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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第三章:第十一話 仲間と悪魔
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11-4

 蜘蛛の魔獣へとまっすぐと駆けていくレン。対する魔獣が糸を幾条も放ってくるので、彼は走るのをやめて飛行する。体を地面と並行に、飛んでくる糸を躱しながら向かっていった。


 間もなく接近しようというところで、蜘蛛の魔獣は腕を一本振り上げる。その爪でひっかくように振り下ろす。


 レンは魔獣のすぐ目の前に着地すると、その爪を両手で受け止めて、あえて羽交い絞めにあうかのように巻き取った。そうして背中を密着させた後、すぐさま後頭部で頭突きをかます。のけぞった魔獣を、さらに後ろ跳び蹴りを食らわせた。


 元来、二本脚で立つのは不得手なのだろう。数歩よろめくだけに留まらず、ついに仰向きに倒れてしまう。


(これで、終いだ!)


 レンは再び飛行して、魔獣の周囲を飛び始める。やがてそれは竜巻を形成し、以前見せたような蹴りを食らわせようというのだろう。


 が、そうはいかなかった。


 飛び回る彼に割って入る黒い影がある。目に見えない速度にも拘わらず正確に捉えられ、レンは巻き起こりつつあった竜巻の中から弾きだされることとなった。


(なんだ?)肘をつき、上体を起こしながら原因へと視線を向けると。


 そこにはつい先日、地下都市で見た魔獣の「中の人」がいた。しかし、どうも様子が違う。尖がった鼻や、饅頭のような頭は同じだ。問題は首より下。前回と比べ物にならないくらい、肥大化している。


 黒い皮膚の下で筋肉がはち切れんばかりに膨れ上がり、血管が浮き出していた。


(あ、あんなんだったか?)レンが疑問を呈する。


(どう見たって、何かされてるでしょ)と、ジュン。


(何かって?)


(私が知るか)


 そうしている間にも黒い魔獣は走り出す。手を手刀の形にして、気持ちいいくらいの綺麗なフォームで走りこんでくる。それが却って気持ち悪い。


 レンは飛行能力を駆使して体勢を立て直すも、その時には既に目の前まで迫ってきていた。放たれた拳を、腕を交差させることによって防ごうとするものの、あまりの力強さに衝撃だけで吹き飛ばされてしまった。


 またも地面に投げ出される形となったレン。そこに黒い魔獣が飛び掛かってくる。跳躍して、殴り掛かってきた。


 慌てて、体を捻ってそれを避ける。拳は地面を砕き、手首の辺りまでのめりこむ。赤い目と視線がかち合う。


 レンは次なる拳が振り下ろされる前に離脱した。寝そべったままの状態で地面スレスレを飛んでいく。


 黒い魔獣はすぐさま反応して、それを追う。


(くそ、これじゃあ埒が明かない)レンがそう毒づくと。


(代わろう)と、アルドが提案した。


(すまん、旦那)


 巨人の見た目が変わる。上半身が膨れ上がった極端なゴリラ体型へと変化して、黒い魔獣を迎え撃つ。今や似たような見た目となった二つの巨躯は、間合いが詰まると殴り合いを始める。


 まずは黒い魔獣が一発。助走をつけてのパンチだったが、アルドはそれを受けてもものともせずに一発殴り返す。が、黒い人型も動じない。それからお互いに都合三回ずつ殴り合ったが、両者共に一歩も退かなかった。


 最終的に両手を組み合わせて押し合う形となった。ギリギリと、その力は拮抗している。


 アルドはその最中でも静かに相手の目を見つめていた。しかし、やがて腕を上げるようにして膠着状態を解く。


 黒い魔獣はそれを好機と見たのか、身を一回転。かつてやった時の記憶があるようで、足払いをするようにして下半身を狙ってきた。


 が、アルドはそれを読み切っていたようだ。相手が次の動作に移ろうとしたその時点で飛び上がっていた。体を斜めに、ひねりを加えた跳躍。黒い魔獣がこちらを向いたその時に、その頭頂部に拳を叩きこんでいた。


 そのまま振りぬいて、相手を地面へと伏せさせる。衝撃で地面が人型に抉れた。


(さすがは旦那!)レンが喝采を叫ぶ。


(やったの?)と、ジュン。


 アルドは答えた。(どうだろうな)


 現に黒い魔獣はピクリとも動かない。しかし彼は油断なく視線を注いでいた。


 すると。


「これで終わり?」シオンが姿を現す。黒い魔獣の真上に、翼を駆使して浮かんでいた。「思ったよりあっけないものね?」


(あんた、いい加減に!)ジュンが言うも。


(姉御、姉御)すぐさまレンが口挟む。(だから、聞こえないんだって)


(ぐぬぬ)と、悔しそうに唸るジュン。それから、(アルド! あいつ捕まえて!)と告げた。


(わかった)


 了承の意を伝え、歩みかけた。が、その時になって黒い魔獣が動き出した。初めはただ指をピクリと動かしただけだったが、それが意識の呼び水となるかのように、体を起こし始める。パラパラと、土の欠片が体の上から落ちていく。


 が、体幹が定まらない様子でふらふらとしていた。


「あら、まだやれるの?」しかしそんな状態を好意的に受け止めたシオンが言う。「なら」


 言いつつ、手を上に掲げて魔法陣を展開する。そこから取り出すかのようにして、彼女の背丈ほどもある鮮やかな新緑色の結晶体が落ちてきた。


 魔獣の種だと、一目でわかった。


(何をする気?)ジュンが尋ねる。


 その質問が聞こえたわけではないだろうが、シオンは答えを実地で示した。


 魔獣の種を、黒い魔獣へと突き刺す。するとたちまち体内へと入り込んでいく。


 すると黒い魔獣は蹲り、苦痛に満ちた呻き声を上げ始めた。やがてそれがピークに達したかと思うと、背中の下半分ほどがバックリと二つに裂けた。表皮だけが九十度の角度に、左右それぞれ曲がる。その中から薄い膜状の翼が現れた。


 その容姿が増々ゴキブリ染みだしたそいつは、忙しなく翼を震わせて飛び上がる。


 まっすぐと上昇していったその体は、やがて急降下してアルドたちへと向かっていく。その勢いでパンチを見舞おうというつもりらしい。


 アルドは応対するように、拳を繰り出した。二つの拳はぶつかり合い、衝撃波が巻き起こる。辺りはたちまち土煙に塗れた。


 短い静寂の時間。その煙が晴れた頃には決着が待っているかと思われたが。


 それよりも早く翼のゴーレムが中から飛び出してきた。体の節々から煙の尾を引きながら、まっすぐ上昇していく。


 黒い魔獣も追随した。


 しばし、空中での追跡劇を繰り広げられる。


(くそ! 早い!)レンは早くも限界を感じていた。(こうなりゃ……)


 黒い魔獣はレンへと迫っていく。いよいよ間近まで距離が詰まったところで。


(旦那!)人格は交代し。


(ああ)その剛腕が振るわれる。


 しかしまともに食らったにも拘らず、黒い魔獣はものともしないようだった。すかさずその腕を取ると、振り回すようにして回転。投げ飛ばす。


 飛行能力を有しないアルドの体はそのまま放物線を描くようにして地面へと墜落する。慣性に従って土を削るようにしながら滑っていくことになるのだが、そこにさらに黒い魔獣が勢いよく飛び乗った。全体重を乗せて摩擦係数を高めると同時に、サーフィンでもするようにして引き摺って行く。


 アルドは引っかかりを求めるように大地へと片腕を伸ばす。それでも尚しばらくは引き摺られたが、次第に指先が地面へとめり込んでいくとその勢いを殺すことに成功する。すかさず、残るもう一方の腕で拳を見舞おうとした。


 が、その前に跳躍して避けられる。十分すぎるくらいの間合いが開き、お互いに対峙する形となる。


 アルドは身を起こしながらも、目を離すまいとした。


(とんでもなく強いぜ、あいつ)と、レン。(ドーピングでもしたのかって感じだな)


(事実その通りなのかもね)ジュンが言う。ややあって、(ねぇ、アルド)と呼びかけた。


(なんだ?)


(私、やるよ)


(いや、でも姉御)レンが言う。


(このままじゃあやられちゃうよ)


(まだそうと決まったわけじゃないぜ)レンはあくまでも否定する。(そうだ、古谷に助けてもらおう。な?)


(それでも勝てないかもしれない)と、ジュンは言い返す。(それに、やっぱりこれは私の問題だから)


(いや、でもさぁ)


(わかった)アルドが言う。


(旦那……)


(俺はジュンを信じている)


(……ありがとう、アルド)と、彼女。


(はぁ)レンはこれ見よがしに嘆息する。それから言った。(古谷、聞いてるか)


 戦場を遠巻きにしていた古谷は、急に呼びかけられたばかりに反応をうまくできないでいた。


 しかしレンは構わず続ける。(もしもの時は頼んだ)


「……え?」その意味が分からず、建物の影でまごついている。


「どうしたの?」エトが尋ねる。


「いや、よくわからん」


 そんな彼の疑問も他所に、アルドたちはまたもその姿を変える。


 岩石性の表皮がじりじりと焼けるように白熱する。周囲に蒸気が漂い始めたかと思うと、ボロボロと表面が崩れ出した。その奥から現れたのは玄武岩のように真っ黒な体表で、接合部にはマグマのような赤いものがドロドロと流れている。


 アルドほど極端な体形をしていない、引き締まった肉体。手の五指全ての先端が鋭利になっている。背中に一定間隔で火山口のような穴が連なっており、そこから常時火が噴出している。それは、どこか背びれを思わせた。


 顔の変化が最も著しいだろう。通常、人と同じような顔立ちのゴーレムだが、ジュンの場合は鼻口部が突出している。口に当たる部分がバックリと裂けては牙が覗き、目が爬虫類のようにギョロついている。恐竜を思わせる顔をしていた。


 猫背気味のその姿は、まるでゴーレムとは似ても似つかなかった。


「何、あれ」エトが言う。「まるで……」


 その続きは、ジュンの叫びにかき消された。周囲の空気を震わせる咆哮。およそ理性ある人間のそれではない。


 あまりの変貌ぶりに些か面食らっていた様子の黒い魔獣だが、すぐに気を持ち直して、拳を振りかぶって駆けだす。助走をつけて殴りつけようという算段らしい。


 しかしジュンは掌で難なく受け止める。そのまま握りこんだ。


 これにぎょっとした黒い魔獣。すぐさま振り解こうとするも、動かすことすらままならない。どれだけ身を捩らせようとも、拳が固定されてしまったかのように動かせなかった。


 ついに翼を広げて飛び立とうと試みた。いくら力が強くとも地に足がつかなければ有利に立てると考えたのだろう。


 が、すぐに引きずりおろされた。上昇しだしところで力任せに引っ張られて、地面へと叩きつけられてしまう。ついで、うつ伏せとなっているその体に片足が抑えつけるように添えられる。依然掴まれたままの腕が、捻りを加えられるとともに外側に向かって引っ張られた。


 肩の辺りに張力がかかっていく黒い魔獣。もはや悲鳴なのか何なのか、もう一方の腕で地面をバンバンと叩きながら意味のなさない叫びをあげている合間に、腕の付け根が千切られていく。肉が離れ、隙間から白濁とした液状のものが漏れ出し、ついに肉の繊維一本すら残すことなく分断された。


 だが、ついに拘束を逃れたことに違いはなく、黒い魔獣はこれを好機と逃走を試みた。慌てて背を向けて、飛翔する。


 そうしてみるみると上昇していくその背中に、ジュンはつい今しがた千切ったばかりの腕を投げつけた。


 投擲された腕は空中を必死に飛んでいく黒い魔獣へと見事命中する。ただでさえ欠損によりバランスがとりづらいところだったので、撃ち落とすための質量はそれだけで十分だった。


 地面へと墜落していく黒い魔獣。その落下地点に向かって、ジュンは一目散に走り出した。


 不時着するよりも早く、その体を殴りつけた。別ベクトルの力が加えられたことにより、その方向へと飛んでいく。


 黒い魔獣は、地面を数度バウンドしてようやく地面に落ち着いた。すぐに立ち上がろうとするも、うまく力が入らないでいる。そうしてもたもたとしていると影が落ちてきた。視線を上げると、玄武岩の巨人が宙から躍りかかってくるところだった。


 その頭を鷲掴みにされ、地面へと叩きつけられる。


 そのまま体を押さえつけるようにして乗っかられ、首の付け根に手を添えられると頭を引っ張り始める。腕同様、もぎ取ろうとしていた。


 黒い魔獣にできることは悲鳴を上げることだけだった。が、それも自らの首が裂けていくとついに出てこなくなる。後はじわじわと千切れていく感触を味わうことだけ。目を始め、次々と感覚が遮断されていく。


 が、途中で気を失うことはなく、絶命する方が先だった。最後の残った聴覚がブチリと皮膚の裂ける音を捉え、その生涯を終えた。


 傾いていた日が、いよいよ地平線に沈もうとしていた。夕日を背景に、シルエットとなった巨人の影が饅頭型の頭を引きちぎった勢いで振り上げている。体液が断面から迸っていた。


 そうして勝利を得た玄武岩の巨人。落日の町中で饅頭型の頭を片手に立ち上がった。


 茫洋とした影となって、いつまでも立ち尽くしている。


「ジュンさん?」しばらく待っても未だ変身を解こうとしない様子に、エトが訝しがった。


 やがて日が落ちる。夜の帳が降り、辺りを黒く染めた。


 玄武岩の巨人の、紫色に光る胸の結晶体だけが不気味な異彩を放っている。

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