表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第四章:第十四話 満月の応え
55/55

14-3

 地中より出でた魔獣により、狂乱に包まれる町。そんな中でフォレットはオセたちに一つ頷いて見せると、ゆっくりと立ち上がった。魔獣と対峙する。


 大地の魔獣はどうも気が立っている様子で、一つ咆哮を上げると、カンラン岩のゴーレムへと突進する。


 フォレットはそれを真正面から受け止めた。腕を構えて、抱きとめるようにして制止を掛ける。踵で地面を数メートル削ったところで、動きを止めることに成功した。


 それから押し返していく。一歩ずつ、地面を固く踏みしめながら魔獣を町の外へと押し出そうとしていた。


 が、魔獣も無抵抗なわけがない。最初は真っ向から対立するように踏ん張っていたが、じり貧であることがわかると、もがいて拘束を逃れようとする。


 フォレットは一層強く抑え込んでいく。すると魔獣は、今度は地面を掘り始める。左右へと掻きわけられた土が、家屋へと降りかかっていく。


 言うまでもなく魔獣の一掴みは大きいので、掻きわけられた土砂も相当なものだ。それが積もれば最悪、家が埋まりかねない。一軒丸々ということはないだろうが、入り口が塞がれてしまう懸念がある。


 そう計算して魔獣が行動しているとは思えない。おそらく、押しても退いても無駄ならば地中へと逃げようくらいの魂胆だろう。


 が、このままやらせておくわけにはいかないのも事実だ。腰辺りに回していた手を前足の付け根まで引き寄せて、魔獣を立ち上がらせるようにして持ち上げる。


 力を籠め、半ば肩で押すようにしながら押し上げていく。いっそのこと、そのまま仰向けに倒してしまおうとまで考えた。


 しかし、そううまく事は運ばなかった。ただでさえ体重のほとんどを一身に受け止めている状態なのにも拘わらず、魔獣は後ろ足さえ持ち上げて全体重を預けてくる。おかげで、逆に圧し掛かれる形でフォレットが倒されることとなった。


 マウントポジションの大地の魔獣が爪撃を繰り出す。普段どんな硬い岩盤でさえも抉りぬくその爪は、鋭利かつ強固だ。それが今、カンラン岩のゴーレムの体を着実に傷つけていた。


 初めはそれを防ごうと腕を交差していたフォレット。だが、それではやられる一方だと察して攻勢へと打って出る。振り下ろされる爪には気を払わず、まっすぐ両腕を魔獣の顔へと伸ばす。そのたらこ唇の上下を掴むと、引き裂こうとするかのように開いていった。


 予想外の攻撃に怯んだ魔獣。悲鳴にも似た咆哮を上げている間に、フォレットは尻を蹴り上げるようにした。魔獣が前方へと飛び出していく。


 そうして、ついに拘束を解いたフォレット。膝立ちの姿勢で魔獣へと向くと、細い方の腕を胸の前に翳した。結晶体の光をその腕に宿すと、自らの体を横切るように斜め上へと突き出す。


 ゆっくりと手元へと引いていく。すると、通った後に軌跡を描くようにして光の帯が伸びていく。やがて一定の長さまで来ると、固定されたように腕の動きに合わせて振れた。さながら光の剣といったものが、手首から伸びている。


 態勢を立て直し、相対する魔獣。フォレットが光の剣を携えて走り出すと、迎え撃つようにして走り出した。


 二つの巨体がたちまち距離を詰めていく。やがてそれらは、すれ違うようにして交わる。


 勢いを殺すため地面を滑るフォレット。剣を前面へと突き出した残心の姿勢で動きを止めると、その背後で魔獣が遅れて切り裂かれた。上下が分断される。吹き出ようとする鮮血に押されるようにして、胴体の上半分が宙を舞ったのだった。


(ごめんね)血の雨が降りかかる辺りを眺めながらフォレットは呟いた。


 一方その足元では、戦いが終わったと見た人々が、一人、また一人と姿を現し始めた。


 オセもその一人だった。恐る恐ると身を晒す人たちに混じり、カンラン岩のゴーレムを見上げた。


 視線を感じたのか、顔を向けられた。目があったような気がして、居たたまれなくなり視線を落とす。するとゴーレムはすぐ目の前まで迫り、跪いてきた。そっと、掌を差し出してくる。


 オセはもう一度、フォレットを見上げた。ゆっくりと頷いてくる。


 恐る恐る手を伸ばす。巨大な掌の指先に触れる。そうすると微かに上下に揺れた。


 それは仲直りの握手だった。


          *


 かくして、しめやかに和解を果たした二人の亜人種は、その晩も同じ宿屋にて泊まった。いろいろあったからだろう、ワーウルフの兄弟はベッドの上でぐっすりと眠りこけている。


 二人手を取り合い、安らかな寝息を立てる顔を見て、フォレットは微笑みを浮かべる。それから、起こさないようそっと部屋を出て行った。


 宿屋を出て、外へと。人気のない路地裏にひっそりと建っているので、夜更けともなるとより一層静寂は極まっている。未舗装の道路に、人が住んでいるかどうかもわからない寂れた家屋が立ち並んでいる。


 壁にもたれ、眠りこける浮浪者然とした鳥人族が見受けられる。泥酔しているのか、それとも薬のやり過ぎで気を失っただけなのか。ともあれ、冷たい風を一身に浴びながらも項垂れるようにし、身じろぎ一つしない。


「どういうつもりだ?」フォレットは徐に口を開いた。


 見えない誰かに対しての発言であったが、別の誰かの気配を感じているわけではなかった。対象は外ではなく、内。自らの身に宿っている、クライカという別人格に話しかけていたのだった。


「余計なことは言わない。そういう約束だったろ」昼間の出来事を咎めている。


 古谷とジュンを前に、いよいよ存在を隠し通せないと悟ったクライカは望みどおりにしてやろうと提案した。フォレットは難色を示したが、余計なことを言わないという条件で表へと出てきたのだった。


 しかし蓋を開けてみればこの様だ。受け答えは不自然だし、唐突にベラベラと話し出す。フォレットからしてみれば、その変わりようもまた疑問の種だった。


「おかげで大変な目にあった」


(善処はした)が、クライカはぬけぬけと言ってのける。


「オセくんに対して、信頼を失いかけたんだぞ? いや、あれはもう失ったといっていい。また一から再構築しなくちゃならなくなった」


(だから?)


「……もういいよ」フォレットは呆れたように言う。「で、なんで急に饒舌になった」


(それこそ余計なことだったからだ。この件には関係ない)


「果たしてどうかな」


(嘘は言っていない。記憶が戻ればすべてわかる)


「正直、君を信じるべきかどうか。今更ながら決めかねているよ」


(その日が来て、後悔するのはお前だ)


「ああ、そうかい」フォレットは大して取り合うことなく、夜空を見上げる。


 待宵の月が浮かんでいた。


(明日は満月か)フォレットは無意識下でそう思う。


 それから言った。


「なぁ、クライカ。君は今までどんな生き方をしてきたんだい? ゴーレムってのは、いったい何者?」


(まずは自分の心配をするべきだな)


「記憶がなくとも、自分が何者かくらいはわかっているつもりだよ」


(そういう意味じゃない)


「じゃあ、何?」


(早いところ、この町から離れることを勧める。あのガキは捨ておいてな)


 フォレットは不快そうに顔を歪める。「急に何だい?」


 するとクライカはあくまでも淡泊に答えた。(忠告はした)


          *


 同時刻。古谷とジュンも、エトと合流を果たして話し合いを行っていた。


 場所は宿屋の一室。朝と同じく、エトの部屋だった。


 しかし、あの時ほどの気の抜けた雰囲気はない。


「そっか……」状況説明を聞き終えたエトはそう呟く。


 純血種は逃がしてしまった。というよりかは、見逃したという言い方が正しいだろう。早熟で知性の発達も早い純血種は完全体になるまでの間、人の心を巧みに利用して自らを保護下に置いてもらおうとする。


 が、これは何も狡猾さではない。未成熟な子供ならばどの種族でも当然のように行う自己防衛手段だ。


 その当然が古谷たちにも適用されているから、手が出しづらいわけで。


「まぁ、しょうがないよね」それがわからないエトではないので、責める言葉は持ち合わせなかった。


 だが、悠長なことを言っていられないのもまた事実。


「何とか、フォレットくんだけでも引き離さないと」と、ジュン。「また妨害を受けたら堪らないし」


 ましてや、あちらはゴーレムにさえなれる。本気で抵抗を試みようと思われれば、ただ単純に純血種が暴れる以上の被害が出てしまう。


「それに」レンの人格が言う。「これ以上の深入りは危険だ」


 いつにないくらい神妙な口ぶりだった。


「レン?」思わず、その名を呼んでしまう古谷。


「実際」その呼びかけに答えたというわけではないだろうが、彼は続けた。「リスクを承知で現状を維持しようとしているのは、あのエルフだ」


「……そうだな」


 それは話した感じからも明らかだ。フォレットと一体化したゴーレム、クライカは純血種のリスクを承知していた。当然、宿主にも伝えているはずだろう。昼間の一件でその話題になった時、フォレットに動揺した様子は見られなかったからだ。


 にも拘わらず、あくまでも保護を主張している。


 脅威を正しく認識していないのかもしれない。自らの信念が故、というところもあるだろう。


 クライカの不可解な言動は気になるには気になるが、現状で最も厄介なのはフォレットの方ということになる。


「明日、俺が奴と話すよ」レンが言い出した。「その間に古谷は純血種を」


 要するに陽動作戦ということだ。騙すようで心苦しいが、そんなことを言っている場合でもないのは確かだ。


「……わかった」古谷は躊躇いながらも了承する。「エトは、オセを頼む」


「う、うん」彼女も彼女で、戸惑いがあった。


 本当にそんなやり方でいいのだろうか。そんな疑念が渦巻いていた。


          *


 オセの苦難は生まれ故郷を離れた後も続いた。


 まずは魔獣の脅威に常に晒されるということ。ワーウルフは比較的素早い種族であるが、片や子供で片や身重。とてもではないが、襲われてまともに逃げ切れるとは思えない。


 そのため、身を隠しながら進んでいくこととなる。それでも襲われることもあり、命からがら逃げては、一日中隠れているなんてことがざらにあった。


 遅々とした歩み。思うように進めないでいる中で、そもそも目的地もわからない。このまま歩いていった先に、文化的な町があるのかどうか。


 微かな希望すら抱けないでいる日々。食料は日に日に減っていく。当然、一日に食べられる量は少なくなり、体力は衰えていく一方だった。


 このままでは母の身に宿す子はもちろん、母体も危ない。親子ともども行き倒れだ。


 そんな時、ようやく一つの町に辿り着いた。二人は駆けこむようにして近づいていく。


 果たして、どの種族の町か。足を踏み入れるとそれはすぐに知れた。


 人間族の町だった。


 聖典には、その種族は陰湿でどんなおぞましい行為も厭わない。ものによっては亜人種を食らう化け物のように描かれていることさえある。


 しかし、そんな誰が作り出したかもわからない勝手なイメージを信じているものなどどこにもいない。今から五百年前、種族間は繋がりを断ち、別々に生きることを余儀なくされた。が、その間に一度たりとして関わりを持たないことなんてありえなかった。


 例に漏れず、オセ親子も人間族の存在は知っていた。しかし全ては人伝で、実際に見るのは初めてだ。


 だがこの際何でもよかった。助けを乞えるならば、どんな種族にだって縋ろう。


 そうして二人は早速、町行く人に声を掛けた。「あの」


 しかし、その人はボロボロの親子を見ると驚きも束の間、そそくさと離れてしまった。それでも気を確かに、別の人に声を掛けようとしたが。


「化け物!」


 そう叫ばれては逃げられてしまう。その心無い言葉は、衰弱した親子の心を確かに傷つけた。


 以降、誰も関わり合いになろうとしない。まるで二人を避けるようにして、人々は通り過ぎていく。


 しかしやがて数人の男たちが二人めがけてやってくる。鎧に身を包んだ物々しい雰囲気。が、これまで無視され続けていた親子は、自分たちの存在を認めてくれることにむしろ感謝して声を掛けた。


「あの、もしよければ食べ物を分けてくれませんか?」


 返答は暴力だった。男の持つ槍の柄の方で殴りつけるようにしたのだった。


 駆けつけた男たちは、その町の憲兵だった。おかしな二人組がいるという通報を受けて、これに対処するために現れたのだった。


「亜人種か」男は確かにそう告げた。「この町に何の用だ」


「ただ、食べ物を分けてもらいたくて」そう弁明する母。


 しかし男は聞く耳を持たなかった。


「嘘をつけ!」持っている槍で何度も母を叩きながら言う。「俺たちの町を荒らしに来たんだろ!」


 何度も、何度も叩きつける。母はお腹を必死に庇う。


「やめろ!」オセが男の足に縋りつくようにした。


「ガキが!」が、あっさりと一蹴される。


 それから彼も攻撃対象となり、集団で囲んで足蹴にされる。


「出て行け!」


 散々な暴行の末に、二人は町を追い出された。


 結局、水すら口にできないまま、余計ボロボロになっただけだった。


 ほどなくして母は産気づき、孤独を強いられることとなった――


(また、夢)オセは目を開けると、薄膜に覆われたかのような世界が待ち受けている。


 それは溢れた涙のせいだった。


 母が死に、弟を一人で守っていかなくてはならないとなったその日から、彼は誰も信じないと心に決めた。誰かに頼ろうとすれば裏切られる。自分が傷つくだけならまだしも、それが弟に及べばことだ。


 だから、自分の力だけで生きていくことを誓った。


 そうは言っても幼い彼にできる仕事などない。自然と窃盗に手を染めるようになる。幸いにして逃げ足に長けた種族だったので、同じワーウルフを相手にしない限りは大抵逃げおおせた。しかし、それでも複数人で追われると捕まることがあった。


 そんな時は袋叩きにされた。


 ボロきれ同然で路上に転がされて、惨めな気持ちを抱くこともあった。だが弟の存在が心の支えとなった。この赤子を立派に成長させることだけが、彼にとっての生きがいだった。


「おはよう」フォレットが視界に入ってくる。


 最近、二人だけの世界に新しく加わったもう一人だ。エルフの青年で、巨人になる不思議な魔法を使う。その頼もしさに何度も救われた。


「おはよう」オセは穏やかに返す。


 と、そんな時だった。不意に部屋の扉がノックされる。


 フォレットが怪訝な顔を浮かべた。「……こんな朝早くから誰だろうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ