妹に聖女の座を奪われたので、私は辺境で治癒院を開きます。なぜか隣国の騎士団長が毎日通ってくるのですが?
聖女の冠は、妹の頭上で白く輝いていた。
神殿の大広間に集まった貴族たちが、一斉に息を呑む。
祝福の鐘が鳴り、花びらが舞い落ちる。誰もが跪き、誰もが微笑み、誰もが新しい聖女の誕生を讃えていた。
ただひとり、エルシアだけが立ち尽くしていた。
今日まで十七年間、聖女候補として育てられてきたのはエルシアだった。
朝は祈り、昼は治癒魔法の訓練、夜は聖典の暗唱。舞踏会より施療院、宝石より薬草。華やかな令嬢らしい時間など、ほとんど持たなかった。
それでも、嫌ではなかった。
自分の手で誰かの痛みが消える。
泣いていた人が、ほっと息をつく。
その瞬間だけは、自分が生まれてきた意味を信じられた。
けれど選ばれたのは、妹のリリアだった。
「姉さま」
純白の聖女衣をまとったリリアが、こちらを見た。淡い金髪に冠がよく似合っている。潤んだ瞳も、震える声も、いかにも神に愛された少女らしかった。
「ごめんなさい。でも、これが神のお望みなのです」
リリアの指が、エルシアの胸元を示した。
そこにあったはずの聖痕は、もうない。
昨夜まで確かに淡く光っていた花の紋章は、肌の上から跡形もなく消えていた。
代わりに、リリアの白い手の甲で同じ紋章が輝いている。
父が苦々しく言った。
「エルシア。お前には失望した。聖女の器でないなら、王太子殿下との婚約も白紙となる」
広間の奥で、王太子が目を伏せた。助け舟はない。
神官長も、貴族たちも、すでにエルシアを見ていなかった。
失ったのは冠だけではない。
家の期待。婚約。居場所。
そして、十七年間の努力の意味だった。
それでもエルシアは泣かなかった。
泣けば、リリアが可哀想な顔をする。
父がますます眉をひそめる。
周囲が「ああ、やはり器ではなかった」と納得する。
そんな役を、自分から引き受けてやる気はなかった。
「承知いたしました」
エルシアは背筋を伸ばした。
「では、私は神殿を下がります」
「姉さま、待って。わたし、姉さまの分まで頑張るから」
リリアが駆け寄ろうとした。
エルシアは一歩だけ退いた。
妹の瞳が揺れる。
「……わたくしの分まで、ですか」
その言葉だけが、胸の奥に小さく刺さった。
怒鳴りたかった。
奪ったのはあなたでしょう、と。
その聖痕がなぜ移ったのか、本当に何も知らないのか、と。
けれど、問い詰めたところで誰も聞かない。
今この場で敗者の言葉に耳を傾ける者などいない。
「どうぞ、ご立派な聖女に」
エルシアは礼をした。
深く、正しく、完璧に。
そのまま振り返らず、神殿を出た。
扉が閉まった瞬間、祝福の鐘の音が背中を打った。
悔しさで膝が崩れそうだった。
けれどエルシアは歩いた。
泣くなら、自分の足で立ったあとだ。
***
王都から遠く離れた辺境の町リベルには、王族の噂も神殿の権威も届きにくい。
代わりに届くのは、怪我人と病人だった。
国境沿いの町であるため兵士は多く、山に入れば魔獣も出る。春先は熱病、冬は凍傷。農夫は腰を痛め、子供は転び、旅人は荷馬車から落ちる。
エルシアは町外れの空き家を借り、小さな看板を出した。
『治癒院 エルシア』
聖女の名はない。
伯爵令嬢の肩書きもない。
ただ自分の名前だけ。
最初の患者は、薪割りで指を切った少年だった。
母親に背中を押されて入ってきた少年は、エルシアを見るなり不安そうに唇を噛んだ。
「ほんとに治せるの?」
「痛いのは嫌でしょう」
「うん」
「なら、治します」
エルシアが手をかざすと、淡い光が傷口を包んだ。
血は止まり、裂けた皮膚が静かに閉じていく。
少年は目を丸くした。
「すげえ」
その一言で、エルシアは少しだけ息ができた。
自分は、まだ誰かの役に立てる。
聖女でなくても。
冠がなくても。
神殿に選ばれなくても。
その日から、治癒院には少しずつ人が来るようになった。
忙しかった。
薬草を煎じ、包帯を洗い、夜中に呼び出され、朝方にようやく椅子で眠る。王都にいた頃より、ずっと泥臭く、ずっと身分の区別がなかった。
そして、ずっと心が軽かった。
そんなある日の夕暮れだった。
扉の鈴が鳴った。
「まだ診療中か」
低い声に顔を上げると、黒い外套をまとった男が立っていた。
背が高い。
扉の枠が窮屈に見えるほどだった。
短く整えた銀灰色の髪、鋭い青灰の目。腰には剣。動きに無駄がなく、立っているだけで場の空気が引き締まる。
明らかにただの兵士ではない。
「怪我ですか」
「ああ」
男は右手を差し出した。
手袋を外すと、指の付け根に細い切り傷があった。
血はもうほとんど止まっている。
エルシアは無言で傷を見た。
「……これを?」
「傷だ」
「放っておいても明日には塞がります」
「悪化するかもしれない」
「しません」
男は少しだけ黙った。
表情は変わらない。
けれど、わずかに視線が泳いだ。
エルシアは息を吐き、治癒の光を手のひらに灯した。傷は一瞬で消えた。
「はい。終わりました」
「助かった」
「次からは井戸水で洗って布を巻いてください」
「覚えておく」
男は代金を机に置いた。銀貨だった。
かすり傷には多すぎる。
「お釣りを」
「いらない」
「困ります」
「なら薬草代にしろ」
彼はそう言って、扉へ向かった。
「お名前は」
エルシアが尋ねると、男は振り返った。
「ルシアン・ヴァルク。隣国グランツの騎士団長だ」
エルシアの手が止まった。
隣国の騎士団長。
そんな人物が、なぜ辺境の小さな治癒院にかすり傷で来るのか。
問い返す前に、彼は出ていった。
翌日、ルシアンはまた来た。
「肩を打った」
「どこで」
「訓練で」
「動かせますか」
「動く」
「痛みは」
「少し」
エルシアは彼の肩に触れた。確かに軽い打撲はある。だが騎士団長がわざわざ診せに来るほどではない。
その翌日も来た。
「足首を捻った」
「普通に歩いていますが」
「鍛えている」
「捻っていませんね」
「……少し違和感がある」
さらに翌日も来た。
「指を」
「また指ですか」
「今度は左だ」
エルシアは治癒魔法をかけながら、思わず睨んだ。
「ルシアン様」
「何だ」
「あなた、通う理由を作っていますね」
彼の目がわずかに細くなった。
図星だった。
「治癒院に来るのは、怪我人と病人だけにしてください」
「俺は怪我をしている」
「毎日都合よく小さな怪我をする騎士団長がいてたまるものですか」
ルシアンは口を閉じた。
整った顔に無表情を貼りつけているのに、どこか気まずそうだった。
その不器用さが、少しだけ可笑しい。
「……迷惑か」
低い声だった。
予想外にまっすぐな問いに、エルシアは言葉に詰まった。
迷惑ではない。
彼は余計なことを聞かない。
王都の話も、聖女の座の話も、婚約破棄の話も。
ただ患者が多い日は黙って椅子を並べ、薬棚の高い瓶を取ってくれる。夜遅くまで診療が続けば、外に立って灯りを持っている。
ありがたいと思っている。
けれど、そう認めるのは少し悔しかった。
「……怪我を作ってまで来るのは、やめてください」
「では、怪我がなければ来てもいいのか」
「そういう話では」
「薬草を運ぶ。薪も割れる。護衛もできる」
「騎士団長を雑用係にする治癒院がどこにありますか」
「ここに作ればいい」
あまりにも真顔で言われ、エルシアはつい笑ってしまった。
笑ったあとで、自分でも驚いた。
王都を出てから、人前でこんなふうに笑ったのは初めてだった。
ルシアンが静かに見ていた。
その視線に気づき、エルシアは慌てて顔を伏せる。
「……とにかく、無理に怪我をしないでください」
「分かった」
翌日、ルシアンは傷ひとつない姿で現れた。
「薬草を運びに来た」
背後には、山ほどの薬草を積んだ馬車があった。
「限度というものを知ってください」
「次は減らす」
そう言いながら、彼は少しも反省していない顔をしていた。
***
ルシアンが毎日来るようになってから、治癒院は少し変わった。
夜遅くに酔った男が押しかけることはなくなった。
代金をごまかそうとする者もいなくなった。
隣国の騎士団長が出入りしているというだけで、治癒院に近づく悪意は自然と遠ざかった。
それが彼の目的だと、エルシアはすぐに気づいた。
気づいても、問い詰めなかった。
彼がそれを恩着せがましく言わないからだ。
守っていると口にしない。
ただ、必要なときにそこにいる。
その距離感が、怖いほど心地よかった。
ある雨の夜、重傷の兵士が運び込まれた。
腹部を魔獣の爪に裂かれている。血の量が多い。普通なら助からない傷だった。
エルシアは袖をまくり、傷口に両手をかざした。
「湯を。布をできるだけ多く。灯りを増やして」
指示を飛ばす声は震えなかった。
治癒の光を深く流し込む。裂けた肉を繋ぎ、破れた血管を塞ぎ、呼吸を戻す。魔力が一気に削られていく。
視界の端が白く滲んだ。
「エルシア」
ルシアンの声がした。
「やめろ。倒れる」
「まだ息があります」
「君が倒れたら次の患者を診られない」
「この人は今しか助けられません」
言い切った瞬間、ルシアンが黙った。
止められると思った。
だが彼は、エルシアの背後に立っただけだった。
「必要なものを言え」
その言葉で、胸の奥が熱くなった。
止めるのではなく、支える。
無茶を許すのではなく、最後まで立たせる。
エルシアは歯を食いしばり、治癒を続けた。
やがて兵士の呼吸が安定した。
傷は完全ではないが、命は繋いだ。
その瞬間、膝から力が抜けた。
床に倒れる前に、ルシアンの腕が支えた。
「だから言った」
「……助かりました」
「患者がか」
「私も、です」
ルシアンの腕が、一瞬だけ強くなった。
すぐに離されると思った。
けれど彼は、離さなかった。
「君はいつも、助けた相手の顔しか見ていない」
「治癒師ですから」
「自分の顔も見ろ。今にも消えそうだ」
低く叱る声なのに、そこには怒りより恐れがあった。
エルシアは初めて、彼の余裕のなさを見た気がした。
「ルシアン様」
「何だ」
「どうして、そんなに私を気にするのですか」
雨音が強くなった。
ルシアンは答えなかった。
代わりに、エルシアを椅子へ座らせ、濡れた外套を肩にかけた。
「昔、国境で魔獣に襲われたことがある」
彼はゆっくり言った。
「まだ騎士団長ではなかった。部下も守れず、自分も死にかけた。そこへ王国の聖女候補が来た」
エルシアは息を止めた。
覚えている。
五年前、視察先の国境で魔獣の襲撃があった。
神官たちは危険だと止めた。けれどエルシアは、血の匂いのする方へ走った。
そこで、重傷の若い騎士を治した。
顔までは覚えていない。
必死だったから。
「まさか、あの時の」
「ああ」
ルシアンは静かに頷いた。
「君は俺に言った『生きているなら、まだ立てます』と」
「そんな厳しいことを言いましたか」
「言った。ひどい女だと思った」
「申し訳ありません」
「おかげで立てた」
ルシアンの視線が、まっすぐエルシアに向いた。
「だから今度は、君が立てなくなりそうな時にそばにいると決めた」
胸の奥が、静かに震えた。
優しい言葉ではない。
甘い囁きでもない。
けれど、逃げ場がないほどまっすぐだった。
「それで、毎日かすり傷を?」
「最初は様子を見るだけのつもりだった」
「最初は?」
「顔を見たら、帰りづらくなった」
無表情で言うには、あまりにも不意打ちだった。
エルシアは外套の端を握りしめた。
「……そういうことを、平然と言わないでください」
「平然とはしていない」
ルシアンは少し目を逸らした。
「かなり、困っている」
その耳が、わずかに赤かった。
***
数日後、王都から使者が来た。
神殿の紋章をつけた馬車が治癒院の前に止まり、町の人々が不安げに遠巻きに見る。
降りてきたのは、神官長の側近だった。
「エルシア様。王都へお戻りください」
開口一番の言葉に、エルシアは表情を変えなかった。
「私はもう神殿の者ではありません」
「緊急事態です。王都で熱病が広がっています。聖女リリア様のお力では、病の進行を止めきれません」
胸が冷えた。
リリアでは救えない。
だから、捨てた姉を呼び戻す。
あまりにも都合がいい。
「私は聖女ではありません」
「ですが治癒魔法は使えるでしょう」
「聖女の器ではないと判断されたはずです」
使者は唇を引き結んだ。
「過去の行き違いは、あとで神殿より正式に」
「行き違い?」
エルシアの声が、思ったより低くなった。
治癒院の中が静まり返る。
「十七年積み上げたものを奪われ、婚約を破棄され、家からも神殿からも追われました。それを行き違いと呼ぶのですか」
使者の顔が強張った。
以前のエルシアなら、飲み込んでいた。
人を救うためなら、自分の痛みは後回しにした。
けれど今は違う。
ここには、彼女を必要としてくれる人がいる。
名前で呼んでくれる患者がいる。
そして、黙って背後に立ってくれる人がいる。
ルシアンが一歩前に出た。
「王国の神殿が、隣国との国境治療協定区域から治癒師を連れ去るつもりか」
使者が青ざめる。
「グランツの騎士団長殿……これは王国内の問題です」
「この治癒院は、我が国境騎士団も救護拠点として正式に保護している。彼女を連れていくなら、協定違反として扱う」
初耳だった。
エルシアは思わずルシアンを見る。
「いつの間に」
「昨日」
「昨日?」
「急いだ」
使者が困惑している間に、ルシアンは淡々と続けた。
「戻るかどうかは彼女が決める。命令では動かない」
その言葉に、エルシアの胸の奥で何かがほどけた。
誰かの娘。
誰かの婚約者。
誰かの代わり。
誰かの都合のいい治癒師。
もう、そのどれでもない。
エルシアは使者に向き直った。
「王都の患者は診ます」
使者の顔が明るくなる。
「では」
「ただし、私は王都へ戻りません。薬と治療法をこちらから送ります。重症者は辺境まで移送してください。必要なら私が国境まで出向きます」
「そんな、聖女でもない者が条件を」
「聖女でもない者に頼みに来たのは、そちらでしょう」
静かに言い返すと、使者は言葉を失った。
「私は、私を捨てた場所に戻るために人を救うのではありません。救いたい人がいるから救います」
声は震えなかった。
ルシアンの視線を感じた。
こちらを見る彼の目が、いつもより少しだけ柔らかい。
「お引き取りください。処方と治療手順は今夜中に書きます」
使者は悔しげに頭を下げ、馬車へ戻っていった。
町の人々が小さく歓声を上げる。
誰かが「先生」と呼んだ。
その声に、エルシアはようやく肩の力を抜いた。
すると、隣から低い声が落ちた。
「強くなったな」
「もともと弱いつもりはありませんでした」
「そうか」
「でも、少しだけ強がっていました」
エルシアは正直に言った。
ルシアンが黙る。
「あなたがいてくださったから、言えました」
彼の手が、わずかに動いた。
触れようとして、止まる。
そのためらいが、彼らしかった。
エルシアは少しだけ笑った。
「今日は怪我をしていないのですね」
「していない」
「では、患者ではありませんね」
「ああ」
「それでも明日、来ますか」
ルシアンの目が見開かれた。
ほんの一瞬。
すぐにいつもの無表情に戻ったが、遅かった。
エルシアはその変化を見逃さなかった。
「来てください。薬草の整理が残っています」
「雑用係としてか」
「いいえ」
エルシアは彼を見上げた。
「あなたにいてほしいので」
沈黙が落ちた。
雨上がりの空から、薄い光が差し込む。
ルシアンはしばらく何も言わなかった。けれど、その沈黙は冷たくなかった。
「エルシア」
初めて、彼が敬称なしで呼んだ。
それだけで、胸がひどく鳴った。
「明日だけでは済まない」
「え?」
「毎日来る。怪我がなくても、薬草がなくても、君が迷惑だと言うまで」
「迷惑だと言ったら?」
「言われないよう努力する」
真剣すぎる顔に、エルシアはまた笑ってしまった。
その笑みを見たルシアンが、少し困ったように息を吐く。
「……やはり、困る」
「何がですか」
「君が笑うと、帰れなくなる」
今度こそ、エルシアは何も言えなかった。
聖女の冠は、もうない。
王都の広間で浴びた拍手も、祝福の鐘も、遠い。
けれどここには、傷ついた人が来る扉がある。
薬草の匂いがする部屋がある。
自分の名前を呼ぶ声がある。
そして、かすり傷を口実に毎日通ってきた、不器用な騎士団長がいる。
エルシアはそっと手を伸ばし、ルシアンの袖を掴んだ。
「では、今日は帰らないでください」
ルシアンの喉が、小さく動いた。
「……治癒院に泊まれという意味か」
「薬草の仕分けが終わるまでです」
「分かっている」
「本当に?」
「分かっている。たぶん」
曖昧な返事に、エルシアは眉を上げた。
ルシアンはわずかに目を逸らす。
その横顔が、ひどく人間らしく見えた。
強くて、冷静で、不器用で。
誰かを守ることには慣れているのに、自分の想いを扱うことだけは下手な人。
エルシアは袖を掴む指に、少しだけ力を込めた。
もう、奪われたものだけを数えない。
ここで得たものを、手放さない。
治癒院の扉の外で、町の子供たちが笑っている。
遠くで馬車の車輪が軋み、薬草を干した棚から淡い香りが流れてきた。
ルシアンが低く言う。
「明日も来る」
「はい」
「明後日も」
「はい」
「その先も」
エルシアは顔を上げた。
彼の目は、冗談を言う人のものではなかった。
だからエルシアも、逃げずに答えた。
「では、毎日お茶を用意します」
「怪我の手当ては」
「怪我をしてきたら怒ります」
「厳しいな」
「治癒師ですから」
ルシアンが、ほんの少し笑った。
それは剣よりも不意打ちで、どんな祝福の鐘より胸を騒がせるものだった。
エルシアは思った。
聖女の座は奪われた。
けれど、救う手までは奪わせない。
そして、自分がどこで誰の隣に立つかは、もう誰にも決めさせない。
辺境の小さな治癒院に、今日も扉の鈴が鳴る。
その音を聞くたび、エルシアは少しだけ期待してしまう。
患者だろうか。
町の子供だろうか。
それとも、怪我をしていない騎士団長だろうか。
扉が開く。
銀灰色の髪が、朝の光を受けて淡く輝いた。
「来た」
短すぎる挨拶に、エルシアは笑う。
「はい。お待ちしていました」
その言葉に、ルシアンはまた少しだけ困った顔をした。
そして今日も、彼は治癒院の隅で薬草を選り分ける。
まるでそこが、最初から彼の居場所だったかのように。
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