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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第二話 伝説は森の中に
8/12

2-4

 エルフの里に着くや否や、イヴは連れ去られた。別に誘拐されたわけではなく、母親と思しきエルフが近寄ってきたかと思うと、ろくに言葉を交わすことなく連れて行ってしまったのだった。どうやら見かけ通り、本当に子供だったらしい。


 足早に立ち去る背中を見て、古谷は思う。


(まるで俺たちが誘拐犯みたいな扱われようだな)


 イヴが振り返り、こっそり手を振ってくれたのがせめてもの救いだった。


 そんなわけで二人だけになってしまったわけだが、それは心持の話で、実際のところは未だ周囲にはエルフの部隊が雁首を揃えていた。間もなくアイフの先導のもと、どこかへ連れていかれることとなるのだが、その間、部隊の面々は二人を囲んで歩くこととなる。


 護送という言葉がふさわしいが、それはどちらかというと古谷たちを警戒してのことだ。さながら刑務所に送られる犯罪者のような扱いだった。しかも里のエルフたちの視線の集中砲火に晒されながら、だ。


 ここで問題なのは、不当な扱いを受けているのはエトただ一人ということだ。彼女自身、白い目で見られていることを如実に感じているのか、自分でも気づかないうちに古谷の手を握っていた。


 彼が視線を向けると、エトが俯きがちに歩く姿が見える。その手は震えている。


 古谷は黙ってその手を握り返した。


 そうこうしているうちに、この里で一番大きい樹木の前にやってくる。ウロをそのまま住処にしているのか、はめ込まれるようにして扉が収まっている。


「入れ」アイフが言った。


 二人が入っておこうとすると、すかさず制止の声がかけられる。


「人間、貴様は駄目だ。外で待っていろ」


「おい、話が違うぞ」古谷が抗弁する。


「そこまで許可していない。少しは慎め」


「この先に何があるっていうんだ」


「あるんじゃない、いるんだ」アイフは言う。「長老、我らが長の家だ。無礼だぞ」


 言いあう二人に割って入るように、よく通る声が中から聞こえてきた。


「よいよい。入れ」


「は」アイフはすぐにかしこまった態度を取る。「ですが……」


「構わん構わん」老人の声は言う。「それに客人は多い方が楽しい」


「た、楽しいって……。そういう問題では」


 が、それ以上に反論はできないようで口を噤んだ。


「だってよ」古谷は勝ち誇った笑みを浮かべて言った。「エト、行こう」


「え、でも」


「いいって、許可貰ったんだし。“正真正銘”の偉い人からな」


「フ、フルヤさん……」


 悔しそうに歯噛みするアイフを横目に、古谷は、未だ躊躇うエトを半ば強引に引っ張って中へと入った。


 内装は簡素だった。ベッドが一つに、背の低いタンス。芝生がラグ替わりに床面の中央部にあり、ロッキングチェアが一脚ある。


 その椅子に年寄りのエルフが背を丸めて座っていた。


「すまんのぉ」老エルフは皺かと思われたその口を開いて話す。「うちのものに代わって非礼を詫びよう」


「わかりました、水に流しましょう」相当腹に据えかねていた古谷は言う。「これまでの分は」


「もういいって、フルヤさん」エトは窘めた。


「若いのぅ」老エルフは快活に笑う。「ま、楽にしなさい」


 言うと同時に軽く片手を振ると、隅に置かれていた二脚の椅子がやってきた。魔法により浮いた状態で、滑るようにして二人の背後へと着地する。そこにおずおずと腰かけた。


 それを待っていたかのように今度は、陶器性のカップがこれまた浮かんで二人の前に滑り込んでくる。飲めということらしい。


「いただきます」エトが言い、手に取る。


 古谷も続き、二人はほとんど同時に口をつけた。


 植物由来の飲み物らしいが、よく擦られておりざらざらとした舌ざわりは皆無だ。あっさりとした口当たりもさることながら、後味もいい。ほろ苦さがあるものの後を引くことなく、喉に絡みつくような感触もない。


 ほどよく温められているそれを一口飲むだけで、ほっと一息つく心地となり、解けるような感覚があった。


「おいしいです」エトが穏やかに感想を述べる。


 老エルフは笑みを浮かべた。「口に合って何より」


 古谷も和やかな空気に呑まれかけるも、本来の目的を思い出して尋ねる。


「それで、俺を連れてきた理由って」


「ああ、そうであったな」と、言いおいて老エルフはさらに続けた。「少し長い話になる。老人の昔話に付き合ってくれますかな?」


 頷き返すと、「それは何より」と笑みを浮かべた。そして、話し出した。


「この世界には七種類の種族が生息している。それはご存じですかな?」


「はい」古谷は言う。「それぞれ関わりを持たないよう暮らしていると」


「さよう。しかしそれはここ数百年のこと。今からほんの五百年くらい前までは共存しておった」


「確かにそんな話は聞いたことありますが」エトが問う。「事実なんでしょうか」


 老エルフはゆっくりと且つ厳かに頷いた。「事実だ。もちろん我らエルフと人間も、かつては同じ町に住み、協力して暮らしを営み、繁栄していた」


「何があったんでしょうか」今度は古谷が尋ねる。「今のエルフは人間を酷く毛嫌いしているように見えます」


「かつてのそれぞれの種族には、それぞれの強みがあってのう、生まれ持った特徴を活かして生存する力を持っていたのだ。しかし、人間にはそれがなかった。多少、他種族よりも知恵が働くが限度というものがあろう。本気を出されれば、あっけなく滅ぶくらいには世界で一番弱い種族だったのだ」


 何とも言えず、二人は黙って続きを待つ。


「現に度重なる戦争で幾度となく絶滅に危機に瀕してのう、そこで人間は生存するために繁殖力を強めたのだ」


「え」エトが反応を示す。「それって、つまり」


「多くの子を成すようになり、やがて世界中に加速度的に増えていったのだ。そして増え過ぎた人間は、次に他種族へと手を伸ばすようになった」


 エトがそわそわとし出した。


「あの、これ、私聞いても大丈夫ですかね?」と、古谷に問いかける。


「別に変な話してないだろ」


 そう返すと、「そ、そうですよね!」と居住まいを正した。頬がやや赤らんでいるのが見て取れる。


(思春期かよ)古谷は思った。


 老エルフは構わず続ける。


「人間が他種族とも交配を重ねるようになった末に混血種が生まれるようになった。ドラゴンからはドラゴニュートが。ヴァンパイアからはダンピールが。そうして時代が進むにつれて元々生息していた種族の姿はなくなり、世界には混血種だけが溢れかえるようになったのだ」


 古谷は開いた口が塞がらなかった。それというのも要するに、かつての人間の中にドラゴンや狼と交尾を試みた猛者がいたということに他ならないからだ。


「かくいう、わしも実際にはハーフエルフなのだ」老エルフは言った。


 銀に染まった長髪をかきあげるようにすると、耳を差し出すように見せてくる。エルフの特徴の一つともいえるその耳は、確かにとんがりが控えめな気もした。


「この現象に怒りを燃やした神は、それぞれの種族の住処を分けるようにした。そして二度と交流を結ばないよう、他種族との地域との境には魔獣を配置した」


「それが魔獣の誕生」エトが言った。「神が作った獣なんですね」


「その通り」老エルフは頷いた。「正確に言うならば魔獣は生物ではない。種族同士を分け隔てるための壁のような役割を持つ、一つの装置に過ぎん」


「ですが、それにしては控えめじゃないですか」古谷は問う。「もっと隔離的にしなければ、今の我々みたいに交流を持とうとする人は出てくるはずです」


「もちろん、それだけじゃあ足りないということは承知していたようだ。だから同時に他種族には教えが連綿と受け継がれている」


「教え?」


「人間が邪悪な生き物だという教えだ。それを聖典にしたためさせて、今尚語り継がせている」


「それが、ここで私が嫌われている理由、ということですか?」


 エトが尋ねると、老エルフは頷き返す。


「今の話、誰も知らないんですか?」古谷が問いかけた。


 おかしな話だった。もしそれを聞いていたらエトが嫌悪感を向けられることもなかったはずだ。現に、目の前の老エルフにはそんな感じがない。いくら神によって作られた聖典とはいえ、皆が皆、それに従うとは限らないだろう。


 にも、拘わらず老エルフは事もなげに言う。


「誰にも言ってはおらん」


「なぜです」


「自らの血に、他種族の血が入っているという事実はあるいは調和を乱しかねないからだ」


「それは一部の人だけだった場合でしょう? でも、今の話じゃあ全員が混血種だ。誰も差別なんかしないはずです」


 そう言い返すと、老エルフは先までの話の続きように語り始めた。


「なぜ、神がそれぞれを種族の住処を分けたか。いずれ来たる時のためだ」


「いずれ来たる時のため?」問い返す古谷。


 エトが問いかける。「つかぬことを尋ねますが、長老さんはおいくつ何ですか?」


「おい、それ今重要か?」古谷が言う。


「その、確信が持てなくて」とズレたことを言い、老エルフへ再度視線を向ける。


「聡明なお嬢さんだ」しかし彼は称賛した。「私は四百歳とちょっと、といったところかの」


「ええ?」古谷は疑問を呈した。「だけどさっき五百年前の話をしてじゃないですか」


「それは全てこの座を継ぐ際に聞き知ったこと」


 それからエトへと視線を向けた。さながら彼女だけは確信に迫っているのを察しており、続きを促しているかのようだ。


 古谷は取り残されている気持ちになった。


「間違っていたらごめんなさい」エトは自信のなさを前置きする。「おじいさん、エルフにしては更け過ぎているように感じます」


「ほう、それで?」老エルフは試すように続きを促す。


「イヴちゃんが自らを百歳と言っていました。後三百年で、そこまで老け込むのはちょっと考えられません」


 エルフの正確な寿命まではわかりませんが、と言い訳を差し挟む。


「それから先ほど見せていただいた耳なんですが、短いという印象を受けました」


 それは古谷も同様に抱いた感想だ。


「ですが長短は相対的なものです。予め長い耳を見ていないとそういう印象は抱きません」エトは捲し立てるように言う。「あのタイミングで見せてくれたということは、それがハーフエルフである証だということは間違いないと思います。それで、これまで一度も見たことがなかったエルフにどこで先入観を持ったのかと考えたら、その、もしかして、と思いまして」


 老エルフは穏やか笑みを浮かべて、彼女の話を聞いていた。相槌を打つように要所要所で頷き、続きを促している。


 エトは言った。「混血種で溢れかえった世界は今、元の状態に戻っているんじゃないでしょうか。同じ種族同士で交配を重ねて、元あるべき形に戻っている。その結果としてエルフの寿命は延びており、イヴちゃんとおじいさんとで違いが生まれている」


「悪い、何が何だか」古谷は口を挟んだ。


「ご、ごめんなさい。いまいち、まとまらなくて」エトはしばしの黙考の後、考え深げに話す。「私はイヴちゃんの耳を先に見ていたから、それを基準におじいさんの耳を短いと思ったんです。耳の長短がエルフかハーフエルフを分ける一つの要素であるならば、耳が長くなっているイヴちゃんはより元々のエルフに近くなっているんじゃないかと。寿命が延びているのもそのため」


「なるほど」古谷が後を引き継いだ。「つまり子供が生まれるにつれて元のエルフに近づいていっていて、どちらに近いかで格差が生まれているってわけか」


「そういうことです」


「全てお嬢ちゃんの言う通り」老エルフは言った。「僅かな違いでも調和というのは乱れる。ましてやそれが、これまで忌み嫌っていたもの由来だとしたら猶更」


「だから真実を伏せているということですか」古谷が尋ねる。


「知ることが必ずしもいいとは限らないからのう」


「……ならば、どうして俺たちにはそんな話をしてくれたんですか」


「それぞれの種族は生まれ持った能力がある話はしたのう。エルフは魔法を行使する力に優れた種族で、その目で人の持つ魔力を目にすることができる」


「人の持つ魔力?」


「魔力というのは種族ごとにはもちろん、一人一人違うものなのだ。例えば、お嬢ちゃんの魔力は赤色。それは人間の魔力を意味する」


 老エルフは、それから古谷へと視線を向けた。


「お主のは全く違う色だ。だが、それが何なのかわしは知っておる」


「知って、いるんですか」


「真実を知るのが必ずしもいいとは限らない」先ほど言った言葉を繰り返し、さらに付け足す。「それでも知りたいか、青年」


 試すような視線に射竦められ、古谷は気後れした。自分の有している力の正体は知りたい。森の中で、ゴーレムと同じ結晶体を見たその時から感じていた。どうしてあんなところにあるのか。どうして同じ形をしているのか。


 何より、この力をどうして自分が与えられたのか。


「お願いします」


 自然と詰めていた息を吐きだすように言った。口にしてみたら、呼吸こそ楽になったものの動機が止まらなくなる。


 それは老エルフが返事をするまで続いた。


「ここから近くの森に遺跡がある。そこに行ってみるといい。アイフに案内させよう」


「遺跡って……」


「お察しの通り」


 各地にあると言われているゴーレムの遺跡の、ということだ。

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