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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第二話 伝説は森の中に
6/11

2-2

 エトに先導される形で森を行くと、やがて開かれた場所に出る。この森に人の手が入ったとは思えないので、おそらく魔獣の暴れた痕跡なのだろう。いくつかの木が折れて倒れていた。


 その一つに身を持たせるようにして、気を失っている少女の姿がある。


 陶器のような白い肌に、透き通るくらい滑らかな金髪。そして、特徴的な尖った耳。


 木漏れ日に照らされたその姿は、それそのものが一つのアートだと言われても納得できるほどだった。


「これが、エルフ」


 元いた世界で知っているままの姿であるが、実物を目撃としたことはもちろんない。感慨深げに古谷は呟く。


「私も見たのは初めてです」


 全く同じ思いを抱いていたようで、エトが同調する。が、古谷より実感を伴っていたようだ。


「どうやら行き倒れているようで。運ぶのを手伝っていただけないですか」


「ああ、もちろん」


 これは映画でも漫画でもなく現実だ。目の前にいるエルフは確かに生命を宿していて、どういうわけか衰弱している。このまま放置していたら魔獣に襲われかねないだろう。


 そういうわけで古谷が背負う形でエトの家へと運び込んだ。


「あの森には行き倒れる人ご用達なんですかね?」


 怪我の具合を見てから傷口に薬を塗り終わると、エトが一息ついたように言う。緊張状態を長く続けていたからか、その反動でややきつめの冗談を飛ばす。


 当事者の一人でもあるので、古谷は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「それはともかく」エトは気を取り直して言う。「この辺りにエルフがいるとは思いもよりませんでした」


「近くに集落でもあるのかもな」


「そうでしょう」エトは頷く。「エルフは魔法に優れている種族と聞きます。その集落も魔法で結界を張って、巧妙に隠されているとの噂です」


「じゃあ、間違って結界の外に出てきたってところか」


「おそらく。見た目から類推するにまだ子供なんでしょうね」


(そうと決めつけるのは早計だけどな)


 古谷は、彼女の姿を横目に見ながらこっそり思った。


 と、その時エルフの子供が目を覚ました。微かな呻きと共に身動ぎをし、やがて身を起こす。


 しばしの間ぼんやりと辺りを眺め回していたところを、エトが声を掛けた。


「気が付いたようですね。よかったです」


 まだ寝起きだからか束の間、眠たげに彼女の顔をじっと見ていたかと思うと、徐々にその眼は見開かれていった。そしてついに完全に開かれると、小さな悲鳴を上げて距離を取るように後退る。


「え、なんで」


 その一連の行動にショックを受けたエトは、小さく言った。


 対するエルフの子供は怯えた視線を向け続ける。かと思ったら、もう一人の存在に気づくや否や飛び出すように駆けよって、その背後に隠れるようにした。


「な、な、な」エトは唇をわななかせて言う。「なんでなんでなんで!」


 エルフの少女は、古谷の足に縋りつくようにしながら困惑する彼女の様子を窺っている。


「なんで私は駄目で、フルヤさんはいいのさ!」


 さすがに不可解だったので、古谷は尋ねた。


「えっと、いったいどうしたんだ?」


 すると、エルフの少女は警戒心からか視線を外すことなく答える。


「人間は酷い生き物だから。私たちに悪いことする」


 その発言には古谷はひやりとさせられた。どういう意味なのか、その視線から読み取ろうとすると、エルフの少女も気づいたのか見上げてくる。淀みないその瞳は、彼が人間ではないことを如実に物語っていた。


 幸いにもエトはショックのあまりその違和感に気づかなかったようで、一人主張を続ける。


「そんなことないよぉ」半泣きで言った。「私たち、あなたを助けたんだよぉ」


 自ら恩を売っていくスタイルは些かダサいが、不当な扱いを受けているのは確かだ。なぜだか、エルフの少女は古谷へと確認を取るように視線を上げる。彼が認めるように頷いてやると、少女は気恥ずかしそうに影から身を出した。


「その点に関しては、ありがとう」


 自らの理不尽な言動を恥じているのか、不貞腐れたような言い方だった。手を後ろで組み、もじもじとしている。


 エトはこれを和解と見て、一歩物理的に歩み寄ろうとする。が、エルフの少女は避けるように再び古谷の影に隠れてしまった。


「なんでだよぉ」


 エトはあまりも報われなさに項垂れた。


          *


 一度、場を仕切り直し、二人はエルフの少女と距離を空けて対峙した。客人はベッドの上に座らせて、古谷たちは椅子を横に並べて腰かける。


「私はエトって言うんですが」エトがへりくだって尋ねる。「それで、そのぉ、お名前を伺えればなぁっと」


 が、すげなく無視された。仕方がないので、古谷が同じことを尋ねると答えがあった。


「イヴ」


「イヴちゃんって言うんだね」エトがすかさず反応した。「可愛い名前だね」


 が、これにも無反応。


 歩み寄りは失敗するも、めげずに彼女は質問を続けた。


「どうして、あんなところに倒れていたんでしょうか」先刻のへりくだった態度を取り戻す。


 やはりこれにも返答はなかった。古谷が繰り返して、やはり彼女は答えるのだった。


「魔獣に襲われて、逃げているうちに帰り道を見失ったの」


「私とも会話してよぉ」


 さすがに心が折れかけている。そんな様子が気の毒に思われたのか、イヴは声のトーンを落として続けた。


「突然、魔獣が降ってきて。何日も森を彷徨うことになった」


「降ってきて?」


 エトが繰り返す。すると、イヴは頷き返した。


「なるほど、降ってきたんだね!」


 破顔一笑。反応があったことがよほど嬉しいらしく、意味を差し置いて再度繰り返した。イヴは不貞腐れたようにそっぽを向くも、エトはお構いなくニコニコしていた。


 それはそれとして、古谷は気になることがあり尋ねた。


「ちなみにその魔獣、羽でも生えていたのか」


 イヴは首を振る。


「ない。紫の奴だった」


「なるほど」


 もしかしたらと問いかけてみたが、案の定。思い当たる節があり過ぎた。


 そいつはおそらく、先日ラムーベの町に現れた魔獣だろう。ゴーレムと化した古谷が、がむしゃらに投げ飛ばしたものが、運悪くイヴの下に不時着したらしい。依然として、気の立っている魔獣が目についたものを襲ったとしてもおかしくはない。


 遅れてエトもそのことに気づいたらしく、首を傾げた。


「もしかして、この前の奴ですかね?」


 と、古谷へと同意を投げかける。それから彼の異変に気付いた。


「あれ? 何か冷や汗出てますけど、大丈夫ですか?」


「あ、ああ。全然平気」


「声、裏返ってません?」


 一つ咳払い。「そんなことない」


「そうですか?」


 古谷はごまかすように言った。


「そのー、何だ? 困っているみたいだし、俺たちで送り届けてやろうか?」


 自分が引き起こした自体ならば責任を取らなくてはならない。そんな思いからだった。


 あるいは証拠隠滅とも言い換えられた。


 しかしイヴは顔を顰め、エトも怪訝な顔を浮かべる。


「うーん」エトは言う。「私たちが行って力になれますかね?」


「エトはこの辺りの森に明るいし、俺は……うん。まぁ、人手があった方がいいだろ?」


「エルフの里は普通の人間には見つけられない」これは、イヴの言。「それに余所者を招くことはあまり望まれない」


「じゃあ、また一人で森の中を彷徨おうって言うのか?」


 多少意地の悪い問いかけ方であったが、効果はてきめんだった。イヴはむっつりと黙り込む。


「別に中まで入れてもらおうなんて考えていない」古谷は言う。「途中まで送っていこうって、ただそれだけだ。な?」


「うん、そうですね」エトも続く。「確かに一人よりかは安心ですね。どう? イヴちゃん?」


 しばらく不機嫌そうに黙り込んでいた彼女だったが、渋々といった様子で頷いた。


 しかし早速、捜索に身を乗り出そうとするには時間が遅すぎた。既に日が暮れ始めており、間もなく夜の帳が落ちる。ここから先の時間帯の森は本気を出す。


 なので三人は明日から本気を出すこととし、今日はエトの小屋で一泊することになった。


 食事は元々古谷が泊まる可能性を考慮してか、それなりにもてなし用のものが取り揃えられていたが、如何せん数が二人分だ。


 食卓に並べられたのは、スモークされた肉に野草のスープ、そしてドライフルーツ。さらには有難いことにパンが柔らかい。それらを三人で分け合って食べる。


 食事を終えると間もなく三人は床に就いた。ベッドはどうあがいても一人分だけなので、イヴに譲るとして他二人は床に寝る。小さな小屋に、三人もの人間が横になっている。


「やはりというかなんというか」エトはもぞもぞと身を捩らせながら、小声で言う。「寝辛いですね」


 かつて同じ思いをした同胞を見る目で古谷を見つめた。彼は苦笑いだけを浮かべる。


 イヴは先刻から黙っているのですっかり寝入っているのだろうと思っていたのだが、おもむろに話し出した。


「ずっと心細かった。森の中、何日も何日も、一人で歩いて」淡々とした口調こそしているが、感情が読み取れる。


 続く言葉がなんとなく予想されたので、しばし空いた間も穏やかな気持ちで待てた。やがて、エルフの少女は言う。


「本当にありがとう」


「どういたしまして」エトが静かに答える。


 古谷も微笑む。元を正せば引き起こしたことの尻拭いをしようというものだったのだが、彼の中では人助けに昇華され、すっかり正当化されてしまった。


 照れてしまったのか、二人に背を向けて横になるイヴに、エトは女子トークを持ち掛ける。


「ねね、イヴちゃんって今何歳なの?」


「……なんで、そんなこと尋ねるの」


「エルフって長命って聞くから」


「……百歳」


「ええ! 百歳? 全然見えなーい!」


 一人、きゃぴきゃぴとはしゃぐ彼女の傍らで古谷は思った。


(お前が言うなー)


 片や一世紀。もう片やその四分一と、実年齢は文字通り桁が違う。比べることすらおこがましくなる月日だが、見かけ上はどちらも子供同然だった。


          *


 翌朝。豆とチーズとで簡単な朝食を済ませると、早速イヴの帰り道の捜索に出掛ける。


 まずは昨日、イヴを発見した辺りまで行く。そこまで行くエトの迷いない足取りに、イヴは少なからず驚いていた。


「どうして、エルフでもないのにそこまで正確にわかるの」


「まぁ、歩き慣れてるからねー」


 エトは何気ない様子で答える。


「普段から」


「うん」


「命知らず」


 そう言い捨てる彼女に、エトは愛想笑いで受け流す。


「さて」それから言った。「ここが魔獣の荒らした場所なら、どこかに痕跡が続いてるはず。それを辿っていけば、イヴちゃんが見知った場所まで出るんじゃない?」


「うん」イヴは頷く。「その可能性は考えた。でも、どこにもない」


「通った後も?」


 こくり、とイヴは頷き返す。


「そもそも前提が間違ってるんじゃないか?」古谷が口を挟んだ。「彷徨っているうちにたまたま魔獣の荒らした場所に辿り着いただけで、ここで襲われたわけじゃないのかも」


「そうなの?」と、問うエト。


「そうかも」イヴはあっさりと認めた。


 ここに辿り着くときには体力の限界だったろうし、記憶も曖昧になるだろう。


「うーん」エトは腕を組む。「魔獣の飛んでいった方向が分かれば、おおよそ検討がつけられるんだけどなぁ」


 あの時は無我夢中で、古谷自身ですらどの方向に投げたか判然としていない。


(ゴーレムに成り替われば、あるいは一発でわかるかもしれんが)古谷は思う。


 あれだけの体長があれば、さぞ遠くまで見通せることだろう。魔獣が落ちたならば木々もなぎ倒されているだろうし、一目でそこだとわかるはずだ。


 あれ以来、古谷は一度もゴーレムに変身していなかった。吐くもの吐いて少し休んでからもう一度試したものの、成り代わることはできなかった。体力の問題なのか、再変身には時間を置かなければならないのか。


 ともあれ連続してできることでないならば、おいそれとは使えない。いざという時に変身できなくては困る。


(それに気になるのは)


 魔獣との戦いの最中で唐突に点滅を始めた胸の結晶体。赤く明滅を始めたその瞬間から、古谷の心臓を弄ぶかのように強弱をつけて締め付けた。


 あれが一種の危険信号ならば、連続して変身できないことも納得だ。だが誰が何のためにつけたものなのか、という疑問が湧く。生物の自然な進化としてはあまりにも不自然なものだった。


「とにかく歩こっか」思案に耽る古谷を他所に、エトは提案する。「三人いれば、何か見つけられるかも」


「んな無茶苦茶な」古谷は言う。「闇雲に探すには広すぎるぞ」


 しかしそう思っているのは彼だけだったようで、イヴから特段異論はなかった。無言を貫いている。


「え? いいのか?」思わず、古谷は尋ねた。


 すると、あっさりと頷き返される。「それとも他に策ある?」


「え、いや、それは……」


「じゃあ決まりですね」エトは言った。


 そうして一行は手がかりのないまま捜索を進めていくのだった。

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