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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第三章:第十二話 光る大空、繋がる大地
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12-3

 ジュンが去り、俄かに静寂に包まれた家屋内。エトは未だ立ち上がることができず、先ほどと同じ席についている。


 脳裏に浮かぶは去り際に彼女が見せた寂しげな笑み。いつか見せた地下都市での涙とはまた異なる種類の悲しみに感じられた。


 然るに、確かに復讐は彼女の悲願なのだろう。だが同時に人間的な心を捨てきれないでもいる。決して復讐にばかり囚われているわけではない。


「カーさんは」俯きがちに彼女は尋ねる。「昔のジュンさんのことをご存じなんですよね?」


「そうだな」と、彼は肯定した。「そう言っていいならば、知っている」


「どうして、ああまでして復讐に固執するんですか? いったい何があったんですか?」


「……それを私が答えるのは容易かもしれない」カーは言う。「しかし、それがそれほど重要なことだとは思わない」


「どうして、ですか」


「君が求めているのはきっと理由などではないからだ」


 痛いところを突かれてエトは閉口した。カーの言う通り、今の彼女は例えどんな理由を聞いたとしても受け入れることはない。例え、どんなにやむを得ない事情があったとしても、それならば仕方がないなどとは到底思えそうになかった。


 俯く彼女に、カーは尋ねる。「ジュンのことは、好きか?」


「わかりません」との答え。「どう思えばいいのか、決めあぐねています」


 と、そんな時だ。廊下の方からけたたましく叫ぶ声がある。「先生! 先生!」


 声の主は忙しない足音と共に、転がるようにしてリビングまでやってきた。


「先生! 大変ですよ!」


 現れたのは鳥人族で、エトの姿を見るとぎょっとした顔を浮かべる。が、すぐに気を取り直すと、大げさかつ無意味な身振り手振りをしながら言った。


「またです! またマーフォークの集団が!」


 それだけで十分伝わったようだ。カーは神妙に頷くと、立ち上がる。それからエトを見た。


「悪いが、少し手を貸してくれないか?」


          *


 唐突に現れた鳥人族に先導される形で、二人は向かったのは海岸線だった。カーの家の前に広がる池はどうやら地下水脈で繋がっているらしく、崖の向こうがすぐ海になっている。


 その海に沿うようにして、今や焼失したドレステンの町の方角へと向かうとそれはあった。


 海岸に打ち上げられている幾人ものマーフォークの姿。エトは、カーの背中に乗りながら上空からをその惨状を目の当たりにした。


 遠目から見る分にはそれらが生きているのか死んでいるのかわからない。一人としてピクリとも動く気配はなかった。


 地上に降りると、カーは早速一人のマーメイドの脈を確認しだす。首元に手を当て、じっと息を潜めるようにした。


「どう、ですか?」エトが恐る恐る尋ねると。


 彼は静かに首を振る。それから言った。


「まだ生きているものもいるかもしれない。手伝ってくれ」


 そうして、三人は手分けして生存者を探す。しかし大半は既に事切れているようだった。


「酷い……どうしてこんな……」エトが呟いたその時。


「いたぞ!」報せを伝えに来てくれた鳥人族が声を上げた。


 残る二人は彼の方へと足を向ける。ぬかるむ地面に足を取られかけながらも、駆けつけると。


「セラさん……」エトの知り合いでもあるマーメイドの姿がそこにはあった。


「知り合いか」カーが尋ねると。


 彼女は静かに頷くだけだった。


「彼女を運んでおいてくれ」カーは鳥人族にそう頼むと、更なる生存者を求めて歩き出す。


 結局、生存者はセラを含めて四名だった。カーはその場で応急処置を施すと、重篤な順から自宅へと運んでいく。一人は背負い、一人を腕に抱えて飛んでいく。


 その間、残された最後の患者はエトが見守っていた。しかし何ができるわけでもなく、憔悴の激しいマーメイドは間もなく息を引き取った。


 セラを送り届けた鳥人族が戻ってきたときには、悔しそうに唇を噛みしめる彼女だけがあった。彼は黙って肩に手を置くと、それから背を向けてしゃがむ。道中、カーから残る患者は一名と聞いていたのだろう。


 エトをその意図を察して乗ると、二人は海岸線から引き揚げていった。


          *


 早いもので既に日が傾き始めていた。地平線の彼方に沈もうとする夕日が窓から差し込んで、屋内のエトとカーの影を長く伸ばしている。


 鳥人族の彼はしばらく残っていたが、これ以上何もできることがないとわかると帰っていった。カーの助手というわけではなく、かつて助けた患者の一人と推察された。


 沈黙のまま夜を迎えるのかと思われたが、カーがおもむろに口を開く。


「ここのところ、マーフォーク族による集団自殺が相次いでいるのだ」


「自殺……」その言葉を繰り返すエト。


 信じられなかったので、改めて口にすることで自らに落とし込もうと努めたのだった。


「どうして、セラさんが」


 かつてルーンテイツで世話になった時のことを思い出す。天真爛漫であるのと同時に、強かさも兼ね備えていた。とてもではないが自殺をするようには見えなかった。


「数か月前のことだ」カーが言う。「どこかの水域で純血種が産まれた。以来、そいつは次から次へと町を襲っていった」


 エトは息を呑む。大人しく続きを待っているように見えるのは、その実、何も言うことができなかったからに過ぎない。


「マーフォーク族は元来、耳のいい種族で、同種間では特殊は波長域を使って遠くのものともコミュニケーションを取れる」


 ルーンテイツの町にお邪魔した時、特段連絡を取り合っている様子に見えなかったにも拘わらず代表とのアポイントメントを取っていた。どうやら、そういう仕掛けだったらしい。


 ともあれ、カーは淡々と続ける。


「純血種が現れてからというもの、マーフォーク族は絶えず助けを求める声を上げるようになった。時には悲鳴でさえも。それらが昼夜問わず聞こえ続けた。おかげで、多くのマーフォークがノイローゼに陥った」


「それが集団自殺の原因ですか?」


 カーは静かに首肯する。


「その話」エトは逡巡しつつも告げる。「フルヤにはしないでくれますか?」


「構わないが、なぜだね?」


「おそらく、その純血種は」とまで言いかけたところで。


「聞こえてるよ」と、古谷の声が飛び込んでくる。


 いつのまにやら目が覚めていたようで、リビングの入り口に立っていた。どうやら盗み聞きしていたらしい。


「フルヤ……」エトは落ち着かない様子で立ち上がる。「その」


 言葉を紡ぎ出そうと必死になっている彼女を無視するかのように、彼はカーの方へと向かっていく。


「目が覚めたようだな」カーが言う。


「あんたが、助けてくれたんだな」と古谷は返した。


 しかし、カーは首を振る。「君は自分で尋ねてきた」


「違う。セラさんだ」古谷は言った。「彼女に会わせてくれ」


「構わないが」と、勿体ぶったように言葉を区切る。「ただ、今の彼女は何を言っても聞こえていない。自らその心を閉ざしてしまっている」


「それでもいい。一目、見られればそれで」


 どこか鬼気迫るような様子に、半ば気圧されるようにしてカーは許可した。「……奥にいる」


 彼の横を通り抜けて、古谷は歩いていく。病み上がりだからか、その足取りはどこか覚束ない。


 やがて再び二人きりになると、気まずさに耐えかねるかのようにエトも彼の後を追った。


 奥の部屋は細長く、左右にいくつかの水槽が並んでいる。その一つの前に古谷が立っている。セラのいる水槽だ。


 彼女は目を閉じ、身を丸くするようにして底部に横たわっている。僅かに呼吸しているので、生きていることだけはわかった。


 古谷は、そんなセラの様子をじっと見下ろしていた。その表情は暗く沈んでいる。体の側面で、拳が固く握られていた。


「フルヤ……」どう声を掛けたらいいかわからないなりに、エトが彼の名を呼ぶ。


 しかし反応を示すことはなかった。相変わらず、セラのことを見つめている。


「ねぇ、フルヤ」何も言わないが、考えていることはありありと分かった。なので先んじて注意しようとしたのだが。


「エト」と、彼に先を越されてしまう。


「……何?」不承不承、尋ね返す。


「これ以上は放っておけない」


「そう、かもしれないけど……」


 彼は再びマーフォークの純血種に挑もうとしている。しかし勝てる保証はない。


 それでももう、彼を止めることはできないことを悟った。ここまでの被害を認めておいて、何もせずにはいられない。古谷弘治とは、つまるところそういう人間だった。


 古谷は最後にセラの眠る水槽の表面を優しく一撫ですると、その場を後にする。早速、逆襲に走ろうとするかのように部屋を出て、リビングを抜け出ようとしたところで。


「フルヤ、といったか」カーが呼び止める。


「止めてくれるなよ」彼は先んじて言う。


「止めはしないさ」と、カー。「ただ万全の状態で臨んだ方がいい。倒せなくては元も子もない」


 その理屈には一理あった。命は賭ければいいってものではない。結果が伴わなければ無駄死にだ。


 他でもない古谷自身も、自分がまだ本調子でないことはわかっていたこともあり、その提案を呑むことにした。「……明朝だ」


「それでいい」


 かくして古谷は眠りに着くために、部屋へと戻っていった。日は刻一刻と沈んでいき、夜の帳が降りようとしていた。


          *


 ちょうど同じ頃。エトたちと別れたジュンは、燃え残ったドレステンの町に引き返していた。


 鎮火してまだ間もないのだろう。まだ微かに蒸気を立てながら、焼けた木材の匂いを充満させている。暮れなずむ空と相まって、世界の終焉とも思える光景だった。


 自分のしでかしてしまったことの罪を受け入れるため、あえてこの道を選択した。町に入るや否や歩調を緩め、ゆっくりと失われた町並みを見ていく。


 かつて栄えていたであろう頃に思いを馳せてみる。小さい町であるが、いやだからこそ人同士の繋がりは密接で、その分ドラマもあったことだろう。


 しかし、今やその全ては失われた。ここに生きていた人々の痕跡は燃え滓としてしか残っていない。この町を故郷に持つものが見たら、どう思うだろうか。


 全て燃やし尽くした。ジュンがそうした。


 誰も何も言わなかった。非難は当然のことながら、同情もない。静寂による罪悪感だけが、今の彼女にとっての慰めだったからだ。


 と、そんな時。上空から羽ばたく音が聞こえる。


 その質量から魔獣ではないことはすぐに推察され、残る可能性は翼を持つ種族ということになる。あるいはシオンであるかもしれないことを考慮して、ジュンはすぐさま目を凝らした。


 夕日はそのほとんどが地平線の彼方に沈んでいる。既に上空は夜の様相を呈していて、空を飛ぶ存在は完全に影としてしか認識できなかった。


 追いかけようか。そう考えたところで、影がまっすぐこちらに向かってきていることに気づく。


 緊張状態で迎え撃つ。いつでも反撃に転じられるよう警戒しながら、影の到来を待った。


 間もなくして目の前に降り立つ影。その正体は。


「カー」と、ジュンがその名を呼ぶ。


 それだけではない。背中から降りてくる小さな存在がいる。ショートカットの青い髪。実年齢はともかく見かけ上は少女にしか見えない彼女には、数時間前に別れを切り出したばかりだった。


 舌の根も乾かぬうちの再会に、やや気恥ずかしさを感じながらもジュンは尋ねた。


「どうしたの、エトちゃん」


 こちらを見つめる真摯な瞳。用件があるのは彼女であることは一目でわかった。


 エトはカーよりも前に歩み出ると、腰を折って頭を下げた。「協力してください」


「えっと、何を?」困惑気味に問いかけると。


 頭を上げたエトは言う。「一緒に戦ってほしいんです」

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