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断罪イベント20時間前に前世を思い出したヒロインですが、推しがいないので役柄チェンジでお願いします。

作者: イチカ

 エリス・レッジはとある乙女ゲーム(この世界)のヒロインである。

 

「……やってられるか」


 あえて、もう一度言おう。

 地鳴りと間違いそうな低音ボイスだろうが。

 吐き出されたセリフが乙女とはかけ離れたたものだろうが。

 エリス・レッジはとある乙女ゲーム(この世界)のヒロインだ。


「ふっ、ははっ……あはっ、あははは……」


 狂ったように笑い出した彼女だが。

 何度だって言おう。


「はぁあ!? 私がヒロインですって?」


 ふざけんな、とブチ切れしたその顔が般若の形相であったとしても。


「もう嫌、もう無理、もう限界!! っていうか、これはもう絶許でしょ!?」


 チッと舌打ちし、吐き捨てるように粗暴なセリフを口にしたとしても。


「絶対ヒロイン(この役柄)降りてやる」


 エリス・レッジはとある乙女ゲーム(この世界)のヒロインである、と。


**

 

 柔らかく優しい色味のピンク色の髪と珍しい紫がかった碧眼を持つ彼女、エリス・レッジは清く正しい完璧なヒロインだった。

 平民出身ながら魔法の才を認められ王立学園に入学したエリス。

 その学園生活はテンプレ満載で、まさに波瀾万丈の一言に尽きた。


 例えば"これだから平民は"と難癖をつけられ、物を隠されたり、教科書を破られたりなんていうのは日常茶飯事。

 暇か! 暇なんだな!?

 とため息はついたものの、下町育ち現場叩き上げタイプだったエリスは特に気に病むこともなく。

 私物に触れようとするとエリスの開発した魔法なしには絶対取れないインクが容赦なく頭上から降り注ぎ、見えている皮膚どころか制服の下に至る全ての部分に厨二病を拗らせたような模様が浮き上がる仕様のトラップを仕掛けて返り討ちにしてやったら誰も嫌がらせをしてこなくなった。


 一番面倒だったのは押しかけ王太子と愉快な仲間たちによる傍迷惑なお悩み相談の対応。

 こっちは高い学費免除の代償に常に成績を上位にキープせねばならず、勉学に励むのに忙しいというのに、静かな場所で一人魔法の自主練習をしている時に限って奴ら(攻略対象)は現れる。

 ぼっちか! ぼっちなんだな!?

 私は無料のカウンセラーか? 

 話を聞いて欲しいなら教会にでも行ってこい。

 などとは流石に言えず、笑顔で彼らの悩みを全力スルーし壁やツボの役に徹するエリス。

 穏便に済ませられるなら権力には無駄に逆らわないと彼女は決めている。

 その方が面倒事が少ないからだ。

 

 他にも体育祭だの学祭だのとイベントがあるたびに多々トラブルに巻き込まれ、エリスは努力と根性で解決を強いられた。

 そんな数多の困難に屈せず卒業が見えてきたところで国レベルの災害とも言える"疫病"が蔓延。

 特に治癒魔法の才に秀でていたせいで、ただの平民が王城に上がるという異例の招集がエリスにかけられた。

 愛する夫が病に倒れて、王妃様が王様の側を片時も離れずめっそめそ泣き暮れていようが。

 王太子のダリアンが頼りにならなさすぎて、王妃と王太子に挟まれた宰相がオロオロしていようが。

 正直、知らんがなっ! お前ら仕事しろよとは思ったけども。

 まぁ王様疫病で倒れちゃったし、病人に鞭打って働けとは流石に言えないので、頑張って苦い感情をごっくんした。

 エリスにだって一応ヒトの心はあるのだ。


「エリス、助けてほしい」


「……拝命いたします」


 国が滅べばエリスだって困る。

 エリスは渋々、嫌々、丸投げに近いこの最悪の事態を引き受けた。

 その後、エリスの活躍により王国内に蔓延っていた"疫病"は沈静化された。

 おかげで"聖女"だなどと祀りあげられ、王太子であるダリアンの婚約者にいいのではないか、などと言われる始末。

 実は彼女とは学園生活を通して親交を温めてきたんだなんて、顔を赤めるダリアン。

 はいーーー?

 確かに同級生だけども!

 そんな親しい間柄じゃなかったでしょ、私たち!?

 鍛錬の片手間に情緒不安定なダリアンの横で"そーですねー"なんて相槌打ってただけの関係ですよ!!

 勝手に美化するなーー! と叫ぼうとしたところでエリスは過労で倒れた。

 そのままこんこんと1週間眠り続け、その時見た夢を通して"前世"というものをようやく思い出したのだった。

 エリス・レッジはとある乙女ゲーム(この世界)のヒロインなのだ、と。


**


 脳内メモリーの再生を終えたところで、一旦落ち着こう、とエリスは状況を整理する。

 が、


「やばい、イベント全クリって攻略対象の好感度カンスト状態じゃん」


 と頭を抱える事しかできない。

 気づいた時には時既に遅し。

 ゲーム内での好感度上げイベントは全て終了しているため、絶望的なまでに詰んでいる。


「はっ! こんな時こそ悪役令嬢……って、ダメだ。自分で倒しちゃったじゃん」


 やっちまった、と嘆いてみても過去は変わらない。

 悪役令嬢(婚約者)にダリアンを押し付けたくてもエリスに意地悪をした証拠は全てずらっと揃ってしまっている。

 エリス自身が紡いだ魔法の力(カウンター)によって。


「なんで私しか消せないような特殊インク開発しちゃったんだろう」


 大人しく泣き寝入りしとけば良かったなんて後悔しても後の祭りである。


「まずい、まずい、まずいって!! 残ってるのラストの断罪シーンだけじゃん」


 結果発表でしかないイベント開催予定日は明日。つまり、卒業式後の謝恩会。

 時間にして約20時間。

 何をするにしても時間がなさ過ぎる。


「普通さぁ、この手の転生モノって悪役令嬢に転生して断罪回避のために頑張るもんじゃないの? なんで私がヒロインなの!?」


 このままではカベリナ王家(ブラック企業)に永久就職させられてしまう。

 相手が"推し"ならまだ頑張れる。

 が、残念ながら暇つぶしにやったこのゲームの攻略対象にエリスの推しは存在しない。


「ってか、婚約者いるのに平民に絡んでくる王太子と上流貴族の子息とか普通にヤバすぎでしょ。婚約者蔑ろにする男とかマジで勘弁して欲しい」


 どうすればいいのー? と嘆いたエリスの頭にある人物が浮かぶ。


「はっ! そういえば、まだあの手(・・・)が残ってる」


 時間的にはギリギリだけど、ヒロインを降りるならやるしかない。


「前世でも散々働いたのに、ブラック企業再就職とか絶対嫌っ!」


 やってやんよ! とエリスはペンと魔導書を片手に飛び出した。


**


 遂に、その時がやって来てしまった。


「ラヴィニア・ミスティア侯爵令嬢! 今この時を以て君との婚約を破棄する」


 うわぁ、この王太子本当にやりやがった、とエリスはドン引きしながらダリアンを横目で見る。

 ここに至るまでに、一応ダリアンを止めはした。

 まぁ、無駄だったわけなんだが。


「そんなっ! 殿下、わたくしはっ」


「黙れ。エリスを平民と見下し、傷つけるような人間を未来の王妃になど到底認められないっ!!」


 それはそう。

 そうなんだけど。


「お前が言うな」


 ぼそっとエリスは小声で毒を吐く。

 疫病という災厄を乗り換え、多くの生徒が心待ちにしていただろう、今日この日。

 卒業という門出の式典も。

 謝恩会という祝いの席も。

 この断罪イベントに無関係な多くの人間を巻き込んで、現在進行系でぶち壊しにしてるのお前だからな、と。

 だが、それもこれもエリスがヒロインだと気づかずに、うっかりダリアンを攻略してしまったから。

 だからといってブラック企業への永久就職なんて断固拒否だ。

 やってやんよ、とエリスは腹を括る。


「エリスは今や聖女と呼ばれ讃えられる存在。彼女こそ、未来の王妃に」


 ダリアンがエリスを新たな婚約者として紹介しようとした時だった。

 ドッカーンとド派手な音を立て、会場の壁がぶっ飛んだ。

 ちなみに飛んできた破片は全てエリス(スタッフ)が跳ね飛ばしたので会場の生徒は無傷である。


「な、なんだっ!?」


 ざわつく会場に堂々と押し入ったのは黒い人影。

 その人が足を踏み入れた途端、会場の空気は重くなり、その場にいた全員が胸を圧迫されるような息苦しさを感じる。

 コツコツと足音を響かせて近づいてくるたびに彼から放たれる雰囲気に気圧され、本能が今すぐ逃げろと警鐘を鳴らす。

 その人はピタリ、とエリスの前で歩みを止めた。

 この国にはいない、真っ黒な髪に紅茶色の瞳。

 何より頭部に生えているツノが、彼が人間ではないと証明する。

 

「約束通り迎えに来たぞ、エリス」


 地の底を這うような低い声は人々に畏怖の念を植え付けるには充分過ぎる威厳を持っていた。


「私のような者のために魔王であるヴィクトル様自らお迎えに来てくださるだなんて、光栄ですわ」


 ふわっと笑い、淑女らしくカーテシーをしてみせたエリスに、


「大事な俺の花嫁の事だ。当然だろう」


 ヴィクトルが淡々とした口調で応じる。


「エリス、人間界での長年の務め苦労であった」


 口角を上げ、不敵に笑うヴィクトルはどうみても"悪役"にしか見えず、その綺麗な顔立ちが殊更彼を人外めいた者だと強調し、人々に絶望感を与えた。

 けして逆らってはならない、と。


「エ、エリス……こ、これは一体……? な、なんで"魔王"がこんなところにいるんだ」


 カタカタと震える声でダリアンがエリスに尋ねる。

 闇の国オニクシアの支配者、魔王ヴィクトル・エルネスト・ダルクローズ。

 その悪しき名はかつていくつもの国に災厄をもたらし、滅ぼしたと言い伝えられている。


「あら、これを見てもまだ分からない? なんて間抜けな王太子様なのかしら」


 カツン、とヒールの音を鳴らしたエリスは、


「学園内でのトラブルも、国の存亡に関わる災厄も、全てこの私、エリス・レッジの謀であったというのに!」


 まさか、こんなにも上手くいくなんて、と高笑いを響かせる。


「私が聖女? いいえ、私は悪女よ! 魔王様を召還したのが何よりの証拠」


 エリスは羽織っていたショールを外し、腕をさらす。

 そこには魔族信奉者に刻まれる刻印がくっきりと浮かんでいた。


「な、なんだと!?」


 まぁ、自分で描いただけなんだが、イジメ対策に開発した特殊インクのおかげでかなりそれっぽく見える。


「人の世を混乱に堕とす。それが魔族に加わるための課題だったのよ」


 そんなことも知らず、まんまと踊らされるなんて、と悪役らしく邪悪な笑みを浮かべるエリス。

 エリスの告白にざわつく会場内。その様子を見て掴みは上々! とエリスは内心でガッツポーズを決める。

 生きる理由(推し)もいないのに、ヒロインなんてやってられない。

 そんなエリスが遂行したのは断罪イベントの乗っ取り。

 題して『断罪されるのは私だ! ヒロイン降板、悪役に役柄チェンジ計画』だ。


「魔王様、なかなか面白い余興でしたでしょ?」


 観客の反応に上機嫌なエリスは褒めてとばかりに楽しそうにはしゃいだ声でヴィクトルを見つめる。


「ああ、矮小な存在がエリスの策に踊らされ右往左往する様は非常に滑稽で愉快だった」


 魔王の言葉はエリスの今までの活躍が自作自演なのだと肯定するもので。

 先程までエリスを聖女として崇めていた視線は非難するものに代わり、「非国民」「魔女め」「悪魔が」とエリスを罵る罵声が上がる。

 よしっ、順調っ! とエリスが内心でほくそ笑んだ瞬間、


「黙れ、我が伴侶を侮辱することは許さぬ」


 地響きのようなその声は会場を一瞬で黙らせ、冷や水を浴びせられたように人々は震え上がらせた。

 それでもまだヴィクトルの怒りが収まらないのか詠唱もしていないのにヴィクトルの足元を起点とし床が氷はじめる。


「訂正せよ」


 ヴィクトルの声と共に会場に冷気が漂い、一気にグラスの飲み物が凍った。

 いやいやいやいや、マズイって! 魔王にガチ暴れされたら国が滅ぶ。確かに悪役を頼んだけども、なんでこんなにノリノリなの!? と焦ったエリスは、


「ほら、魔王様! この後予定も詰まってますし、いつまで脆弱な人間に構ってるのですか!?」


 逃げるが吉! とばかりにヴィクトルの袖を引っ張り退場を促す。

 ヴィクトルは非常に不服そうな顔だったけれど。


「それではみなさん、ご機嫌よう」


 唇で綺麗な弧を描いたエリスはヴィクトルの手を取って、一目散に会場を後にした。


**


「……はぁ、やっと終わったぁぁあー」


 おーほっほなんて高笑い、思い出しただけでも恥ずか死ねる。

 もう二度とやりたくないと顔を覆うエリスに、


「エリス、本当にアレでよかったのか? 本来なら称賛されるべき功績を全て手放し、ありもしないの罪を背負って国から追い出されるなんて」


 断罪舞台を凍り付かせた(物理)張本人であるヴィクトルが尋ねた。

 さっきまでの威厳はどこにいった、というくらいの穏やかな声に優しい眼差し。

 人間界では恐怖の対象であるかのように実しやかに囁かれているが、実際の彼はあんな茶番に付き合ってくれるくらい気さくなのだ。

 そんなヴィクトルに出会ったのは今から半年前。

 疫病イベント真っ最中の時だった。

 エリスがいくら回復魔法に優れていても、病を患った人々にちまちま回復術を施した程度では災厄は終息しそうにない。

 根本的な解決方法を探して病人の多いより酷い地域へと足を運んだ先で、エリスは真っ黒なオオカミ型の魔獣を見つけた。

 それが傷つき瘴気を垂れ流していた疫病の原因、つまりラスボスであるヴィクトルで。

 本来なら彼を倒してハッピーエンドだったのだろうが。


『おおーかっこいい! もふもふフェンリルとか超テンアゲなんだけどー」


 この時のエリスは過重労働で疲れ果てていた。

 癒されたい。

 とにかくもふもふに癒されたい。

 あわよくばペットにしたい。今後の移動が楽そうだし。なんて下心満載でそれはそれは甲斐甲斐しく世話をした。

 その後、元気になったフェンリルの正体が魔王だったと判明したが、その頃には情も湧いてしまっていたし、何よりあんなにカッコ可愛くてもふもふなフェンリルを討伐するなんて無理っ。

 ダリアンのお願いである疫病は終息したのだから放置でいいでしょ、とエリスはラスボスを討伐しなかったのである。

 別れた時に困ったら呼べと教えてもらった召喚魔法。

 それを使って昨夜ヴィクトルを呼び出し泣きついたところ、彼は二つ返事で悪役を引き受けてくれた。

 こうしてエリスは魔王の威光を存分に借りて、断罪イベントを乗っ取ったのである。


「いやぁー本当に助かりました。あのまま王太子妃にさせられてたらって思うとゾッとします」


 エンディングを迎えて国から出たのだから、エリスはもう自由だ。


「役に立てたなら良かった。それで、エリスはこれからどうするんだ?」


「まぁ、なんとかなりますよ!……多分」


「つまりノープランなんだな」


 だと思った、とヴィクトルはため息をつくけれど仕方ないじゃないか。

 何せヒロインだと思い出したのが、断罪イベントのわずか20時間前。

 ヒロイン降板できただけでも上出来である。


「国を出られたんだからそれ以外はいいんです! ヴィクトル様だってノリノリだったじゃないですか」


 想像だけが一人歩きしているような、魔王像。きっと、先程会場を氷付けにヴィクトルの様子も恐怖エピソードとして歴史の中に刻まれるに違いない。


「ふふっ。それにしても、真面目なヴィクトル様があんなに嘘が上手だなんて知りませんでした!」


「嘘?」


「ほら、花嫁とか伴侶とか。わざわざ氷魔法まで使ってくれたし、怒る演技もすごく上手! おかげでかなりそれっぽく見えましたよ」


 まぁちょっとやりすぎでしたけど、と楽しげに笑うエリスに、


「嘘でも演技でもない。俺はただ事実を述べただけだ」


 ヴィクトルはとても真面目な顔をしてそう言った。


「え?」


「さっき言った通りだ。エリスを迎えに来た。俺の花嫁として」


「へ? え? えぇーーーーー????」


 驚いて大きな碧い目を瞬かせるエリスの手を取って、


「さっき言ったことは全部本音だ。俺はエリスを愛している。君に助けてもらったあの日から」


 そう言ってキスを落とす。


「大事な相手をないがしろにされれば俺だって怒りもする。エリスが泣くなら、国一つ滅ぼしてやったって構わない」


 ヴィクトルは静かな口調で言葉を紡ぐ。


「人の世界で民のために尽くしたいのだとエリスが望むのなら、素直に身を引き見守った。だが、こうしてチャンスが転がり込んできたのなら、遠慮はしない」


 エリスを見つめる紅茶色の瞳は熱帯び、今まで向けられたどんな視線よりも優しかった。


「でも、急にそんなことを言われても」


 たった今、ヒロイン降板してきたばっかりだし。

 もしかして、ヴィクトルはラスボスではなく、実は隠しキャラの攻略対象だった!? 

 ヴィクトルのことは嫌いではないけれどこれも誰かの書いたシナリオなんだとしたら、なんか嫌だな、などと悩ましく思っていると、


「難しく考える事はない。どうせ行く当てがないんだろう。なら、まずうちの国に滞在すれば良い」


 ヴィクトルは大きな手でポンと優しくエリスの頭を撫でる。


「エリスの行動を制限したりはしない。エリスはエリスの好きにすればいい。まぁ、俺としては引き留めたいから、それだけ知っておいてくれれば、今はそれでいい」


 選択権は、あくまでエリスにあるのだとヴィクトルは宣言する。

 あんな茶番に付き合ってくれるヴィクトルのことだ。きっと宣言した通りのことを守るだろう。

 

「とりあえず、まずは俺を知って欲しい。が、客人としてもてなされるより、エリスは自分で動く方が好きだろう。国を立て直すのに現在回復魔法が使える側近を募集中なんだが、どうだろうか?」


 3食昼寝付きだぞ、とヴィクトルはエリスを勧誘する。

 素直に好意だけに甘えられない自分のために出された雇用条件の提示に、エリスは小さくクスリと笑う。


「私の時給、結構高いわよ?」


 何せ、一国を救える位の魔法の使い手なのだから。


「まずは試用期間3ヶ月からで」


 よろしくお願いしますと了承したエリスを幸せそうに抱え上げたヴィクトルは、


「ああ、エリスが出て行きたくなくなるくらい快適な国にする」


 そう言って見惚れるくらい綺麗に笑った。

 そんなヴィクトルと始まった雇用契約がこの先何度も延長されることになるのも。

 愛妻家で勤勉な魔王の隣で、エリスが無双するようになるのももう少し先の未来のお話。

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