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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第三章:第十話 あなたはだぁれ?
39/43

10-3

 ゾンビ魔獣に続いて、キメラ魔獣。次から次へとおかしな出来事に遭遇している。


(あんなの、どうってことはねぇんだが)レンは言う。


 掌の上にいる二人を庇いながらとなると、そういうわけにもいかないということだろう。


「レン、俺たちのことは気にしなくていいから」


(いや、だが)


 尚も躊躇いがちな彼を差し置いて。


「エト、行こう」と、呼びかける。


「うん」


 ゴーレムでない彼女にレンの声は聞こえないが、状況と断片的なやり取りから推察できたのだろう。戸惑うことなく頷いた。


 そうして、古谷がエトの手を取ると。


(あ! おい!)レンが引き留める間もなく、飛び出した。


 自由落下をする中、古谷はもう一方の手で光を掴む。ゴーレムへと変身した。接合部に赤い魔力が漲っている。


 みるみると地面へと接近していく岩塊の巨人。が、いよいよ到達しそうというところになってエトが魔法を行使して、浮き上がった。緩やかな着地を決める。それから無事を知らせるために頭上へと目にやった。


(こっちは平気だ!)古谷は言う。


(あ、ああ)レンは呆然としたように言う。


 が、それも束の間。


(レン! 前!)またも女の声が聞こえてきて、眼前に迫りくるキメラ魔獣へと視線を向ける。


 バタバタと不格好に飛ぶキメラ魔獣を、レンは半身にして躱す。魔獣はやはり行き過ぎて、体勢を立て直すのに時間がかかる様子だ。


 レンはそれを待つことなく、自ら向かっていって蹴りつけた。空中から叩き落とす。


 ぐるぐると、回転しながら落ちていく魔獣。途中で持ち直すこともなく、家屋の一つに墜落した。


 墜落地点では積年の土煙が濛々と立ち込めていた。晴れるよりも早く、シルエットが浮かび上がる。早くも復帰したのかと思われたが、先ほどの魔獣とはどうも違う形をしているように見受けられた。


 やがて土煙を破るようにして姿を現したのは、二体目のキメラ魔獣だった。


 全体的には紫の魔獣であったが、その腕は黄土色の魔獣の太い腕が取り付けられている。ただでさえ下半身が貧弱なので余計に前傾姿勢となっており、ほとんどナックルウォークで歩いている状態だった。


 一体目の方は毛むくじゃらだったために見えなかったが、手仕事で接合されているらしく、腕の付け根のところに不揃いの縫合痕が見受けられる。


(なんか、こうして見ると惨いね)エトが呟くように言った。


(ああ……)古谷は同意する。


 果たして、誰の手によるものなのか。


 やがて土煙が晴れる。そうして一体目のキメラ魔獣の姿も見えるようになったわけだが、地面でのたうち回るようにしていた。どうもうまく立ち上がれないらしい。


 それもそのはずで、下腹部のちょうど足のあるであろう辺りは皮膚が剥き出しとなっており、こちらにも生々しく縫合痕がある。


(多分、切り取られたんだ)エトは推測する。(空を飛ぶのには重すぎたから)


 二体目のキメラ魔獣が咆哮する。それから怒りを露に向かい来る。


 噛みつこうと開けた大口を、腕を構えて受け止める。ギリギリと噛み砕こうと力を籠めるが、頑丈なその体相手では却って歯の方がダメージを追うことになるのが関の山。が、それでも尚やめようとはしない。


 痛みは伴うものの、反撃に打って出るのを躊躇っていると横合いからレンが蹴り飛ばした。


(気持ちはわかるが)彼は言う。(そのせいでやられてちゃ世話ないぜ)


(そう、だよな)古谷は言う。(エト、やろう)


(……うん)


 むしろ、いっそのこと倒してしまった方が楽にしてあげられるかもしれない。そんなふうに思った。


 そうこうしているうちに一体目のキメラ魔獣が立て直す。バタバタと、やはり慣れない様子で羽を忙しなく動かしていた。


(あっちは俺に任せてくれ)レンが言って、駆けだす。(速攻でケリつけてくる!)


 瞬く間に迫ると、まともに飛ぶことすらままならないでいるキメラ魔獣を蹴り上げた。今度は縦回転で宙を舞うこととなった魔獣を追随するように飛び上がると、身を逆さまにし、オーバーヘッドキックを決める。


 魔獣はまたも地面へと墜落することとなった。


 一方、古谷たちはキメラ魔獣に早々にとどめを刺そうと腕を十字に組んでいた。古びた家屋を巻き添えにして地面に横たわっている姿に狙いを定めている。魔力を充填し、まもなく放たれようというところで、危険を察知したのか魔獣が腕を振り回してくる。


 それがたまたま腕を跳ね上げるようにして当たったおかげで照準は上向きになり、離れたところにいる吊り下げられた魔獣の一体を焼き尽くす結果となった。さらにはその糸へと引火し、伝って天井まで伸びていく。


 どうやら全て一本の糸でつながっていたらしい。みるみると上に伸びていった火は、そのまま他の魔獣に繋がっている糸まで焼き切ると、吊るされていた残る五体全てが解放されることとなる。力なく、地面へと崩れるようにして倒れた。


 が、それも束の間。やがて魔獣たちは意識を取り戻したように身を起こし始めた。


 ようやく、よたよたと体を起き上がらせた二体目のキメラ魔獣から距離を取り、古谷たちは自らのしでかしたことの因果を呪った。


(どうも、まずいことになったかもな)いつのまにやら、レンも隣に来ていてそう言う。


(悪い)古谷は謝罪する。(こんなことになるとは)


(ま、いいってことよ。魔獣なんざ、いくらいようが敵じゃない)


(だけど、時間が)


(時間?)


(変身の持続時間が続かないかもしれない)


(ああ)レンはようやく合点が言ったようだ。(生憎、俺たちはそういうのないんだよね)


(それって……)


 その意味を問いかけるよりも早く、レンは駆けだしていた。未だ地をのたうつようにしている一体目のキメラ魔獣を蹴りつけると、紫の魔獣にぶつける。一絡げになるのを見届けることなく、また別の個体に向かっていくと回し蹴りで頭を狙った。


 蹴りつけられた黄土色の魔獣は地面へと倒される。その間にも吊られていた魔獣たちは刻一刻と意識をはっきりさせていく。空の魔獣は宙を飛び交い、地面の魔獣は毛むくじゃらの手足で地中へと潜っていった。


 レンはたちまち魔獣たちに囲まれるも、持ち前の機敏さでいなしていく。が、こうも囲まれては決定打を与えることもできず、いたずらに時間と体力とを消費するばかりだった。


(いざイキってみたはいいものの)レンはぼやく。(こいつはさすがにまずいか?)


 空の魔獣の突進を身を逸らして受け流し、黄土色の魔獣の拳をガードしたところで、背後から地面の魔獣が飛び掛かってきた。さしもの彼もこの連撃には対処できず、危うく食らいそうになったところ。


 魔獣は横合いから伸びてきた光線に焼き尽くされた。


(大丈夫か)古谷が駆けつける。


(助かった)レンはそう告げると、古谷と背中合わせになるように立ち位置を変える。


(光線で一気に焼き尽くそう!)古谷はそう提案したのだが。


(前も言ったけど)レンはこう返す。(そういうわけにはいかないのよ)


(どうして!)


 その質問にレンは答えず、目の前にいる黄土色の魔獣を蹴りつけた。蹴り飛ばされた魔獣はそのまま背後にいた初見の魔獣と一緒くたになって地面に倒れる。


 レンはすぐさま頭上に飛び上がると、片足を突き出すようにして斜めに降下した。重力を利用したキックで、二体の魔獣をまとめて貫いて絶命させる。


 物理攻撃しか繰り出さない彼に歯がゆさを感じながらも、古谷は古谷でできることをする。襲い来る紫の魔獣を受け流すようにして投げ飛ばすと、飛び交う空の魔獣に向かって光線を放つ。が、躱されてしまう。執拗に狙いを定め続けても同じだった。


 そんなことをしている間に、胸の結晶体が点滅を始めた。まもなく変身持続時間が終わりを告げてしまう。


 それまでに魔獣共を片付けることができるかどうか。


 はやる気持ちでいると、二体目のキメラ魔獣が古谷に迫ってきた。先ほどは慣れない故か腕を不器用に扱っていたが、多少は馴染んだものと見えて遠慮なく振り回してくる。その攻撃を片腕で受け止めると、もう一方で手刀を突き出す。肩の縫合痕を狙った。


 思った通り弱点となっているらしい。魔獣は悲鳴を上げて、腕を闇雲に振り回して暴れ始めた。


 古谷は距離を取り、その様を遠巻きにしていると


(まずい)レンが言い出した。(こいつら全部、ゾンビ魔獣みたいだ)


 その通りだった。先ほど彼が頭上からの蹴りを食らわせた魔獣たちだったが、傷もそのままに立ち上がり迫ってきている。黄土色の魔獣と、初見の魔獣。


 初めて見る方は虫に似た顔立ちをしている。口には鋏角と呼ばれる一対の牙のようなものがあり、頭には前方へとしなっている一本角。体はずんぐりというよりかは、肥満体形を思わせるようなぼてっとした胴体。体表は黒ずんだ茶色で、首から頭にかけては鮮やかな赤。頭頂部の一本角に至っては紫色だった。


 一見すると切って張ったようなコラージュ感があるが、縫合痕がないので元々こういう魔獣なのだと推察された。


 それが今や黄土色の魔獣ともども体に大穴を穿たれているのだが、尚も動いている。


(どいてくれ!)古谷は腕を十字に組みながら、そう告げる。


 意図を察したレンは、真上へと飛び上がる。間もなく放たれた光線がその足元を通過して、黄土色の魔獣の方を消し炭にする。


 次に昆虫顔の魔獣を焼き尽くそうとしたのだが、紫の魔獣が背後から突進してきて中断を余儀なくされた。あえなく地面へと投げ出される形となる。


 続けて襲い掛かってこようとしたところを、古谷は振り向きざまに腕を振って弾き飛ばす。そのまま身を起こした。


 が、結晶体の点滅は早くなっていた。


(くそ、ここまでか……)


 一方、レンは空の魔獣の相手をしていた。飛び掛かってくるところを半身でいなして、通り過ぎたところで首根っこを掴む。引き寄せるようにして投げ飛ばす。


 そうして制御を失っている隙をついて、水平にキックをかます。大質量をぶつけられた魔獣は成す術もなく洞窟の壁へと飛んでいき、圧力との間に押しつぶされた。


(これで残るは)と、視線を巡らせる。(四体、か)


 紫色の魔獣と、虫顔の魔獣。それから二体のキメラ魔獣だ。


 数の確認を終えると、ついで膝をつく古谷の姿を目にした。その胸の点滅の速さを見て、こう告げる。


(あとは任せろ)


(悪い……)


 そう言うや否や戦線を離脱。建物の影に差し掛かったところで、体が崩壊した。


(さて、と)最後まで見届けたレンは思う。(これからどうっすかな。さすがに一人で相手するのはきついし……)


 すると。


(俺が替わろう)と、レンとは違う男の声。


(旦那)レンが言う。(いいのか?)


(問題ない)きっぱりと言い切る。


(なら、頼んじゃおうかな)


(任せろ)


 次の瞬間。


「姿が変わった……」と、エト。


 背中に背負っていたMの字の翼が消えたかと思うと、スリムなシルエットから一転、上半身が極度に肥大化した体つきになる。体表は灰色っぽく、墓石を思わせるような強固さを感じさせた。


 そんな光景に当惑している二人を他所に、姿の変わったレンはまっすぐと二体目のキメラ魔獣に向かう。未だ怒りに燃えるその魔獣は、威風堂々とした足取りで向かい来る巨人を敵と認知し、ナックルウォークで駆けだした。


 間合いが詰まると、魔獣は拳を繰り出す。それは巨人の肩の付け根あたりを捉えたが、対する姿を変えた巨人は微動だにしなかった。


 魔獣は一瞬怯んだものの、続けざまに二度三度と殴りつける。が、一切手ごたえがなかった。


 巨人はいよいよ魔獣が狼狽えたのを見て、悠然と拳を振りかぶる。胴体同様、大きく膨れ上がっているそれは、魔獣に当たるや否や壁まで吹き飛ばした。染みとなる。


 今度は二体同時に襲い掛かってきた。紫の魔獣と、空飛ぶキメラ魔獣とがまるで連携でも取っているかのように両サイドから迫りくる。


 巨人は紫の魔獣の突進を難なく受け止めると、掴んだまま身を捻り、今まさに食らいつかんとする空飛ぶキメラ魔獣を捉えた。そのまま二体の魔獣をまとめて地面へと叩きつける。


 すぐさま頭上で拳を握り合わせて、大地を振るわせるほどの衝撃で叩き潰した。付近の家屋がいくつか自壊した。


 こうして瞬く間に三体の魔獣を葬った岩塊の巨人。残るは虫顔のゾンビ魔獣だけとなる。


 が、先ほどから一向に動き出す気配を見せず、虚空を見つめるように呆然としている。妙ではあるが倒すことには変わりはないので、巨人は歩き出そうと足を踏み出しかけたその時。


(なんだ?)虫顔の魔獣が突如として痙攣を始めた。


 全身をぶるぶるとさせている。思わず足を止めてしまう。


 そうしていると虫顔の魔獣は、今度はその場で背を丸めだす。前屈でもするような不自然な姿勢。


 かと思ったら、背中に一本の亀裂が走り始める。やがて後頭部の中ほどから尻の付け根までの一本の線となると、中から掻きわけるようにして手が伸びてきた。続いて、ずるずると真っ黒い人型が姿を現す。


 真っ赤な目に、ピノキオのように前へと伸びた鼻。饅頭のような平べったい顔で、胴体は引き締まったマッシブな体形をしている。不気味の一言に尽きるそいつは、つなぎでも脱ぐかのように一本ずつ足を出した。中身を失った虫顔の魔獣は、脱ぎ捨てられた衣服のように地面でくしゃりとなっている。


(なんだこいつ)いよいよ全身を現したそいつを見て、レンとは違う男の声が言う。


 レンが答えた。(わからん……)


(見たこともない魔獣……)女の声が言った。(というか、魔獣なの?)


 どこか蠅を思わせるような真っ黒い人型は、しばらく不思議そうにキョトキョトと辺りを見渡していたが、やがて目の前にいる巨人を敵と定めたのか襲い掛かった。

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