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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第四章:第十三話 月下の記憶
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13-3

 大地の魔獣が後ろ足で跳躍し、飛び掛かる。


 カンラン岩のゴーレムはその巨体を、片腕を組み合わせた盾で受け止めると、勢いを殺さぬまま受け流すようにして後方へと投げ飛ばす。魔獣は意図しない再度の跳躍に、頭から地面へと突っ込んでいく。


 普通の魔獣ならばそれで十分すぎるくらいの隙ができる。が、大地の魔獣は元より地中へと潜る特質があり、そのまま地面を掘り進んでいった。やがて大穴を残して、その身を消す。


 しかしこれで諦めたとは思い難い。カンラン岩のゴーレムは、周囲へと油断なく視線を彷徨わせて警戒に当たる。


 やがて魔獣は背後から飛び出してきた。その僅かな振動や音。それらを事前に感じ取った巨人は、振り向くと真っ向から盾をぶつけるように突進した。正面衝突を果たし、魔獣を吹き飛ばす。


 魔獣は仰向けに倒れ、天に向いた手足をバタバタと動かす。カンラン岩のゴーレムは、その隙にとばかりに必殺の構えを取った。


 まずは肥大化した方の腕を胸の前に掲げる。結晶体の光をそのまま腕の方へと移すかのようにして宿すと、ついで前方へと突き出した。手は手刀の形。その上下から一本ずつ光の帯が伸びていく。


 巨人は細い方の腕を動かして、一度手を合わせるようにしたかと思うと、ゆっくりと我が身の方へと引いていく。それに伴って、伸びていた上下の光は後方へとしなっていく。


 それはさながら、弓を射るかのような動作だった。


 やがて細い方の腕が限界まで引き絞られると、解き放たれるように光の矢が飛んでいく。三日月の刃となったそれは、魔獣の体を通過すると遅れてその身を真っ二つにする。


 かくして、魔獣は絶命した。


 残心を保ったまま凛とたたずむカンラン岩のゴーレム。古谷やエトは、それからワーウルフの子でさえ呆然とその姿を眺めていると、やがて構えを解いた巨人は樹上の彼へと歩み寄る。それから、乗れと言わんばかりに掌を差し出した。


 ワーウルフの子は警戒を露に、初めは掌を、ついでゴーレムの物憂げな瞳へと視線を注ぐ。カンラン岩の巨人は安心させるように一つ頷いて見せる。


 それを見ても尚、しばらくは逡巡しているようだったが、いつまでたっても掌は差し出されたままなので、やがて観念したかのように恐る恐る足を延ばした。つま先をそっと乗せて、確認するようにゴーレムへと目を向ける。


 巨人が再度、頷くのを見届けるといよいよ体重を乗せ始めた。それからもう一方の足を乗せる。徐々に掌は下ろされて、間もなく地面へと辿り着いた。逃げるように飛び降りる。


 ワーウルフの子供は、振り返って片膝をつくようにしているゴーレムを見上げた。ほどなくしてその体が細かい断片となって砕け散ったので、驚いて腰を抜かす。


「驚かせてごめん」濛々と立ち込める土煙を、木々の合間から差し込む日差しがキラキラと照らしだした。その中から声がする。「怪我はない?」


 そう言って手を差し出したのは、エルフの美青年だった。


          *


 突如として現れた新たなゴーレム。変身者はエルフで、そんな彼は今、ワーウルフの子供を助け起こしている。


 自分が今、目の辺りにした光景が信じられないとばかりにされるがままのワーウルフの子供。そんな彼の視線の高さに合わせるようにしゃがみ込んだエルフの青年は、頬に着いた汚れを指先でぬぐい取ろうと腕を伸ばして。


「触んな!」ワーウルフの子供に弾かれた。


 ほとんど反射的な行動だったらしい。何なら、当の本人が一番驚いているまであった。


「ごめんね」エルフの青年は優しい声音で告げる。


 ワーウルフの子供は、自分の行いを恥じるかのように気まずそうな顔を浮かべた。


 エルフの青年は悲しそうに眉を下げると。


「僕の名前はフォレット」と自己紹介した。「君は?」


「……オセ」と、小さい返事。


「オセか。そっちの子は?」腕に抱えている赤ん坊へと視線を向けた。


 すると、首を振られる。


「名前、ないのかい?」


「……そんな暇なかったから」どこか不貞腐れたような喋り方をする。


「そっか……」と言うだけに留めるフォレット。「怪我はない?」


 改めて問いかけると、首肯が返ってくる。


「よかった」そう言って頭を撫でた。


 今度は拒否されなかったが、体が強張っているのを掌越しに感じていた。


 フォレットはもう一度だけ悲しげな顔を浮かべると、気を取り直し、両膝に手をついて立ち上がる。視線をそのままにこう告げた。


「のぞき見になんて趣味が悪いんじゃないか?」


 自分たちのことを言っているのだろうと察した古谷たち。木の影から投降する心地で姿を現した。


「悪い」と、古谷。「そういうつもりじゃなかったんだが」


 などと言うがその実、まずは新たなゴーレムの変身者の人柄を観察しようとしていた節がないでもない。隠れたのは単に戦闘に巻き込まれないようにするためだったが、その後も身を隠し続けていたのには少なからずそういった思いがあったからだ。出てくるタイミングがわからなかったというのもあるにはあるのだが。


 ともあれ、敵意がないことを示すように両手を上げながらゆっくり歩んでいくと。


「おっと?」オセが縋るようにして影に隠れてきたので、フォレットは僅かに驚いた。「複雑な事情がありそうだね」


「俺たちにはない」古谷は言う。「ただ……その子たちを保護すべきだと思ったんだ」


「嘘だ!」オセが、フォレットのズボンを一層強く握りしめて叫ぶ。「俺らを捕まえに来たんだ」


 困惑気味に交互に視線をやるエルフの青年に、古谷は言う。「誤解してるんだ」


「してなんかいない!」オセは尚も強い語調で言う。


「勘違いするな。俺たちはもう怒っていない。だから……」とまで言って、古谷は続く言葉を見失った。


 だから何だというのだろうか。だから、その赤ん坊だけでも渡してくれとでも言うのか。


 ついに黙然としてしまった古谷を見て、フォレットは言う。「俺に任せてくれ」


 それからオセの前にしゃがみ込んで、何やら小声で話し込んでいる。第三者として拗れた話を仲介しようという気らしい。巻き込まれた身として貧乏くじを引かされた心地なのか、あるいは元からそういうお節介な性格なのか。


 何にせよ、場を収めるにはこれ以上ない最適解なので甘んじることにした。


 やがて話が着いたのか、フォレットは立ち上がる。「なるほどね。事情は分かったよ」


「わかってくれたか」


「確認なんだが、君たちはもう問題にはしないんだね?」


「ああ」古谷は短く返答。


 未練がないと言えば嘘になるが、事情が事情なのでそれどころではない。もうどうでもいいというのが本音だった。


 だがそれを口にすると、ではなぜそこまでワーウルフの子供に拘るのかという別の疑問が生まれかねない。いくら保護すべきと思っても、ここまで追ってくるのは些か過ぎた行動に思われなくもない。


 しかし、ことフォレットに関しては別だったようだ。


「と、言っているよ」オセに確認を取る彼。渋々ながら頷き返されたのを見て取ると、「よし、これにて和解だ」と言葉通り手を打った。


 それから急くように次の議題に移った。


「それで、さっき保護すると言っていたけど」


「その、多分、必要かと」エトが控えめに告げる。


「そうだろうね」フォレットは優しく頷いた。「その点に関しても僕に任せてくれないか」


 言うが易し。どこか安請け合いしているようにも見えて、言い返したい気持ちはあった。


 が、真摯に告げられるその瞳からは少なくとも心からの言葉であることが知れる。


(それに引き換え)エトは思う。(私たちは、見捨てようとした)


 見失った時も、魔獣に襲われているのを目撃した時でさえ、すぐには助けに行こうとはしなかった。心の片隅で、自分たちの手には届かない範疇に行ってしまったという言い訳を求めていたのだった。


 持て余しているのは確かで、いっそのこと。


(そういうならお任せしちゃおうかな)などと思ってしまう。(薄情な私たちよりも、その方が遥かにいいのかもしれない)


 しかしそれもやはり問題から目を逸らしていることにほかならず、自己嫌悪に陥る。結論を出すことができず、堂々巡りの思考をしてしまう。


 古谷とてその思いは同じで、すぐに返答はできなかった。エルフの知り合いであるアイフのもとで同様の事態にも遭遇したが、その時とは違うのはもっと差し迫っているという一点において他ならない。


 あの時は三年の猶予があった。しかし今は違う。


「俺たちも」律義にも返答待っているフォレットに告げる。「俺たちにも、協力させてくれ」


 結局、どっちつかずの返答になった。はっきりと目的を告げることはできず、かといって今更知らぬ振りもできない。様子見というおためごかしの一手で、監視下におこうというつもりだった。


「ふぅん?」そんな卑しい心を見透かされたのか、フォレットは怪訝そうに眉を顰める。


「当てがあるんです」すかさずエトがフォローに回った。「個人で、そういった方を保護している人がいて」


「なるほど」それを聞くと一転、笑みを浮かべる。「そういうことなら、是非」


          *


 オセは警戒心が強いが、フォレットに対しては少なからず心を許したようだ。


 いつまでも森の中ではいつまた魔獣が現れるとも限らない。場所を移そうということになった。


 当然の成り行きで一番近いモラゴの町に行くことになるのだが、当初、町中を歩いていると道行く人から奇異の視線を向けられる。どうにも亜人種がいるのが珍しいらしい。


 フォレットはさして気にしない様子だったが、オセは終始そわそわと落ち着かなげだったので、自然と人目のつかない場所を求めて歩くようになった。


 そんな折、レンと再会を果たした。


「よぉ、やっぱりここにいたか」相変わらずの気さくな態度。手を上げて駆け寄ってくる。「……と、誰だ?」


 二人の後方にいるフォレットとオセに目を向ける。


 そのうちの小さい方が、大きい方の足に縋るようにしていた。そのフードの奥から鋭い眼光が覗いている。


 レンが両手を頭の後ろで組み、見るともなしにその様を眺めていた。


「レンさん」エトは言う。「どうしてここが?」


「前にこの辺の遺跡に行くって言っていたからな。もしかしたらと思って」レンは答える。それから「エルフの兄ちゃん」とフォレットへと呼びかけた。「随分と堂々としてるんだな」


「何か問題が?」


「いや? ただ、なるべく身を隠すことをお勧めするぜ」


「なぜだい? 僕は何も悪いことなどしていない」


「そういう問題じゃあないんだが」


 どことなく雰囲気が悪くなりそうな気配を感じ取ったのか、エトが口を挟んだ。


「実は私たち、この子たちの保護をしたくて」そう言って、オセの方を示す。


「ふぅん?」レンはわかったような、わかってないような口ぶりで言った。


 その視線はどちらかというと、その腕に抱えられている赤ん坊に向けられている。彼もまた一度純血種と邂逅している身として、現在感じている胸糞悪さが一種のセンサーだということを察していた。


「今は落ち着いて話せる場所を探してるんです」エトが続ける。


「ほほう」すると淡泊な返事。さらに言った。「それなら、いい場所あるぜ」


 抵抗を示したのはオセだけだった。そんな彼もフォレットが行くというからこそついて行くという選択をした様子だ。


 レンに先導されること数分。入り組んだ路地の実に中途半端なところで、地下へと通じる階段があった。


「ここだ」と、彼。


 怪しさ満開。


「ええっと」さすがに警戒心を抱くエト。「ここは?」


「いろんな事情で人間族の町に流入してくる亜人種は昔から後を絶たない」レンは先んじて階段を下りて行きながら言う。どこか得意げな彼の声が反響した。「で、行き場のない奴が集まるパブってのは、まぁどこにでもあるもんでさ」


「なるほど」


「ここなら、気兼ねしなくて大丈夫だぜ」振り返ってそう告げるレンは、首を傾げるような動作で促してくる。


 気兼ねしなくていい。換言するならば、誰も気にかけないということだ。

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