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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第四章:第十四話 満月の応え
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14-2

 最悪のタイミングだった。あるいはもっと早く来ていれば、こうまで険悪な雰囲気になることはなかっただろう。


 だが言っても詮無き事。


「フォレット、聞いてくれ」古谷は弁明に努めようとする。


 しかし。


「保護するっていう話じゃなかったのか?」彼は聞く耳を持ってくれない。


「それは……」古谷は思わず言い淀んだ。


 そんな彼をフォローするようにジュンは言う。「あなたは妙だとは感じないわけ?」


「そう言う君は?」と、訝しむフォレット。


 奇妙なものでも見るように彼女を、より正確に言うならその周辺の空間に目をやっている。おそらく、保有する魔力を見ているのだろう。


 一人ひとり指紋が違うように、魔力にも個人によって違いがあるらしい。果たしてエルフの目には、三位一体の彼女の場合どのように映るのか。レンと同じものが見えているとしたら変に感じること請け合いだろう。


 しかしそんなこと意にも介さず、ジュンは自らの主張を続けた。「今朝まで赤ん坊だったんじゃないの? それが、もう立って歩いてるなんて」


「僕はワーウルフをよく知らない。そういう種族だとしてもおかしくない。だろ?」


 長寿故、成長の速度が遅いエルフだからこその思考だった。対の存在がいたとしてもおかしくない。そう考えたようだ。


「んなわけ……」と、呆れたように言うジュン。「まぁいい。ともかく、その子は放っておけないの。渡して頂戴」


「お断りだ。彼ら兄弟の身柄は僕が預かっている」


「あなたの中のもう一人はなんて言ってるの」


「……何の話だ」


「あのね、エルフってのはどうあがいたとしても自前でゴーレムの力を持つことはできないの。方法はただ一つ。一体化すること」


 これはゴーレムの出自を考えれば当然だった。純血種の脅威から人間族を守るため、神が異世界より転生させたもの。それがゴーレムの力を持つものの正体だ。


 つまり種族的には人間族に当たるわけで、亜人種が自力でゴーレムの力を保有することは不可能だった。


(そういや、そうか)古谷はそのことをすっかり失念していた。


「せめて、名乗るくらいしたら?」ジュンは言う。


 すると、フォレットは観念したように溜め息を吐く。それから、がくっと首だけを項垂れると、次に顔を上げた瞬間には表情が一変していた。先まで浮かべていた怒りの形相は失せ、かといって普段の微笑を称えているわけでもない。


 虚ろな瞳に、無表情。どことなく無理している感じがあるが、整ったエルフの顔立ちでそれをされると作り物めいた印象を受けた。


 何にせよ、不気味なことに変わりなく。


「もしかして、私たちもああ見えてる?」と、ジュンがこっそり耳打ちしてくる。


 古谷は苦笑いを浮かべながら、もう一人の人格の言葉を待った。やがて、フォレットの口が開かれる。


「クライカ」


「……それがあなたの名前なの?」


「肯定」淡泊な返事。


 古谷とジュンは、戸惑ったように視線を交わした。このとっつきにくさは、ある意味でアルドを連想させなくもない。


 気を取り直して。


「あなたは純血種の存在を感じているんでしょう?」


「肯定」


「その脅威についても?」


「肯定」


「じゃあ、そのことに対してのあなたの意見を聞かせて」


 やや間があった後、彼は言う。「どうも」


「どうも?」ジュンは聞き返した。「どうもって言ったの今? それってつまりどういう意味?」


 かくいう彼女だって、つい先日までは純血種の存在など露ほども気にかけてなどいなかった。すっかり棚上げにしている。


 それはさておき、クライカは答えた。「言葉通り」


「何も思ってないってこと?」


「肯定」


「私たちの使命のことは知ってる?」


「肯定」


「それでも、何の手も施さないつもり?」


「宿主は望んでいない」


「あなたの意見を聞いてるつもりなんだけど?」


 返答が途切れた。てっきり熟考の末に答えるものかと思われたが、黙ったきり。


 ある意味で、それが彼の返答ということだろう。


「質問を変えよう」古谷が口を挟む。「近くに他種族の町があった」


「町……」


「ああ、おそらくワーウルフの町だと思われる。滅ぼしたのはあんたか?」


「……否定」


 妙な間があった。思い至るまでに時間がかかったというふうでもなさそうだ。


「教えてくれ」古谷は畳みかけることにした。「あんたら二人はいつ頃一体化した」


 もし遺跡にいたとされるゴーレムが純血種の誕生をもってして動き出したのだとしたら、襲撃の段階でその姿を見られているはずだ。


 しかし森の中で助けられたオセは、フォレットとそれとを同一視していなかった。でなければ、こうまで懐きはしないだろう。


 一体化することで見た目が変わることがあるそうなので、必然的にその間にフォレットとクライカは邂逅したことになる。追跡に際して巨人のままでは不都合だと考えてのことだろう。偶然出会い、意見の合致を見せたのだと思われた。


 あえて尋ねてみることで、ボロを出すことを期待したのだった。


 しかし。


「純血種が甚大な被害を齎すことは知っている」クライカは全く別のことを答え始めた。「放っておけば人間はおろか、他種族まで滅ぼしかねないことも」


 しかも、先ほどと打って変わって饒舌に。


「俺の個人の感情としては倒すべきだと考える」あまりの変わりように狼狽している合間にも、彼は続けている。「でなくては文明を失ってしまう。人が住めるような場所がなくなる。だが、今の俺にはどうしようもない」


「ま、待ってくれ」古谷は何とか言葉を紡ぐ。「いろいろ言いたいことがあるが、どうしてどうしようもないんだ?」


「宿主が望まない。さっきも言った通りだ」


 古谷は困惑した。フォレットとクライカとの間で意見の食い違いがあるのなら、先ほどの推論は間違いだったということになる。だが、だとしたらなぜ近隣のワーウルフの町を滅ぼしたという質問に対して間が空くのか。単に思い当たる節がなかっただけなのか。だとしても知らないと言えばいい。それが事実なのだから。


(いや、それよりも)古谷は思う。(何だって急に普通に喋り出したんだ?)


 それはさながら、都合の悪い話題を避けるかのようだった。


(フォレットに純血種を狙っていることを悟られたくはないってことか?)


 宿主に反逆して、倒す機会を虎視眈々と狙っている。そんなことが可能なのかどうかはさておき、そういった思惑があるのかもしれなかった。


(ならば、これ以上の追及は避けるべきか?)もはや手遅れとも言えなくもないが、古谷がそう思い始めたところで。


 それまで事態を俯瞰していた純血種が、「にーちゃ!」と駆けだした。クライカの脇を通り抜けて、古谷たちの横を通り過ぎようとする。


 それをまんまと見送ってしまったのは、その行き先を見ずとも察してしまったからだった。


 これまた最悪なタイミングなことに、オセが来てしまったらしい。


 何よりも肝心なのはいつからそこにいたのかということだ。話を聞かれてしまったのか、もしそうならいったいどのあたりから。


 古谷は嫌な汗をかきながら振り返った。


 そこには驚きに目を見張るオセの姿がある。しかしそれは単なる驚愕とは違う。動揺に瞳を揺らし、甘えるように縋りつく弟に反応できずに固まっている。呼吸が段々と浅くなっていく。


「ち、違うんだ」人格がフォレットへと戻り、慌てた様子で言った。「これは、その……」


 だが、どう説明したらいいのかわからないらしい。それはそうだろう。自分の中にもう一人の人格がいるなんて、普通は信じられない。


 オセからしてみれば、これまで散々身を案じてくれたのと同じ口で、弟を倒すべきと主張しているようにしか見えないわけだ。


 すっかり裏切られた気分の彼は、慌てて弟を抱き寄せると「嘘つき!」と言い捨てた。制止の声も振り切って、走り去っていく。


「ま、待ってくれ!」フォレットが追う。


 古谷たちはそんな彼をも見送った。引き留めるには必死な形相だったし、かといって一緒になって追いかけるのは筋違いな気がしたからだった。


          *


(嘘つきだ、どいつもこいつも)オセは思った。


 弟の腕を引きながら、必死に走りながら。


 遡ること半年前。始まりは一人の難民だった。


 オセの故郷にやってきたのは同じくワーウルフの男で、ボロボロの風体。曰く、他所の町からやってきたらしい彼は、命からがら逃げだしてきたという風情だった。


 町の人々は彼を介抱し、何があったのか聞き出す。すると彼は語った。


 彼のいた町で一人の赤ん坊が生まれたらしい。その赤ん坊は一か月も経たないうちにあっという間に成長して、そしてついに巨大化して町を襲いだしたとのこと。


 身震い交じりに語る様子は真に迫っているが、あまりにも突拍子もない話に最初は町の人々も信じてはいなかった。一笑に付すものさえいる始末。


 が、そんな空気を知ってか知らずか、彼はオセの母親の妊娠を知るとこう主張しだした。


「堕ろせ! さもなくば、皆殺しにされるぞ!」


 あまりの狂乱ぶりに町の人々も手が付けられない。協議の末、彼を追放処分とすることにした。


 男は抵抗しなかった。


「どの道、このままならみんな死ぬ。乞われずともそうするつもりだったさ」負け惜しみ染みたことを言い残した。


 しかしまるで未練がなさそうだったのも事実で、そのあっさりとした引き際が却って男の言葉を楔として町の人々の心に打ち込む結果になった。


 時は流れ。母のお腹は大きくなり、妊婦らしくなる。だが、それは尋常ではない早さだった。妊娠が発覚して数か月というところなのに、その倍以上の月日が経ったかのような膨らみようだった。


 難民の男の言葉が、時限式に町の人々を襲いはじめる。


 徐々に不安が町を支配していった。一人、また一人で気を揉み始める。それに対して冷笑的だったものも、ほどなくして掌を返した。それだけに飽き足らず、保守的な意見を糾弾する始末。


 時を待たずして、町人たちの意見は真っ二つに分かれていった。


 そうして、すっかりと町の雰囲気が悪くなった頃。時間と共にその数を増やしていた堕胎派が遠回しな物言いを裂けて、ついに直接的な交渉に出た。


 数度の話し合いが持たれた。堕胎に応じた際には多大なる特典があることさえ提案された。


 しかし母の返答は頑なな拒否。それが繰り返され続けたある日、堕胎派の人々は制裁措置を取り始める。


 まずはオセの父親の職を奪った。働き口を奪い、収入を減らす。それから家族全員に対し、物を売ることを拒否した。日用品はもちろん、生活必需品、食品でさえ、手に入れられなくなっていく。


 万が一、一部の堕胎反対派が秘密裏に売っていることが露見すると、そのものはリンチにあった。恐怖で支配する。


 やがてオセの生活ぶりは貧相になっていく。ろくに食べるものはない中、父親はこれまで親しくしてきた町の人々からの冷遇に耐え切れず、酒に溺れるようになる。酒が切れると無理を承知で母に買いに行かせ、手に入らないとなると暴力を振るった。


 そんな日々が続いたある日、父は酔った勢いでこう口にする。


「そんなガキ、さっさと殺せばいいだろ!」


 すると。


「あなたの子でもあるんですよ」


 母にそう言い返されて、はっとした。酒の勢いとは言え、とんでもないことを口にしたと思ったのだろう。


 しかし父からしてみれば、全てを奪われたのも事実だ。これまで築き上げてきた地位も、信頼も、何もかも。


「また、作ればいいじゃないか……。いくらでも。何もその子に執着することはない。なぁ、そうだろ?」父は縋るように言った。「返してくれよ……。俺の全てを……」


「子はお腹の中で、確かに生きている」母は諭すように言う。「それとも、自分にとって不都合なものはあなたの言う全てには含まれないんですか?」


 母の痛烈な皮肉を最後に、夫婦の会話はなくなった。お互いに何を言ったところで無駄だということを悟り、気持ちは平行線のまま。次第に関係性だけが変わっていく。家族から昔馴染みの同居人へと。


 それがやがて他人に変わるのは時間の問題だった。


 ある真夜中。母は寝ているオセを起こして、家を出た。大荷物を抱えている。


「どこ行くの?」眠い目を擦りながら尋ねると。


「しっ」と、窘められる。


 そのまま人目を忍ぶようにして町を出た。そこでようやく、母は言う。


「もう迷惑はかけたくないから」


 それがどういう感情から吐き出された言葉なのか。幼いオセには推し量ることができなかった――


 夢中で駆け続けていたワーウルフの兄弟は、気づけば町の大通りまで出てきてしまった。慌てて引き返そうと足を止めかけたが、突き上げるような振動に思わずその場にひざまずくこととなる。


 それは辺り一帯を襲っている地震らしく、町人たちが悲鳴と共に過ぎ去るのをじっと耐えていた。


 が、それは単なる前触れだった。次の瞬間には地面が爆ぜた。


 正確には地中より現れようとする大地の魔獣が、地表へと出る際に跳ね上げたものだった。大量の土砂はもちろん、中には巨大な一塊となったままの堆積岩が宙を舞う。


 その中の一つがオセたちを襲おうとしていた。


 自らに落ちてくる影で脅威を察知したが、咄嗟の出来事だったばかりに避けるよりも身を固めることを優先してしまった。弟を庇うようにして抱きすくめる。


 しかし、そんなことしたところで諸共潰されることは避けようもないのだが。


 そんな時、声が聞こえてくる。


「危ない!」


 そして、先ほどよりも一際大きな影が覆ってきていることに気づく。オセは恐る恐る顔を上げて、その正体を見極めようとすると。


 カンラン岩のゴーレムが、優しく見守るかのように二人を庇っていた。

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