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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第三章:第十二話 光る大空、繋がる大地
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12-1

 目元を隠すように伸びたその黒髪から覗くのは、冷たい視線。しかしそこからは一抹の悲しみが滲み出ている。


 彼はただ生きていたかっただけだ。それは決して誰にも認められることではなかったけれど、必死に生きようとしていた。理由なんて求めていなかった。ただ生涯を全うしたいという切実な望みがあっただけだった。


 だから私は、私だけは彼を認めようと思った。もし世界中がランスを敵とみなしても、私だけはいつまでもそばにいようと思った。誰の目にも触れぬように生きていくことさえ視野に入れていた。


 しかし彼はいってしまった。


 どれだけ手を伸ばしても届かない場所へと。


 最後に見せた、悲しげな笑みだけが目に焼き付いている。


          *


 古谷は、玄武岩の巨人が振り下ろす爪を腕で受け止めた。


(おい!)そうしながら呼びかける。(いい加減にしろ!)


 しかし成果はなかった。ジュンは空いたもう一方で掌底打ちを叩きこんでくる。腹に重たい衝撃が走り、古谷の体は姿勢をそのままに後ろへと滑っていった。


 数分前の出来事。魔獣の種を取り込んだ黒い魔獣を倒した彼女は、その後も変身を一向に解く気配を見せず立ち尽くしていた。


 その様相を怪訝に感じながらも見守っていると、一歩ずつ、ゆっくりと歩み出す。まるで夢見心地の足取り。事実、顔はやや上向きでどこかを見ているのかわからない。


 異変が起こったのはそれからだ。彼女の周囲、正確には通り過ぎた後の周りの建物が自然発火を始めた。夜の町中で、火の手が上がる。


 見るから熱そうなその外観から、絶えず放熱を繰り返しているのだろうと思われた。そして、それが頂点へと達し、周囲に発火を促している。


「早く変身を解け!」そう推察した古谷が呼びかけるも。


 ジュンはまるで聞こえていないかのようだった。ふらふらと、どこか誘われるかのように歩きながら町を火の海へと変えていく。


 業火の中を歩むその姿は、まさに悪魔。


 辺りは荒野だからまだいいものの、ちょっと行けば森がある。このまま放置していれば被害は拡大する一方だ。


「くそっ」古谷は毒づく。「もしもの時はってこういうことかよ!」


 そう合点した彼は「フルヤ!」とエトが呼びかけるのも聞きとめることなく、一人走り出してゴーレムへと変身した。


(いったいどうしちまったんだよ)眼前へと立ちはだかり、早速呼びかける。


 ジュンは一向に足を止めることはなかった。まるで古谷のことなど眼中にないとばかりに、同じ調子で歩み続けている。


(止まれ!)言っても無駄だった。(止まれってんだよ!)


 仕方がないので掴みかかる。正面から間合いを詰めて肩を抑えた。そこは高熱を伴っており、触れると同時に蒸気が立ち上る。


 それでも古谷は堪えて、足止めを試みた。体を前のめりに、足を踏ん張る。


 その甲斐があったのか不意に立ち止まった。


(やった、のか?)古谷が怪訝に思いながらも二歩分の距離を取る。


 そうして拘束を解いたにも拘わらずジュンは動き出さない。ただ立ち尽くしている。常時周りの空気を蒸発させているため、蜃気楼が取り巻いていた。


 と、次の瞬間、片手を伸ばして古谷の頭を鷲掴みにした。ギリギリと締め付けられるような痛みと共に、足が宙に浮いていく。頭だけを支えに持ち上げられていた。


 古谷は苦痛の声を上げながら、自らの頭を掴んでいる腕を反射的に掴む。引きはがそうと力を込めていった。


 が、一向に成果が上がらない。それだけに留まらず、ジュンは古谷の体を横の方へと放り投げた。ただ進路上にある邪魔なものを取り除こうというような気軽さだった。


 それから歩みを再開したジュン。古谷はすぐさま立ち上がって掴みかかる。相手にされていないことは明らかだったが、それでも黙って見過ごすわけにはいかない。


(レン! アルド!)と、羽交い絞めにするようにしながら別の人格へと呼びかけた。(聞こえないのか! 返事をしろ!)


 しかし返ってきたのは獣のような雄叫び。どこか辛苦さを思わせる叫びで、聞いているこっちが苦しくなる。


 だが同情している場合などではない。ジュンは古谷の腕を取ると、一本背負いで地面へと叩きつける。そしていよいよ敵と認識したらしく、仰向けの彼の首に手をかけると締めあげるように持ち上げた。


 これまで傷つけまいとしていた古谷も、これ以上手を抜けば殺されかねないことを察した。本気で抵抗を試みる。


 首を掴んでいる腕を側面から殴りつける。一向に効果がなかったので今度は両手で手首を掴み、それを支えに下半身を持ち上げる。両足をジュンの首に巻き付けるようにした。力を込めて首を締め上げ返すと同時に、身を捩らせて腕の方へも捻りを加える。


 ジュンはそれを鬱陶しいと感じるかのように、身を大きくしならせて腕を持ち上げると古谷の体を地面へと叩きつけた。大量の土砂が舞う。それでも何とか離れまいとした古谷だったが、それが三度繰り返されるとついに音を上げる。


 地面へと寝そべる形となった古谷。が、呑気いつまでも寝ているのを許してくれるわけもなく、振り下ろされる拳を避けるために転がった。距離を取ると、腕を使ってさらに後ろへと跳ねて、燃え盛る家屋に突っ込むようにしながら着地した。燃える木片を後方へとまき散らす。


 鮮やかな体勢の立て直しだったが、ジュンはその時には既に眼前に迫ってきていた。またも頭を鷲掴みにし、押し倒す。そのままもう片方の腕で次々と地面へとっかかりを求めるようにしながら、引きずっていった。


 古谷は背中に絶え間ない痛みを感じながら、時に火の中を潜らされることとなった。瞬間的な熱が全身を襲う。


 抵抗も虚しく、ただ成すがまま。やがて手を離されて、カーリングのストーンのように滑らされてしまう。


 急激に摩擦係数の減った古谷の体は、それまで抉られ続けていた地面との間に引っかかりを覚え、数度のバウンドをして転がっていく。止まった時にはうつ伏せで立ち上がるには最適な姿勢だったが、蓄積したダメージによりスムーズにはいかなかった。


 腕を伸ばして体を起こそうにも、肘から崩れてしまう。それでも何とか踏ん張って立ち上がる。その頃には既に胸の結晶体は点滅を始めていて、しかも足元がふらついてまっすぐと立てないでいた。


(まずい……。このままじゃあ)古谷の脳裏に最悪の想像がよぎる。


 ほど近くにある森は全焼。それだけに飽き足らず、グエンキレの町でさえ大火に包まれてしまう。


 そうなった場合の死者の数は計り知れない。


(何としてでも、ここで……)


 だが勝てる見込みがあるのかどうか。


 そんな臆病風に吹かれた彼を待ってくれるほど、玄武岩の巨人は優しくなく、一気に距離を詰めると爪を振り下ろしてくる。


 それを腕で受け止めた古谷。四度目の呼びかけにも応じられることなく、掌底を腹に食らう。衝撃で後方へと滑らされる。それだけに留まらず、岩石の表皮にひびが入った。体もまた限界を迎えようとしている。


(やるしかねぇ!)古谷は最終手段とばかりに腕を十字に組んだ。


 ジュンも応戦するように、大ぶりな動作で腕をL字に組む。


 二人の腕からほとんど同時に光線が放たれた。それらはぶつかり合うと、境目の空間が急激に熱せられる。ただでさえ町全体が火に包まれて一酸化炭素が発生している状況だったので、それはたちまち爆発へと取って代わった。


 その爆風を受けて、古谷の体は崩壊した。入っていたヒビを中心に、岩石の体が粉々に砕けていく。


 そうして地面へと生身の体が投げ出されることとなった古谷。引き裂かれそうなほどの痛みに耐えながら上体だけを起こすと、あれほどの爆発の衝撃を受けても尚、立っているジュンの姿を目にする。


(無理だ……)と、痛感した。(何をやっても、止められない)


 いよいよ諦めの境地に至ったその時。


 不意にジュンが苦しみだした。身悶えし、蹲る。それからもしばらくは爪で地面を削り取りながら、苦痛の叫びをあげていると。


 体が崩壊を始めた。背中の火柱が消え、接合部のマグマが凝固したように黒くなると、玄武岩が細かい断片となってボロボロと崩れ行く。中から生身の体が地面へと落ちてきた。


 理由はともかく、問題は解消した。古谷は何とか立ち上がると、ジュンのもとへと足を引きずるようにしながら歩いていった。


 傍まで来て、揺り起こそうと手を伸ばしたところで。


「かは!」と、止まっていた呼吸を再開するように、息を吐きだしながら起き上がった。


「うおっ!」古谷は思わず、尻餅をついてしまう。


 それからも激しく呼吸を繰り返していたが、吃驚した彼を見ると徐々にその息を鎮めて、こう言う。「すまん、助かった」


「あ、ああ」どうやらレンの人格らしい。「ジュンは?」


「気を失っている」


「そうか……」


 聞きたいことはあるが、それよりもエトのことが心配だった。先ほどの爆発に巻き込まれてはいやしないか。居ても立ってもいられないので探し始める。


 古谷が飛び出す前にいたところにはいなかった。おそらく火勢から逃れるために避難したと思われる。が、確証を得るまでは安心できない。どこかで行き倒れている可能性だって大いにあり得た。


「エト! エト!」業火に負けないくらい声を張り上げて、辺りを探し回る。


 火は勢いを増していく。走っていることも相俟って、古谷は早々に息苦しさを感じては咳き込む。


「どこだ! 返事をしてくれ!」それでも探すことを止めない。「エト!」


 煙を吸うことなど恐れず、叫んで回った。


 そんな彼がちょうど燃え盛る家屋の横に差し掛かったところで、倒れこんでくるように倒壊した。


「危ない!」レンが古谷を引き寄せるようにして、引っ張った。


 勢いでそのまま揃って尻餅をつくこととなる。先ほどまで古谷のいたその場所に、燃える木片が倒れてきた。


 レンは行く手を阻む火から遠ざけるようにして、古谷の体をさらに後ろへと引っ張っていく。


「離せ! 離してくれ!」が、彼は抗った。


「古谷!」レンが止めにかかる。「一旦、離れよう」


「だが、エトがどこかにいるかもしれないんだ!」


「落ち着けって! こんなんじゃあ探せない。それに古谷だって危ない」


「そんなこと!」と言いかけたところで、その言葉を裏付けるかのように大きく咳き込み始める。


 喉から絞り出されるような痛々しい咳だった。


「行くぞ!」レンに担がれる。


「離せ! 離してくれ!」古谷はもがいた。「エト! エト!」


 彼の悲痛な叫びは炎にかき消された。


          *


 夜空を背景に燃え盛るドレステンの町。そこから脱出したところで、レンは古谷を放り出すように地面に下ろした。


 鎮火するにはまだまだ時間がかかりそうだった。辺りに燃え移るほどのものがないのだけが幸いだ。


「じゃあ、俺は探してくるから」と、レン。


 その手に光を顕現させ始めた。ゴーレムの姿で探すつもりらしい。


「待ってくれ」古谷は立ち上がりながら言う。「俺も連れてってくれ」


「無茶言うなよ」レンは困ったように笑った。「ここで待っていてくれって」


「だが」


「いいから」彼を抑えるように肩に手を置く。


 戦闘に続いて、大火の中を駆けずり回った。そのおかげで体力の消耗は激しく、添えられるようにして手を置かれただけなのにも拘わらず彼はへたり込んでしまう。


 そのまま力が入らず、翼のゴーレムとなって飛んでいくレンの後姿を見送ることしかできなかった。


 仮に追いかけられたとしても、今の彼はゴーレムに再変身することはできないので足手まといになるだけだ。しばらくのインターバルを置かなくてはならない。


 現状、彼にできることはただエトの無事を祈ることだけだった。


 そんな時。


 彼の指元が光り出す。持ち上げてみると中指にはめていた指輪が輝き、一条の光を放っていた。それはかつてエルフの知り合いからもらった魔道具で、二対一組のそれはどれだけ離れていてもお互いの居場所がわかるようになるのだとか。


「こういうことか」古谷は呟き、気力を振り絞って立ち上がる。


 この光の先にエトがいるのだと察した。燃えるドレステンの町を背にし、渾身の力で歩んでいく。


 指輪の指し示す先は、切り立った崖に挟まれた道へと続いていた。

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