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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第三章:第十一話 仲間と悪魔
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11-2

 ジュンの申し出を断る理由はなかった。彼女たちは経験の長さ故か、知っていることが多そうだ。聞きたいことは山ほどある。


「へぇ、世界地図かぁ」が、先手を打ったのはジュンの方だった。「これをどこで?」


 その手には地図を持っている。町を離れ、森の中を進みながら木漏れ日に翳すようにして透かして見ていた。


「エルフの知り合いから頂いたんです」と、答えるエト。「まだ全種族が共存していた時代に作られたものと思うんですが」


「思う?」


「本人も出自を知らなかったようで」


「なぁるほど。時代を超えて受け継がれたってわけ」


「みたいです」


「ね、この赤い点は何?」ジュンは好奇心旺盛に尋ねた。


 エトの目線の高さにまで下ろされた地図の一点を指差している。町でもない、森の中の何もないところに赤い丸が記されている。


「ちょっと前に鳥人族で、ゴーレムの遺跡を巡礼している人たちと知り合いまして」エトが言った。「遺跡の中で石像を見たという場所を教えてもらったんです」


 遺跡にいるゴーレムを模した石像。実体は、そのフリをしたゴーレム本人だ。


「はー」ジュンは感心したように言う。「会いに行こうってわけ」


「できれば」


「ふぅん」意味深に言うジュン。「あんまりお勧めしないけどねぇ」


「どうしてです?」


 問いかけるエトの言葉を素通りして、彼女は古谷へと視線を向けた。言葉にこそしなかったが、彼ならばその真意が伝わるものと思っている。


 が、古谷はこう言った。「俺が望んだんだ」


「なら、いいけどさ」ジュンはもう何も言うまいとばかり。


 そんな彼女に、正確に言うならその中に潜む人格の一人に古谷は水を向ける。


「そういや、レン。エッバグーサっていう鳥人族の町、知ってるか?」


 てっきり彼が出てきて直接答えてくれるのではないかと思っていたのだが、ジュンの人格のままだった。


「知らないって」首を振りつつ伝言する。「なんで?」


「どうも、その町に以前翼を持ったゴーレムが現れたらしい」


「へぇえ?」疑問とも驚きともつかない様子。


 本当に知らないみたいだ。


「翼を持ったゴーレムって、他にもいるのか?」


「いや、私の知る限りはレンだけだけど」


「そもそも、どうして姿が変わるんですかね?」エトが尋ねた。「アルドさんの人格の時も、見た目が変わりましたよね?」


「そういうあなたたちもね」


「え? そうなの?」と、古谷を見上げるエト。


「いや、知らん」


 一緒に変身してからというもの、未だにその姿を見たことはなかった。一つにはそれどころではないということ。もう一つには、都合よく見た目を映すものがないということ。


「変わってるんだって」と、半笑いで言うジュン。「どういう理屈かはわからないけど、一体化をすると変化することがあるみたい。私たちの場合は人格それぞれに決まった姿があるの」


「へぇ、じゃあジュンさんにも別の姿が?」どことなく期待の眼差しで尋ねるエト。


 対するジュンは、落ち着かなさそうに。「……うん、まぁね」


 歯切れ悪く言うだけだった。


 と、その時だ。彼女は不意に立ち止まる。


「ジュンさん?」呼びかけるエトを。


「しっ」と、窘める。


 言われるがままに口を閉ざす。息を殺して耳を澄ますと、微かに音が聞こえる。それは振動を伴っており、巨大生物の足音と推察された。つまりは、魔獣だ。


 足音は徐々に大きくなっていく。


「こっち」ジュンが小声でそう言いながら、二人を導いていく。


 比較的大きい一本の木の陰に隠れながら、身をしゃがませる。やがて魔獣が姿を現した。


 紫の魔獣だ。前傾姿勢のため、恐竜顔が先行して木々の合間から現れる。続いてイボだらけの胴体が見えてきた。誰の手も入っていない、通常の個体だ。やや先の方で、三人から見て横切る形で歩いていく。


 が、紫の魔獣はやがて完全に姿を見える位置で留まると、周囲に視線を巡らせて何かを探るようにし出した。三人は増々息を詰めて事態を見守っていると、背後の方で葉が騒めく音がする。同時に羽ばたく音。


 タイミング悪く、鳥が飛び立っていったらしい。


 古谷はすぐさま掌に光を現出させ始めたが、すかさずジュンがその腕を下ろさせた。視線を合わせると、首を振ってくる。


 もう少し様子を見ようということらしい。その判断は正しく、しばらくこちらをじっと見つめるようにしていた魔獣だが、身を屈めている三人の姿までは視界に入らなかったものと見えて再び歩き出した。


 次第にその足音は遠ざかっていく。


 三人は安堵の息を吐いた。


「何とかやり過ごせましたね」エトが言った。


「ああ」と、古谷。それからジュンに問いかける。「というか、やり過ごすんだな」


「そりゃそうでしょ」彼女は答える。「逆にいつもどうしてるの?」


「いや俺たちは極力避けてるけど、そっちは別に制限なんだろ?」


「そりゃあいつでもゴーレムにはなれるけど、積極的になりたいわけじゃないから。第一、それだったら今頃こんなところ歩いてない」


 確かにレンのゴーレムならば飛んでいける。わざわざ陸路を歩く必要など、どこにもない。


「それもそうか」


「でも、なんでなりたくないんですか?」エトが尋ねる。


「レンも言ってたじゃない、力を使えば使うほどゴーレム化は進行するって」ジュンは言った。「私やレンはいいけどさ、そこにアルドを巻き込むわけにはいかないでしょ」


「それ、承知の上なのか?」問いかける古谷。「っていうか、未だに一度も話したことないんだが」


「ああ、そう言えば」と、ジュン。「話す?」


 頷く二人だったが、どうやらその問いかけはアルドにしているものらしかった。


 古谷はゴーレムの思念としてその声だけは聞いていた。その感じからすると淡泊な性格という印象だった。ここに至るもまるで出てこようとしないのも、あまり古谷たちに興味がないからかもしれない。


 果たして、何を言われるか。固唾を呑んで待っていると、やがて人格が変わったようだ。柔和な笑みが消え、女性的なしなもなく、かといって気怠い立ち姿でもない。


 まっすぐと肩肘張ったような姿勢。それでいて無表情。垂れ気味の目だがそれだけでは補いきれないほどの近寄りがたさを感じる。しかし瞳だけは淀みなく、澄んでいた。


「アルドだ」ただ一言だけ。


 森はたちまち元の清閑さを取り戻した。小鳥が鳴き、風が木々を揺らしている。


「えっと」なんて言えばいいのかわからないうちから、エトが口を開く。


 とりあえず何かを言わなければと思った。結局、「よろしくお願いします」と当たり障りもないことを言う。古谷も続いた。見知った顔に改めてそう言うのは、どうにも変な感覚だった。


「ああ、よろしく」アルドの言葉はやはり短い。


 またも沈黙。


 エトは困惑の極みに達し、半ば涙目で古谷を見上げる。彼も彼で、狼狽して何を言えばいいのかわからない。そっけないとも取れる態度だが、かといって敵意や嫌悪といったものは感じられず、あろうことか視線をこちらに向け続けてきていた。


 何か言いだしそうで、何も言わない。言葉を待っているようで、待っていない。


 つまるところ彼は、他人との間に生じる気まずさに無頓着な人種だった。


「ああ、ごめんね」すかさずジュンの人格がフォローに入る。「決して怒ってたりするわけじゃなくて」


「ああ、いえ」と、エト。「大丈夫です、それは」


 何も大丈夫ではなかった。ただ勘違いはしていないということの証明で、これからアルドという人間とやっていけるかどうかについては別問題だった。


「こういう人なの、アルドは。気にしないで」


 随分な言い草だが、彼は怒ったりしないのだろうか。古谷は気になってしばらく様子を見たが、どうもそんな気配はない。確かに怒りを露にするような人には見えない。それどころか平然と聞き流している感じの方がしっくりくる。


 というか、そもそもの目的を忘れていた。アルドにゴーレムの力についてどう思っているのか尋ねるつもりでいたのだった。


(まぁ、また今度でいいか)が、今は諦めた。


 距離感が掴み兼ねたので踏み込んだ話は早いだろうと、そう自らに言い訳したのだった。


          *


 そんな一幕の後、三人は歩みを再開させた。


 間もなく、魔獣の通り過ぎた痕跡のところまでやってくる。


「多いなぁ」ジュンが独り言ちる。


 確かに言う通り、魔獣の足跡は多い。今通り過ぎた個体のものを別としても、少なくとも同型が三体はいる。どれも同じ方に向いているので、往復したわけでもない。


「同じところを巡回しているんじゃあ」古谷が思い付きを言う。


「それもあるかもね」ジュンは同意を示したが、どうも申し訳程度のという感じだった。


「何か思い当たる節が?」エトが気になって問いかけると。


「おそらく、種が近いのかもね」との返答だった。


「種?」


「ああ」と、合点がいったように言うジュン。「よく森の中とかで結晶体を見たことない? ゴーレムの胸についているのと似たやつ」


 覚えがあったので頷く。「あります」


「あれを私たちは魔獣の種と呼んでるの」


「どうしてですか?」


「あれ? 知らない? あれから魔獣は生まれるんだけど」


「ええ! そうなんですか?」


「そうそう」


「てっきり、どこかに巣でもあるのかと思ってたんですけど」


「違う違う。あいつらはね、そういうコミュニティは形成しないの。ただその辺をウロついて、種族間の交流を断絶するだけ」


「それは聞いたことあります」かつてエルフの里の長老が言っていたことを思い出す。「生き物じゃないとも」


「うーん、それは当たらずとも遠からずってところかな」ジュンは言った。「正確にはね、生き物としての素養は全て備えてるの。ただ機能させていないだけ」


「させてない?」


「魔獣はね、胃袋も生殖器も持っているけれどそれを活用しないの。食べないし、寝ないし、繁殖しない」


「どうして、そんなことに?」


「さぁ? 多分だけど、そういった感覚を伝える神経が繋がってないのかも。設計段階で見落としたのか、何なのか」


「でも、神様は未だにそれを無視している」


「役割さえ果たせれば問題ないと判断したんだろうね」


「でもでも、そんな調子じゃあすぐに死んでしまうんじゃないですか?」


「その通り。だから魔獣は寿命がとても短い」ジュンは言う。「で命が尽きると、その分だけ魔獣の種から生成される。生殖の末に生まれるわけじゃないから遺伝子的発展もなくて、全く同じ個体が産まれるの。種を媒介に複製される、みたいな感じかな」


「なるほど」と、得心するエト。


 同時に興味本位から、もしそれらを試したらどうなるのだろうと思った。食べさせてみたり、寝かせてみたり。


 特に生殖機能。それそのものがあるのなら、決して子供が成せないわけではない。誰かが手を貸せば、できない話ではない。


 子が産まれたら魔獣でも子育てするのか。社会性を持ったりするのか。


 彼女がそんなことを取りとめもなく考えている間に、一向は森を抜けた。


 開けた視界に移るのは、僅か先に見える人間族の町。乾いた大地にポツンと建てられたその町に、古谷は俗に言う西部劇に出てくる町を連想した。


「地図では」と、エト。「ドレステンという名前の町みたいです」


「ふぅん?」ジュンは言う。それから殺風景なその光景に目を眇めながらこう呟いた。「何だか、嫌な予感がする……」

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