いつもの朝
ちゅん、ちゅちゅん、ちゅん……。
外からは朝の到来を告げる小鳥の鳴き声が聞こえ、カーテンの隙間からは朝日が容赦なく差し込んでくる。
朝の集合住宅、2DK。そしてそんな中、自室の布団で惰眠をむさぼる俺、三木幸久<ミツキ ユキヒサ>、16歳
「幸久様…、幸久様……」
ゆさゆさ…、ゆさゆさ……。
そして、毎朝変わらない同じリズムで俺の眠りを妨げる緩やかな振動
「幸久様、お言いつけになられた時間にございます。幸久様」
いつものようにその振動をキーにして脳が覚醒。覚醒から起床までを速やかに済ませ、全身隈なく一気に血が流れていくのを感じる。
「ふぁ…、よし、起きた。広太、毎朝ご苦労だな」
「いえ、毎朝敬愛すべきご主人さまをお起こしする。これも執事の特権にてございますので」
「そうか、それじゃ朝飯はすぐにつくる。もうちょっとだけ待ってろよ、腹減ってんだろ?」
「申し訳ございません…、毎朝、朝食の支度の手間を煩わせてしまい……。私がつくることができればこのようなこともないのですが……」
「はは、こんなの広太の料理を毎朝食うのに比べれば大した手間じゃねぇよ。こればっかりは、黙って俺がつくるのを待ってるのが一番だ」
「はい……」
毎朝変わらずに交わされる軽口。まだ少し眠い頭を軽く振ってから俺はエプロンを装着し、とりあえずトースターの電源コードを差して食パン二切れを差し込む。
そしてトースターがパンに焼き目をつけるまでの時間を利用してサラダ菜を洗い、手で適当にちぎる。簡単だがサラダの仕度をする。
それから二口のコンロに一つずつフライパンを置き、脂を薄く流してから一つには卵を二つ割り入れ、もうひとつには一口大に切ったソーセージを適当に投入。
そういえば、さっき俺を起こしに来たのは庄司広太<ショウジ コウタ>という。なんと説明すればいいか迷うが、うちの専属執事だ。
どうして一般家庭、しかも男の一人暮らしなんぞに執事がついているのかという疑問はもっともすぎて逆に笑えてくるが、せっかくだから説明しておこうと思う。
なんでも俺の先祖である三木の家っていうのは旧華族の家系らしくて、庄司家は代々三木につかえる家系らしい。らしいっていうのは、俺自身はそんなご大層な暮らしはしていないからだ。
どうも親父のときにはすでにこんな状況だったらしく、どうせ爺さんあたりが無計画に財産をばらまいたりして失ったんだろう。
うちの爺さんは変人と言うか、バカというか、考えなしだったらしいし、博打にでも突っ込んで有り金残らずスっちまったとか、どうせそんな話に違いない。
色んな事情で両親がいない俺は庄司のおじさんとおばさんに大いに世話になっているわけだが、そんな庄司のおじさんもちょっと前までは親父の執事をやっていたらしいから、家同士のつながりっていうのもなかなかのものなんだろう。
まぁ、俺にとっては昔からおじさんとおばさんは親代わりであり、俺も含めて家族みたいな関係だったから、庄司の人たちが三木の家に仕える、ということに対する実感は特にない。
しかし、広太がどうして俺に対して忠義心とかを持っているのかは今一つわからないのだが。弟から兄への尊敬、みたいなものだろうか?
だが庄司の人たちはどうしてまだ三木の家に仕えてくれているのだろう……。確かに昔は家に仕えていたのかもしれないけど、没落した今となっては家に仕える意味なんてあるんだろうか……。
まぁ、そんなことを聞くこと自体がおじさんたちに失礼ってことなのかもしれないけど。
そしていまの集合住宅生活に至るわけなんだが、これはおじさんからの提案だ。できるだけ家柄に恥じない暮らしをしてほしい、ということだが、それ以上に当主として、そして男としての自主独立性を育むためにこういうことになっている、んだそうだ。今は広太といっしょに男二人でルームシェア状態だ。
しかしこんなんでほんとに自主独立性が育まれるのかどうか、疑問でならない。普通そういうことがしたいんだったら、一人暮らしするもんじゃないんだろうか。
だいたい、おじさんたちに比べたら未熟なのかもしれないが、広太だって執事としての基礎素養はほとんど修得済みなんだから、俺の生活はかなり広太に依存している。独立してるって言えそうなのは毎朝毎晩の料理だけだろう。
ぼんやりと考え事をしているうちに朝飯が完成していた。
「広太、飯できた」
「承りました」
エプロンを外して適当に畳んでテーブルに朝飯を持っていき、リビングでテーブルセッティングに精を出している広太を呼ぶ。
今日の朝飯はトースト、目玉焼き、ソーセージ、サラダ。サラダにはつくり置きのクルトンと最後に気分でつくったカリカリに焼いたベーコンが乗っている。
「それじゃ、食うか」
「いただきます」
「はい、いただきます」
朝飯が始まる。時間は06:34、いつも通りの朝だった。
…………
さて、そろそろ学校にでも行くか…、新学期なんだから張り切っていかないとな。
「広太、行ってくる。家のことは任せたぞ」
「はっ、おおせのままに……。いってらっしゃいませ」
「今日は昼前に帰ってくる。飯はつくるから待っててくれ、帰る前に一回連絡すっから」
「それではそのようにいたします」
広太は高校に通っていない。
それは広太も納得してることだから、別に俺が口をはさむようなことじゃないような気がするんだけど、いつか何とかしてやりたいもんだ。
さてと、とりあえず今日もいつも通りに日課を果たさないとな……。日課っていうのは毎日やってこその日課なんだから。
今朝も俺は、湧き上がる欠伸を噛み殺しながら三軒隣の一軒家、天方家へと向かう。
テクテクとゆっくり歩いても三分とかからないご近所さんである。
ピンポ~ン
『はいは~い、どうせ幸久なんでしょ。いま開けるから、ちょっと待ってなさい。ガチャガチャしたら怒るわよ、っていうか入れてあげないわよ』
「はい、わかってます」
インターフォン越しの声は晴子<ハルコ>さん。
天方家は女三人の女所帯だ。お母さんの雪美<ユキミ>さんと長女の晴子さん、そして霧子<キリコ>だ。
ちなみに俺は今、十年来の幼なじみであるところの天方霧子<アマカタ キリコ>を起こしに行くところなのだ。
がちゃっ
「ほら、入っていいから、早く入んなさい」
「分かりました」
さらにちなみに、晴子さんは俺の料理の師匠ということもあって、何があっても逆らうことのできない相手だ。
「あら、幸久くん、今朝もいらっしゃ~い。もう朝御飯食べちゃった?」
「食べるにきまってるじゃない。えっ? まさか食べないなんて不遜なことは言わないわよね。師匠から学ぶ機会をふいにするなんてことないでしょ」
「食べます、いただきますよ。今日も晴子さんのごはんで勉強させてもらいます」
「まぁ、、当然よね」
「恐れいります」
「じゃあ、幸久くん。その前に霧子ちゃん起こすのおねがい、ね?」
「あっ、はい」
そして本来の目的を思い出す。別に雪美さんと晴子さんとおしゃべりするのは嫌いじゃないんだが、その前にいつものをやっておかないといけない。
よし、起こしに行くか……。
俺はリビングで朝の一時を満喫している二人に背を向け、階段を昇って二階を目指す。
がちゃり……
なんとなくまだ眠く、はっきりとしていない頭を軽く振ってから、俺はネームプレートに霧子の名前が刻まれた扉を開き、部屋へと踏み込んだ。
「霧子、起きろ。今日は始業式だぞ。遅刻はまずい。ゆえに起きろ。さもないと強硬手段に出ざるを得ない。それでも構わないって言うんならまだ寝ててもいいぞ~」
いつも通りに寝ているだろうから特にノックはしない。声をかけつつ一挙動で扉を開け放つ。
しかし中に踏み込んでから気づく、部屋の中にあった異変に。いつもだった起こりえない不自然さがそこにあった。
なんでかは分からないが、半脱ぎの霧子が部屋の中に立っていたのである。俺はとりあえず、その不自然さに困惑して首をかしげてみた。
「にゅっ!? ゆ、幸久君!? だだ、だめ! き、着替え中だよ!」
「え、あ、ごめん…、出てくわ……」
そう言われて我に返り、とりあえず謝りながら部屋から出ると、その扉を静かに閉める。予想外の事態に俺の脳の処理が追いついていない。
あれ? なんで起きてるんだろう? なんで着替えてるんだろう? だって俺は、あいつを起こしに来たんだぞ? 起きてるやつは、起こせないじゃないか。
しかし、あぁ、びっくりした……。今年に入ってから一番びっくりしたかもしれない。ぼんやりとしていた頭も一気に覚醒した。
学園で男女を問わず人気があり、地下組織的にファンクラブとかも存在しているらしい霧子だが、基本設定からして一人で起きられない。もともとはそういう設定だったはずだ…、ったんだが……、なんだ今のは?
どうしたことか、今日に限っては何事もなく起きていて、あまつさえ着替えまで始めていた。驚天動地の出来事というしかない。
年に一回二回あるかないかの滅多にない珍しい出来事が今日起こってしまったのだろうか。もしかしたら今日は良くないことが起こるのかもしれない。
なんというか、不幸とか危険とかの予兆的なあれだったらどうしよう。
さっき目に飛び込んできた光景を脳内で反芻する。
スラッと長い足と高い上背、均整のとれたスタイル。いわゆるモデル体型ってやつだろう
さらに背中にたれる髪を高く結ったポニーテイル。
美人の家系である天方家の血を色濃く受け継いだ目鼻立ち。
我が幼なじみながらどこまでも末恐ろしい娘だ。
「幸久君…、入って、いいよ……」
「あぁ」
俺がそれなりに状況を理解するだけの時間が経ってから、扉越しに霧子の声がした。
再びゆっくりとドアを開ける。
するとそこには、すっかり学園の制服に着替え終わった霧子がいた。
眠気ともすっかりおさらばした頭で、ついで程度に考えてみれば、今日が始業式、つまり大きな節目の行事であることを考えればこの状況も、実はたいして驚異的な事件じゃないことに思い至るのだった。
「霧子、どうしたんだ、今日は。もしかして、一人で起きられたのか?」
若干ふらふらとしながらも、平静を装っている霧子に、俺は何事もないように話しかける。
「ぅ、うにゅ…、そう、だよ?」
なぜキョドる。
「ウソだな、ぜんぜん寝てないんだろ」
「ね、寝たもん……。寝た…、よ……?」
「じゃあなんで目の下にそんなクマつくってんだよ」
「にゅっ、ウソ……!?」
急いで鏡を手にとってのぞきこみ、目の下のあたりをぺたぺたと触る。しかしそこには何もない、あるのはぷにぷにの白い肌だけだ。不思議そうな顔をする霧子。
「ウソだ、一徹くらいじゃそんなにクマなんてできるか」
「ぁ、あぅ……」
「正直に言いなさい、寝れてないんだろ?」
「う、うにゅ…、ごめんなさい……」
「別にいいって、そんなこと」
どうせ新学期のクラス替えの楽しさと不安がない交ぜになって眠れなかっただけだろう。まさしく、遠足前夜の小学生みたいな状態だ。熱を出したりしないだけマシなのかもしれないが。
「晴子さんが朝飯つくって待ってるから早く行こうぜ」
「にゅん……」
「ほら、寝不足でふらふらなら肩くらいだったら貸してやってもいいぞ」
「ありがと、幸久君」
階下のリビングへと霧子を強制連行する。…、どうにも軽いな、最近ちゃんと飯食ってんのか? こんど腹いっぱい飯を食わせてやろう、うん……。
…………
「霧子ちゃん、幸久くん、いってらっしゃ~い」
それから俺たちは朝飯をありがたくいただいて、そろって学園に向かう。
ちなみにだが、俺はすでに自宅で朝食を済ませているので、晴子さんの料理はほんの少しもらうだけに収めた。
「行ってきます、雪美さん」
「いってきま~す」
時間的には余裕だ、ゆっくり行こう。毎朝こんな風に霧子が起きてくれればいいんだけどな……。
いや、そうなったらそもそもここに起こしに来る必要もなくなるのかもしれないが。
「今年もおんなじクラスになれるといいね、幸久君」
「霧子は選択科目、何とったんだ?」
「幸久君と同じ科目をとったよ、なんで?」
二年生のクラス分けは、一年の年末にした選択科目アンケートによるということもあり、朝の通学路を進みながらの世間話にもその話題が昇る。
そしてさも当然のようにそう応えた霧子に、俺は足を止めずに考える。選ぶ理由が俺と同じだからっていうのはどうなんだろうな、と。
そろそろ自分のやりたいこととかは見つからないんだろうか。まるで我が娘のように、将来が心配でならない今日この頃だ。
「いや、別に問題はない。そうか、それなら今年もきっと同じだろうな」
俺と霧子は小学校のころからだから、もう10年も連続で同じクラスになる記録を、今なお更新中だ。この分だとどうせ今年も同じクラスに違いないから、これで連続11年目だ。
気づけばかなりの、いや、ありえないほどの大記録になってきたらしい。
「ふゎぁ……」
手で隠しきれないほどの大きな欠伸を、霧子がこぼす。
昨日は徹夜で一睡もできなかったこともあってお眠なんだろう。健康優良児な霧子はいつも10時頃には床についているらしいからな。
「霧子、学校までがんばれ、もうじきに着く。学校まで、いや、クラスまでは耐えるんだ」
「にゅ、ぅ…ん。ねむいよぉ……」
「着いたらいくらでも寝ていいからな」
「うん…、がんばるぅ……」
何事もなければあと数分の辛抱だ。あくまでも、何事もなければだが。
ふらふらと歩く霧子に合わせて、ゆっくりと学校を目指す。いつもの時間だったら遅刻確定の速度だが、幸か不幸か早くに出てくることができたので、時間ギリギリになるのは避けられないが、遅刻は免れそうだ。
なんか、早く出られても遅刻ギリになるんなら、早く出る意味ねぇな。明日からもいつも通りでいいか。
「霧子、明日はしっかり寝るんだぞ」
「う…ん、わかったょ……」
だめだな、半分寝ながら歩いてる。
「霧子、こっちだ。曲がるぞ…、そっちじゃない、左だ」
「う…ん、わかったょ……」
俺の声に引っ張られるように霧子はフラフラとその進行方向を修正して角を曲がる。
先に曲がった俺がそれを待っていると、進行方向の右弦前方から何かが飛んでくる気配。適当に首を振って回避に成功する。
続いて第二射が左弦上方から飛来。体を変えて半身になり回避。
霧子が角から顔を出したところで砲撃は終了した。
そしてまるで何事も無かったかのように、向こうに立っている電柱の上の方からこちらに手を振っている砲手は、なんてことはない、ただのバカだった。
「ゆっきぃ、きりりん、おっはよ~」
「なんだ、バカ志穂じゃないか。朝から砲撃してくるのは止めろって、何度言ったら分かるんだ、言ってみろ」
「だいじょぶだよ~、ぜんぜんよけれるよ~。それにゆっきぃがこんなのに当たるわけないじゃん!」
そのバカは、名を皆藤志穂<カイドウ シホ>という。一個のバカである。
一言で言うとバカ、二言で言うとすごいバカ。しかしその小さいなりからは想像もつかないが、1000万パワーの極悪悪魔超人だ。
気合いを入れれば○○波みたいな遠距離技くらいだったら出せるかもしれない。もしかしなくても屁のつっぱりくらいにはなるに違いない。
志穂は電柱から躊躇なく跳ぶと(今志穂がいるところはだいたい地上三メートルほど)、無駄にくるくると縦に二回転してから道路へと降り立った。
無駄な動きにバカの度合いを感じる。
「しぃちゃん…おは、よ……」
「ありり? きりりんはまだ眠いの?」
「あぁ、なんでも徹夜らしいぜ」
「うにゅ……」
霧子の返事はもはや小動物の鳴き声と化していた。ちょっとおかしいながらもかわいいと思うが、昔からのことなので特に突っ込んだりはしない。
「今日はどうしたの。いつもゆっきぃが来る時間に比べるとちょっと早いね」
「俺、じゃない、霧子だ」
「あ~…、そういえば毎朝きりりんを起こすので大変だ~、っていってたね。あたしも朝起きるの大変だからゆっきぃに起こしてほしいよ」
「うにゅ……。幸久君、ごめんね……」
志穂の戯言は華麗にスルー。これ以上手間掛けさせられてたまるかってんだ。
「それで志穂、お前、授業なにとった?」
「あたしは家庭科だよ。あのね、家庭科の授業って毎週美味しいご飯が食べられるんだって。すごいよねぇ。びっくりだよね~」
スルーされても動じない。志穂は強い子。
「なんだじゃあお前も同じクラスか」
「あり? やっぱりゆっきぃも家庭科なんだ? やった、毎週ゆっきぃのおいしいご飯だね。ゆっきぃ、だいすき!!」
「そういえば、班決めは毎回任意とか言ってたっけか。説明会で先生が言ってた、うん」
「おいしいご飯を食べてるのに先生に怒られないなんてすごいよねぇ~。誰だろうね、こんなすごいこと考えたの」
「まぁ、どうせそんなことだろうと思ってたけどな」
理由は単純でいい。それでこそこいつだ。
「一回目は今週だよね。もう今から楽しみだなぁ。なにが食べられるのかなぁ~。ねぇねぇ、ゆっきぃはなにが食べたい?」
「それはわからねぇって、前日までに告知があるんじゃないか? それに俺は自分のつくった料理を、志穂にばくばく食われて消費されるかと思うと、切なくてたまらねぇな」
「あっ、ねぇねぇ、お料理っていうのは大切な人に食べてもらうとほんも~なんだって聞いたよ。好きな人とか、大事な人とか」
「急に話変えたな……。あぁ、まったくその通りだな。志穂もいいこと知ってるじゃねぇか」
「ということは、ゆっきぃにとってあたしは大事じゃないってこと? ひどいよ~、さみしいよ~……」
泣き真似をするように、涙をぬぐう仕草で両手を目元に当てる志穂。どうやら話は変わっていなかったらしい。
というか、俺は志穂のことが大切じゃないなんてことを言っただろうか。どの文脈を拾ってきての発言だ?
「うにゅ……」
「はぁ、なに言ってんだか……」
「でもね、あんなにおいしいご飯が毎日食べられるなら、ゆっきぃといっしょに暮らすのもいいかも。でも、ゆっきぃはあたしが大事じゃないんでしょ? あたしはこんなにゆっきぃがだいすきなのに~……」
「どうも理解が共有できてねぇな……。お前の頭でも理解できるように言うとだな、俺が悲しいって言ってるのはお前の食い方なんだけど、そこんとこいいか?」
「? 食べ方?」
「あのいかにも『消費されてます』みたいな食い方を見せられると、イヤでも無常を感じさせられるっていうかな。なんというか、料理っていう俺の行動を否定されるっていうか、逆に肯定されてるっていうか……」
「あぁ~…、なぁんだ、そうだったんだ、あたし、勘違いしちゃったよ。…、ところでゆっきぃ?」
こいつ、おそらく分かっていない。
しかし、わざわざそんなところにかかずらう俺ではない。
「どうした?」
「みてみて~。きりりんが立ったままねてるよ。ほらほら~、かわいいねぇ~。ほっぺたつんつんしちゃおっと。うわぁ、ぷにぷにだよ、ゆっきぃ」
「あぁ、ほんとだな。ほんと、だな……」
背伸びしながら霧子の頬に立てた人差し指を突き刺して、ぷにぷにとその感触を楽しんでいる志穂。そしてため息を吐く俺。
見ると霧子が俺の肩に頭を乗せ、安らかな寝息をたてていた。さっきから話に混ざってこないから、まさかとは思ってたが。仕方ないから俺も志穂といっしょにつんつんと頬を突いてみる。
ちょっとだけ楽しい。
「さぁ、志穂。どうしようか、この状況」
「どぅするもこぅするもないよ。あたしじゃきりりんはおんぶできないからね。ただゆっきぃ、ガンバとしか言えないよ。ゆっきぃ、ガンバ!」
「そうだよなぁ」
「すっかり寝ちゃってるからおんぶするしかないね」
「やっぱりそれしかないよな…、霧子~?」
試しに霧子の肩を揺すってみる。
ゆさゆさ、ゆさゆさ
「うにゅ……」
揺すられた振動が気に入らないのか、逃げるようにわずかに身をよじらせるが、起きそうな感じはさっぱり感じられない。
だいたいこんなとこでぐだぐだしてたら遅刻が確定するのは時間の問題でしかないのだ。
仕方ねぇな、いつもいつも手間がかかるやつだ。
「志穂、かばん頼む」
「まかせてっ!」
志穂に俺と霧子の分のかばんを投げる。それを受け取った志穂はなぜか片手に三つかばんを持った。それって持ちにくくないのだろうか?
「うにゅ……」
俺は、ひょいっと霧子をおぶった。
背中には、昔からの慣れた重みを感じる。
しかし、あぁ、このまま学校に行ったら俺はどんな目にあわされるんだろうか。霧子は人気があるから、ただでさえ常日頃側にいる俺はいい顔されないというのに、想像するだに恐ろしい。
学校、行きたくなくなってきた……。
学園ラブコメです。おそらくコメディ色の方が強い作品ですのが、楽しんでください!