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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第四章:第十三話 月下の記憶
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13-4

 薄暗い店内。カンテラの灯が眠たげに照らす中で、背の高い円卓に囲むようにして総勢五人プラス一人の赤ん坊がいる。


 エトを含めて子供たちは入店お断りとされるかと思いきや、特にそう言った注意は受けなかった。陰気な顔の店主は注文を受け付けると、口数少なく了承の意を唱える。不愛想で、しかもぼそぼそとした喋り方。接客業を営むものとしては落第点の態度だ。


 が、それがここでは却っていいのか。店は中々繁盛しているようだった。


 いくつかの卓が埋まっている。様々な亜人種が見受けられた。鳥人族、エルフ、ワーウルフ、ドラゴニュート。当然のように人間族もいて、で、肝心なのは決して同じ種族同士だけで固まっているわけではないということだ。


 カウンター席で一人飲み潰れているものもいる。一方で、隅の席で二人並んで腰かけるものもいる。鳥人族と人間族で、顔の距離が近く、囁くようにして話してはくすくすと笑う。鳥人族は性別が見分けにくい。なのでどういう関係かまでは定かじゃないが、甘さを感じさせるその雰囲気は、どことなく恋人同士のように思われた。


 その光景をフォレットは微笑みを浮かべて眺めていた。


「はぐれもの、一匹狼、変わり者、オタク、問題児、鼻つまみ者、厄介者、異端児」レンが謳うようにつらつらと述べる。「ま、大なり小なり、難民ってのはどこにもいるもんだ」


「はぁ」エトが申し訳程度の相槌を打つ。


「で? あんたらはナニモン?」遠慮のない視線を、亜人種たちへと向ける。


 フォレットは癇に障ったようで、むっとした顔を浮かべる。が、言葉の上では冷静だった。「僕はそのどれでもない」


「ほう? じゃあなんだ?」


「流れ者だ」


「エルフの?」


「変な話じゃないはずだ」


「ま、そうだな」それからオセへと視線を投げた。「可愛い赤ん坊だ」


 正確にはその腕の中にいる存在へ、だ。


 オセは睨み返すと、弟を庇うように一層抱きしめる。


「悪いけど」フォレットが口を挟む。「この子の身柄は僕が預かっている」


「そうかい。別に俺はどうこうしようってつもりはないけどな」と言い、古谷へと意味深な視線を向ける。


「そういうレンは」彼はごまかすように言い返す。「俺たちに用があったんじゃないのか? 探していたような口ぶりだったが」


「おお、そうだった」と、レン。「つっても、明確に用があるのはエトちゃんなんだけど」


「私ですか?」


「より正確に言うなら、エトちゃんの持っている地図に」


「別に構いませんが、どうして?」


「前に地下都市に行ったろ?」


「はい」


「ああいうのまだ他にあるらしくてな。巡ってるんだ」


「魔獣がいるんですか?」


「そうだ」短く肯定。言外に、その裏にシオン存在を仄めかしている。「そのままにはできないからな」


「なるほど」


 エトとしても特段拒否する理由はないので見せてあげようかと思っていたのだが。


「君はその魔獣を保護して回っているのか?」フォレットが割って入ってくる。


「保護?」と、聞き返すレン。「あー……まぁある意味では?」


 フォレットは眉をひそめた。「どういう意味だ?」


「あんたには関係のないことだ。気にするな」


 努めて突き放すようにすると、さらに不愉快そうに眉を顰めた。


「どうも気に入らないな」嘆息と共に、首を振る。


 しかしレンはさした気にした様子もなく、「あっそ」とだけ。


 それがさらにフォレットの不快感を煽った。「さっきの言い草もだ」


「は?」


「ここにいる人たちは皆、好き好んでいたいわけじゃない。それをさも本人たちのせいみたいに」


「何も間違っちゃいねぇだろ。理想はともかく、現実はそういうことになってる」


「その考え方が間違っている」決然と言い切った。「間違っていることを、これが現実などといって受容するその姿勢からして」


「はぁ」レンはさも怠そうに溜め息を吐いた。机にしなだれかかるようにすると、「何? こいつ?」と古谷に言う。あえて口にしたようだ。


 問われた彼は苦笑いを浮かべた。どっちの主張も間違いではないと思っていたからだ。人はそれを優柔不断とも呼ぶ。


 白熱しかけた口論は、周囲の視線を欲しいままにした。今や誰もが古谷たちの卓へと目をやっている。


 すっかり気兼ねがある場所へと早変わりしてしまった店内。ほどなくしてそのオーナーと思しき例の店員がやってきた。


 てっきり注文の品を持ってきたのかと思いきや。


「好き好んでいたい場所じゃなくて悪かったね」と、相変わらずボソボソと告げたのだった。


          *


「すまないね」再び行く当てのない身になると、フォレットが謝罪を口にする。


 レンが去った後だった。「やってらんねー」と言い残して行ってしまった彼。


 そんな後姿を見送ってしばらく、フォレットは一転して気まずそうに告げた。「彼の言いたいことが決してわからないわけじゃないんだが」


「あー……」古谷はしばらく言葉を探してから、「まぁ、気にするな」と言った。「あいつも悪い」


 デリカシーがなかったのは確かだ。


「ありがとう」フォレットの浮かべた弱々しい笑みは、すぐに消える。「確かに僕の言ってることは理想だろうね。でも……」


「でも?」続き促すも。


 フォレットはそれには答えなかった。振り返り、自分たちが今しがた出てきたばかりの店を見る。「いい所だったね」


「そうか?」


「少なくとも、優しい場所だ」それから彼は慈しむように目を細めてこう言った。「全種族、いや如何なる生命との共存共栄。それこそが世界の理想的な形だと思わないかい?」


「綺麗ごとだな」古谷は何気なく言う。


「ああ、そうだよ」気後れすることなく言い返してきた。「だからこそ現実にしたい。だってそれがいいんだから。……僕はそう思ってる」


「……そうか」


 フォレットは気恥ずかしそうにはにかむと、気を取り直してこう言った。「話が逸れたね。で、この子の保護をしてくれる先だけど……」


「ここからだいぶ離れた場所に」エトが言う。「ただ、その前に」


 彼女は屈んで、オセと視線の高さを合わせた。ワーウルフの子は急に自分が注目を浴びることとなったためか、フォレットの足に隠れるようにする。


「君は、どうしたい?」エトは気にせず問いかけた。


 オセは一層身を隠すようにした。それがあるいは意思表明と思われたが、三人はあえて彼の言葉を待った。


 それを如実に感じ取った彼は、観念したようにこう告げる。「……フォレットと一緒にいたい」


          *


 その夜。古谷はなんとなく夜食を食べたい気分になって、寝静まった町へと繰り出した。


 と言っても、こんな夜更けに開いている飲食店というのも少ない。せいぜい怪しげなバーくらいのものか。厚顔無恥にも昼間追い出されたパブへ行くことも視野に入れながら、当てもなくブラブラとしていた。


 その頭の片隅にあるのはフォレットのこと。共存共栄の世界。それを臆面もなく望んでいる。あまつさえ口にすることすら厭わない。


 白状するならば、かつては古谷も望んではいた。それが純血種出生に対しての唯一の道だと思っていた。つまるところ、再び全種族の血を混ぜ合わせてしまおうということだ。


 が、これには一つ落とし穴がある。単純に全種族の垣根をなくしただけでは達成しえないという点だ。純血種を産ませなくするためには同時に、同じ種族同士での婚姻を禁じなくてはならない。


 しかし、それでは単に構図が逆転したに過ぎない。昼間のパブに集まるのが、同じ種族同士になるというだけの話だ。


 もちろんこれは、古谷が純血種の出生を食い止め、ひいては世界を守ろうという考えに基づいてのものだ。ある意味では打算的で、それに引き換えフォレットのそれは信念、あるいは願いと言ってもいいかもしれない。ともあれ、心からのものだった。


 理由など聞くだけ野暮だろう。理性ある生き物として誰しもが持って当然のものだ。現実は確かにそう甘くはないだろうけど、それを言い訳に知ったような口を聞くよりも、信念を抱き続けることの方が何倍も難しい。


 祈るものは時として笑われがちだが、冷笑というのは得てして諦めの裏返しだからだ。


 そんなわけで古谷はフォレットに対して懐疑的に思う傍ら、尊敬の念を抱いてもいた。


(あいつの言う通りなのかもしれない)古谷は考えていた。(共存共栄の世界。それが一番……)


 理想郷の裏側で、不自由を強いられる歪な世界。だが現状でこれ以上、純血種に対しての対抗できる方策はない。実現性はともかく、最も古谷の思いにも近いわけで。


(協力を申し出てもいいかもしれない)


 仲間を集えば、不可能を可能にできるかもしれない。少なくとも、やれるだけのことはやってみてもいい。


 そう消極的に考えていると。


「相変わらず、中途半端だねぇ」不意に声がかかる。


 通りを歩いている最中だった。路地の奥から誰かの話し声が聞こえるかと思っていたら、それはどうやら自らに対してのものらしいことに気づく。


 ねっとりとした口調。煽るようなその発言には、思い当たる節があった。


「ゴーストか」


「久しぶり」相変わらず路地の奥から話しかけてくる声の主は、黒いシルエットでしか見えない。「会えなくて、寂しかったかい?」


「今この瞬間まで忘れてた」


「つれないねぇ……」と、全然残念じゃなさそうに言う。「いや、それどころじゃなかったからかな?」


「その通りだ。だから相手をしている暇はない。もう行くな」


「そう邪険にすることないじゃないか。僕は君の味方だというのに」


「どの口で言ってるんだ」


「あなたを悩みから解放してあげられると言っているんだ」


「お決まりの文句だな」呆れたように言うと、古谷はもう口も聞かないとばかりに歩き出す。


 そんな彼は、背後からこう言われる。「赤ん坊を殺すのかい!」


 思わず、足を止めてしまう。


「いや、そうしなくちゃなんだよね?」ゴーストは気分が乗ってきたのか上機嫌で言った。「でなきゃ、犠牲者がたくさん出る。悲しいことだけど、仕方がない。あのワーウルフの子にもかわいそうなことだけれども、ねぇ?」


 古谷は言葉を詰まらせてしまう。


 ゴーストは言った。「何なら、あのワーウルフのガキともども殺すかい? それが一番かもしれない。兄妹仲良くあの世に送ってやるのが、せめてもの慈悲というものだろう?」


「てめぇ……」我慢ならず低い声で言う。相変わらず、影にしか見えない相手を睨むようにした。


「あれ? 何か間違ったかな?」すっとぼけた声。


 しかしやはり二の句が継げない。今の古谷には、黙らせるために威嚇するのがせいぜいだった。


 ゴーストは勝ち誇ったような失笑を漏らした。「私が代行してあげようか?」


「はぁ?」


「お前の代わりに、あの純血種をすり身にしてやろうって言ってるのさ。そうすれば悩みから解放される。君だって、心のどこかでは望んでいたんだろう? やむを得ないってやつをさ」


「それは……」言い淀む古谷。


「代償はただ一つ」ゴーストは続けた。「あなたが、僕たちと一つになること。そうすればあらゆる悩みからも解放される」


 気づけば、ゴーストはいつもの黒い姿に成り代わっていた。長い肢体を持ち、無数の仮面を体に張り付けたかのような姿。しかしいつもと違うのは、サイズが人間大ということだ。


「さぁ、おいで」そう言って、口を開けるかのように腹を裂けさせていく。


 誘惑に駆られそうになる。以前と全く同じ状況が再現されて、結局あの時から何も成長していないのだと自己嫌悪に駆られた。


 それでもなけなしの理性で抗っていると。


「古谷!」と、横合いから飛びこんでくる影がある。


 その影がゴーストに向かって回し蹴りをかまそうとしていた。当然、それは避けられる結果に終わったのだが、ともあれ例の口を閉じさせるのには貢献した。


「しっかりしろ!」と、彼は言う。


「レン……」古谷は夢見心地のままその名を告げる。「どうして」


「心配でな」との返答。「それにしても、ゴーストのとっつぁん。随分と精が出るじゃないの」


「相変わらず騒がしい奴だな」


「知り合いなのか」古谷が驚いたように言う。


「そりゃ、何百年も前からゴーレムに声かけまくってるからな」レンが言った。「まるで節操なし。奴こそ真の厄介者だよ」


「言ってくれるじゃないか」ゴーストは先ほどとは打って変わって、威厳ある声で答えている。


「何だ? やるってんなら、相手するぜ」そう言って、掌に光を現出させた。


 しばらく睨み合う二人。一触即発とも思われたが。


「いいや、辞めておこう」ゴーストはあっさりと引いた。「古谷弘治。せいぜい考えておいてくれ。次はいい返事を期待してる」


 そう言い残し、影の中にその姿を没した。


 完全に気配が消えるまで数秒待ってから、レンは警戒を解いた。それから古谷へと歩み寄る。「平気か?」


「あ、ああ。助かった」


「いいってことよ」


「心配って言っていたが、ゴーストがいるのを知っていたのか?」


「いや、それは考えてなかった。というか奴はどこにでも現れるからな。気にしても無駄だ」


「そう、なのか」


「それよりも純血種だよ。どうするにせよ、手を貸そうと思ってな」


「そいつはありがたいけど、俺は……」


「決めかねているのか?」


「……まぁ」


「まだ少しは時間あるんだろ? なら、それまで待つよ。しばらくこの町に居続けるから」


「すまん……」


「気にすんな」レンは言った。さらに意味深なことを呟く。「それに、気になることもあるしな……」


          *


 オセは不意に目が覚めた。


 フォレットといると決めた後、町中にあるもぐりの宿屋に寝泊まりしていた。町に流入してきたものを、過去や種族問わずに受け入れてくれる場所で、値段の割に施設は貧相だ。


 老朽化がひどく、歩くたびに床は軋むし、かび臭い匂いが染みついている。お世辞にも心身が休まるとは言い難いが、それでも文句は言えない。受け入れてくれるだけありがたかった。


 オセは台座にシーツを引いただけのベッドとも呼べない何かに横になり、その寝苦しさに中々寝付くことができないでいた。それでも何とかウトウトし始めたところで、どこからともなく話し声が聞こえて、それが彼の睡眠を妨害した。


「フォレット?」目をこすりながら、隣のベッドが空になっているのを認識する。


 彼の姿を求めるように辺りを見渡すも、どこにもいない。代わりに、声は廊下から聞こえるようだった。


 弟を起こさないよう、そっと扉まで近づいて耳をそばだてると、次第にはっきりと聞こえてくる。


「……何を言ってるんだよ」笑い声。「まさか、そんなことするわけないだろ? わかってるって……僕なら大丈夫だから」


 オセはそっと扉を開けてみた。錆びた蝶番が軋みを上げながら開かれると、フォレットは向かい側の壁にもたれるようにして座っているのが見えた。驚いていたのも一瞬、すぐに笑みを浮かべる。


「起こしちゃった?」


「ううん」と、首を振るオセ。それから尋ねた。「誰と話していたの?」


 フォレットはしばしの間を置いて、こう告げた。「……ただの独り言だよ」


 それからごまかすように続ける。


「さ、もうお眠り」


「でも……」


「僕も時期、寝るから」


 そう言われると、もう返す言葉が思いつかない。オセは釈然としない気持ちを抱えながらも、部屋の中へと戻るしかなかった。

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