12-4
それは相当勇気のいる行動だっただろう。
あれほどの脅威を振りまき、町一つを焼失させた。まさにその現場で、エトはもう一度肩を並べてほしいと頼んでいる。次も無事でいられる保証はどこにもないのに。
あらかた事情を聞いたジュンは、そんな彼女に敬意を表しながらも、承諾はしかねた。
「どうして、ですか」そう尋ねられると。
「前にも言ったと思うけど」と答える。「力は使えば使うほどゴーレム化は進行していく。そうなる前に私は復讐を果たさなくちゃいけないの。だから、その」
「余計なことに力は使いたくない」エトが続きを引き取った。
「……ごめんね」
「いえ」エトは首を振った。「……そういうことならば、仕方がないですよね」
どこか無理をしている笑顔。諦念を滲ませるその表情は、駄目で元々だったと言わんばかりだ。
罪悪感はある。だけれど、これ以上謝罪を重ねることは許されたいと願う、ある意味の無責任さにも思われた。優しい彼女のことだ、謝れば許してくれるだろう。だが、それは強要していることと何も変わらない。
だからといって代わりに言うことなど何もない。今のジュンが何を言ったところで、薄っぺらくしか聞こえないだろう。
「大丈夫です」そんな彼女の心情を察して言うエトは、やはり優しい少女だ。「まだ、倒せないと決まったわけじゃないので」
その言葉は、気持ちの裏返しであることが見て取れた。彼女は勝てるなどと微塵も考えていない。でなければここまで追ってきてわざわざ協力を申し出ないだろう。
「……やる気なの」
「はい。私とフルヤとで、何とかやってみます」
「そっか……」
「引き留めてすいませんでした」エトは一礼する。「最後にもう一度会えてよかったです」
「最後……」
「ああ! いや、最後ってそういう意味じゃなくて!」慌てて弁明するエト。「だって、ほら! ジュンさんたちはもう会いたくなさそうだったし!」
「そう、だね」ジュンは言う。「その、気を付けてね」
「はい、ジュンさんたちも。旅のご無事を祈っています」
*
カーの背中に乗って、去っていったエト。その影を見送るついでに、すっかりと暗くなった空を見上げる。
満月の夜だった。煌々と照る月が、焼けた町に柔らかい光を降り注いでいる。
(いい月夜だな)アルドはおもむろに言い出す。(思い出す)
(何を?)レンが応じる。
(この時期になると、家族揃ってうちで収穫したルクタスの実を食べながら月を見るのが通例なんだ)と、アルド。(実家で作っているルクタスはうまい。是非、ジュンとレンにも食べてほしい)
「……そうだね」ジュンが言う。「何もかも終わったらね」
(終わらなくたっていい。いつでも寄ってくれ)
「アルド。もしかして、帰りたい?」
(そういうわけじゃない。ただ、いつかは戻る。俺の帰る場所だからな)
「ごめんね、巻き込んで」
(俺が決めたことなんだ。誰のせいでもない)アルドは実に何でもないことのように言い、それからさらに続けた。(俺は信じているよ)
「え?」
(今まで何をしたかではない。これから何をするからでもない。今のお前を、信じている)
「アルド……」と、感慨深げに呟くジュン。「でも、私は……」
自然と視線は周囲へと移った。自分の気持ちを抑えきれず、焼き尽くしてしまった町並み。胸を苦しくさせるのは、何も焦げ臭い匂いばかりのせいではない。
(ジュン)アルドは言う。(今のお前は何がしたい?)
「それは……」言葉はそれっきり続かない。
浅い呼吸を繰り返す。我知らず、自らの胸を服の上から握り締めるようにしていた。その手は震えている。
他でもない、恐れているのは彼女自身だった。感情に身を任せた結果、また誰かを傷つけてしまうかもしれない。
その根底にあるのは結局、もう誰も身近な人を失いたくないという願いだった。
「アルド、レン」その声も震えている。「ねぇ、私……」
(ああ。いいぞ)
「まだ何も言ってないんだけど」
(行こうぜぇ、姉御)
「いや、だから……まぁ、いいか」自然と口元が綻ぶ。震えはもう収まっていた。「ありがとう、二人とも」
(送っていこうか?)そう提案するレン。
「ううん、大丈夫」ジュンは言った。「今は走りたい気分」
踵を返して、ドレステンの町を後にする。切り立った崖に挟まれた細い道へと向かっていった。
その足取りに、もう迷いはない。
*
夜が明けようとしていた。まだ明けきらぬうちから目を覚ました古谷は、律義にもその時を待っていた。池の傍に立ち、刻一刻と白みゆく空を見つめている。
焼け付くくらいの胸騒ぎを感じている。ゴーレム特有の超感覚が、その崖の向こうに広がる海に純血種の存在を伝えてきている。それが彼の眠りを妨げた原因でもあった。
(奴が、いる)
かつて、ルーンテイツの町で取り逃がしたマーフォークの純血種。ゴーレムの超感覚は決して個体まで識別することはできない。なのでこれは古谷の勘だった。あるいは思い込みとも言う。
だが、来たるべき運命としてそれが訪れたとも感じていた。いずれ倒さなくてはいけない存在。それが今だったというだけの話。
例え、刺し違えてでも倒す。彼は手痛い敗北を喫したその日から、ずっと誓っていた。
「フルヤ」背後から声がかかる。
振り返ると、エトの姿があった。あまり眠れなかったのか、やや明け白む空を眩しそうに目を細めている。
「おはよう」古谷は言った。
「……もうすぐだね」
静かに頷き返す古谷。
エトはそんな彼の隣に並んで、そっと手を握った。その手は微かに震えている。
いくら希死念慮を抱いたことがあるからと言ったって、死に対する恐怖を克服したわけではない。
「無理しなくてもいいぞ」彼女の気持ちを汲み取って古谷は言う。
「ううん」しかしエトは首を振る。「私も戦うよ。じゃなきゃ、ここまで来た意味ないでしょ」
「そうか」
それ以上は何も言わなかった。彼女の覚悟に水を差す必要もないと判断したからだ。
いよいよ朝日が顔を出す。明確に朝と呼べる時刻。戦いの時。
古谷は掌に光を現出させると握りこんだ。眩しい光に包まれて、たちまち二人を巨人の姿へと変えた。
早速、飛び立とうとする。
「待って!」が、またも背後から声がかかる。
振り返ると、ジュンの姿がある。走りこんできたことがわかるくらい汗を流して、荒い呼吸を吐いている。まだ息が整うその前から言いだした。
「私も、連れてって」
(でも……)言いかけたエト。
そんな彼女を制して、片膝をつくようにして目線を下げた古谷は言った。(ああ、勝ちに行こうぜ)
*
水飛沫を上げて飛び込んでくる大きな何か。それも二つ。
ついで聞こえるのは心臓の鼓動。
どうもいくつかあるようだが、一つだけ聞き覚えがあった。
懐かしい気配だった。かつてその口でも感じた心臓の鼓動。今それが、この海中を通じて耳に伝わってきた。
「イ、ワアス、ワアイテイング」
マーフォークの純血種はそう告げると、身を翻して音のする方へと向かう。
それはすぐに見つかった。朝陽が白い筋として差し込んでくる海中。波の揺らめきに次々と形変えるそれは、さながら二色のオーロラのよう。
そこに二体の巨人が立ち並んでいる。胸の結晶体が青白く輝いていた。
まるで待ち受けているかのような出で立ち。ついでに知らないゴーレムも隣にいるが純血種は気にしなかった。別にどれだけいようが、やることは変わらない。
純血種は見知ったゴーレムへと速度を上げて迫っていった。
なんとしてでも、片目を奪った償いをさせるために。
*
(来るぞ、フルヤ)アルドが告げる。
身をくねらせて突き進んでくる純血種。二人は散開するように左右に分かれて躱した。
が、純血種はあくまで古谷を標的としているようで追随してくる。まだ海中に浮いたままの古谷は身動きもままならず、その突進を食らってしまう。
地面に投げ出される形となった古谷。そこにさらに純血種は迫る。大口を開けて、岩塊の体を捉えた。
そのまま地面を滑らせるようにして進んでいく。
しかしそれはほどなくして中断を余儀なくされる。横合いから、アルドのゴーレムが突進をかましてきたからだ。その上半身の膨れ上がった体でのタックルは、純血種の巨体を吹き飛ばす。
(平気か)手を差しだすアルド。
古谷がその手を取ると、引き起こされた。(助かった)
手を取り合っているその様子を、体勢を立て直した純血種はしばらく見つめていたが、やがて突っ込んでくる。
大口を開けた突進。またも同じく古谷を狙ったのかと思いきや、アルドへと向かっていく。
古谷はすぐさま標的を変えたのだと察し、今度はこちらが助けようと息巻いたが。
純血種のその行動はフェイントで、まんまと近づいてきた古谷に身を捻って尻尾を叩きつけた。しかも、その知性ある攻撃に若干の動揺を示していたアルドの隙をついて、当初の噛みつきまで完遂してしまう。
極度に肥大化している上腕二頭筋に食らいつく。そのまま速度を上げて、海中の岩礁にぶつける。
(なるほど、こいつは侮れないな)と、レン。(単に魔獣の上位互換ってわけじゃあないみたいだ)
(アルド、平気?)ジュンが問う。
(問題ない)
アルドはそう言って叩きつけられた岩礁から離れようとしたが、さらにめり込まそうとするかのように純血種は尻尾攻撃を繰り出してくる。
が、それは到達する前に千切られる。
復帰していた古谷が光線による遠隔射撃を行ったのだった。大量の気泡を軌道上に残しながら放たれたそれは、振られた尻尾と交わる形で衝突し、勢いのまま焼き切ってしまう。
純血種は悲鳴のような咆哮を轟かせる。高熱によって焼き切られた断面からは、血が滲むことすらなかった。
この機を逃すまいと、アルドは背にある岩礁を蹴りつけて飛ぶようにして純血種に迫る。左右の手で一発ずつ拳を見舞った。
そこに古谷もやってきて、飛び蹴りを食らわせる。
ただでさえ片目を失っており、そこにさらに尾ひれを損失してうまく泳げないでいる純血種に避けることは叶わない。地面へと投げ出される形となる。
アルドは更なる追撃を加えようとする。拳を振り上げて、飛び掛かった。
純血種は本能がそうさせたのか、胸ビレだけでそれを回避する。
空振りしたことにより、大量の土砂が巻き上がる。二つの巨躯の存在を隠した。
古谷は逃げられることを恐れ、回り込もうとした。が、ちょうど立ち込める土煙に差し掛かったところで、それを待ち侘びていたかのように純血種が食らいかかる。恐ろしいまでの執念。どれだけ体を欠損しようが、古谷だけは仕留めようという意思を感じる。
が、古谷も伊達にこれまでの日々を過ごしていない。喉の奥まで見える大口が迫りくる中、彼は水中で身を捻り、すんでのところで躱した。そうして、通り抜け様に頭頂部に向かって拳を振り下ろす。
度重なるダメージが純血種を朦朧とさせた。ふらふらと、泳ぐことすらままならなくなる。
アルドと古谷は視線を合わせて頷きあう。古谷が水上に向かって離脱する中、アルドはたちまち大量の気泡に包まれた。
その中から、泡を引き連れるようにしてジュンのゴーレムが姿を飛び出す。純血種へとまっすぐ向かっていき短くなった尻尾を掴むと、ジャイアントスイングの要領で自分ごと回転させていく。次第にそれが最高潮へ達すると。
(ぶっ飛べぇ!)水上に向けて放り投げた。
純血種の巨体はみるみると浮上していき、やがて海面へと出る。が、勢いは留まるところを知らずさらに上昇を続けた。
そこに遅れてもう一本の水柱が上がる。
レンのゴーレムがその飛行能力で海上へと飛び出てきたのだった。
間もなく自由落下へと移行しようという純血種に追随して飛翔すると、その周囲を回り始める。竜巻を形成して、遠心力で再度上昇させていった。さらにその飛距離を伸ばそうと、竜巻の中心にて、後追いをするようにしてキックをかます。
分厚い体表は貫くことができないが、押される形でさらに体は持ち上がっていく。
やがて純血種は、即席の竜巻を飛び出した高度まで躍り出る。
そうしたちょうど真上で、腕を十字に組んでいる古谷が待ち受けていた。青空を背負い、前面には影が落ちている。
(ケリをつけろ! 古谷!)レンがその場を離脱。
間もなく、光線が照射された。
慣性に従って未だ上昇を続けている純血種へと突き当たる。空中で身動きの取れなくなっているその体をじりじりと焼いていく。体内へガスを生成させて、内側から皮膚を突き破らんとした。
が、純血種の体はその前に自由落下へと移る。まるで光線から逃げていくかのように、下へと落ちていった。
その速度たるや、光線によって押していることも相俟ってみるみると水面へと近づいている。純血種を撃破する前に水中へと戻られてしまえば、最悪、また逃げられてしまうかもしれない。
それだけはさせまい。古谷は思った。その脳裏に過るのは水槽に横たわるセラの姿。
(もう、これ以上誰も!)
光線の光が強まっていく。
純血種の落下速度はさらに早まった。間もなく海中。それまでに皮膚を突き破らなければならない。しかし。
純血種の体が俄かに膨れ上がるのと、水面に達するのがほとんど同時だった。着水と同時に大きな水しぶきが巻き上がる。
果たして、純血種は如何に。
巻き上げられた水しぶきが大雨となって降りしきる中、古谷は目を凝らして純血種の行く末を見守った。
やがて豪雨の晴れたその先に、水上に浮かぶ純血種の姿があった。突出した鼻口部を水面から突き出すようにして、こちらを見ている。が、それはすぐにグルンと逆さまになると、焼け焦げた肉の断面が拝めた。着水と同時に爆ぜ、頭部だけがある程度の形を残していたらしい。
やがてその肉片は水中へと没した。
(やった)古谷は未だ実感の湧かぬ心地で言う。(……んだよな)
(うん)エトが肯定した。
(ついに倒したんだよな、俺たち)
(そうだよ)
(これで、セラさんは許してくれるかな)
(大丈夫だよ。怒ってなんかない)
(そうか……。そう、だよな)
(ねぇ、フルヤ。見て)
エトに言われ、彼女の示す方向へと目をやる。
(ああ)
すると空の彼方に、円環の虹が輝いていた。
*
「それじゃあ、セラさんのことは頼みます」古谷はそう告げる。
「ああ」と、頷くカー。
エトも「お願いします」と頭を下げた。
二人とも決して良くなるかどうかは聞かなかったし、カーもカーで気休めに似た言葉は吐かなかった。
代わりに彼はジュンに対してこう言う。「見違えるようだな」
すると彼女は俄かに微笑む。「よく言うよ。見えないくせに」
「確かに目は見えないさ。だが声色、息遣い、心音。それらが如実に教えてくれる。ジュン、君は……」
「待った。それ以上はやめておこう」
「照れているのか?」
「いや、そういうんじゃないけどさ。私、別に復讐を諦めたわけじゃないから。ただ……」言葉を区切ると、エトと古谷の二人を一瞥する。
それから、過去に思いを馳せるようにそっと目を閉じた。
「……ただ、その理由を思い出しただけ」
キリがいいので、今年の投稿はこれで最後にします。皆さん、よいお年を。




