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Prism Hearts  作者: 霧原真
第一章
10/222

試食・評価・いただきます

そして数分の後、俺の座っているテーブルに五つの玉子焼きが並べられた。

時計はまだ昼休みの中ごろを指しているが、調理室にはちらほらとクラスメイト達の姿も見え始めた。他の班でも昼休みから作業を始めようというところがあるのだろう。それは俺たち自身がそうしていることからも、おかしなことではないことが分かる。

しかし俺たちがしているようなことは、どこの班でも行なわれていないように思う。他の班では、班内での話し合いを既に済ませているのか、入ってくるや否やてきぱきと実習自体の準備を進めているようだった。

もしかして、それなりにできるやつらが集まった班なのだろうか。みんな準備の手際もいいようだ。確かあれは、茅場と北本と真田と、えっと、佐原だったか。いいなぁ、俺もあそこに入っちゃえば、楽な実習なるんだろうなぁ。

しかし、そんな現実逃避をしている場合ではない。俺は目の前に並べられた、この五つの卵焼きと向き合っていかなければならないのだ。

「それじゃあ、いただきますか」

しかし、どれもなかなかに味のある外見をしているようだ。まぁ、問題は形ではなく、結局は味なわけだ。味さえまともなら、形が多少微妙だとしてもこの場合は問題ないといえるだろう。逆に、形はよくても味がヤバい場合は、やはりヤバいという判断を下さないわけにはいかないのだ。

「ど、どれからに、しようかなぁ……」

それは、あまり嬉々として行なわれる選択ではない。俺はこれから、自分自身のものを含めて五つの卵焼きを、少なくとも一口ずつ食うわけなのだが、どの順番で食べ進めていくか、ということは意外と重要な選択なのかもしれない。

最初に美味しいものを食べてしまえば、後から食べるそんなに美味くないものの感想が過小評価されてしまう。逆に最初にヤバいのを食べてしまったならば、後の普通のものが過大評価されることになりかねない。

客観的で安定した評価が求められる今、どの順番で食べていくか、ということはとても大切な要素なのだ。一般的に考えれば。

しかしそんなことに気を配っていられるほど、今の俺の状況は悠長なものではない。そんなことよりも、どうやって食べて行くのが一番ダメージを少なく済ませることができるか、ということを考えるべきなのだ。

とりあえず、不安要素を二つ続けるのはダメだ。志穂がそれなりにつくれるということは分かったが、だからといって味が問題ないとは限らない。故に、霧子→志穂とかの順番で食べてはいけない。姐さんかメイを間に挟む必要がある。

となると、霧子→メイ→姐さん→志穂とかが順番としてはいいのかもしれない。間に置くクッションは多ければ多いほどいい。

ちなみに霧子を一番最初に置くのは、別に食べるのを楽しみにしているとかではなく、可能性としてみんなの作品がすべからくヤバかった場合、ダメージを蓄積させた状態で食べるのは危険というだけだ。ワン&ツージャブからストレートで沈められることだけは、あってはならないわけで、それならば一番最初にストレートを受けてしまおうという腹積もりである。

俺には全員分を食べて判断するという使命があるのだから、一つ目でK.O.なんてことだけは許されない。これくらいの打算は、必要になってくるのだ。

しかし、ほんとに大丈夫なのだろうか、こんなことしてしまって。いや、時間がないんだ、さっさと食わなくちゃダメだ。

男なら、やると決めたら一直線だ。

「じゃあ…、霧子のから食おうか」

俺は己の決断を実行に移すべく、迷うことなく皿を一つ手元に寄せた。

「わゎ、すごい。なんでそれがあたしのだってわかったの、幸久君?」

「まぁ、俺にしてみたら、分からないわけないだろ、って感じなんだけどさ」

「にゅ?」

「だから、…、あー…、特徴的ってことだよ」

「個性的ってこと?」

「まぁ、よく言えばそうかもな。よく言えば、な」

俺が手に取った皿が霧子の作品である、と判断するのはそれほど難しいことではないだろう。それは、他の四つの皿と比べてもひときわ異彩を放っているのだから。まず一つ、一番外形がきれいであること。一つ、色が一般的な卵焼きのそれとかけ離れていること。一つ、大きさが他のものと比べて約1.5倍はあること。

火を通したことによって、製作途上における最大の懸念材料だった異臭は消しおおせたようだが、異常な量の調味料と、その妙なセレクトによって発生した容積の肥大と表面色の変調だけはどうにもできなかったらしい。

「こわいなぁ…、箸入れるのが、こわいわぁ……」

「がんばったよ!」

「その頑張りが裏目ってないといいんだけどな」

きゅっ、と両手を胸の前で握り、かわいいポーズで頑張ったアピールを行なう霧子であるが、それは残念ながらまったく信用ならないわけである。がんばった方向が間違っていれば、それが実を結ぶはずがない。

現に、言っては悪いが、これはあまり成功しているようには思えない。調味料というものは入れれば入れるほどいい、というものではない。適度に適切なものを入れ、ちょうどよく組み合わせて、初めてよい味付けが生まれるのである。

サービス精神かなにかは知らないが、過ぎたるは及ばざるがごとし、という言葉を覚えなおす必要があるかもしれない。

しかし、本当に怖いな。こんな色の卵焼き、霧子以外にはつくれないだろう。晴子さんが見たら何というだろうか。いや、霧子がつくったのならば、なにも言わずに全部俺に食わせるだろう。もし俺がつくったら、一昼夜軒先に逆さ吊りにされて心の灰抜きをする、とかされてもおかしくない。

食べること自体は、霧子の料理にはもう耐性がついてるから平気だと思う。これくらいの、見て何をつくったのか分かるレベルのものならば、大した問題もなく受け入れることはできるだろう。

そもそも、霧子の料理を食うときに一番怖いのは、何をつくったのか分からないものを食べるときであり、これはなんだい? と聞いても納得できないときなのだ。

この程度のものならば、何の問題もなく体内の抗体で処理しきれるはずだ。

「いただきます……」

俺は、意を決して箸を卵焼きに突き立てる。表面は程よく箸を押し返す弾力を持ちながらも、しかしわずかな力で難なく突き破られる。色的に血糊が噴きあげてきそうな不安に襲われるが、そんなことはさすがになかった。

しかし、血糊の代わりに臭気が噴出した。何と何を混ぜたらこんな匂いになるのかさっぱり分からない。きっと犬ならば一瞬で嗅覚が麻痺して匂いを感じなくなるような、そんなレベルの臭気である。

ここで俺は認識を改める必要があった。霧子は退化などしていない。間違いなく進化している。しかし逆向きに、全力疾走で。

臭いを情報として受け取った脳が発するシグナルはレッド。生存本能によって、一瞬だけ行動に抑制がかかる。

だが、そんなことにかかずらっている時間はないのである。脳が止めようとするのを無視して、俺は箸で卵の塊から一切れ切り取って、口元に運んだ。

嗅覚から流れ込んでくる情報を無視して口に放りこんだ。何とも表現しにくいが、酸っぱ甘辛い味がする。なんていうか…、東南アジア風味だろうか。臭いの割には、案外不安定な味はしていない。

焦げたり炭化したりしていないし、殻が混入したりしているわけではないから食えないことはない…、ん、だが、如何せん美味くない。もっと直接的に言うなら不味い。卵焼きに東南アジア風味を採用するセンスも絶望的だが、そもそもから味のバランス感覚がない。

そこはまぁ、進化していないというか、停滞していると言えるだろう。

「はい、霧子、ごちそうさまでした」

「一口でいいの?」

「もういい。十分すぎる。そうだな30点かなぁ」

「わっ、高い」

「志し低いよ!? キレイにつくれてるけど、おいしくない。調味料はもうちょっと考えて使って、あと完成したら味見をしなさい」

「うん、分かった」

そう言われて初めて、己の卵焼きを小さく一口だけ口にする霧子。んぐんぐと咀嚼、こくんと嚥下。

「んと…、ちょっとお酢入れすぎた、かな?」

小首を傾げて、感想はそれ一言だけである。そもそも卵焼きに酢を入れるということ自体がおかしことに、いつになったら気づいてくれるのだろうか。

「自分のセンスに疑問を持て。少なくともそれは、俺の知っている玉子焼きの常識の枠を破壊しようとしているとしか考えられない。いったい晴子さんの何を見たらこれが出来上がるのか、俺に教えてくれ」

「そんなに変、かな?」

「変です。きついです。はい、次」

俺は手元の巨大な卵焼きを霧子に突き返すと、次の皿を選ぶ作業に移る。次はこの、なぜだか炒り卵になってしまっている皿にしようか。というか、ほぼ間違いなくメイの作品に違いない。消去法的に考えるわけではないが、メイの料理初めて度合いを考慮に入れると、そう結論せざるを得ないだろう。

あれだけ料理初めてのメイならば、逆におかしなものはつくれないはずなのである。おかしなものをつくるには、それはそれで勇気が必要なのだから。

「これ、メイのでいいな?」

『ごめんなさい』

「別に気にしなくていいぞ。誰でも最初はこんなもんだからな」

『でも、上手にできなくて』

「上手にできなくてもいいんだよ。これから練習して上手くなればいいんだからさ」

盛りつけられた炒り卵の山から、箸で一欠片をつまんで口に放り込む。卵焼きの作り方は知っていたのだろう、パラパラとまとまっていないその欠片たちからは、どことなく巻こうとした形跡が見られる。しかし途中でどうにもならなくなって諦めてしまったに違いない。その結果としてここにあるのが炒り卵なのだ。

つまり、これは一般的に見たら炒り卵かもしれないが、メイの努力まで考慮して見れば卵焼きなのだ。初めて料理をしたがんばりは、何においても評価されるべきものなのである。

「うん、うん……」

出来栄え、というか味としては、特に何も味付けをしてはいないのだろう、無添加の卵の味がする。だが、それ以外のところは、焼き加減や盛り付けなどの諸点については特に問題はない。

「メイ、料理には味付けが必要なんだけどな、まぁ、それはやっていくうちに覚えていくものだから、今はそんなに気にしなくていい。あと、技術的な面もやっていくうちになんとかなっていくものだから、今はそんなに気にしなくていいぞ」

『ん』

携帯の文字は無機質で、メイの感情を的確に示しはしないが、その体中から落ち込んだオーラが発散されていることだけはよくわかる。軽く頭を俯けているのが可哀そうに思えて、でも少し可愛くて、俺は両側で小さく結っている髪を乱さないように頭を撫でてやった。

もし嫌がられたら止めようとも思ったが、拒まれなかったので流れに沿って髪の上に手を滑らせる。滑らかな手触りは心地よく、いつまでも撫でていたいほどだ。

「大丈夫、美味しかったよ」

『ほんと?』

「あぁ、料理は初めてだったんだろ?」

『うん』

「初めてで食えるもんがつくれたんだから、すごいって」

『うん』

「よし、次はどっちだ? こっちが志穂のだな」

しかしいつまでもそうしているわけにもいかないわけで、俺は次の皿を選ぶことにした。

そして表面が微妙に焦げて炭化し、多少歪んでいる方を指さして、俺はそう断定した。けっこう手際良さそうに見えたが、ふむ、案外そうというわけではなかったということだ。

なぜ断定できるかといえば、残った皿は三つで、一つは俺ので、一つがこれ。それで最後に残ったこっちのきれいなのが姐さんの作品なのは間違いないだろうから、消去法的にこれが志穂のに決まっている、というわけだ。

「ぶぶ~、こっちはりこたんのでした~。あたしのはこっちだよ~」

しかし、俺の予想を裏切って、志穂は愉快げにそう言って、きれいに出来ている方の皿を手に取った。なんてことをするんだ、信じられない。姐さんが料理苦手なわけないんだから、そのきれいなやつは姐さんのに決まってるだろう。

「志穂、ウソを吐いちゃいけないっていつも言ってるだろ。その皿を姐さんに返しなさい」

「? うそじゃないよ」

「またそうやって。嘘を重ねるんじゃありません」

「三木……、すまん……」

「あぁ、姐さん。すぐに取り返してやるからちょっと待っててな。…、どうかした?」

姐さんは力なく頭を垂れながら右手で自分を、左手でテーブルの上に残された皿を指さす。残されている皿というのは、当然志穂がつくったと思われる、出来栄え的には微妙な卵焼きである。

「え? 姐さん、なに?」

「私だ……」

私だ、とはどういう意味だろうか。

「えっ? …、あれ? ちょっとタイムな、ちょっと」

考えをまとめよう。姐さんは料理ができるだろう、というのは、確かに俺の勝手な決めつけかもしれない。今まで姐さんと付き合ってきて、こんなに何でもできる人は、他にいないと思った。勉強もできる、運動も得意。人望もある。隙と言えるようなものは、ほとんど見つからない。

だから今度もそうだと思った。料理ごとき、姐さんの手にかかればちょちょいのちょいだと思った。

「姐さん、料理……」

でも、もしかして、違った?

「そうなんだ、苦手なんだ…、だから、克服しようと思って、二年では家庭科を……」

姐さんは、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにそう言うと、その場にうずくまってしまう。しまった…、こんなところで姐さんに恥をかかせてしまうとは……。

不覚だ。俺が変なことを言わなければ姐さんは、実は料理は苦手なんだ、と自分から打ち明けることができただろうに、やってしまったな。くそ、失敗だ。

「だ、だいじょぶだって、姐さん。何ていうのかなぁ…、あの、ちょっとくらい苦手なことがあった方がかわいいっていうかさ、隙がある方が魅力的っていうか…、えと…、萌え? 萌えだよ」

「三木、無理しなくてもいいんだ。私の分は、別に食わなくてもいい。不味いものを、食わせるわけにはいかないんだ」

姐さんは、意外といったら失礼だが、かなりの恥ずかしがり屋である。こうやって、自分の至らない部分とかを見られると顔を真っ赤にしてしまうのである。まぁ、至らないといっても、完璧主義者の姐さんが至らないと思っているだけであり、一般的に見たら問題ない程度なのだが。

「いや、食べる、食べます! いただきます。食べさせてください!」

姐さんが俺の手の届かないところに皿を引っ込めてしまう前に、俺は何とか手を伸ばしてそれを止め、箸で一口分を切り取って口に入れてしまう。

「あれ?」

普通の味がする。普通の卵焼きの味だ。

ちょっと表面が焦げているとか、ちょっと歪んでいるとか、確かに少し気にならないことはないけど、でも卵焼きとしては何の問題もない。味付けはシンプルにまとまっている。これまでに食べた三つの中で考えれば間違いなく一番できがいい。

「姐さん、美味い」

「まさか。こんなに焦げてるし、歪んでいる。そんなはずがないだろう」

「いや、確かに見栄えは抜群にいいってことはないけど、でも美味いよ」

「そ、そう…、なのか? この卵焼きは、大丈夫なのか?」

「大丈夫だって、あとは火加減とか気をつけてればいいだけだし、全然問題ないって」

「問題ない…、大丈夫なのか。よかった……」

ほっ、と小さく息を吐き、姐さんは安心したような様子で自分の手の中にある卵焼きに目線を落とした。姐さんは完璧主義者だから、不完全な料理が気になっていたんだろう。

完璧な料理なんて、そんなものなかなかつくれるものじゃない。確かにそれは目標ではあるけれど、同時に叶い難い夢でもあるからな。完璧な料理、それは晴子さんに見せても文句ひとつ言われない、完全無欠の料理。

そんなもの、今のところできる気すらしないのが現状だ。晴子さんがひれ伏すような料理がつくれるようになれば、俺はきっとこの腕一本で店をやっていけるだろう。

「さて、最後は志穂、お前か」

ポケットから出したハンカチで口を拭って、調理台の上に残された最後の一皿を手元に寄せた。さすがに少し時間が経ってしまっているので、湯気がたってほかほかというわけにはいかないが、その見た目から感じる美味しそうな感じは損なわれていない。

しかし志穂がつくったというただその一点だけが、俺の不安な心を加速させる。どうしてこんなに心配なんだろう、ただ志穂がつくったというだけなのに。

「…、これ、本当に食えるんだろうな。上手く出来てるみたいに見えるけど、爆発とかしないよな」

「しないからたべてたべて、ゆっきぃ。ししょ~もね、わるくないっていうんだよ」

「悪くないって、それ褒めてるのか?」

「ほめてるよ~、たぶん」

「まぁ、それはいいや。そうか、爆発はしないのか」

「ばくはつしたことは、一回もないよ」

「じゃあ、一口だけ食べてみるか」

「おいしかったら、口からビーム出る?」

「出ない」

今日四度目の卵焼きを、俺は箸で一口大に切り取った。箸でつまみ、鼻先まで持ってきてから口に入れる前に一回だけ深呼吸をして、それからぽいっ、と口に投げ入れた。噛みきった瞬間、ふわりとやさしい味が広がった。

「志穂…、美味いぞ……」

「でしょ~、あたしもできるんだから」

「ほんとに美味い。お前、ほんとに志穂か?」

「そうだよ、ビーム出る?」

「出ない」

驚いた、という言葉で片付けてしまうには、その衝撃はあまりに大きすぎた。志穂があんなふうにフライパンを操っていたというだけでも相当なのに、それでできてきたのがこれで、しかも味はまともだというのだから、これを何と表現すればいいのだろうか。

しかし、その驚きと同時に、俺の中には一つの違和感があった。口に広がるのは出汁ではなくミルクの香り、感じるのは塩辛い塩ではなく甘い砂糖の風味。これは卵焼きというより……。

「? ゆっきぃ、どうかした?」

「なぁ、これ、オムレツの味付けしただろ?」

「…、どういうこと?」

「いや、これオムレツ、洋風。俺がいったの玉子焼き、和風。和と洋で味が全然違うだろ。卵焼きは、日本の食べ物だろうが」

「ん? ぅん? どういうこと?」

本当に俺の言っていることが分からないようで、しきりに首を傾げる志穂。そもそもミルクなんてどこから持ってきたのか、と問いたいのだが。少なくとも、俺が用意した食材の中に牛乳は含まれていなかったはずなのだが、どういうことだ?

「…、がんばってつくったよ!」

「はいダメ~、失格~」

「え~、なんで~!」

「言われたものつくってないんだから失格に決まってんだろ。たとえるなら、回答欄の書き間違いだな」

「きりりんだって味がぜんぜん違うって、ゆっきぃさっき自分で言ったよ!」

「霧子のは、傾向として卵焼きに近いものをつくろうとしてる気配はあったからな、お前のとは少し違う」

「あたしも合格がいい~!」

「合格がいい~、って言われてもなぁ……。じゃあがんばったで賞な、がんばったで賞やるよ」

「がんばったで賞? やった~」

「よかったな、志穂」

ごね始めた志穂を適当にあしらって、俺はイスに座ったまま背筋をくっ、と伸ばした。

とりあえず、これで班員の実力、というか力量は分かったわけだ。さて、これで一応の準備は整ったといえるだろう。

志穂は思った以上に役立つだろうし、姐さんは俺の予想からは多少落ちるが十分に働いてくれるレベル。メイは素直に言われたとおりやってくれそうだし、霧子は俺が見張ってさえいれば有能な助手として働いてくれることだろう。

これだけの戦力がそろっているならば、うん、実習も何とかなりそうな気がしてきたぞ。ヤバいんじゃないか、なんて思っていたのがアホみたいだ。

「じゃあそろそろつくるか。締め切りまであんまり時間ないからな」

「えぇ~、昼休み終わってからがいい~」

「そうか? じゃあ、昼休み終わってからにするか」

「あぁ、昼食を取らなくては、午後に力が出ないからな。時間は少ないが、食べてしまうとしよう」

「っていうか、弁当とか持ってきてるのか? 俺は一応持ってきてるけど」

「あたしは持ってきたよ。しぃちゃんは、購買に行くんだっけ?」

「そうだよ。おさいふ持ってきたから、かいにいかないとダメなんだよ」

「そうか、それでは行ってくるといい。私たちも、少しならば待っているぞ」

「いってきま~す」

「…、さて、少し待ったな」

「早いよ、幸久君」

「もう少し待ってやってもいいだろう」

『幸久くん、いじわる』

「いや、購買に行かないといけないのはあいつが早弁したからで、自業自得じゃん。少し待ったんだからもういいだろ」

「それはそうかもだけど、でも待っててあげようよ」

「戻ってくるまで待ってやってもいいではないか。時間も、まだあることはあるだろう」

「…、分かったよ、待つって」

調理室に来て早々引き出しの中にしまいこんでいた弁当を出して開こうとした俺だったが、この場に残った三人から総スカンを受けたこともあって、包みの結び目にかけた手を離すのだった。

そういえば、班の五人はみんな弁当を持ってきているわけだが、自分でつくっているやつはいるのだろうか。ちなみに俺は自分でつくっていて、霧子の分は晴子さんがつくってくれている。

いや、まぁ、それはいいとして、できることなら昼休みの間に弁当を食べ終わって、チャイムと同時に作業を始めたいな。そのためには志穂が早く帰ってきて、弁当の時間にしなくてはならない。とりあえず、早く戻って来い、志穂

昼休みが終わるまで、あと15分もない。

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