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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第三章:第十話 あなたはだぁれ?
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10-4

 その動きは嫌に俊敏だった。第一撃でドロップキックをかましてきたと思うと、それを受け止めた腕を足場にバク宙をして、着地と同時に足払いを仕掛けてくる。


 上体が極端に大きい巨人の見た目から、一瞬で下半身の弱さを見抜いたのか。ともあれ、その攻撃は確かに効いた。


 巨人の体勢を崩すことに成功する。


 まんまと倒れたところを、黒い人型は飛び掛かってくる。マウントポジションを取ると、連続してパンチを繰り出した。


 が、今度は効果がなかった。見た目上は極めて一方的なのに、どうにも黒い人型の方が必死になって殴りつけている様子だ。


 巨人の方は平然としたもので、ただひたすら拳をその身に受けている。やがてそれに飽きたとでも言わんばかりに、突っ張りの要領で一押しするとただそれだけで黒い人型は押し返された。その体が浮き上がり、地面へと仰向けに投げ出される形となる。


 それでも黒い人型の復帰は早く、腕をばねのようにして跳ね起きる。巨人が身を起こした頃には撹乱するようにその周囲を回っていた。巨人は目で追おうとするも、到底追いつけそうにない。


 黒い人型が襲い掛かった。背後から飛び蹴りを食らわせる。


 しかしやはり巨人に効果はない。だがそんなことは百も承知と言わんばかりで、足を掴み取られる前に身を退くと、今度は別の方向から飛び蹴りを食らわせる。力で敵わないと見て、手数で押す戦法に切り替えたらしい。ヒットアンドアウェイを繰り返していた。


(うざったいな……)レンが言う。(ゴキブリみたいな野郎だ)


(うげっ)女の声。(そう思うとちょっと気持ち悪いかも)


 いくら攻撃されてもダメージはないとはいえ、いつまでもこの調子ではらちが明かない。巨人は、断続的に繰り返される連撃には一定のリズムがあるのを感じ取る。おそらく無意識の産物だろう。


 飛び掛かってくるタイミングを計って闇雲に腕を振るってみた。


 すると、二度目でまぐれ当たりを果たす。


 ただ当たっただけも同然だったが、軽々とその体を吹き飛ばした。朽ちた家屋の一つを巻き込んで黒い人型は倒れる。


(アルド)女の声が言った。(できるなら、生きたまま)


(わかっている)男の声。


(姉御、調べる気?)と、これはレン。


(当然でしょ)


(さっき気持ち悪いって言ってなかった?)


(それとこれとは別だから)


(へいへい)


 黒い人型は虫の息となっていた。相当ダメージがあると見えて、よたよたとした様子で立ち上がる。が、今にも頽れそうだ。


 その時だ。


「できればやめてくれないかしら?」


 艶のある声が反響した。みれば、一軒の家屋の上に一人の女の姿がある。


「あれは……」と、エト。


 遠目であったが、それが誰であるのか彼女にはわかった。金髪のツインテールに、鮮血を思わせる真っ赤な瞳。


「知り合いか?」古谷が問うと。


「うん」エトは躊躇いがちに返した。「この前、助けてくれて」


 しかしなぜここにいるのだろうか。


 その疑問が氷塊を見せるよりも前に、話が進んでいく。


(あんた……)女の声が怒りを露にして言う。(ようやく見つけた)


「せっかく生まれた個体なのよ? そうあっさり殺されちゃ困るわ」


(よくもまぁ、のこのこと姿を見せられたね)


「もう少し観察したいのよね。駄目かしら?」


(あんたが何をしようとしているかわからないけど、許すつもりなんか微塵もないから)


「あの」女は呆れたように言った。「もしかしたら何か言っているのかもしれないけれど、私には聞こえないのよね」


(姉御)レンの声。(奴の言う通りだ)


(わかってる!)どこか悔しそうに女の声が言った。


 それから突然、岩塊の巨人の体は崩れ出した。中から飛び出すようにして人影が躍り出る。まっすぐ屋根の上にいる金髪の女に向かっていく。雄叫びを上げながら、殴り掛かるようにしていた。


 対する彼女は、すっと身を退いてそれを躱す。


「随分なご挨拶ね?」そして、飄々と言った。


「あんただけは許さない」


 俄かに声は高くなっているものの、男の見た目でそんな言葉遣いをするものだから妙だった。金髪の女も目を眇めて、こう尋ねている。


「私、あなたに何かしたかしら?」


「忘れたとは言わせない!」


 金髪の女は人差し指を頬に当てる。「んー、記憶力には自信があった方なのだけれど」


「ランスにあんな仕打ちをしたって言うのに!」


「ランス?」と、一瞬首を傾げたが、すぐに合点が言ったようだ。「ああ、実験体三号ね。ってことはあなた、あれに執着していた女なのね?」


「ランスをそんなふうに呼ばないで!」


 怒りの声を無視して、金髪の女は言った。「無茶言わないでくれないかしら? 見た目も声も違うのに、覚えてろなんて」


「ぐぬぬ……」悔しそうに口元を歪める。


「あの!」いつの間にか、物陰から出てきていたエトが声を上げる。


「あら?」金髪の女は見覚えのある少女を見下ろした。「あなた、この前の」


「先日はどうも」状況に似つかわしくないと思いながらもそう告げる。それから、「どうして、ここに」と疑問をぶつけた。


「それはこっちの台詞ね」と、金髪の女は飛び降りてくる。「一応、今は私有地になっているはずだけど」


「それは、その、申し訳ないんですけど……」


 拍子外れの返答にエトが答え切るよりも早く、金髪の女を追うようにして飛び掛かる影がある。


 彼女はそれをやはりひょいと躱すと言った。


「あまり長話できる状況でもなさそうね?」


 すると背中から翼を生やす。蝙蝠を思わせる皮膜だった。そして。


「逃がすか!」


 掴みかかられるよりも早く、飛び立つ。みるみる上昇していくと、途中で振り返って言う。


「また会いましょう」


「またなんてない!」


「あなたじゃないわよ」金髪の女は呆れたように言った。「そこの……」と、指差す。「そう言えば名前、聞いてなかったわよね?」


「エトです」名乗ると。


「クエシオンよ」すぐさま名乗り返してきた。「よくシオンって呼ばれるわ」


「シオンさん」


 エトがそう言うと、彼女も親しみを込めて言った。「よろしくね、エトちゃん。次会ったときはゆっくりお話ししましょう」


 口早にそう言い残すと、飛び去っていく。


「待て!」


 そう言った時には既に天井の穴から出て行くところだった。


 すると。


「レン!」と、自らのものあるはずの名前を呼ぶ。「あいつを追いかけて!」


 が、どうしたことか彼は変身する気配を見せないどころか、「うるさい!」だとか「いいから!」だとかひたすら急き立てるように一人激怒する。それでも尚、その場に立ち尽くすようにしていたかと思うと、悔しそうにして俯きだした。固く拳を握りしめ、歯噛みしている。


 尋常ならざるその様子に、どうしようか迷ったものの声を掛けることにしたようだ。エトが恐る恐る近づいていく。


「あの、大丈夫ですか」


 すると弾かれたように顔を上げたかと思うと、振り向きざまに目元を拭った。「え、あ、うん。平気」


 痛々しい笑顔。なんだからしくもないその様子に、これまでの言動を加味して。


「あんた、何者なんだ」と、総合的な質問を古谷は投げかけた。


 ゴーレムの姿の時に聞こえたレン以外の声。戦闘中に見た目が変わったこと。それから、今のまるで人が変わったような彼。何もかもが疑問だらけだった。


「そう、だよね……」と、同意を示すとやがて観念したように一つ嘆息する。「もう隠し立てはできないよね」


          *


「ざっくり言えば、私たちは三人で一人なの」


「三人で、一人」エトはただ繰り返した。


「正確に言えば、三人で一人の体を共有しているの。私とレンとで、アルドの体に居候させてもらってるって感じ」


「ということは」古谷が尋ねた。「あんたは、レンじゃない?」


「その通り。私の名前はジュン。よろしく」


「よろしくお願いします」と、丁寧にお辞儀するエト。「その、確認なんですが」


「何?」


「ジュンさんは、女性なんですよね?」


「そうだね」あっさりと彼女は認めた。


「大変じゃないですか? 色々と」


「そりゃあね。でも、もう慣れたから」


「なるほど」


 言われてみれば確かに女性的と言えなくもない。下がった目じりに柔和な微笑み。そんな表情に加え、声音も柔らかで決して無理して高音をだしているわけでもない。顔立ちが扁平ながら整っているので、垢ぬけない女性という印象と取れなくもなかった。


 一人得心するエトの傍らで、古谷は尋ねた。「どうして、そんなことになったんだ?」


「私たちはね、一つの目的を共有しているの」


「目的」


「まぁ、察しはついているだろうけど」と、どこか気まずそうに告げる。「有体に言えば復讐。レンとアルドは、そのために協力してもらってるって感じ」


「復讐って……」エトはその強いワードに思わずと言った調子で口を開いた。


 が、肝心の続きは出てこない。代わりと言っては何だが、憂慮の眼差しを投げかけた。


 目は口程に物を言う。ジュンは一瞬、寂しげに眉を下げると、一転して微笑みを浮かべてこう告げた。


「ま、浅からぬ因縁ってやつ? こう見えても長いこと生きているから色々あるの」


 どうも深く詮索はするなということらしい。


 が、それは偶然の再会を果たした時点からわかっていたことだ。やたら遠ざけようとしていたその態度が、如実に物語っていた。


 気を取り直して、古谷は尋ねる。「どうやって一体化したんだ?」


 彼としてはこれこそが真に聞きたいことだった。さっきは曖昧な言葉を使ってしまったばっかりに、見当はずれの答えが返ってきてしまったことを悔いていた。それを今、挽回した形だ。


 返答してきたのはジュンではなかった。「なんとなく察しがつくんじゃないか?」


 先ほどまでの女性さといったものが一気に排除されて、軽薄な印象。比重の偏っただらりとした姿勢に、気さくな笑み。人格がレンに変わったのだろう。


「ああ、まぁ」何の前触れもなかったので些か戸惑ったが、どうにかそう答えられた。「なんとなくだが」


 一体化はゴーレムの力の一部なのだと思われた。エトと一緒に変身できるという事実から仄めかされている。その応用で、他人の体に入り込むことができるということなのだろう。


 だがそれでも疑問は残る。


「レンとジュンには生身の体があるんだろう? なのに、なんでわざわざ他人の体に」


 するとレンは苦笑を浮かべた。小馬鹿にしているというよりかは、本当に困って笑ったといった感じのやつだ。


「俺たちにはないんだよ」やがて彼はそう言う。「いや、本当はあるのかもしれないが、ともかくもう戻れない」


「戻れない……」


「ゴーレムに変身するたびにその持続時間が伸びていく。まぁ、もう既にわかっていると思うが」


 薄々気づいてはいた。以前エルフの里近くの遺跡で出会ったゴーレム。精神衛生上、深く考えることを避けていたが、元は人間だったのではないかという可能性に思い至らなかったわけではない。


 かつては古谷と同じく生身の体を持っていた。だが、やがてその生を捨てて使命を全うするだけの存在になった。それはそうせざるを得なかったから。


 こう言っていいならば、成れの果てということになる。


 古谷は、遺跡のゴーレムを殺したその日からもしかしたらと思ってはいた。が、否定し続けていた。心がそれを受け付けたくなかった。


「だから」そんな彼の退路を断つかのようにレンは言う。「力をおいそれと使うのはお勧めしない。その分だけ、ゴーレム化が進行しちまうからな」

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