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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第二章:第八話 護る力と闘う力
31/43

8-3

 かくして無事に釈放された二人。ライヴの家にあった魚の干物で小腹を満たすと、早々に町を出る運びとなる。


「もしもの際の非常食だったのですが」と、惜しみながら差し出す魚の干物を二人は容赦なく食べてやった。


 空腹で気遣うどころではなかったのだった。


 が、考えてみればこんな山中で魚なんて獲れやしないだろう。ようやく手に入ったのも日持ちする干物というわけで。


(悪いことしたなぁ)と、古谷は後になって思った。


 ライヴはそれからひとしきりしょげ終わると一転、気を取り直してこう言いだした。


「そうそう、例の魔道具のことですが、外部の協力者がいるかもしれないという話を信徒たちにしたところ、ヒンクが何やら怪しい影を見たとのことでして」


「そうなのか?」と、古谷。


「ですので、お帰りになる前にせめて話だけでも手土産に」


「助かるよ」


 そういうわけで、もうしばらくライヴの家に留まることとなった二人。ライヴが信徒二人を呼びに行く間うたた寝しながら待機していると、やがて扉が開き。


「この度は町までご足労頂き」と、ヒンクが開口一番そう言いだした。「あろうことか、我々の前にそのお姿を顕現せしめ……」


 などと、くどくど謝辞なのかなんなのかよくわからないことを言い募る。


 一方、フェルの方はというと。


「これがゴーレム様の光が宿るお手なのですね」と、じっと古谷の手を見つめていた。


 うふふ、と気味の悪い笑みを漏らしている。


 二人にとって神話同然だったゴーレムの存在を、直視できたことでテンションがおかしくなっていた。


 それに引き換え、ライヴは幾分か冷静で。


「お前たち、興奮している場合ではないぞ」と、言っている。「ゴーレム様の御前なんだ。まずはやることがあるだろ」


 よく考えれば、彼は元からおかしかった。


 そうして促されるようにして祈りの儀を始めようとした信徒たち。しかしそれを見届けていられるほど今の古谷たちは元気でもないので。


「悪いが、それはまた今度にしてくれ」と、止めた。「あの、ほら、時間ないし」


 言い訳も忘れない。


「それもそうですな」ライヴが納得を示す。それから、「ほら、ヒンク」と促した。「話があるのだろう」


「はい!」緊張した面持ちで前に出ると、こう言いだした。「実は、その、お別れを言いたいのですが」


「ヒンク、ヒンク」すぐさまライヴが口を挟んだ。「その話は後だ」


「え? あ、そうでした」


 まるで落ち着きのない信徒たちだった。


(いや、出会った時からそうだったけどさ)古谷は思う。


 今やそんな彼らともお別れなわけで、寂しくな――。


(清々するな)


 ――らないらしい。


 何はともあれ。


「あれはいつの頃でしたか」ヒンクは考え深げに話し出す。「少なくともまだ例の子が生まれる前です。その夜はなんだか眠れなくて夜風に当たっていたのですが、そこでちょうど町長の家の方角から飛び去っていく影を見たのです」


「そんなの珍しくないんじゃないか?」古谷が言う。


 ここは鳥人族の町なのだから、誰かしら飛んでいてもおかしくない。


 するとヒンクは首を振った。「それがどうも違うように見えまして。その、見分けが付けられなかったのですが、どうも人間族のように見えたんです」


「人間が、空を?」エトが首を傾げた。


 魔法を使ってと思いきや。


「翼が生えているようでした」


「翼……」と、オウム返しをするエト。


 それが事実ならば、その正体は人間ではないだろう。


「月光が妙に明るい夜でした」と、ヒンク。「そのために姿はよく見えました。金色の髪を二房に結っていまして、翼は……何というのでしょうか。羽毛のない……飛膜? と呼ぶのでしょうか。月明かりで透けておりました」


「なるほど」古谷は言う。


 ちらとエトへと視線を向けてみた。彼女なら何か気づくのではないかと期待したが、腕を組んで眉間に皺を寄せている様子から、どうも思い至ってないらしい。


「ああ、それと」ヒンクはさらに付け足す。「目が真っ赤でしたね」


「真っ赤?」


「そりゃあもう、ぞっとするくらい真っ赤でした」当時のことを思い出したのか、身震いするようにしたヒンク。


 それが最大の特徴らしく、それ以上に付け足される情報はなかった。エトも今回ばかりはお手上げのようで、これっきり話はお開きとなる。


「それでは最後に」いよいよ辞そうかというところで、ライヴが口を開いた。「ぜひ、ゴーレム様に挨拶をしたいのです」


「え?」古谷は何を言っているのかわからなかったが、単に自分に挨拶をしていきたいのだろうと思った。「ああ、そう。じゃあ、どうぞ」


 そう促すも、信徒たちは期待を込めた視線を向けてくるだけで一言も発しない。


「ええっと、何だ?」古谷が再び促すと。


「ゴーレム様に変わってほしいのです」と、ライヴが言い出す。


「え? なんで?」


「なんでって……そりゃあ、ゴーレム様と直接お話ししたいので」


 どうも話が噛み合わない。


「ええっと、俺がそのゴーレム何だが……」


 自分でも何を説明しているのか、若干の恥ずかしさを感じ始めたところで。


「ええ! もしかして意識は同一なのですか!」と、驚かれた。


「ええ? そりゃあそうだろ」と、こちらも驚き返す。「どうして、別だと思ったんだ?」


 問い返すと、「うーん」と芳しくない返事。「そう言われると何ででしょうか。ただ、なんとなくとしか……」


「そ、そうか」


 ゴーレムは人知を超えた存在だ。確かに人間が変身しているというよりも、その姿を借りているという方がしっくりくるのもわからないではない。つまり古谷の中にはゴーレムとしての意思が別にあり、いざというという時にはその力を貸してくれるといった具合だ。


(あながち間違いでもないような)古谷は思う。(借り物という点においては)


 古谷には、未だにそれが自分の力だという感覚がなかった。わからないことだらけなので隔たりを感じているのだった。


「いやはや、そうとは知らずてっきり」ライヴは謝罪する。「大変失礼しました」


「いや、まぁ、気にするな」古谷は言う。「こっちこそ、結局何もできずに悪かった」


「いえいえ、元来は我々でどうにかするべきことなのです。そう教えてくださっただけでも感謝しています」


 そう言われてしまうとむず痒いものがある。散々よくしてもらっておいて、こちらはただ醜態を晒したのみ。そういう意味では、もう二度とこの町には来たくない。


(いや、まぁそのうち来るけどね)古谷は密かに禁を破る気満々だった。


 結局、彼らが町を去る条件を飲んだのも、純血種が制御下にあるうちは急ぐこともないと思ったからだ。いつの日かもっと強くなって、倒せると思った時に再訪しようと考えていたのだった。


「さて、名残惜しいですが」ライヴが言う。「そろそろお送りしましょうか」


 外壁を超えるにはどの道、彼らの助けが必要だ。


「頼むよ」


 最後の最後まで世話になりっぱなしだった。


 と、その時だ。不意に扉がノックされる。


「はて、誰でしょうか?」ライヴが首を傾げる。「はいはい、ただいまぁ」


 と言い近づこうとしたが、開けられるのを待たずして未知の来訪者は入室してきた。扉を開けたのではない。閉じられたままで、物理法則を無視するようにすり抜けて入ってきたのだった。


「なぁ!」


 ライヴをはじめとした誰もがその光景に驚愕する中。


(もしかして……)古谷だけは嫌な予感を抱いた。


 こんな荒唐無稽なことができる奴に心当たりがあったからだ。


「どーも」そいつは妙に気さくに声を掛けてきた。「お揃いのところ、お邪魔するよ」


 人間の男だった。極めて平凡的な顔立ちで、その態度とは裏腹に妙に影を感じさせる。特にその目は虚ろで、にやにやとした笑みを浮かべている。


 総じて気味の悪いそいつに、古谷を除く誰もがどう反応示したらいいものか困惑している。唯一、彼だけは警戒心をむき出しにして前に出た。


「……何の用だ」


「随分と冷たいじゃないか」そいつは言う。「僕と、君の仲だろ?」


「フルヤ、知り合い?」エトが尋ねる。


 古谷が「いいや」と答えるのと、そいつが「その通りだよ」と答えるのはほとんど同時だった。


「ええっと?」エトはさらに混乱を極めた。


 説明するにしても長くなるので後回しにすることとして、古谷は正体がほとんど確定的となったそいつへ向かって言う。


「俺たちはもうこの町を去る。一戦交えたいなら、その後にしてくれ」


「駄目だよぉ、駄目駄目」そいつは不快な笑い声をあげる。「それじゃあ何の意味もない」


「……何が目的なんだ」


「それはもうわかってもらったものと思っていたけどね」そいつは不敵な笑みを一つ浮かべると、またも扉をすり抜けて外へと出て行った。


「待て!」古谷が慌てて追いかけると。


 表では既に首のない巨人が立っている。陽の光さえ吸い込む真っ黒い体。ひょろりとした肢体に、目と口だけの白い仮面が不規則に貼りついている。


「さぁ、この前の夜の続きと行こうじゃないか」ゴーストは言った。


 そう告げると、返事も待たずに身を翻した。両腕を左右に大きく広げ始めると共に、指先から魔力が黒い稲妻状となって二つを繋ぐ。そのちょうど中間地点で一塊のエネルギーとなっていった。


 やがてそれがある程度の大きさにまで来ると、ゴーストは一歩踏み出すと同時に、握り拳で上下を挟むようにして押し出した。


 黒い魔力は球体となって、稲妻状の軌跡を残しながら飛んでいく。町を囲む防壁に当たると爆ぜて、そこに大穴を開けた。


 壁が崩れた辺りでは濛々と土煙が立ち込めている。それが晴れ切らないうちから、二つのシルエットが浮かび上がった。距離があるからか微妙に分かりづらいが、それなりの大きさ。


 そのままずんずんと突き進んでくる影は、やがて日の下に姿を晒した。ずんぐりとした黄土色の魔獣と、前傾姿勢の恐竜のような紫の魔獣。その二体が並んで町の中へと侵入してきたのだった。


 町はたちまちパニックに見舞われる。早くも逃げ出そうと飛び立つ鳥人族が数名いたが、それを目ざとく見つけた空の魔獣が襲い掛かる。


 事実上逃げ場を失った形で、混乱はさらに増すこととなった。


 そんな中、鳥人族の純血種が彼方より飛来してくる。事態の収拾に当たろうと、まずは空の魔獣に向かっていったが、それを認めたゴーストがその場で手刀を突き出すようにした。すると、その指先から白い光弾が飛んでいく。


 それは純血種の羽に命中し爆ぜると、地面へと落とすのに一役買った。


「じゃ、お先」墜落を見届けてから、古谷にそう告げてゴーストは走り出した。


 純血種と戦闘を始める。


 まだ純血種が立ち上がりきらないうちから、蹴り飛ばして二体の魔獣の方へと押しやる。獲物を差し出された魔獣は一つ咆哮を上げて近寄り、そこに空の魔獣も加わってよってたかって攻撃を加えていく。


 そんな光景を遠巻きにするようにしながら、古谷は一歩も動けないでいた。現状、純血種が不利なのは明らかで、これを黙って見過ごすわけにはいかない。


 そうとわかっているのにも拘わらず、彼は呆然と見ているだけだった。


 自分でも何がそうさせるのか。その正体がわからないでいると。


「大丈夫?」と、エトが手を握ってきた。


「……え?」


「震えてるみたいだったから」


 そこにきて、自分の手が震えていたことを知った。


(俺は)古谷は思った。(ゴーストが怖いのか?)


 認めたくないがそれが真相だった。より正確に言うのなら誘惑を断ち切れないだろうという怯えがあったのだった。今度こそきっと、あの暗闇へと手を伸ばしてしまうことだろう。


 そう思ってやまなかった。


 しかしエトは何を思ったのか。「ごめんね」と言う。


「……なんで、謝るんだよ」


「昨日は言い過ぎたから」


「いや、元を正せば俺の方が……」


 とまで言ったところで、エトは「ううん」と首を振って続きを遮った。「私が間違ってた」


「そんなことないだろ」


「フルヤはやっぱり優しいね」と、微笑むエト。「でも私、フルヤにばかり責任を押し付けないでなんて言っておきながら、結局追い詰めちゃった。戦わなきゃいけないのも、それで傷つくことになるのも全部フルヤなのに」


「エト……」


「何ができるかわからないけど、私にできることやってみるから。だから……」と、言い淀む。しかし最終的には意を決すように言った。「一緒に戦おう」


「……何言ってんだよ」


「ええ? 変なこと言った?」


「ああ」と、古谷は微笑んだ。「俺たちは、ずっと前から一緒に戦ってきた。だろ?」


「フルヤ……」


「ありがとう。それから心配かけて悪かった」腕を天に掲げる。掌に宿る光を、握りしめた。「でも、もう平気だ」


 掴んだそれを胸の前に掲げた。次第に輝きが増していき、指の隙間から光が零れる。


 やがて目を開けられていられなくらいの眩しさが辺り一帯を包み込んだ。晴れた次の瞬間には、岩塊の巨人が立っている。


 古谷は、エトに合図代わりに頷こうと振り返ってみたが。


(あれ……?)


 呆けたように立ち尽くす信徒の三人だけがいるだけで、彼女の姿はどこにもなかった。


 果たしてどこに行ったのかと、見渡していると。


(すごい……)エトの声が聞こえてくる。


(……え?)古谷は頓狂な声を上げた。


 何が起こっているのか。彼がそれを正しく認識する前に。


(これがゴーレムの中なんだ)と、エトが答えを示した。


(ど、どうして?)古谷は狼狽える。(いや、それより無事に分離できるのか? とりあえず変身を解除して……)


 などと考えてみたが、そうすれば再変身に時間を要してしまう。目の前の事態に対処する術を失ってしまう。


(ど、どうすれば……)いよいよ混迷を極めた時。


(フルヤ)と、エトが呼びかけてきた。


(な、なんだ?)


 何か妙案でもあるのか。期待した彼だが。


(これで名実ともに一緒に戦えるね)と、息巻いて見せるだけだった。

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