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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第二章:第八話 護る力と闘う力
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8-2

 しばらく睨み合うようにして隙を伺っていたが、やがてどちらともなく駆けだす。


 二つの巨体はお互いに怯む素振りすら見せることなく、瞬く間にその間合いを詰める。純血種が大鎌を斜めに切り上げるようにすると、古谷は真っ向から迎え撃つように手刀を斜め上方から振り下ろした。


 間もなく、二つの腕は交錯するかと思われたが、古谷が狙っていたのは純血種の腕の、肘関節だった。やや姿勢を落として肘の内側に手刀を叩きこむと、そこで腕は折れ曲がり、鎌の軌道を変えるに至った。その切っ先は、純血種自身に向かう。


 勢いがつき過ぎていたために制御が効かなくなっていたが、岩塊の掌の分だけ腕は折りたたまれなかったので、切っ先のみが接触しようかというところだった。純血種は首を逸らすだけで自傷行為を免れる。


 しかし古谷はもう一方の腕で純血種へと向いた鎌を握ると、自らの手を挟んでいることも厭わずさらに押し込んだ。力任せに、その刃を首へと食い込ませようとする。


 純血種は雄叫びのように一鳴きすると、残るもう一方の鎌を振るった。それは古谷の脇腹を直撃する。それでもたじろぐ気配を見せない岩塊の巨人に、二度、三度と鎌を叩きつけるようにする。


 四度目でついに堪え切れなくなった古谷は、痛みにその腕を離して、数歩後ずさりした。


 初っ端から痛み分けとなった戦い。純血種は自らを鼓舞するように咆哮すると、今度は飛翔して突っ込んだ。


 古谷はこれを正面から受け止めるかのように身構えて、その思惑通り飛んでくる純血種に飛び掛かった。そのまま上昇していく。


 腹の刃を警戒するようにしたかったが、それは叶わず半ば抱き着く格好となる。しかしこの際と古谷は、片腕を首の後ろに回し、もう一方の前腕を前から押し付けるようにする。およそ岩石の腕で挟み込むようにして、首を絞めた。


 案の定、純血種は腹の刃を振動させて反撃する。擦れるたびに火花が散る。その痛みに耐えながらも、古谷は必死に力を籠め続けた。


 彼がこんな無茶な戦い方をしているのには理由があった。現状、純血種は魔道具のおかげで制御下に置かれているわけで、これを破壊するとたちまち手に負えなくなる。その時に倒せないとなると被害は拡大さらにしてしまうこととなる。


 つまり生半可な攻撃で、魔道具だけを破壊してしまったら最悪の事態を招きかねないという懸念があった。故に彼は、直接的に息の根を止める手立てだけを、執拗に優先していたのだった。


 が、それがまた苦戦を強いているわけで、蓄積するダメージに彼はやがて短期決戦を望むようになる。そこに胸の結晶体が点滅を始めたことで焦燥感も加わって、自棄ともいえる行動に出る。


 首に絡めていた腕を解くと足だけで自らの体を保持し、腕を十字に組んだ。


(フルヤ……)そんな彼の行動を、エトは心配そうに見上げていた。


 純血種の眼前に着きつけるようにして、ほとんどゼロ距離による光線の射出を試みる。大気の魔力を吸収し、指先を意識して送り込んでいく。


 徐々に青白い光を強めていくそれに危機感を覚えたのか、純血種は慌てて急降下に移る。そのまま地面スレスレにまで降りると、古谷の体を引きずるようにして水平に飛び続けた。


 背中から来る間断ない振動に、照準は定まらなくなる。それでも古谷は光線を放った。初めは顔の横を通り過ぎたが、すぐに軌道を修正する。が、直撃しても今度は純血種が首を動かして逸らされてしまう。古谷はその度に照準を定め直した。


 そんな至近距離での攻防は、長くは続かなかった。光線はいつまでも発射し続けられる代物ではないし、町の敷地面積にも限りがある。いつまでも引きずられているに甘んじることはできず、やがて古谷は町を囲む外壁へと叩きつけられてしまう。


 その時には結晶体の点滅の間隔は一秒を切っていた。古谷は壁に手を突き、急いで立ち上がる。何をするにしても、今からできてせいぜい一撃。それだけを決め手に、純血種を仕留めなくてはならない。


 そう決起するも、体勢を立て直すと同時に飛び掛かってきた純血種に、その鎌で腹を貫かれた。ずっと刃で攻撃を受け続けていたおかげで、いくら頑強なゴーレムの体といえども脆くなってしまっていたのだった。


 その一撃を最後に岩塊の体は崩れ去る。地面に投げ出されることとなった古谷。意識は朦朧としていた。


 あるいは純血種がとどめを刺してくるかと思いきや、いつまで経ってもその瞬間は訪れない。やがて翼をはためかせる音が聞こえてくる。それは次第に大きくなると、すぐ目の前で止んだ。


「聞いていた通りだな」ロテクトの声。羽音の正体は彼だったらしい。「純血種が産まれるところ、ゴーレムが現れる。我らを滅ぼすために。だが、そうはいくまい。我々の道は我々自身で決める。誰にもそれを咎めさせやしない」


 半ば決意のように告げられる言葉。古谷はそれを聞きながら思う。


(……聞いていた? いったい……誰に……)


 しかし、それは口から発されることなく彼は意識を失った。


          *


 次に目を覚ました時には、薄暗い空間にいた。ひんやりとした冷たさと共に、固いゴツゴツとした感触を背中越しに感じる。岩の上に寝かされていると断ずるのにそう時間はかからなかった。


 目を開けて早々に飛び込んだ視界の先にも岩があるので、どうやら四方八方を防がれているらしいことがわかる。かと思えば、一方向からは明かりが差し込んでいる。視線を向けてみれば、そこには格子がはめ込まれていた。


 岩で囲まれた檻に閉じ込めているようだ。しかも時刻はもう夜。だいぶ長いこと気絶していたらしい。


 古谷は起き上がろうとして、痛みに呻く。外傷こそないものの純血種との戦いで受けたダメージは彼の生身の体にも反映されている。貫かれた腹は未だ熱を帯び、刃で傷つけられ続けた体表面はヒリヒリと焼け付くようだ。


 さながら皮膚に下で虫が蠢いているかのような不快感。かきむしりたい衝動に駆られるが、そんなことしたって傷が目に見える形になるだけだ。せっかく見た目の上では無傷なのだから、それを悪戯に台無しにすることもないだろう。


 彼は「あ」に濁音をつけて長く息を吐いた。そうすれば、中で這いまわる虫が追い出せるかのように。長く、長く。


 もちろん、効果は微塵もない。


「おはよう」不意にエトの声が聞こえた。「やっと目が覚めたんだね」


「もう夜みたいだけど」と、脊髄反射で言い返した古谷。


 視線を向けると、彼女は少し距離を置いて隣にいた。同じ岩の牢獄の中で縮こまるようにして座っていたのだった。


「え、なんで?」


 彼女が投獄されるいわれはない。そう思ったのだが。


「なんで、じゃないよ」と、呆れたように言い返される。「二人揃って町の平和を脅かす重罪犯、だってさ」


「だってさって……」


「そりゃあそうだよねぇ」今度は非難がましく。「急にあんなことしでかすんだから」


 じろり、と視線を投げかけてきた。


「……もしかして怒ってます?」


「もしかしないよ!」エトは時間帯も憚らずに叫んだ。「それ以外、何があるのさ!」


「わ、悪かったって」


「なんで、あんなことしたの」


「そりゃあ、相談しなかったのは悪かったけどさぁ」


「なんでって聞いてるの」


 察しのいい彼女が、あんな無茶無謀な戦い方をしたその理由を問うているとは思えない。では何を聞いているのかと言えば、そもそもなんで唐突に戦い出したかということだろう。


 古谷はしばしの沈黙の後、答える。


「それこそ、それ以外何があるんだよ」不貞腐れたように、ぽつり、ぽつりと。「所詮この力は戦う以外に使い道はない。過剰に期待されても困るんだよ」


 無意識に自らの胸を服の上から握りしめていた。


 そんな彼をどう見たのか。エトは若干口調を和らげて話し出す。


「……アイフさんに会った時、もしかしたらフルヤもああなるんじゃないかと思ったんだよ」


「俺が?」


「フルヤは優しくて、その上で自分の気持ちとか口にしないじゃん。全部全部一人で抱え込んで、それで潰れちゃうんじゃないかと思ったんだよ」


「エト……」


「アイフさんの気持ちもよくわかったよ。でも、どちらかを選ばなきゃいけないんだって思ったから私はあの時フルヤの肩を持つことにしたの」


「……そうか」


 優しいと言うならば、彼女の方こそだろう。相手の立場にたって気持ちを考えられる。


 そのために博愛主義なところがあった。どちらか一方を取捨選択するなんていうことはらしくはない。嬉しかったことには嬉しかったが、同時にそう思っていたことも確かだった。


「フルヤが、フルヤだから選んだんだよ」エトは膝に顔を埋めながら言う。「フルヤが、フルヤのままでいられるように」


 照れているわけではない。その証拠に、彼女の声音は徐々に涙交じりになっていった。


「確かに戦うことしかできないかもしれないけど、戦うためだけにその力を使わないで。お願いだから、フルヤのままでいて……」


 そこで沈黙が訪れた。古谷はしばらく丸くなりながら時折しゃくりをあげる彼女を見つめていたが、やがて自らも視線を落とすと。


「すまん……」とただ一言、絞り出すように言った。


 それっきり夜は元の静けさを取り戻した。煌々とした満月が頭上に浮かんでいる夜だった。


          *


 一夜が明け、二人はろくすっぽ眠ることが叶わず朝を迎えた。


 狭くて、立ち上がることすらままならない牢屋の中で、古谷はいつまでここにいなくてはならないのだろうかと考えていた。


(せめて飯くらいくれるよな?)


 そんな不安がよぎりかけた時。


「おはようございます! フルヤ殿! エト殿!」と、騒々しい声が聞こえてくる。「良い朝ですなぁ!」


 さぞ陽気な様子のライヴ。


「そう見えるか?」そんな彼に、古谷はあえて濃い隈の浮かぶ顔を見せつけるようにした。


「やや! よく眠れませんでしたか?」


「……そりゃそうだろ」


 呆れたように言う古谷の傍らで、エトが覇気のない声で尋ねた。


「ライヴさん、こんな朝早くからどうされたんですか?」


「いいご質問です、エト殿。実は先刻、兄に直談判しましてな、お二人の無罪放免を勝ち取りましたぞ」


 それはまさしく吉報だったが、眠気と疲労とでぼんやりとした頭を抱える今の二人には「ああ、そう」と気の抜けた返事しかできなかった。


 しかしそんなことなどお構いなしにライヴは続けた。「いやぁ、決め手はお二人が一晩じっとしてくださったことですよ。その気にさえなれば、ゴーレム様に成り代わっていつでも脱獄することができますからな。その意思がないとなると、もう敵意がないと見ることができる。我ながら、実に名演説でした」


 うんうん、と腕を組んで悦に浸っている。


「そですか」と、古谷はやはり気のない返事をするのだった。


 考えもしなかったが、言われてみればその通りだった。ゴーレムに変身する際は周囲の岩を取り込むので、エトを岩の下敷きにすることだってない。言葉の通り、その気にさえなればいつでも脱出できたわけだ。


 ともあれ、何にせよ骨を折ってくれたわけで。


「ありがとうよ」と、ライヴに礼を告げた。


「いえいえ、滅相もない! ゴーレム様のお役に立てるならば、これほど幸福なことはありません」そう言い、歓喜に震える自らの体を抱くようにする。


 それから「ああ、そうでした」と懐を探り出した。


「これ、出所祝いです」木箱を一つ差し出してくる。


「やめてくんない? そういう言い方」素直に喜べない。


「心ばかりですが」やはり彼は聞く耳を持たない。「元を辿れば、私が連れてきたせいでもありますからな」


「どの道いずれはこなくちゃいけなかったが」と、古谷は気休めを告げる。


 ともあれ、せっかくくれるというのだから貰うことにする。柵越しに木箱を受け取り、手元に引き寄せる。丁寧にまかれた紐を解いて、開けてみると。


「いやぁ、ここらでは中々手に張らない一級品ですよ」ライヴは得意げに説明する。「お腹も空いていることでしょうし、今ここで召し上がってください」


 箱の中に入っていたのは、隙間もないほど敷き詰められた生きた虫だった。開けるや否や、我先に出ていこうと這っている。


「ひぃ!」不意打ちも相俟ってか、これにはさすがの森育ちのエトも悲鳴を上げた。


 古谷も悲鳴こそ上げなかったものの、背筋がぞっとしたので、蓋をそっ閉じした。


「返す!」


「ええ? 遠慮しなくていいのですぞ」


「遠慮とかじゃないから、いやマジで!」


「……そうですか?」と釈然としない様子。「あ、もしかして人間族は虫をお食べにはならない?」


 珍しく勘が冴えている。


「その通りだ」中にはいるかもしれないが、具体例もいないので今は伏せておいた。


「それは残念ですなぁ」と、ライヴは木箱を受け取り返すと、早速蓋を開けて一つ食べ始めた。


 かぎ爪に摘ままれた何かの幼虫は、くねくねと必死な抵抗も虚しく嘴に咥えられる。ぶちりと噛み千切られると、その断面から黄色い液体を迸らせた。


「ほほほ」ライヴは悦に入ったように味わっている。


 古谷たちからしてみれば、さぞ食欲の減退する光景だった。おかげで空腹が紛れた。


「あ、それと釈放には条件があるのです」


「条件?」


 問い返す古谷。その傍らで。


(というか、そんな大事なことをついでのように言うなよ)と思う。


「ええ、と言ってもそれほど難しい要求ではありません」と、ライヴ。「金輪際この町の敷地内には来ないことと、干渉してこないこと。その二つです」


「……ああ、わかったよ」


 妥当な線だろう。どの道、純血種に勝てない以上この町でやれることはない。


 言われずとも、はなからそうするつもりであった。有体に言ってしまえば、諦めるということになるのだが致し方ないことだった。

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