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Prism Hearts  作者: 霧原真
第九章
105/222

男部屋、女部屋

「こちらが女性様方のお部屋になります。三木様のお部屋は、あちらのもう少々奥になります」

「わぁ…、大きな部屋だね……。こんな部屋に泊まっていいの……?」

「霧子、この部屋、去年取った部屋と大きさ自体はそんなに変わらないからな」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ。まぁ、去年は洋室タイプだったから大きいベッドとかあって本来よりも手狭に見えたかもしれないけど、大きさ自体は同じだ。まぁ、確かに、和室は洋室よりも多少広く感じるかもしれないけどな」

「うん、やっぱり床が広いから、すっごい広く感じるかも。にゅ~…、そう考えると、こんないいお部屋に泊まれるなんてラッキーなんだなぁ……。幸久君、ありがとうございます」

「別にいいって、気にすんなよ。っていうか、交渉してくれたのは広太で、この部屋を用意してくれたのは旅館側なんだから、俺は別に感謝されるようなことはないんだけどな。まぁ、どういう交渉の末にこの部屋を用意してもらう運びになったのか、その経緯はまったく知らないんだけどな」

「にゅ、それだとやっぱり、広太君が来れないのは残念だよね。こんないい部屋をがんばって取ってくれたのに、自分は来れないんだもん。それに、広太君が来たら幸久君もお部屋で一人ぼっちじゃないし、夜も寂しくないのに」

「あぁ、あいつも来れたらいいのにっていうのは、俺もずっと思ってることなんだよな。残念ながら広太は、のっぴきならない事情によって今年も不参加だ。家の用事だから、仕方ないと言えば仕方ないんだけどさ」

「お家の、事情? 庄司のお家の?」

「そう、らしい。なんか、庄司の本家で総会みたいなことがあるんだってさ。俺は今まで一回も連れてってもらったことないからよくわからないんだけどな」

「そういえば幸久君、昔からゴールデンウィークはお留守番ばっかりでつまらないって言ってたね。そんな理由があったんだ、知らなかったなぁ」

「昔から、そうやって留守番するときは霧子ん家で世話になることが多かったよな。美佳ちゃんもいっしょに泊めてもらって、あのときはマジで助かった」

「そうだね、うん、幸久君が泊まりに来るのも、たまにあったよね。そういえば、美佳ちゃんって、どうしたの? ぜんぜん見ないんだけど…、うちの学園にはいないし、やっぱり学校が別になっちゃうとなかなか会えなくなっちゃうってことなのかな……。…、あれ? 美佳ちゃんって今、高校一年生、だよね? 中学は、あたしたちと同じとこ、行ってたんだっけ? 中学校の制服着てるの、そういえば見たことない、かも……?」

「美佳ちゃんは、中学校に行ってないぞ。三年前にメイド修行の旅に出たっきりだ。実は俺も三年くらい見てないんだよな。美佳ちゃん、今はどこで何をしてるんだろうなぁ。いや、メイドしてるんだろうけどさ」

「にゅ、どこ行ったか、分からないの?」

「いや、俺が知らないってだけ。おばさんたちは知ってるんだろうけどさ、俺には教えてくれないんだよ」

「…、いじわる?」

「いじわるでは、たぶんないだろ。俺が美佳ちゃんのこと甘やかすと思ってるんじゃないかなぁ、おばさんは厳しい人だから。それに美佳ちゃんもけっこう俺に甘えちゃうとこあるからさ、こう、俺から隔離することで精神的成長をさせようとしてる、とかじゃないのか? まぁ、さすがに三年も音信不通で所在不明ってなると、俺も心配でたまらなくなってくるんだけどな」

「あたしも、久しぶりに美佳ちゃんに会いたいなぁ。どこで、なにしてるのかなぁ、美佳ちゃん。三年も経ったし、もうすっかり大人になってるのかなぁ……」

「三年経っても、美佳ちゃんは俺たちの一個下であることは変わらないからな、霧子。まぁ、美佳ちゃんは昔から精神的に大人なとこあったから、三年のメイド修行でさらに磨かれて帰ってくるのかもしれないけど」

「そうだね、美佳ちゃん、昔からしっかりしてたから。にゅぅ…、あたしもしっかりしないと」

「大丈夫、霧子もあのころに比べたらずいぶんしっかりしてきたぞ。自信持てって」

「皆様、お茶のご用意ができました。どうぞごゆっくりおくつろぎください」

「あっ、すいません。なんか、やらせちゃって」

「いえ、お茶をご用意するのも大事なおもてなしです。それに私、お茶を入れるのは、得意なんです」

そして俺と霧子が部屋の入り口あたりで昔話に花を咲かせていると、いつの間にかメイは部屋の中で腹ばいにぺたっ、と横になっていて、姐さんは机の周りにあらかじめセットされていた座布団にピシッ、と背筋を伸ばして座っているのだった。さらに三枝さんは、備え付けのポットから茶碗を一度経由したお湯を急須の中に注ぎ、お茶を用意してくれていた。

確か、緑茶の適正抽出温度は80度くらいだったように思うし、あぁすることでお湯の温度をちょうどいいくらいまで下げ、そのついでに茶碗を温めることもできるのだから一石二鳥なのだろう。まぁ、自分でやるときはめんどくさいからどばっと直接急須に入れちゃうんだけどな。いや、そもそも俺が自分でお茶をいれることなんて滅多にないというか、大抵の場合は広太が入れちゃうからな、仕方ない。

こうして手間暇を惜しまないのが、つまりはおもてなしというものなのだろう。この尽くす心、どことなく広太の動きをほうふつとさせる。なるほど、確かに執事も仲居も、基本的には人に尽くす職業なわけだし、二位通うモノなのかもしれないが。

「三枝さん、案内、ありがとうございます。それでは私たちはこの部屋にいる。三木も、荷物を置いて落ち着いたらこちらに合流してくるといい」

とりあえず、どこかにかっ飛んで行ってしまった志穂は、どうせ放っておいてもじきに勝手に帰ってくるだろうから放置しておくとして、俺たちは部屋に案内してもらって一息つくことにした。ずいぶんと電車に揺られてきたのだ、走り回りたくなってしまった志穂とはまた少し違うだろうが、お茶でも飲んでゆっくりしたくなるのが人情というものだろう。

きっと一息ついたらすぐに遊びにいくんだろうが、それまでの間はのんびり過ごしたいじゃないか。なに、旅行は二泊三日、時間だけはたくさんあるんだから少しくらい無駄遣いしてもいいではないか。こうして時間を無為に、そしてぜいたくに使うことができるのが、こうして旅行にくることの醍醐味でもあるんじゃないか、と俺は思う。

「あぁ、そうすることにする。じゃあ、またあとでこっち来ることにするわ」

「うん、あとでね、幸久君。あっ、しぃちゃん、ここ、分かるかな? 入り口で、待ってた方がいいかな?」

「皆藤様が戻っていらしましたらすぐにこちらまで案内させていただきますので、皆様方はお部屋でごゆっくりなさってらしてください。あと、御用のときはこちらのボタンを押してくださいませ。すぐに私が飛んでいきますので」

「へぇ、そんなナースコールみたいな仕組みになってるんですね。ふつう、内線電話とかで連絡するんじゃないんですか? たしか去年はついてたと思いますけど」

「和室には、内装にそぐわないからと内線電話を設置していないんです。ご不便をおかけしないよう心づくしさせていただきますので、どうかご容赦ください」

「いえ、そんな、容赦なんて、全然ですよ。俺たちのことなんて後回しにしてくれて構いませんから、他のお客さんにサービスしてあげてください」

「どのようなお客様にも最高のおもてなしをさしあげるのが、よい仲居というものです。お客様を差別するなど、あってはならぬことです。それでは、三木様のお部屋へご案内させていただきます。皆様方、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」

「幸久君、またあとでね~」

『来るの待ってる』

「三木、一人部屋だからといってなんでも好き勝手にしていいわけではないからな。弁えるべきところはしっかりとし、他人から見ても恥ずかしくない過ごし方をするんだぞ」

「分かってるって。変なことはしないよ」

「それならばいいんだ」

そうして、俺は三枝さんの後について、もう少しだけ奥の方にあるという自分の部屋に案内してもらうのだった。その部屋は、半世紀ほど前に顔も知らないじいさんが泊まって旅館まるごと買い取る決意をしたという部屋らしいので、楽しみといえば楽しみだったりする。

景色が気に入ったからってそれだけのことをするじいさんがあまりに豪胆なのか、そう思わせてしまうほどに景色が素晴らしいのか、それともあるいは、そんなことをしてしまおうと気軽に思えるほど当時の三木家には金があったのか。どれかは分からないが、しかしまぁ、きっと景色はそれなり以上に素敵なんだろうなぁ。

うん、やっぱり楽しみだ。

「五人でいらしたのに、お部屋はお一人でよろしかったのですか、三木様? せっかくお友だち同士でいらっしゃったのですから、夜もご一緒の方が楽しくてよろしいでしょうに」

「いやぁ、でも女の子四人に男一人ですからねぇ。夜に同じ所で寝るわけにもいかないですよ。ほら、たとえば恋人同士で二人で来て、とかならそうする方がいいかもしれないですけど、やっぱり友だちですから。一線引くところは引かないといけませんよ」

「そう、ですね。それならば夜になる前にたくさんお友だちと過ごしておかなくてはいけませんね。夜は、どうしてもお一人になってしまいますからね」

「まぁ、そうですね。出来るだけ遊べるときに遊んでおかないと、夜に一人なるのはどうしようもないことですから」

「…、よ、夜に、お一人が寂しいならば……」

「えっ? なんですか?」

「夜に、お一人でいらっしゃるのが寂しいならば、…、ゎ、私が、お休みになるまで、ご一緒いたしましょうか……?」

「…、もう一回、言ってもらっても、いいですか?」

「で、ですから、三木様がよろしければ、三木様がお休みになるまでの間、お付き合いいたします」

一度目はあまりにぼそぼそというものだから聞き取れなかったので聞き返し、そして二度目はその言っている内容を瞬字に理解することができなかった故に聞き返してしまった。期せずして、同じことを三度も言わせてしまうことになったわけだが、しかし仕方あるまい、俺にはそれがまるで外国語のように、耳には入っているが頭には入っていかない感じになってしまっていたのだから。

しかも、さらにマズいことに、三度言われてもその言葉があまりピンと来ていなかった。なんだろう、頭の中で歯車がかみ合わない感じというか、脳が理解することを拒んでいる感じというか、なんだかよくわからんが、よくわからん状況になっているぞ。

「そ、そういうサービスを、この旅館ではやってるんです、か……? 一人で泊まって寂しかろうと夜をいっしょにすごしてやろうなんて、男前というかなんというか……」

「当館のサービスでは、ありません……。こ、個人的に、です……」

「へ、部屋付きだからって、そんなことまでしてくれなくても大丈夫ですよ?」

「お、お気になさらないでください。本日の夜は夜勤ではありませんので、時間は空いていますから。も、もちろん、三木様が御迷惑でなければ、ですが……」

「ご迷惑では、確かにありませんけど…、いや、でも、…、いやぁ…、やっぱりダメ、だと思いますよ。なんというか、若い男女が、夜に二人きりになるべきではないと思うんですよ。というか、そうならないために俺は一人部屋なんですから本末転倒というか、よくないと思います」

「そう…、でしょうか……? どうしても、いけませんか……? やはり、ご迷惑、ですか……?」

「いや、迷惑ではない、んですけどね? でも、ほら、やっぱりよくないと思うんですよ、そういうのは」

「そう…、ですよね……。やはり、ご迷惑ですよね……」

「あぁ~! どうして泣きそうになってるんですか!? 俺、女の人に泣かれるのはダメなんですって! な、泣かないでくださいってば!」

「申し訳ございません……。おかしなことを言ってしまって、申し訳ございません……。な、泣きません…、これ以上、三木様にご迷惑を、おかけするわけには……!」

「来てもいいですから! 迷惑じゃありませんから! 泣くのはやめてください! 泣かれると、頭痛が……! 頭痛がしてくるんです! だから、笑って…、笑ってください!!」

「お邪魔しても、よろしいのですか……? お休みになるまで、お話をさせていただいてもよろしいのですか……? 気持ちよくお休みいただけるようにハーブティーをお入れしてもよろしいのですか……?」

「いくらでもサービスしてくれてかまいませんから! これで、涙を拭いてください!」

「…、はいっ!」

この人が、どうしてこんなに俺にサービスしたいのかはまったく分からない。そんなサービス、何の得にもならないし、そもそもする必要があるとはどうしても思えない。それこそ、遠慮されたからといって、泣くほどのことではないだろう。

それならば、どうしてそこまでそれにこだわるというのだろうか。男に対する最終手段である、女の涙という武器まで使って、だ。なんとなく、上手く掌の上で転がされているというか、そういう感じがしてならない。

もしかしたら、この人は本当におばさんの遣わせたエージェントか何かなのかもしれないなぁ、とどうしても邪推してしまう俺が、心の奥にひっそりといるのだった。おばさんがこの旅行に対して、俺の結婚問題についてなんらか策を打っているのではないか、という俺の心配は、現実のものになってしまうというのだろうか。

まぁ、三枝さんの涙に押されて、という形ではあるが、もう来てもいいと言ってしまったのだから後戻りはできないのだがな。

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