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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第二章:第八話 護る力と闘う力
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8-4

 不安はあるものの狼狽えている間にも事態は刻一刻と進んでいく。


 今や純血種は、ゴーストと三匹の魔獣によって絶え間ない攻撃に晒されている。最悪なのは、それによって魔道具が壊されてしまうこと。それによって制御を失った純血種の暴走を、今の古谷には止める手立てがなかった。


 敵の敵は味方ということで、古谷は純血種に加勢することにした。


 駆け寄ってまず、ゴーストに向かって殴り掛かる。もちろん、これは避けられることを想定済みなので単なる牽制だ。


 案の定、身を退いたゴーストは余裕綽々といった調子で言う。


「遅かったね」


 古谷は返事代わりに、手刀を横薙ぎにする。身を縮めてこれを躱すゴースト。


 一見すると全く無意味な行動だが、目的は純血種に魔獣へ反撃する時間を作ることだった。そのスペックを持ってすれば、退けることなど造作もないと考えたからだ。


 が、ここで想定外のことが起きる。純血種はその尻尾で叩きつけるようにしたのだ。


 古谷に対して。


(うぉあ!)と、悲鳴。(待ってくれ! 危害を加えるつもりはなくて……)


 しかし、そんな懇願にも似た主張は通らず、純血種はその大鎌を振るってくる。完全に敵と認識しているようだ。


「所詮、その程度なんだよ」ゴーストが背後で傍観しながら言う。「どこまで行っても相容れない。なぁ、報われないことはもうやめろよ」


(黙れ!)鎌を両手で受け止めながら返す。


 そのまま純血種を突き放すようにしたが、その直後、黄土色の魔獣が太い腕を振り回して後頭部を殴りつけてきた。前方につんのめる古谷。純血種の眼前に押し出された形で、あえなくその大鎌の餌食となる。


 切り裂きこそしなかったものの、刃は首の付け根を捉えて食い込む。押さえつけられて、膝をつくこととなった。


(うぐぅ)今度はエトが呻き声をあげる。


(だ、大丈夫か!)古谷が言うと。


(平気)と、強がった。それから、(これが、フルヤが感じていた痛み何だね)と続ける。


(無理しなくても)


(一緒に戦うって決めたんだから。これくらい、大丈夫だよ)


 苦しそうながらもそう口にするエト。古谷はその思いを汲むことにした。


(歯、食いしばれよ!)


 そう警告した後、古谷は食い込む鎌を自ら押さえつけるようにすると、それをリードにするように肩を滑らせて勢いよく前進した。


 大鎌は肩に切り込みを入れるようにしながらも、岩塊の巨人を本体へ導いていく。そうして懐にまで潜り込まれると、肩からのタックルを食らった。


 よろめく純血種。古谷はそれを見届けず、振り向きざまに黄土色の魔獣に拳を見舞った。


 悲鳴を上げて倒れ踏む魔獣。古谷はとどめを刺そうとしたが、ゴーストから横やりが入る。


「おっと、そう簡単には行かせないよ」


 十字を組んだ腕の前に躍り出てくる。構わず放とうとしたが、その前に蹴り上げられて必然的に構えを解かざるを得なくなった。


 ゴーストはそのままがら空きとなった胴体にパンチを叩きこむ。そこに更なる追撃を加えようとしたが、早くも復帰した黄土色の魔獣に背後から殴り掛かられて中断を余儀なくされた。


 一歩、横に飛び退って空を切らせたが、チャンスを逃したことには違いない。


 ゴーストは一つ舌打ちを漏らす。「このけだものめ」


 そう言うや否や、お仕置きとばかりに蹴りを見舞う。


 その後を隙と見たのか、空の魔獣が飛び掛かっていた。が、ゴーストはこれを事もなげに躱すと、通り過ぎた背中に光弾を放った。爆ぜて、衝撃に押された空の魔獣は純血種へとぶつかっていく。


 紫の魔獣と闘っていた純血種にとって、これは不意打ちだった。バランスを崩し、振りかぶっていた大鎌は空ぶって地面へと突き立つ。紫の魔獣は、この隙に腕に噛みついた。


 それを振り払うようにして、純血種は大鎌を振るった。半円を描くように、大きく薙ぐ。


 その大ぶりな動作はゴーストや古谷でさえも巻き込みかねなかったが、すんでのところで躱した。ゴーストは身を縮めて、古谷は身をのけぞらせて避ける。


 通り過ぎると。


「今のは危なかったねぇ」と、ゴーストが気さくに声を掛けてきた。


 戦いはまさに混戦状態だった。敵味方の区別はなく、全員が全員を攻撃し合っている。魔獣同士は積極的に殴り合ったりはしないが、何かの拍子で当たったりしたら、連携なんてものが取れるような連中ではないのでいがみ合ったりする。


 そういう時はゴーストが光弾を飛ばして、注意を逸らして戦線に戻した。どうもその様子から、魔獣を使役しているのではなく挑発して誘導しているようだ。そんなふうにして状況をかき乱し続けていたのだった。


 純血種はまるで終わりを見せない戦いに焦れたのか、天に向かって高く吠えたて、翼をはばたかせる。その巨躯を地面から持ち上げると、戦線を離脱するように強引に突破する。


 そのまま上昇していったかと思うと、やがて引き返して向かってきた。大鎌を横に構えつつ。


 一網打尽にしようとしているのは明らかだった。魔獣たちですらそれに気づくくらいで、陸生のものどもは揃って刃を飛び越えて交わす。


 そうして見送った純血種だったが、しばらく行った先で旋回すると同じようにして戻ってくる。


 ゴーストは馬鹿の一つ覚えとでも言わんばかりに、呆れたように溜め息を吐いて見せる。それからまっすぐ突っ込んでくる純血種に向かって、光弾を飛ばした。


 それはもろに直撃したが、それで怯む純血種ではない。一向に速度を落とすことなく鎌を薙いで来る。


 二度目も無事に飛び越えられたのは、古谷とゴースト。それから紫の魔獣だった。黄土色の魔獣は、やはり見た目通りやや重量があるらしく、連続での跳躍に向いていないと見える。


 そうして一体を真っ二つに屠った純血種だったが、全く同じ三度目の攻撃に取り掛かった。


 このまま埒が明かないと思った古谷は、光線で牽制しようと腕を組んだ。威力を控えめに、狙いはあくまでも掠る程度。そう意識して照射する。


 が、その直前でゴーストが横合いから蹴ってくる。おかげで軌道はズレて、純血種直撃コースとなった。


(なっ!)


 威力を抑えていたので、それほどひどいダメージにはならなかった。だが蓄積していた魔道具へのダメージは確かなもので、一部が欠損する。


 そこにさらに合わせ技のように、ゴーストが黒い球体を放った。稲妻の軌跡を残して飛んでいくそれは、純血種へと当たり、ついに目を覆っていたバイザーを砕いてしまった。本来ある生身の眼光を、片方だけ晒すこととなる。


 そのまま飛び続けた純血種だったが、鎌はその軌道を変えて、大きく振り上げる。ゴーストに向かって切りかかるようにした。


 その攻撃を珍しく正面から受け止めるゴースト。腕で受け止めて、さながら鍔迫り合うような形となる。


 そうして対峙すると。


「ハオワ、ダアルエ、シィオウ!」と、純血種は喋り出した。


 どうも魔道具による制御を離れ、自我を取り戻してしまったようだ。


 それに満足したのか、ゴーストは不敵な笑みを無数の仮面上に浮かべると、体から霊体を飛ばしていく。戦線を離脱しようと、分裂しているのだった。


(逃がすか!)古谷は光線を放とうとしたが。


 ゴーストはふっと力を抜くように一歩身を退くと、入れ替わるようにして純血種がたたらを踏む。照射したときには、その射線上には純血種がいた。


 直撃を果たすと純血種は、今度は古谷を標的とした。両腕の鎌を振り上げて、飛び掛かってくる。


 それを片腕ずつで受け止めたが、力量の差から膝をつかされてしまう。


 そんな最中に、紫の魔獣が突進してくる。純血種はそれを認めると、未だ刃を掴んでいる古谷諸共、空高く飛び上がった。紫の魔獣の攻撃は空を切ることなる。


 まっすぐと上昇していく純血種。それまで上空で事態を遠巻きにしていた空の魔獣が、自らの領域を冒されたとでも思ったのか、かぎ爪を前に飛び込んでくる。


 純血種はこれに、ぶら下がっている岩塊をぶつけようと腕を振ったが、そうなる前に古谷は手を離す。


 しかし引き換えに巨体は墜落していく。あわや地面へと衝突しようというところで、痛みに備えるために視界を閉ざした古谷だったが、いつまで経っても衝撃は訪れなかった。


 そっと視界を切り開いてみると。


(……え?)その眼前には地面が広がっている。


 岩塊の巨人は、大地からわずか数センチというところで浮き上がっていた。


(思った通りだ)エトが言う。


(な、何かしたのか?)


 古谷の問いかけに、答えになっているのかいないのか。彼女は続ける。


(フルヤから聞いていた時からもしかしたらと思っていたんだけど、やっぱりこの体は一つの大きな魔道具になっているんだよ)


(それってつまり、魔法が使えるってことか)


(ううん)エトは言った。(そんなもんじゃない)


 彼女は魔力を込めていく。すると、ゴーレムの姿に変化が起こった。岩の接合部という接合部が赤い輝きを増していく。人間族であることを示す魔力の色が、血流のように漲っていく。


 唯一使える浮遊の魔法はその威力を増大されて。


(空を飛べるよ)と、飛び上がっていく。


 急上昇して純血種を超えてやがて雲の上にまで出ると、身をのけぞらせるようにして頭を下にし、半ば重量に身を任せるようにして降下する古谷たち。驚きのあまり動きを止めている空の魔獣に向かって光線を放った。


 避ける間もなかった様子で、空の魔獣は塵となって消えた。


 古谷は立て続けに光線を放つ。純血種はすぐに反応し、射線上から避けた。そのまま飛び交う純血種を、古谷は追っていきながら光線を放っていく。しかし、一向に当たらない。


 そうしてしばらく空での追跡劇を繰り広げていた二つの巨躯。地上に残る一匹の魔獣の存在をすっかり忘れていた。


 忘れ去られていた紫の魔獣は、空に主戦場が移ったおかげで逃げ出せない鳥人族たちを襲い始める。町のシンボルともいえる巨木に向かって、角を光らせて突進の準備に取り掛かっていた。


 それでも尚、空中戦を続けられていたが。


(待て!)純血種は急に軌道を変え、高度を下げていく。


 そこでようやく、紫の魔獣が巨木に向かっていく姿を目撃した。


(まずいよ!)というエトの言葉に。


(わかってる!)答えた古谷。


 魔獣を食い止めるために速度を上げて飛ぶ。それでも間に合うかどうか。


 いよいよ魔獣が迫ろうかという時、横から割り込んでくる存在があった。


 その身を挺すようにして紫の魔獣の攻撃を受け止める。角が全身を覆っている魔道具を突き破り、肉体にまで達しているようだ。突き刺さった角から血が滴っている。


 純血種は苦しみに呻く。それでも魔獣を両手の鎌を突き出すようにして串刺しにすると、力を振り絞るような雄叫びを上げて左右に切り裂いていった。分断された紫の魔獣は絶命した。


 古谷はその光景を、上空で呆然と眺めていた。(守った……のか?)


 そう思ったのは彼だけではなかった。隠れ潜んでいた鳥人族たちも恐る恐ると姿を現し、血を垂れ流す純血種の姿を見上げた。


 ロテクトもそのうちの一人だった。驚いた顔で見つめていると、純血種もこちらを振り向く。唯一覗ける片方だけの目が、しっかりと見つめ返していた。そして。


「ファアテハエル」と、短く言ってくる。


 あまりのことに口を聞けないでいたロテクトだが、やがて何かしら言おうとした時。


「くっだらねー」ゴーストの声が割り込んでくる。


 直後、純血種の正面が爆ぜた。勢いのあまり、その体を巨木にもたれかけるようにする。


 見れば、ゴーストが両拳を上下に構えていた。例の黒い球体を放ったのだと分かる。


「茶番は結構」冷徹にそう言い放つ。「てめぇは自分の役割すらわからないのか?」


(こいつ!)古谷が光線を放つ。


 ゴーストはそれをひらりと交わすと。


「まったく、興覚めだよ」と言い残し、無数の霊体となって消えていった。


 その後に残されたのは満身創痍の純血種と、それを見つめる父親の姿だった。ロテクトは恐る恐る手を伸ばすと、そっと嘴に手を触れる。


 純血種は力なく鳴いた。それから微笑むかのように、目が細まる。


 ロテクトは何かに急き立てられるように言葉を探したが、ついに何も言い出すことはできなかった。ただ、触れた嘴から感じる体温が刻一刻と下がっていくのを感じている。


 やがて、ふっと純血種の力が抜けた。一層、巨木に埋もれるようにしてもたれかかる。


 それっきり、二度と動き出すことはなかった。


          *


 戦いは終わった。町への被害は、抉れた地表と敷地を囲む防壁の一部、それから立っているツリーハウスがいくつか折られたこと。


 あれだけの大乱戦でその程度だったのは十分に幸運だったと言えるだろう。


「やはりゴーレム様は我々を守ってくださる」ライヴが言った。「このご恩一生忘れません」


 今や彼からは気さくがすっかりと抜けて、古谷に対する態度は恭しいものになっていた。


「止せよ」彼はそこに一抹の寂しさを感じながら返す。「大したことはしていない」


「とんでもありません。フルヤ殿がいなければ、今頃我々はどうなっていたことやら」


 そう話していると、ライヴの背後からその兄が歩いてくる。古谷は最初にその姿を認めて表情を硬くすると、相対していた弟も気づいて振り返る。


「兄上」と、呼びかけた。


 ロテクトは相も変わらず不愛想に言う。「俺からも礼を言おう、ゴーレム」


 町を守ってくれて助かった。そう言って、深く頭を下げる。


「だが」しばらくしてから、顔を上げて言った。「我々のやったことが間違っていたとは思わない」


「兄上!」


 弟の非難するような口ぶりを無視する。「我々は生きるために全力を尽くした。それだけだ」


 古谷はその言い草に対して、取り立てて言い返すことはしなかった。「そうだな」


 純血種が父を、ひいては町を守ったその姿を見て、彼は悟ったのだった。


 純血種もまた、同じなのだということに。


 ゴーレムが使命として人間族を守ることを義務付けられているのと同じで、純血種もまた神の意志により人間の血を根絶やしにしようとしているに過ぎない。が、両者共に理性ある生物なので、それに抗うことができる。


 おそらく純血種は魔道具で強制的にとはいえ、鳥人族を助けるために戦っていた。無意識に刷り込まれたのか、それとも制御下にあっても意識だけはあったのか。実体はともかく、そうしてきた積み重ねが心に変化をもたらしたのだと思われた。


 護ることと闘うこと。それは常に紙一重。自分でも気づかないうちにその一線を越えてしまうことだってある。


 だが、それは決して一方通行な道ではないことを純血種が証明した。


(いつか、分かり合える日が来ればいい。どの種族とも、もちろん人間同士でも……)


 暗闇を進むような旅路。あるいは報われることはないかもしれない。


 しかし微かにではあるが、光明が差したように古谷は感じていた。

これにて第二章完結です。第三章へと続きますが、書き溜めのため少し間が空きます。

引き続き、よろしくお願いします。

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