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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第三章:第九話 石の翼
33/44

9-1

 エトはカウンターの上に小瓶を置くと言った。「これ、売りたいんですけど」


 店主は目を眇めると、大儀そうに小瓶を手に取る。実に疑わし気な視線を投げかけて、手の中で弄んでみたり、窓から差し込む陽光に翳して透かしてみたりする。


 その中に入っているのはエト特性の薬だ。道中、薬草を煎じて詰めたもの。ただ眺めただけでその効能はわかりようもない。


 だというのに。


「大した代物じゃないな」と、呆れたように言う。


「別にいいんです、いくらでも」


「なら、少しくらいなら払ってやってもいいが」


 店主はそこまで口に仕掛けたところで、彼女の背後に控えていた男の視線に気づく。中肉中背の至って平凡な男だが、腕を組み、憮然とした表情で立っている。彼が青髪の少女と一緒に来店した男だということは知っている。


 問題は彼が敵意を込めているとまでは言わないが、睨みつけてきていることだった。じっと、まるでいつでも食って掛かれるんだぞと言わんばかり。


 威圧感はない。が、いくつもの死線を超えたかのような堂々とした出で立ちのため、しばし睨み合うようにしていた店主もやがて根負けした。


「もう少し調べさせてくれ」と、店の奥へと姿を消す。


 急な態度の変わりようにエトは振り返った。しかし、その時には既に古谷は棚に並んでいる薬の数々を見るともなしに眺めているようにしていた。如何にもわざとらしいその様子に。


「フルヤ、そういうのやめてって言ったよね?」と、苦言を呈する。


「あっちの態度の方が問題だろ」彼は言い返した。「なんだよ、あの上から目線」


「別に構わないっていつも言ってるじゃん」


「よくない」古谷は譲らない。「見たか? あの店主の顔。絶対、安く買いたたくつもりだったぜ」


「原価はゼロ何だから、いくらでもいいって」


「そういう問題じゃない。エトの腕は確かだ。それに対して対価が支払われるべきで、あっちの店を出してるならプロとして誇りを持つべきだろ。違うか?」


 エトはさらに言い返そうとしたが、その前に店主が戻ってきた。そうして薬が上等であることが証明されたことを告げると、それに見合っただけの値段を払ってくれた。


「またのお越しをお待ちしております」


 それまでの失礼な態度など忘れてしまったかのように、ぬけぬけとそう言ってのけたのだった。


          *


 鳥人族の町、エッバグーサを離れた二人は、ほどなく行ったところにあるグエンキレの町にいた。


 周囲には他種族の生息域はないという情報を、鳥人族の知り合いであるライヴから聞いている。長居する理由もないので次なる人間族の町を目指すのだが、その前に中継地点としてここに数日滞在していた。


 主な理由は資金面だった。何をするにせよ先立つものは必要で、二人は旅の道中でちょくちょく小銭を稼がなくてはならなかった。


 その収入源の一つであるエトお手製の調合薬の売買を、今まさに終えたところだった。


 薬屋を後にした二人。エトは肩を落としながらぼやく。


「なんか、詐欺師みたい……」


 そんな彼女に対して、古谷は慰めを言う。「安心しろ。それは向こうの方だ」


「あのね! 町々によって需要とかあるの!」しかし、逆効果だったようだ。「だいたい、今回は店主さんが引いてくれたからいいけど、喧嘩になったらどうするのさ」


「その時はゴーレムになって店ごと叩き潰してやる」


「フルヤ、そういうことに力は使わないって約束したよね」


 咎めるようなその口ぶりに、彼は慌てて言い添えた。「じょ、冗談だって」


 エトは呆れ半分、疲れ半分で溜め息を吐いた。それから言う。


「じゃ、ここから別行動にしよっか」


 如何にも恬淡とした言い方に、古谷は「わ、悪かったって」と謝罪を重ねる。


 しかし、それは早とちりだった。


「それはもういいって」


 彼女の中ではもう終わったことらしい。


「え、じゃあなんで?」


 尋ねると、エトは首から下げていた指輪を掲げて見せる。「これを加工してもらおうかなって」


「ああ、なるほど」


 以前、エルフの知り合いであるアイフの、その妻からもらった魔道具だった。古谷も同様のものを持っている。なんでも二対一組の代物らしく、どれだけ離れていてもお互いの居場所がわかるようになるのだとか。


 元々は別の人が着けるために誂えられたものなので、古谷の指には運よくフィットしたものの、エトの小さい指にはぶかぶかだった。


 実際にはどのような効果をもたらすものなのかはわからないが、もらい物なので大事にしたい。そんなわけで指のサイズに合わせる必要が出てきたというわけだ。


「多分、時間かかるから」エトは言う。


 お互いに時間を有効活用しようということらしい。


「了解」古谷は言う。「じゃあ、また宿屋で」


「うん」


 そう言うや否や、既に目的地を知っているらしいエトは迷いない足取りで歩いていった。


 その背中を見送る古谷。が、いざ別行動などと言われても特段やらなくてはならないことは彼にはない。しばらく悩んだ末、とりあえず町の職業案内所に行くことにした。そこで単発、あるいは短期の仕事がないか尋ねてみることにしたのだった。


 それが二人のもう一つの収入源でもあるからだ。


 中規模程度の町であるグエンキレは、交易の中継地点となっていることからも行商人の出入りがある。そういうところには大概、何かしらの仕事が転がっていたりするものだ。


 古谷は辿り着くと早速、掲示板に張り出されている依頼書の数々に目をやった。同じように仕事を求めてやってきている人たちと肩を並べる。


 どれもどこかしらで見たことあるようなものばかりだ。行商人の護衛。指定されたものを取ってくる依頼。それから、他所の町での求人情報。これは行商人がついでに持ってくる。


 二人が受ける依頼の大半は二つ目の指定物を持ってくるもので、森住まいの長いエトに植物や昆虫の知識があることを生かすこととなる。古谷は単なるボディガードとしてついて行くだけだ。


(あれ? 俺そんなに役に立ってない?)古谷は思う。


 何なら、彼は虫も触れない。


 同じ要領で行商人の護衛も引き受けられるかもしれないが、生身の姿では戦闘力は一般人以下なので、有事の際はゴーレムにならざるを得ない。しかし変身しているところを見られるのはちょっと都合悪いので、できる限り避けていた。


(ゴーレムの力ないとつくづく無能だな、俺)


 そう思うのも無理はないだろう。


 事実だからだ。


 それにつけても、エトが主体となると勝手に依頼を受けるのは憚れる。つまるところ彼女の知識に依存しているわけで、達成できるかどうかは、知っているかどうかにかかっている。


 彼にできるのは、その依頼内容を正確に伝えることだけなのだが。


(全然、覚えられん……)


 どれだけ目を凝らしてみても、見慣れない横文字で書かれたそれは一向に記憶に定着しない。そもそも薬草なのか虫なのか、はたまた別の何かなのか。それすらも判別できなかった。


 仕方がないので。


(うん、また来よう)と、思う古谷だった。


 とことん役に立たない。諦める潔さだけはピカイチだ。


 ともあれ、そう決めて去りかけた古谷だったが、すんでのところで一枚の依頼書に目を留める。そこにはこう書かれていた。


「ペットを探してください」


 一緒にイラストも添えられている。そこには猫ともイタチともつかない、毛のふさふさした動物が描かれている。くりくりとしたかわいらしい目つきをしているのは、何も飼い主の欲目ばかりではないだろう。


「これだ!」古谷は思わず声を上げて、手に取った。


 これくらいならば自分にもできるだろうと、そう思ったのだった。


 役立たずの汚名を返上するチャンスだ。彼は依頼書を手にしたまま、軽い足取りで案内所を後にしたのだった。


 彼を見送る、同じく職探しに来ていた人たちの哀れむような視線に気づかぬまま。


          *


「それじゃあ、しばらくかかるから。またおいで」


「はい、お願いします」


 エトはそう告げると、宝飾店を後にした。まだ採寸した時の感触の残る指を摩りながら、これからそこにハマるであろう指輪のことを考えた。


 魔法というものに対してコンプレックスを持つ彼女にとって、魔道具を持つというのは非常に大きい意味がある。その由来からもある通り、魔法を使えるもののみが所有するものだからだ。


 ルーンツイテで借りたライフジャケット風の魔道具は未だに持っているが、返す相手がいないだけであくまでも借り物という認識だ。幼い頃には練習に際して使ってはいたがそれは親の所有物であった。


 なので、もらい物ではあるものの、彼女史上初めての個人所有の魔道具ということになる。


 成り行き上、古谷とペアルックということになるのだが、そんなことなど気にならないほどエトの心は弾んでいた。期せずして古谷が案内所を後にした時と同じように、彼女も足取り軽く店を後にしていたのだった。


 どこか似たもの同士の二人だった。


(さて、これからどうしよっかな)エトは思う。


 しばしの時間ができたわけだが、特段これといってやらなくてはならないことはない。適当に店でもぶらついて時間を潰そうかと思った。


 そんな時だ。町行く人混みの中に、見覚えのある人影に気づく。


 背格好、歩き方。何よりその外見。覚えがあり過ぎるくらいに記憶に焼き付いている。


(そんな、まさか……)


 あり得ないと思いつつも、彼女はその人影を追いかけた。確かめずにはいられない。理性ではなく、本能がそうさせているような感覚だった。


 人垣の間からちらちらと見える後姿を必死に追う。路地裏に入っていったのを認め、彼女もその後を続いた。


 人影はなかった。ともすれば見間違いだったとも思われるほど忽然と消えた様子だ。


(尾行に気づいて撒かれた?)


 そう思ったエト。普段ならば潔く身を退くところだが、今回ばかりは違った。このまま諦めるのは早すぎると判断したからだ。勘違いならば勘違いで、もう少しくらい粘って見せたって悪くはないはずだ。


 決意を固めて、再度歩み始める。大通りから一歩足を踏み入れただけでたちまち薄暗くなるそこは、奥へ奥へと進むたびに光が届かなくなっていく。


 その人影はかつて死人を蘇らせる秘術を求めて旅に出たっきり戻ってこない、父の姿によく似ていた。しかもそれだけに飽き足らない。


 よく知る父だった。知り過ぎているくらいに。


 生き別れてから十三年もの歳月が経っているというのに、まるで老けた様子を見せていなかったのだった。


(どうしてなの?)エトはあまねく疑問を胸に進んでいく。


 どうして見た目が変わっていないのか。どうして生きているのにも拘わらず帰ってこないのか。それだけに飽き足らず、便り一つ寄こさないでいるのか。


 そして、どうしてあの日自分を置いて旅立ってしまったのか。


 大通りの喧騒が次第に遠くなっていく中で、彼女は一向に足を止める気配を見せなかった。長きに渡る暗闇に、光を求めるように。

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