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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第三章:第十一話 仲間と悪魔
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11-1

 古谷たちの目の前には、ローストチキン、野菜のポタージュ、バケット一杯に積まれたパンに、これまた山盛りの果実。周りの席からも羨望の眼差しが絶えることのないほどの食事が並べられていた。


 二人は豪勢な夕飯としゃれこんでいた。


 というのも臨時収入があったからだ。


 レンに地上まで送ってもらった後、二人はグエンキレの町へと足を向けた。その道中、またも例の猫もどきを見かけたのだった。


 が、とてもではないが鬼ごっこをする気分ではないので無視することに決めた。すると。


「ねぇ、フルヤ」エトは言う。「ついてきてるよ」


「ええ?」


 振り返ってみると、その通りだった。立ち止まった今も、僅かな距離を置いてこちらにじっと視線を向けている。


 なぜかはわからないが、警戒していることに変わりはない。ここで追いかけてみても、どうせまた逃げられるだけだろう。


「まぁ、好きにさせておけばいいんじゃないか?」


 そう結論付けて、歩みを再開させる。


 そうして猫もどきは町に至るまでついてきていた。もしかしたらと思って依頼主のいる屋敷まで行ってみると、やはりまだいる。そのまま受け渡した。


「ありがとうございます」


 使用人の女が儀礼的な謝意と共に報酬を差し出してくれる。背後では可愛がっていたという夫人が、ペットとの熱い抱擁を交わしていた。こちらに一瞥くれる暇すらないようだ。


 あんなに苦労したのは何だったのかと思うくらい、あっさりとした幕切れだった。


「ただの迷子だったのかな」去り際にエトが言う。「誰かに帰り道を案内してほしかっただけなのかも」


 要するに、追いかけるから逃げられる。自然界においての不文律ともいえる因果だった。


 そういうわけで二人はただペット探しにしては多額ともいえる報酬を手にして、飲食店へと赴いたのだった。


 古谷は料理が並ぶや否や、口に詰め込めるだけを詰め込む。パンにローストチキンを挟み込み、食べきるより前にポタージュを流し込むように飲む。次に果実を手にして、片手に保持したままのチキンサンドと交互に食べていった。


 彼の忙しない食べっぷりにエトが笑みを零す。


「そんなに慌てて食べなくても」


「もあい」古谷は口に物を含んだまま喋った。


「え?」


 嚥下してから、再度言う。「悪い、なんか無性に食いたくなって」


「いろいろあったもんね、今日」と、エト。「お腹空いたよね」


「……まぁ、そうだな」


 エトもぼちぼちと料理に手を付け始めた。その最中で唐突にこう言う。


「シオンさんは、別に魔獣をペットにしようってわけじゃないんだろうね」


「そりゃそうだろうな」


 魔獣に対しての仕打ちを見ればわかる。少なくとも、愛でようなんていう奴のすることじゃない。


「もしかしてだけどさ」


「うん」


「新しい魔獣を作ろうとしてるんじゃないかな」


「何のために」


「いや、そこまではわからないけど……」と、語調を弱める彼女。「なんとなく、そんな気がして」


 体の一部を取ってつけたり、不死にしてみたり。魔獣に対してあらゆる改造を施している。そういった諸々からの連想だろう。


 そうなると、最後に出てきた黒い人型はまさに新種の魔獣と呼ぶべき存在になるのかもしれない。いわゆる「中の人」が出てくるような登場の仕方だったが、外殻が違うだけで脱皮や孵化とそう変わらないのだろう。


「もしかしてだが」その真意はともかくとして、古谷が問う。「ジュンたちに協力したいと思ってるのか?」


 とはいっても彼女たちは関わってほしくはなさそうだ。やたら遠ざけようとしていることがその証左で、ひとえに彼女たちの目的が復讐という極めて私怨的な行為であることに他ならないからだろう。巻き込みたくない、といった方が正しいか。


 古谷ですら気づくのだから、エトがわからないわけもなく。


「それは……」と、口籠ってしまう。「駄目、かな?」


「いや、駄目ってことはないだろうが……」二人の旅の目的から逸脱してしまうので、手放しに賛成はし難い。


「協力し合った方がいいと思ったんだよね」エトは言う。「今後、私たちだけじゃ手に負えないことだってあるだろうし」


「その投資として、先に手を貸そうって?」


「う、うん。そんな感じ」


 嘘をついているのは明らかだった。それっぽい理由をでっちあげてきたものの、本心では同情しているのだろう。地下都市で一瞬だけ見えた、ジュンの涙に起因しているものと見える。


 古谷は一つ嘆息して、こう言った。「……まぁ、また会うようなことがあればな」


「うん! うん!」エトは嬉しそうに頷いた。「そうだね! その時は!」


          *


 思ったよりも再会の日は早く訪れた。


 次の町へと行きがてら、ついでで受けられるような依頼を受けていこうと二人で職業案内所に行くと珍しく女性がいた。この手の仕事は荒事が多く、決して女性がゼロというわけではないのだが、男性が受ける割合というのが遥かに大きい。


 エトを伴っただけでも物珍しげに見られるのだから、女性一人となるとそれだけで注目の的だ。


 で、さらに厄介なことなのは、一人ということなので気安く声を掛けられてしまうということだった。


「ねぇちゃん、一人かい」髭面の野暮ったいおっさんが話しかけていた。「いけねぇなぁ、危ないったらねぇ。よければ俺が手伝ってやろうか」


「お構いなく」やや低めのハスキーな声。


 なんとなく聞き覚えのある声ような気がして視線を向けてみると、ちょうど彼女も視界に捉えたところらしかった。目と目が合う。


 一方、声を掛けたおっさんはすげなくされたものの尚も食い下がろうとするのだが、視線を固定する彼女を見て、古谷たちの方へも目を向けた。


「なんだよ、あんちゃん。文句あんのか?」


 非難の視線を向けられたものと勘違いしたのだろう。


「え? いや……」古谷は戸惑った。別におっさんのことは見ていたわけではないからだ。


 が、弱気な態度を取ればつけあがるのがこの手の輩の厄介なところで、ずいずいと間近まで近寄ってきて、ねめつけるような視線を投げかけてきた。


「子連れでこんなところ来てんじゃねぇよ」暗にエトを揶揄してそう言う。


 だが確かに危険が伴う依頼が多く、そこに子供を連れて行こうするのは決して褒められたことではない。言い方はともかく、至極まっとうなことを言っているようにも思われた。


「うーむ」と、古谷。


「もしかして感心してる?」エトが指摘した。「何を思ってるか知らないけど、多分違うよ?」


「いや、しかしだな」古谷が言い返そうとしたが。


「おい!」と、おっさんは怒りを口にした。「無視してんじゃねぇ!」


 そんな彼の背後から肩を叩くものがいる。おっさんは「ああ?」と怒り口調のまま応じた。


「悪いけど」そこにはいたのは例の女だ。「私の知り合いだから」


 古谷たちは内心で「え? そうなの?」と思っていると、おっさんは恥をかかされたものと思い、さらに怒りを滾らせる。


「だったら何だってんだ!」もう引くに引けない状況なのだろう。「俺に関係あるかよ!」


 すると、女は仕方がないかとばかりに嘆息した。そして、次の瞬間には。


「おい、おっさん」一転して気さくな態度。くるりと身を翻して隣に並び立つと肩を組んだ。「どうしてもつーなら相手してやらないこともないが、どうする?」


 その声はどこか小馬鹿にする調子だが、それよりも気になるのは一瞬にして男のものになっていたことだ。


 おっさんも気づいたようで、「ひっ」と短く悲鳴を上げる。「お前、男だったのか!」


「おいおい、そりゃねぇだろ。声かけてきたのはそっちだぜ?」


 しかしそんな苦情など請け合わず、おっさんは気味が悪いとばかりに身を震わせる。それから「くそっ、おかま野郎が……」とぼそぼそと文句を垂れながら、そそくさとその場を去っていった。


 何とも後味の悪い終わり方ではあるが、ひとまず難は去った。おっさんが消えた背中を見送った後、エトが謝罪を口にする。


「ごめんなさい……」


「なんで謝るんだよ?」


「嫌な気持ちにさせてしまいましたし」


 趣味か、あるいは並々ならぬ事情があるのか。ともあれ、秘密を公衆の面前に曝け出させてしまったことに対しての謝罪だった。


「それはあのおっさんのせいだろ? エトちゃんが気にすることじゃない」


「ですが……」と、尚も言い募ろうとする彼女。


 暢気に構えず、もっと事態の収拾を図ろうとすればこうならなかっただろうと思っていたのだが。


「もしかして」その前に古谷が尋ねた。「レンか?」


 おっさんに絡むあの一連の動作がそう思わせた。


「おうよ」そして、それは正解だった。「また会ったな」


 威勢よく手を挙げて応える彼。その見た目はどこからどう見ても女性としか思えないほどだった。


          *


 あんなことがあった後では居心地が悪いので、三人は場所を移すことにした。


 だが、いざ職業案内所を出たはいいものの行く当てなどなく、しばらく彷徨うこととなった。込み入った話をする可能性もあるので、あまり人に話を聞かれないような場所がいいのだろうか、などとごちゃごちゃ考えてしまう。


 最終的には町の広場に落ち着くことになるのだが、その道中から既に話は始まっていた。


「私たち」ジュンの人格が言う。「三人代わりばんこで体を使おうってことにしてるの」


「なるほど」と、エト。


「アルドの好意に甘えてね。そうさせてもらってる」


「それで今日はジュンさんの日ってことですか?」


「そゆこと」


「それにしても」と、彼女は失礼を承知でじろじろと見た。


 元が男性の体とは思えないほど、女性的な見た目だった。ワンピースを腰の辺りで切り詰めてはシャツのように着て、そこにズボンを合わせている。さらに腰くらいまでの長さのマントを羽織っている。首をぐるりと覆うデザインで、前側は胸元辺りまである。喉ぼとけや肩幅など、男性的部分を隠すようにしていた。


 そして何より、扁平だった顔立ちが今では垢ぬけた雰囲気になっている。動作一つとっても、誰が見ても女性と見紛うほどだった。


「なんというか、その」言い淀む彼女に。


「すごいでしょ」と、先回りするようにジュンは言った。


「ええ、以前会った時は全然違います」


「まーね」得意げに言う。「これでも努力してるんだから」


「顔はどんな魔法で?」本気か冗談か、エトは尋ねる。


「魔法じゃないって」ジュンは苦笑を浮かべた。「化粧で何とか」


「へー! 化粧でそれだけ。すごいです」


「よければ、今度教えてあげるよ」


「ぜひ!」前のめりにエトは言った。


 やがて広場へと辿り着いた三人。


「ここでいっか」と、ジュンは言いだす。「いい?」


 二人に問いかける。


「ええ、まぁ」エトが返した。


 いくら落ち着ける場所を求めていたと言っても、こんな往来のある中で話してもいいのだろうかと思ってしまう。が、本人がいいと言っているのだから議論しても仕方がない。


 三人は広場の一画にあるベンチに並んで腰かけた。


「んー、いい天気」座るや否や、ジュンはめいっぱい体を伸ばす。深く息を吐くとともに体を弛緩させると言った。「二人はまだ当分この町にいるの?」


「いえ」エトが答える。「そろそろ次の町に行こうかと。ジュンさんは?」


「私たちも行こうかなって相談していたところ。もうクエシオンの奴もいないみたいだし」


「そう、ですか……」


 明るくさっぱりとしていて、落ち着いたところもある。そんな大人な雰囲気の彼女が、固い口調でシオンのフルネームを呼ぶ。僅かな憎しみの籠った口調で。


 第一印象こそ激情に駆られていたものの、見た目が違うことも相まって今の彼女とはどうにも結びつかない。あるいは何か自分は思い違いをしているのではないかと感じ始めていただけに、エトは暗澹たる気持ちになった。こんな素敵な人が復讐に囚われている。その紛れもない事実が、そうさせたのだった。


 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、ジュンは言う。「どうせなら、次の町まで一緒に行く?」


「……いいんですか?」


「うん、旅は道連れ世は情けって言うでしょ?」


「なんですか、それ?」


「……何でもない。忘れて」


(意外と抜けてるところもあるんだな)古谷はやり取りを聞いて、密かに思った。


 彼女の口にしたのは古谷が元いた世界の諺だ。異世界でも通用するとは限らない。

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