古時計
ミステリー?って書くのむずい
その部屋には、大きな古時計と、病床の老人、そして彼の看病を続ける若い男の二人きりだった。
コチ、コチ、と規則正しい音が部屋に響く。
「なあ、蓮」
老人はかすれた声で言った。
「この時計が止まった時が、私の寿命だ。先祖代々、我が家の人間はみんなそうだった」
蓮は切ない表情で、老人の衰弱した手を握りしめた。
「そんな迷信、信じちゃダメだよ、おじいちゃん。医者だって、まだ持ち直す可能性があるって言ってたじゃないか」
「いや、わかるんだ。もうゼンマイも限界だ……。今までよく私の人生を刻んでくれた……」
老人は愛おしそうに壁の古時計を見つめ、静かに目を閉じた。呼吸がどんどん浅くなっていく。
蓮は必死に涙をこらえた。
幼い頃に両親を亡くした自分を、男手一つで育ててくれた最愛の祖父。どうしても死なせたくなかった。
(そんな迷信で死なれてたまるか……!)
蓮はある決意を固めた。
夜中、老人が完全に深い眠りに落ちたのを見計らい、蓮は音を立てないように椅子から立ち上がった。そして、古時計の前に忍び寄る。
この時計が止まらなければ、祖父の命は続くはずだ。
蓮はポケットから、あらかじめ用意していた最高級の潤滑油を取り出した。
時計のガラスケースをそっと開き、長年動いて摩耗しきっている歯車の噛み合わせに、丁寧に、慎重に油を注ぎ込んでいく。
これで摩擦は消え、動きは劇的にスムーズになる。
ゼンマイの残量がわずかだとしても、エネルギーのロスが減れば、時計は確実に寿命を延ばすはずだった。
「よし……!」
手応えを感じた蓮は、油のボトルをポケットにしまい、静かにベッド脇に戻った。
数分後。
老人がうっすらと目を覚ました。心電図の波形は先ほどより少し安定しているように見える。
「……蓮、不思議だ。なんだか、体が少し軽くなった気がする。時計は……まだ動いているか?」
蓮は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「動いてるよ、おじいちゃん! ほら、さっきよりもずっと滑らかに、元気に動いてる!」
「そうか……。それはよかった……」
老人は安心したように微笑み、再び眠りについた。
蓮は胸をなでおろし、自分のついた優しい嘘と、完璧な細工に酔いしれていた。
翌朝。
部屋に飛び込んできた医師が、驚愕の声を上げた。
「そんな馬鹿な……! 容態が急変するなんて!」
ベッドの上の老人は、すでに冷たくなっていた。
呼びかけにも全く応じない。完全に息を引き取っていた。
「どうして!?」
蓮は医師の胸ぐらをつかんだ。「夜中はあんなに調子が良さそうだったのに! 時計だって、まだ止まらずに動いてるじゃないか!」
蓮が振り返り、壁の古時計を指差す。
時計は確かに止まっていなかった。それどころか、信じられないほどの猛スピードで動いていた。
ビタタタタタタタタタタタタタタッ!!!
目にも留まらぬ速さで、狂ったように針が回転している。
蓮は血の気が引いていくのを感じた。
あまりにも良すぎる油を注したせいで、歯車の摩擦抵抗が完全にゼロになってしまっていたのだ。
カチ、コチ、と時を刻むための「脱進機」の制御すら滑って効かなくなり、溜まっていたゼンマイの全エネルギーが一気に解放され、ものすごい勢いで「時間を空回り(大暴走)」させていた。
「嘘だろ……」
蓮のポケットから、ポロリと油のボトルが床に落ちる。
老人の言っていた「時計が止まった時が寿命」というのは、比喩でも迷信でもなかった。
時計の残りの稼働時間=老人の残り寿命という、絶対的な呪いの等価交換だったのだ。
本来なら、あと数日はゆっくりと「コチ……コチ……」と刻むはずだった老人の残り時間は、蓮が良かれと思って注した最高級オイルのせいで、わずか数時間のうちに全て超高速で消費され尽くしてしまったのだった。
狂ったように回り続ける針の音だけが、静まり返った病室に虚しく響いていた。
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