね! かわ! おさかな! ザバザバって! ザバ~ンって!」

「何が言いたいのかまったく伝わってこないな。森があって、川があったのか? 川なんてあったのか」

「あとたき! みず、いっぱい! いっぱいおちてきて! たき! すごい!」

「そうか、すごかったか。すごかったってことはよく伝わってくる。だからとりあえず、いいから落ち着け。ほれ、水を飲め」

「おみず、のんだ! かわで!」

「川で飲んだの!? 魚がいっぱいいてテンションあがったのは分からんでもないけど、水まで飲んだの!?」

「おいしかったよ! ゆっきぃもあとで!」

「飲まない。俺は飲まない。お前はこのコップの水を飲んで、とりあえず落ち着きなさい。話は聞いてやるから、あんまり大きな声で騒ぐな」

「うん! んくんく……、おいしい!」

「そうか、それはよかった」

どこかに走って行ってしまったから二時間くらいは帰ってこないだろう、と思っていた志穂だったが、俺の予想に反してすぐに戻ってきたらしかった。まぁ、言っているように森に分け入ったら川があって、そこに魚がいっぱいいたからテンションがあがって、そのことを報告するために戻ってきたんだろうから、別に志穂の冒険自体が終わった、というわけではないんだろうが。

それに、森の中に大きな川があるのは、山があって滝があって湖があるこの土地の地形なら当然のことで、山からでた水が滝と川を通って湖まで流れているという、ごく一般的な構図である。

「で、お前は今までいったいどこに行ってたんだ。別に心配はしてなかったけど」

「んとね、もりのなか!」

「なるほど、この旅館の裏の、森みたいになってるところってことだな。なにか面白いものでもあったか?」

「えっとね~、き!」

「木か…、木の、どのへんが面白かった? ちょっと、それは俺には難しい感性だから、教えてくれると助かる」

「きはね、しゅっ! としてるとこがおもしろいよ!」

「シュッとしてるとこ…、か……。それは、俺たちの住んでる町の木とは違うのか? 俺から見ると、大して違わないように見えるんだが、お前には違うように見えてるのか?」

「きは、きだよ!」

「だよな。そうだよな、やっぱり」

「あとね、へんなひとがいたよ。へんなひと」

「変な人? もしかして不審者か? どんな人だった?」

「えっとね~…、にんじゃ?」

「…、忍者、いたのか……?」

忍者なんて、今のご時世に存在しているはずがない。おそらく、それは志穂が忍者と思っただけで、実際は忍者とは違う何かなんじゃないかと思う。というか、忍者というのは基本的に誰か偉い人だったり金持ちだったりのの下に着いている隠密なわけだし、そんな易々と見つけられるものではあるまい。

まぁ、志穂の直感にかかればそういうものまで見つけちゃったりするのかもしれないけど、でも忍者はないって。きっとそれっぽい木の枝があったんだよ。幽霊の、正体見たり、枯れ尾花だよ。

「うん、いた。にんじゃがね、シュシュッ! てしてた」

「どうして、それが忍者だって分かったんだ? なんか、そんな感じがした、みたいな? もしかして、木の上にいたから、とか?」

シュシュってしてるってことは、もしかして実際に動いてたのか? となるともしかしたら本当に不審者がいたのかもしれない。う~ん…、不審者を発見したんなら退治してくれればよかったのに。まぁ、志穂にとっさにそういう対応をすることを期待するのは間違ってるのかもしれないけどな。

志穂はそもそもからして異次元的な強さを持ってるんだけど、戦うこと自体は指示されないとしない。いや、出来ないのかもしれない。道場の先生に、不用意に戦ってはいけない! とか言われてるのかもしれない。そうだよな、やっぱり危なすぎるもんな、こいつは。うっかり手が滑っただけで人とか破壊できそうだもんな。

「まっくろなふくでね、まっくろなのかぶっててね、こしにけんがついてた」

「クラシックタイプ!? クラシックタイプ忍者!? そんな忍者が、この情報化社会で生きてるっていうの!? ここはどこの幻想戦国絵巻なの!?」

「しゅりけん、みせてくれた~」

「…、投げられたんじゃなくて? 姿を見られてしまったからには殺さねば、的なあれでは?」

「ちがうよ~。おしゃべりしてたらみせてくれたんだよ~。いろいろもっててすごかったよ!」

「なんで忍者と談笑してるんだよ。しかも得物を見せてくれるなんて、どんだけ打ち解けてるんだよ。っていうか、その忍者、全然警戒心とかないのな」

「おちゃのんでおやすみしてたから、あたしもまぜてもらったの。おちゃものませてくれたし、すっごくいいひと! …、いいにんじゃ!」

「そうか、いい忍者だったのか……。でもその忍者、休憩とか何とか言ってても、けっきょくサボってるだけなんじゃね? やっぱり休憩なら、もっと人に見つからないところでするだろ。まぁ、裏の森だって、普通に考えたら誰も来ない場所なんだろうけどさ」

「え~、せんりがんのじゅつでみはってるからへいきだっていってたよ? 1キロくらいさきなら、ぜんぜんみえちゃうんだって、すごいよね~。」

「千里眼の術って、なんやねん……。っていうか、知らない人からモノをもらっちゃダメっていつも言ってるでしょ! 相手は忍者なんだから、毒を盛るくらい平気でやってくるんだぞ! 毒なんて盛られたら、いくらお前でも死んじゃうんだからな!」

「え~、でもあたしにどくはきかないって、ししょ~が」

「毒が効かない人間なんているわけないでしょ! 毒飲んだら、死ぬの! みんな死ぬんだよ!」

「でも、いつもちょっとずつのんでると『たいせ~』っていうのができてきかなくなるんだって、ししょ~がいってた」

「お前の通ってる道場…、毒の耐性とかつけさせられてるのか……? そこ、通ってて大丈夫なのか……? お前はどこの特殊部隊に放り込まれる予定なんだ……? いや、それこそ忍者だろ。もしかしてお前、忍者になる修行とかしてるのか……?」

「にんじゃはもりにいたよ?」

「そうか…、っていうことはやっぱり特殊部隊送りか……。くっ…、戦場は過酷かもしれないけど、死ぬなよ、志穂……!」

「うん! あたし、がんばるよ!」

「で、だ。その忍者は、今はどうしてる?」

「? もりにいるよ?」

「だから、森で、何してるんだって話だよ。森にいるのは、お前の話聞いてれば分かるんだよ。何してるって言ってた? それとも、それはやっぱり教えてくれなかったか?」

まぁ、いくら志穂と打ち解けたからと言って、忍者が自分の任務の内容を漏らすとは思えないがな。現代まで生き残っている貴重なエンシェント忍者だ、きっと任務の失敗は死をもって償いまするっ!! みたいな性質の人に違いない。

っていうか、与えられた任務の内容みたいな貴重な情報を、易々と漏らすようでは忍者として失格のような気がする。そう、情報は忍者にとって何よりも大事なものに違いないんだ、たぶん。

「えっとね~、なんか、おじょ~さまがピンチにならないかみはってるんだって~。おじょーさまってだれかなぁ、もしかして、しってるひとかな?」

「いや、たぶん知らない人だと思うけどな。っていうか、今この旅館にどこぞのお嬢様が泊まってるのか…、どこの部屋に泊まってるか分かったらちょっと見に行きたいな……」

忍者を引き連れたお嬢様となると、きっと家が大金持ちで、常に豪奢な和服を身にまとっていて、控えめな性格で、腰まである黒髪ロングの大和撫子に違いあるまい。うん、きっとそうだ、そうに違いない。ドレスみたいな服を着ていて、高飛車そうな感じで、金髪ドリルの西洋風お嬢様は、きっとこういうとこ来ないし、そうに違いない。

「…、いや、別にいいか、見に行かなくて……。お嬢様はいないけど、俺にはいっしょにきた女の子がいっぱいいるし。霧子のことも、忘れちゃダメだよな?」

「ぅ、うん、あたしも、ここにいるよ、幸久君」

「あたしもあたしも! ゆっきぃ、あたしもいるよ!」

「分かってるって。きっとそのお嬢様っていうのも、霧子よりかわいいなんてことはないから、心配ないな。…、そういえば、霧子はどうしてここに来たんだ? いや、別に用がないと来ちゃダメってわけじゃないだけどさ」

「そ、そうだった。あのね、りこちゃんが、しぃちゃんも帰ってきたし、一回外に出ないかって」

「そう、だな。ちょっと外出るのもいいかもな。よし、じゃあちょっと外行ってみるか。準備したらそっちの部屋に行くから、先に戻っててくれ」

「うん、わかったよ。しぃちゃん、先にもどろ」

「は~い、ゆっきぃ、また後でね~」

「お~、いい子で待ってろよ。五分もしないで行くからな~」

「は~い! まってる~!」

そして、いきなりやってきて嵐のように騒がしさだけをもたらした志穂が霧子とつれだって部屋へと帰っていくのを見送った俺は、とりあえず出掛けられる軽めの服に着替えるべく自分の荷物へと手をかけるのだった。

「三木様、お出かけをなさるのですか?」

「はい、ちょっと、街の方に出てきます。軽く見て回るだけなんで、そんなに遅くはならないと思いますよ。まぁ、連れに異常に元気なのがいるんで、きっと帰ってきた後にもう一回出掛けることになると思いますけど」

「そうですか。それではどうぞごゆっくりなさってらしてください。私は、お部屋とお荷物の整理をさせていただこうと思いますが、そうさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「荷物の整理なんて、しないでいいですよ。手間でしょうし」

「いえ、三木様の御迷惑でなければ、ぜひやらせていただきたく存じます。ご迷惑、でしょうか……?」

「…、それじゃあ、お願いします」

「ぁ…、はい! 精いっぱいさせていただきます!」

客の荷物の整理なんて、そんなの部屋付きの仲居としての領分を完全に逸脱している。断ったって別に不自然なことじゃないし、っていうかむしろその方が自然だ。

でも俺は、やっぱりそれを拒むことはしなかった。出来なかった、と言った方がいいかもしれない。

あの目で覗き込まれると、どうしてかお願いを聞いてしまう。まぁ、別に変な術を使ってるとかじゃなくて、俺が女の人の押しに弱いってだけなんだろうけどさ。


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