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Prism Hearts  作者: 霧原真
第九章
104/222

お部屋まで、ご案内

「さぁ、三木様方、到着いたしました。順に車から降りてくださいませ」

終始安全運転で車に揺られること十数分、特に何の問題もなく俺たちを乗せたミニバンは目的地であるところの旅館へと到着するのだった。

「三枝くん、降りたら皆様のお荷物をお持ちしてね。わたしは車を裏に回してくるから、失礼のないようにご案内を」

「はい、承りました」

「ついた~!!」

そして車が完全に停止しサイドブレーキが引かれた瞬間、助手席に座っていた志穂が扉をバンッ! と開いて一人、俺たちを待たずにどこかへ走って行ってしまった。旅館の入口からは少し外れた方向に行っていたように思うが、あいつはいったいどこに行くつもりなんだろうか。

まぁ、どうせ呼んだら戻ってくるだろうし、少しくらい自由に走らせてやってもいいのかもしれないけど。けっこうな時間を静かに座って過ごすことを強いていたわけだし、そろそろ我慢の限界だったのかもしれない。

志穂は基本的に集団行動が苦手で、みんなとペースを合わせて動くということがあまり得意ではなく、そうしていると何だかうずうずしてくる(志穂談)んだそうだ。おそらく、元気に動きまわっていない、という事実そのものがストレッサーになっているのだろう。

そして、長い間静かに動きを停めていると死んでしまうという、泳ぎ続けなくては死んでしまうというマグロと同じような生態をしているようで、なんというか、元気が有り余っているというのがもっとも適切な表現なのではないかと思われる。

「にゅぅ…、しぃちゃんが……」

「志穂は、まぁ、飽きたら戻ってくるだろ。少し自由に動かせてやろうぜ。あいつはあいつで、いろいろ思うところがあるんだろうからな」

「そうだな。皆藤は、力が余っているからあのようにして発散させなくては暴発するかもしれない。少し走り回るくらいで溜まっている気を散らすことができるのならばそうさせてやればいい」

「姐さん、気っていうのは、あれですか。タオパワーの気ですか。そんな曖昧な概念を、こっそり出してきちゃうんですか」

「皆藤はどうやら、生来的に気の脈が太いらしい。だからこそ、いつも見せているような瞬発的で爆発的な力の発露を行なうことができるんだ。拳法では気を練って全身に回して強化を行なうのは、ある程度以上の強さまで到達してしまえば当然のことだ。皆藤も道場に通っているらしいし、おそらくそこでそのような術を学んでいるのだろう」

「え~、あいつが何かを教わって何かを学ぶなんて信じられないなぁ~」

「まぁ、あるいはもともと気脈が太いとすると、生まれながらに気の巡りがいいのかもしれない。もしそうだとしたら、皆藤は生まれながらにして強い素質を持っていたということになるのだろうが」

「でも、それなら暴発なんてしないんじゃないのか? 俺は詳しいことはなにも分からないんだけどさ、生まれながらのことなら、呼吸をするのと同じでやり方を無意識で捉えてるから失敗なんてしないと思うんだけど」

「そうだな。しかし、それは一定の、本来流れるべき気の量をきちんと保っている場合だけだ。もし何らかの修養によって気の量をその一定量以上に増やしているとしたら、必ずしもその限りではない。そうだな…、常に一定量を排出する貯水槽を想像してくれ。その貯水槽にはコックがついていて、それを捻ることによって排出量を変えることができる。そしてその貯水槽には、常に一定量の水が流入している。さて、流入量と排出量が同じ場合、どうなる?」

「あ~…、入ってくる量と同じだけ常に出ていくんだから、理論的には、状況は時間的変化はしないな」

「そうだ、この入ってくる量というのが気の流通量、出ていく量というのが気脈の太さ、貯水槽が身体だ。皆藤は気脈が太いから、排出量の操作の幅が広い。かなりの量の気を流しても、しっかり排出することができるのだ。しかし、もし無理なやり方をして気の量を爆発的に増やしているとしたら、皆藤の気脈の太さをもってしても排出しきれない量の気が流れ込んでいるかもしれない。となると、気が貯水槽である身体からあふれ出し、暴発することもありえるだろう」

「…、そう言われると、なんだか納得しそうになる。でもその議論は、気っていうよくわからん概念存在を許容することを前提にしているから、黙って受け入れるのは、俺には少し難しいぞ」

「なに、そのように理解して身体操作を行なっている者もいる、というだけだ。三木が無理をしてそのコミュニティに参画する必要もない」

「まぁ、俺は気を練る必要のない平和な世界で生きていくことにするわ。気をもむことはあるかもしれないけど、練ることはきっとない」

「そうだな、闘う必要がない人間が、無理に手を出す必要もあるまい」

「ところで、姐さんは気を練れるのかい?」

「あぁ、多少だがな。私はそういった才能に乏しいらしく、気の流通量そのものがかなり少ないんだそうだ。皆藤とは、対照的だ」

「大丈夫、姐さんは努力の天才だよ」

「ははっ、そうだといいんだがな。まぁ、闘いというモノは、往々にして才能が全てというわけではない。気脈の太さがそのまま強さを示しているわけではないからな。逆に、努力するものがその努力の分だけきっかり強くなれる、というものでもないのだが」

「ゲームじゃないからな、戦闘して経験値を稼いでレベルを上げて、で強くなれるわけじゃない」

「そういうわけだ。ということだから、皆藤は定期的に気を発散させなくてはいけないということだな」

「俺にはその感じ、あんまりよくわからないけどな。まぁいいや、とりあえず荷物を……」

「三木様、こちらへどうぞ」

「三枝さん、あの、別に全部を一人で持たなくても、いいんですよ……? 俺も、自分のくらいは自分で持ちますし……」

車から降りて、よく分からん気の話なんかをしながら軽く伸びをしたりしていた俺たちだったが、さて荷物でもトランクから取り出すか、と思って振り向くと、そこにはすでに五人分の荷物を持った――一番デカい志穂の荷物を背負い、右肩に姐さんのボストンバック、左肩にメイのリュックとポーチと手提げを担ぎ、二本の手で俺と霧子のキャリーケースを転がしている――三枝さんの姿があった。いくらなんでも荷物を持ちすぎというかなんというか、重そうですね、というのもはばかられるほどの量が積載されている。

というか、いつの間にこんなに荷物を抱えていたのだろうか。一声かけてくれれば俺だって、荷物持ちの手伝いをしてくれるように他の仲居さんを呼びにいくくらいはするぞ。いくらこの人が仲居さんで、これが仕事だとしても、無理のしすぎと言わざるを得ない。

「いえ、お気になさらないでください。これくらいでしたら、言うほどの量ではありませんので」

「五人分の荷物は、普通に考えて重いと思いますよ……?」

「大丈夫です、さぁ、あちらへどうぞ」

「だ…、大丈夫というならば…、よ、よろしくお願いします……」

「ゆ、幸久君…、お手伝いしないで、いいの……?」

「ぃ…、いいんだ。仕事っていうのは、基本的に誇りを持ってしているもの。ここで、客である俺たちが、仲居さんの手伝いなんてしようものなら、それはこの人の誇りを汚すことになるし、それ以上に、俺たちが単に善意で手伝ったとしても他の仲居さんは三枝さんが客に荷物を運ばせていると思うかもしれない。そうしたら、俺たちのせいでこの人に不当な評価がされるかもしれない。そうなる可能性を考えたら、手伝っちゃダメなんだ」

「で、でも……、あんなに持ったら、重いよ……?」

「三枝さんは、力持ちなんだ! ほんとに無理だったら、他の仲居さんに助けを求める! 俺たちは、手伝っちゃダメなの!」

この、人の仕事を奪っちゃダメという考え方は、おばさんに叩きこまれた考え方である。庄司の家の人々は俺の執事であり、メイドであり、俺に従属する立場の人間である、とおばさんは頑なに主張する。従属する者の仕事というのは、基本的に主の身の回りの世話であり、それをすることによって自らの存在意義を確立している、らしい。

それに、従属する者がいかに評価されるかといえば、もちろん自らの仕事をどれだけ有能に為しているかということに他ならない。たとえば、俺は広太が非常に有能な人間で、どれだけ的確に仕事をしていて、俺の生活上の不便をどれだけ確実に取り去ってくれているか、ということを知っていて、もちろん、十分すぎるほどに評価している。しかし人間というものはお互い完全に通じ合うことの出来ない生物である。

もし俺が広太の代わりに家の掃除をしてしまったら、どうなるだろうか。広太は、俺から自分のしている仕事について信頼を得られていないと思いこむに違いない。さらに、それをおばさんに見られでもしたら、広太が主である俺に掃除を押しつけてのうのうとサボっていると思われるかもしれない。

俺のちょっとした気まぐれが、それだけの波及効果をもたらす可能性を持っているのだ、行動に慎重を期する気にもなろうというものだ。

そして今回、仲居さんの仕事を手伝うことは、それが純然たる善意から出た行為であっても、結果的にこの人に迷惑をかけてしまうかもしれないのだ。今この瞬間、確かに人助けをしたいい気分に浸れるかもしれないが、その先で起こり得ることについても思案を至らせる必要があるのだ。

旅館にやってきた客というのは、旅館側から提供されるサービスをのんびりと受け入れる義務があるのだ。それを手伝おうなどとは考えず、ありがとうと言って受動態でいることが求められるのである。

「手伝うよりも、さっさと部屋まで案内されて荷物を降ろさせてあげよう。その方が、三枝さんのためだ」

「にゅ…、にゅん……」

「三木、天方、そんなところで立ち止まってどうした。早く案内してもらうぞ」

「お、おう! 今行く!」

「あ、あたしも!」

仕事を奪うことをしてはいけないと言われているが、しかし仕事をしやすいように手助けをするくらいはしてもいいだろう。俺だって、滅多に行かないが、ファミレスに飯を食いに行ったときは、食べ終わった後の皿をまとめて置いて下げやすいようにするくらいの気遣いはする。まぁ、おばさんはそれすらもするなと言うんだろうが。

『おっきい旅館。すごい』

そしてそんな俺達は置いておいて、メイが変わらずケイタイの画面を使って、三枝さんとおしゃべりをしているようだった。三枝さんは三枝さんで適応力があるようで、その状況にさしたる疑問も抱いてはいないようである。

「当館は、もともとはこれほどまでに大きな宿ではありませんでした。ですが今から52年前、当時帝大に通っていらっしゃったという三木様が――今の三木様から見ると、おじい様にあたられる方ですが――偶然当館にご宿泊くださり、お部屋からの眺めをいたくお気に入りになられたらしく、当館を丸ごとお買い上げになったんだそうです。そしてその後、ご自分が宿泊するに足る宿にするため私財を投げ打ちここまでの増改築をなさったのだとか。その証拠に、今でも当館のオーナーは三木様のお名前をお借りしている次第です」

「へぇ、そうだったんですか、知らなかった」

「本日ご用意させていただいた部屋は、当時三木様がお泊りになられた部屋と同じ位置にあります。眺めも変わっておりませんので、おじい様が気に入られた景色もご覧いただけますよ」

「それは楽しみですね。じいさんが気に入った、大金を放るだけの価値がある景色っていうのがどんなものか、見てみたい」

「とてもすばらしいものです。きっと、三木様も気に入られることでしょう」

「っていうか、三木の家がオーナーなんですか、この旅館。そんなこと、俺は何にも聞いてないんだけどなぁ……」

「えぇ、間違いございません。代が変わられても所有権が失われることはありませんので、オーナーのお名前は三木幸久様になっております」

「そうか…、これ、俺のだったのか……。そんなこと急に言われても、全然実感ないなぁ……。あっ、もしかして、経営面とかに口出した方がいいの? 俺、そういうこと全然分からないんだけど」

「いえ、そのようなお手間はかけません。ただ、当館にはいついかなる時に三木様がいらっしゃってもいいように、常に一部屋、最高の部屋を空けてお待ちしておりますので、よろしければそのことだけでも覚えておいていただければ、それでオーナー様の義務は果たされるかと思われます」

「そんなことしないでいいから、その部屋も普通の客に開放しちゃっていいよ。もしも来るときは、今回みたいに普通に予約して、金払って来させてもらいますから」

「そんな、まさか、三木様からお金などいただけません。最高の接待をサービスさせていただくことが、三木様へのご恩返しであると、先代さまがおっしゃっていたそうですので、どのようなことでもなんなりとお申し付けくださいませ」

「え? でも、ここって先払いで、もう金は払ってあるって、広太が……」

「お勘定は、お客様がご出発なさる直前にさせていただいておりますが……? 半分ほどを先払いでいただくこともございますが、全額を先払いでいただくということは、ないはずです」

「…、あいつ、俺にウソ吐きやがったな……。帰ったら、お仕置き決定だ……!」

「三木様…、どうかなさいましたか……?」

「あっ、いえ、なんでも」

どうせ広太のことだから、こんな立派なところに、しかもよくわからん理由によってただで泊まるなんてことになったら俺の神経がもたないとでも思ったんだろう。よく分かってる、というしかないが、でもだからといってウソを吐いてまで隠すほどのことではないだろう。変な気を回し過ぎるのは、いかに主と執事の間柄といっても、やはりあまりよくないと思う。

確かにこんないいところにただで泊まるなんて心苦しいが、でも向こうがどうしてもというのだ、もらってあげるのが心意気というものではないか。心苦しくても、もらってあげるのだ、がんばれ、俺。

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