火刑 ー廻天の果てにー
轟々と燃え盛る炎の中、杭に縛り付けられたアンジェラは怨嗟の叫びを上げた。
幾度となく時間を巻き戻して生き直すものの、まるで誰かがそうあれと望んだかのように、今のところ結末は大差ない。
最初の人生では、異端と石つぶてを投げる人々に、反論さえしなかった。ただ恐れ、震え、涙を流して、心当たりのない誹謗中傷に「やめてほしい」と訳もわからぬままに謝るばかりであった。神に「なぜこのようなことが起きるのか」と問いかけ、祈りを捧げた。誰による密告があったのかを考える時間も余裕もなかった。
火刑の苦悶で気を失い、次に目覚めたときには、再び生まれ落ちていた。十数年を生き、再び火刑の憂き目に遭ったとき、アンジェラは心当たりのまったくない中傷を観察した。ただ微笑み、ただ従うことを強要してきた声、あるいは暴虐や非道に反抗した姿勢を批難する内容であった。あまりにも一方的な言いようである。
二度目の人生で火刑を言い渡されたとき、アンジェラは戸惑った。片側の言い分ばかりを容れて、「女子供は口を出すな」とでも言うように、責め苦を負わされていることに気がついた。「なぜ」と問いかけると、「命令に従わぬからだ」という返答があった。まことに理不尽なこと甚だしい。
火刑のさなかに、にやついた男が目についた。かつてアンジェラに懸想し、断られた男が腹いせに密告したのだという。命令に従わないというのは、とどのつまり、その拒絶のことだろう。そんな人物だからこそ断られたのだろうに、にやけた顔を見ていると、事実に思い至ることはなさそうだった。優しく接するべきではなかった。
アンジェラは、炎が爆ぜ、火の粉が舞い散る中、自分が二度目の人生を送ったことについて、本当に異端になってしまったのではないかと懸念し、恐れた。
何によって二度目の人生が発生したのかはわからないが、時間の巻き戻しが神の奇跡によるものでないのなら──アンジェラの身に起きたことは、異端の誹りを免れないだろう。
アンジェラはぎゅっと目をつぶって、炎に焼かれる痛みを堪えながら、「私が二度目の人生を送ったことは、どうか神の奇跡でありますように」と祈った。
着ていたワンピースが燃え、炎の中でアンジェラの素肌が露わになるのを見た男は、下卑た欲望を隠そうともしない。不気味な光を帯びた目が、にやりと歪んだ。
アンジェラは縛られた身体をよじり、欲望まみれの視線から逃れようとしたが、彼女の尊厳を守るのは、身を焼く炎ばかりであった。
思わず仰いだ空に、濃灰色の雲が垂れこめていた。
気絶して、三度目の人生がはじまった。再び十数年を生き、再びいわれなき罪で火刑に処された。二度目の人生で言い寄ってきた男と極力関わらないよう、アンジェラは細心の注意をはらった。にこやかに接することさえ控えたというのに、なぜ、とアンジェラは悲嘆した。
火刑の苦悶の中、アンジェラと決して視線を合わせようとしない女性がいるのが、炎ごしに見えた。幼き日、アンジェラの手習いの月謝袋から金を抜き取ったらしき女性だ。ときにはうつむき、ときには不自然に顔を逸らしている。
盗まれた側が火刑に処されるとは、道理に合わぬ。まるで誰かが、アンジェラを火刑にせねばならぬと無理を押し通したかのようだった。
「命令に従わぬからだ」
ここに至って、アンジェラは神にわずかな疑問を持った。神は讒言に耳を貸し、正当な判断をすることができなくなってしまったのだろうか──否、そんなはずはない。神は等しく人々を──密告者や処刑人でさえも、見守るばかりなのだから。
身を焼く痛みに変わりはないが、アンジェラは火刑に慣れつつあった。以前ほどの落胆も失望も、もはやない。火刑で命を落とすたびに、心の動きが死んでいくようである。この廻天をくりかえしていれば、いずれ精神までも焼き切れることは明白であった。
密告者たちに視線を向けることさえ不快である。アンジェラは空を見上げた。風が強いのだろう、濃灰色の雲が足早に流れていく。額にぽつりと冷たい雨の雫があたる。炎と雨が、まるで協奏曲を奏でるように響き合うのを聞いて、アンジェラはかすかに微笑んだ。それが彼女の三度目の人生の最期だった。
四度目の人生がはじまったとき、アンジェラは廻天にうんざりした。このような苦痛をくり返すのであれば、いっそのこと廻天が終わりを迎えないものかと考えた。もはやアンジェラにとって、人生が終わることは、安らぎや救いであった。人生さえ終われば、痛みや苦しみもないのだから。十数年を何度もくり返した彼女の精神は老成していた。
アンジェラは四度目の人生をつつがなく生きたが、火刑の日はやってきた。今度の密告は、アンジェラの過失を責め立てる内容だった。
失敗しない者などいないのに──と、アンジェラは瞬きをしながら、処刑人の読み上げる罪状を聞いた。全知全能たる神でさえ、リリスを生み、アダムとイブの堕落を予見せず、カインによる暴虐を事前に止めることが叶わなかったのだから。
アンジェラが杭に巻かれるやいなや、足元に積まれた薪に火がつけられた。すぐに燃え上がるかと思われた炎は何度か消えた。処刑人はいらだち、群衆からは不満が漏れた。
醜く歪んだ人々の顔に悪霊が潜んでいるように思えて、アンジェラは目を背け、空を見上げた。先ほどまで明るかった空には暗雲が立ち込め、急に夜が訪れたかのようだ。
炎がアンジェラの脚をじわじわと炙る。しかし予想していた痛みは、いつまで経ってもアンジェラに襲いかからなかった。
空を雷が駆けた。地鳴りのような轟きのあと、大粒の雨が降り注ぎ、群衆はにやついた顔をこわばらせた。風が吹き荒んで火の粉が飛び散り、女たちから悲鳴が上がった。
嵐をものともせず、火刑の炎は燃え盛る。しかしこれまでとは違って、炎はアンジェラではなく、群衆に牙を剥いた。風に逆巻いた炎が、処刑人の服に燃え移る。処刑人はあわてて火をはたいたが消えず、地面にできていた水たまりに飛び込んだ。煙と音をあげてようやく消えた火をよそに、泥だらけになった処刑人は恐れ慄いた。
炎は群衆を次々と襲う。先刻まで罵声と嘲笑に満ちていた群衆の声は、悲鳴と恐怖に変わった。
轟々と燃え盛る炎の中、杭に縛り付けられたアンジェラは叫びを上げた。天にいる神ではなく、己の内にある神への叫びだった。
雷が落ちた。少しして、村の教会から火の手が上がる。あわてた人々が神への祈りをくり返しながら、散り散りになって家に帰って行く。稲光がアンジェラの横顔を照らし出すと、煤のついた頬が輝いた。
アンジェラに罵声を浴びせていた人々が村の広場からすっかりいなくなると、炎は杭を這いあがり、縄を焼いた。縄がゆるんでほどけ、アンジェラはつんのめるように大地に両足を下ろした。
風雨も雷もやまないが、雲の切れ間から、陽が差し込んでいた。
アンジェラは頬についた煤をぐいと拭うと、村の外へと歩き出した。炎の匂いの中に、かつて焼かれた無数の魂の気配があった。雨はそれを慰めるように降りしきる。
村の広場にできた水たまりに、いくつもの雨粒が落ちた。折り重なる波紋が生まれ、やがて消えた。
村人たちが「天によって火刑をまぬがれた」とアンジェラを崇め祀るようになり、処刑場跡に教会を建て直すのは、数ヶ月のちのことである──。




