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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第四章:第十三話 月下の記憶
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13-1

明けましておめでとうございます。

 どこかで赤子が泣いている。


 広がっているのは荒れ果てた光景。積年による荒廃ではなく、つい今しがた破壊しつくされた町並み。木々はなぎ倒されて、土は抉られ、先ほどまで家屋のものだった木片が散らばっている。


 つい数時間前まで自然と調和した景色を見せていた町は、今や影も形もなくなっていた。


 先刻から続いていたいくつもの悲鳴はもう止んだ。すすり泣くような声すら聞こえない。


 今辺りを支配しているのは、赤ん坊の憚ることのない泣き声が一つだけ。だが、それも次第に止んだ。


 分厚い雲が途切れ、合間から月が覗く。月光がせめてもの慰めかのように降り注ぐ。


 それにより、ようやく自らに覆いかぶさる大きな影の存在を認知できた。全身を岩石で覆った巨人。物憂げな瞳が、じっと見下ろしてくる。


 何かを訴えかけているのか。それとも。


 岩塊の巨人がそっと腕を伸ばす。


          *


(これで最後っと)レンはそう言い、腕に抱えている紫の魔獣を火にくべた。


 無抵抗のまま、みるみると焼かれていく。


(おー、よく燃えてる)


 背中に翼を称えた巨人は地下都市にいた。以前、行ったところとは別のところだ。


 そこにもやはり打ち捨てられた家屋があり、人が息づいている気配はまるでない。


 こうした地下都市は、かつてヴァンパイアの住処だった。陽の光に弱い種族だったために、日中をやり過ごすための場所が必要だったのだ。


 しかし人間族と血が交じり合い、ダンピールへと変質した結果、日光への耐性を手に入れた。おかげでわざわざ地下都市に閉じこもる必要性がなくなったわけで、そのほとんどが放棄される形となった。


 そうして今では誰も寄り付かなくなった場所であるのだが、唯一、便利に使用しているものがいる。


 クエシオン。命を軽んじた実験を繰り返す、マッドなダンピールの女。


 彼女は打ち捨てられた地下都市を、自らが実験で使う目的で捕まえている魔獣を一時保管する場所として利用していた。いうなれば、魔獣倉庫といったところか。


 そんな彼女に復讐を誓ったジュンたち一行は、二つの目的のために魔獣倉庫を巡っていた。一つは妨害工作。捉えられている魔獣を殺処分し、目的不明の実験を行えないようにするため。


(なーむー)レンは手を合わせて言う。


(なんだ、それ?)アルドが不思議そうに問いかけた。


(俺の国で追悼の意を表す仕草だよ)そう答えると。


 わかったのか、わかっていないのか。(ほう)とだけ言う。


 もう一つは業を煮やしたシオンが現れることを期待してのことだ。


 焼失させたドレステンの町で最後に、シオンの姿は目撃できていなかった。厄介な存在に追いかけられていることがわかったので、巧妙に姿を隠しているのだと思われる。


 ならば炙り出してやるまで。そう思って、各地の地下都市を周っていたのだった。


 場所に関しては、以前エトに見せてもらった地図を見た時に記憶した。今こうしているのは三つ目のポイントで、近隣にある地下都市は全て巡ったことになる。これで、ここらで実験をするには再度魔獣の捕獲から始めなくてはいけないわけで。


(そろそろ現れてもおかしくないと思うんだけど)ジュンが言いながら、天井にある採光用の穴を気にする。


 澄み渡った青空が覗けるだけだった。


(警戒してるんだろうなぁ)レンが言う。


(ここまで好き勝手されてるのに?)ジュンは言う。(プライドとかないわけ?)


(まぁまぁ、そういきり立つなって。裏を返せば、俺たちに対抗できないってことなんだからさ)


(見つけられなければ、意味ないじゃない)


(そりゃあ、そうかもしれないけど……)


(エトは特別扱いだった)アルドが言う。


(え? どうした、旦那)


 問われて、彼は再度繰り返す。(エトを特別扱いしているように見えた)


(クエシオンが?)と、ジュン。


(ああ)


(そうかぁ?)レンが言う。


 言われてみれば、冷酷な彼女の性格にしては幾分か態度が柔らかかった気がしないでもない。が、特別扱いしていると呼べるほどかと言われると疑問符がつく。


(エトちゃんに何かあるのかなぁ)ジュンが独り言ちるように疑問を呈する。


(まぁ、どの道そろそろ会った方がいいかもな)レンが言う。(もう地下都市のスポット覚えてねぇよ)


(それもそうか。地図、見せてもらわなくちゃね)


 意見がまとまると、翼のゴーレムは飛び立つ。採光用の穴から地下都市を後にした。


          *


 一方その頃、件の人物は自分が話の中心になっていることなど露知らず、目の前にいる古谷を観察していた。


 モラゴの町の飲食店内。食卓には、干し肉に厚切りのチーズ。それから豆のスープが並んでいる。


 古谷の前だけに。


「よく食べるよねぇ」エトがその食べっぷりを見ながらぼやく。


 そんな彼女の前にあるのは果実を絞ったジュースのみ。何せ、つい数時間前に食事を済ませたばかりだったからだ。


 もちろん、彼女だけではない。古谷も含めて。


 つまり彼は、本日二度目の昼食にありついているのだった。


「そんなに食いしん坊だったっけ?」


 思い返せば、ここのところ彼の食べている場面ばかり見ている気がする。始まりはグエンキレの町の近くにあった地下都市から帰った後からか。


 心なしか懐が寂しいのも、食費が嵩んでいるからかもしれない。


「どうしちゃったの? 急に」


「いや、最近無性に食いたくなることが多くって」


「それはいいんだけどさぁ……」と、エト。「ちょっと太ってきてない?」


 その一言でしばし食べていた手と口を止める。「……いや、そんなことはない」


「今の間、何? もしかして自覚あり?」


「そもそも太ってない」


「いや、絶対太ったって! お腹ぷにってるよ! ちょっと触らせてみ?」腰を浮かせ、腕を伸ばしかけたところで。


「や、やめろ!」と、自らのお腹を庇う。


 すると、エトは不敵な笑みを浮かべた。「語るに落ちたね。図星だから嫌がるんだ」


 反論の余地などいくらでもありそうだが、彼女の言うことが事実であったために古谷は二の句が継げなかった。返答に窮し、しばらく狼狽えたが、いっそのこととでも言わんばかりにこう言い返す。


「ああ、そうだよ! 太ったよ! で? それが何か?」


「ひ、開き直りおった……」


「次いつ食べられるとも知れないんだから、食える時に食う。これが正解だろ」


「そう聞くと何だかもっともっぽく聞こえるけどさ」と、エト。「だけど普段あれだけ歩いててよく太れるよね」


「造作もないわ」


「褒めてないよ」と言い、一つ嘆息する。「まぁ、止めやしないけどさ。ほどほどにね」


「わかってるよ」そう返答した古谷。


 いよいよ食事が終わって店を出ようというところになって、お土産でさらに追加注文し始めたので。


(本当にわかってるのかなぁ)と、エトは思った。


          *


 そもそも、二人はモラゴの町に来たのはもののついでだった。本来、別の目的のために近くまで来ていて、宿泊のために寄ったに過ぎない。


 かねてより訪ねたいと思っていたゴーレムの遺跡が近くにあったのだった。鳥人族の知り合いで、ゴーレムを神様のように崇めている連中がおり、そんな彼らが聖地巡礼と称して各地の遺跡を周っている最中でゴーレムの石像を見かけたという話を聞いていた場所だ。


 彼らにとって単なる石像だっただろう。実物大を模した石像というふうにしか認識していない。


 ただ、古谷はその実態を知っている。純血種が産まれたことを感知すると、そのコミュニティごと抹消するという乱暴な手段に打って出るゴーレムは、その時が訪れるまでの待機場所として遺跡を利用する。その間、どういったわけか微動だにすることなく石像のふりをしているわけだ。


 ゴーレムに変身する能力を持ち合わせたものでも来ない限り反応を示すことはない。そもそも思念という形でしか意思疎通が取れないので、同族でないとコミュニケーションも取れない。それ以外の連中が来てもどうしようもないというのが本音だろう。


 ともあれ、古谷はそのゴーレムに会って話をつけたいと思っていた。純血種の出生を阻止するという目的に協力してくれとまでは言わずとも、純血種の産まれたコミュニティごと消しさろうとするのを思いとどまらせたかった。


 とは言うものの、説得に応じるかどうかは微妙なところだろう。そうして世捨て人の如く遺跡に留まり続けるゴーレムは得てして頑固なので、正直なところ望みは薄い。古谷はせいぜい何もしないよりかはマシというくらいの考えだった。


 一方で、これまでにそうしたゴーレムに会ったのは一度きりでもあったので、諦めるには早いだろうという思いもないではなかった。あるいはそれは願望とも言い換えられたが、たった一度の例で全てを決めつけるのはいくらなんでも早計というものだ。


 そんなわけで、遠路はるばるその遺跡にまで辿り着いた古谷一行だったが。


「……いないね」というエトの言葉通り、中はもぬけの殻だった。「ライヴさんの記憶違い、とか?」


 その可能性も無きにしも非ず。だが最悪の場合。


(近くで純血種が産まれたか?)ということになる。そうでもない限り、ゴーレムがわざわざ動き出す理由がない。(……遅かったか)


 古谷は間に合わなかったことを悔やんだ。いつ頃、遺跡を出て行ったかはわからないが、あの巨体で動き回っていたら気づいたとしてもおかしくないはずだ。そんな気配が微塵も感じられないということは、全てはもう終わった後ということになる。


「どうする?」エトが尋ねてくる。薄暗いからか、彼の表情の些細な変化には気づかなかったようだ。


「とりあえず」古谷は、気を確かにしながら告げる。「近くの町に行こうか」


「そだね」


 そうしてモラゴの町にまでやってきた二人は、早速、飲食店を梯子した。考え事に熱中していた古谷にとっては、それはほとんど無意識だった。習慣がそうさせたというより、食べたいという欲求を抑え込むことに理性が回せなかったという方が正しい。


 なので、飲食店を後にした後。


(目的を果たしたゴーレムはどこに行くんだ?)道中で古谷がお土産の串焼きを取り出したのも無意識的だった。(遺跡に戻ってくるとは思えない。ならば別の遺跡に移動した?)


 おおよそ、そんなようなことを考えていたわけだが、エトの声に中断される。


「ええ? もう食べるの?」堪らずと言った調子で問いかけてきたのだった。


「え?」と、一瞬何を言われているのかわからない古谷だったが、手元に目線を落として合点がいく。「ああ。そりゃあもちろん、そのために買ったんだからな」


 何とか、ごまかしまで付け加えることに成功した。


「は、はぁ」一方、エトは呆れを通り越して引いている。


 そんな彼女に構わず古谷は串焼きを食べようとしていたが、いざ口にした時にはなくなっていた。一瞬にして食べたのではない。食道を通った形跡もなければ、味蕾を刺激さえしていない。


 では、どうなったのか。その答えは。


「どこいった?」口に到達する前に忽然と姿を消したということだった。


 魔法の類か。はたまた夢か幻か。自分が手にしていたのは単なる幻想だったのかと思われたが、唯一嗅覚だけはそれが現実であったことを教えてくれた。


 なんてことはない。横から掠め取られたのだ。


 僅か前方にローブですっぽりと身を覆い隠した小さな人影。ちまちまと人並みを縫うようにして逃げていた。


 その通った後に残り香あるのを古谷は見逃さない、もとい嗅ぎ逃さなかった。


「待て! 俺の飯!」と、すかさず叫んで走り出す。


「あ! ちょっと!」エトが引き留める間もない。「もう! 待ってって!」


 かくして、唐突に追走劇が始まったのだが。


 ローブの人影が路地へと入り込み、古谷もその後に続いたすぐのところで彼はへばっていた。壁に手を置き、荒く息を吐いている。


「ええ? もう?」エトが言うと。


「もう……駄目……」息も絶え絶えに言う古谷。「食い過ぎて……苦し……」


「言わんこっちゃない」


「後は……頼んだ……」古谷はエトに追跡を託そうとしたが。


「え? 私? やだよ」あっさりと断られる。


「な、なんで」問いかけると。


「いや、だって別にどうでもいいし」何ともすげない返事。


 古谷は目に涙を溜めて言った。「よくないっ……!」


「え? 泣くほど?」


「頼む! 追ってくれ!」そう必死に頼み込むと。


「えぇー……」げんなりと肩を落とした。


 しかし。


「必ず後で追いつくから!」


 どれだけ言っても尚、彼は必死に頼み込んでくるので。


「もー!」ついにエトは根負けした。「保証はできないからね!」


 古谷を置いて走り出す。

しばらく忙しくなりそうなので、更新ペースを落とします。何卒よろしくお願いします。

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