7-3
ゴーレムの遺跡はそう遠くも離れていなかった。谷底をしばらく行くと、ぽっかりと空いた横穴があり、そこが入り口となっていた。
どうも数か月かけて見つけた場所らしく、その苦労をとくと語るライヴの声が洞窟内に反響する。では、どうやって見つけたのかというと。
「遺跡のある場所には法則性があるのです」とのことだった。「人間族とそれ以外の種族とが隣接している地域。この条件を満たす周辺にあるのです。まぁ、そこからは虱潰しに探すことになるのですが」
「では、人魚の町に行ったというのも」エトが尋ねる。
「おお! そうなのです。何せ、海の中にあるでしょう? 実態を確かめなければならない故、入れてもらったのです」
どうやら、人魚の色香に惑わされた生臭坊主というわけではなさそうだ。
「しかし、あそこは良い町でしたなぁ」と、感慨深く頷くライヴ。「実にいい思いをさせてもらいました」
前言撤回。
「しかし、なぜそのことを知っているのでしょう?」
「俺たち、各地の他種族の町を巡っているんです」古谷が言う。「その時に耳にしました」
「先ほどもそのようなことを仰っておりましたなぁ」と言ったきり、それ以上は追及して来ずに話を戻す。「とまぁ、そんなわけでしてこの遺跡を見つけたのもつい三日ほど前のことなのですよ。調査を兼ねてしばらく留まっているのです」
翼を持ち、機動力が段違いの鳥人族だからこそできるやり方だろう。空から俯瞰して探せるというのも利点の一つだ。
「奥に石像こそありませんが」ライヴは続ける。「ゴーレム様の遺跡で間違いないでしょうな」
「なぜわかるんです」
「書かれている文字が」と、持っていたカンテラを壁に近づける。そこにはかつて古谷も見た象形文字のようなものが連なって彫られている。「同じだからです」
「もしかして、読めたりするんですか?」古谷は緊張した面持ちで尋ねた。
これが解読できれば、一気に真相に近づくことができるだろう。
だが、ライヴはあっさりと否定した。「いいえ、全く」
「あ、そですか」期待していた分だけ、落胆も大きかった。
「っていうか、どうしてフルヤは読めないの?」エトが耳打ちしてくる。
「どうしてって言われてもなぁ」小声で返す。
彼だって読めるものなら読みたかった。
「ゴーレム様の多くは謎に包まれています。我々はこれまで十三の遺跡を見つけましたが、その中で石像が置いてあったのは一度だけです」
「いたのか!」古谷は思わず問いかけた。
「え?」ライヴもこれには驚いた様子。「え、ええ、まぁ。いたと言いますか、あったと言いますか」
「そうか……」
遺跡にある石像は、石像にあらず。ゴーレム本人で、ただ不動を貫いているに過ぎない。
先ほどの情報を合わせてわかったことがある。人間族を守ることを使命とするゴーレムは、他種族に純血種が産まれるとその種族ごと滅ぼすという乱暴な手段に訴え出る。遺跡が近くにあるのはその時が来るまでの監視と、待機場所という役割を兼ねているからだろう。
(とりあえず、いずれはそのゴーレムに会わないとな)古谷は思った。
後でその場所を教えてもらうことを心に決める。
ライヴは一つ咳払いをして気を取り直すと言った。「とまぁ、石像のあるなしの法則性に関してもまだわかっていないのです」
「どうして、それで信仰しようという気になったんですか?」エトが問いかける。
確かにそれはおかしな話だった。何も知らないのに、どうして信じようという気になれるのか。
すると、ライヴは答えた。「私の町はかつてゴーレム様の守護を受けたのです」
「え、それって……」と、エトは古谷へと視線をやる。
彼が何かを言う前に。
「といっても私が子供の頃の話ですよ」と、ライヴ。「実に神々しいお姿でした……」
当時に思いを馳せるように自らを抱きしめた。
それだけ前からゴーレムは存在していたということだ。純血種が覚醒するようになったのはつい最近のことなので、その当時は使命に縛られてなどいないはず。果たして何をしていたのか。
「その当時の記録とか、あったりするんですか?」古谷は尋ねる。
「生憎、何も」ライヴは答える。「しかし、今でもそのお姿を鮮明に思い出すことができます。美しい佇まい、しなやかな動作。そして何より雄々しい翼」
「翼が生えているんですか?」エトが何気なく尋ねた。
「ええ、あれはまさしく翼と呼べるでしょう。悠々とはためかせて、大空を翔る。後光を背負い、周囲には羽毛が舞って……あれ? 生えていなかったですかな?」
「全然、鮮明じゃないじゃないですか……」
そう指摘するエトの傍らで、古谷は思った。
(翼のゴーレム……)
そうこうしているうちに遺跡の最奥部にまでやってくる。そこはやはり広い空間で天井は見通せないほど高い。
それはそうだろう。今ではここはゴーレムが待機する場所とわかっている。十分な広さがなくてはならない。
古谷は未だ考え事に没頭していて、自分がいる場所に気づいていなかった。おかげで他四名を置いて部屋の中心部にまで来てしまう。そうして、足を置いた時。
「そんな……」ライヴをはじめ、信徒たちが各々驚きの声を上げる。
それはかつて踏み入れた遺跡でも起こったことだった。彼を中心に足元の魔法陣のようなものから壁に彫られている文字にかけて、青白く発光していく。
「あ……」古谷が気づいた時には既に遅く、部屋はたちまち光に満たされていた。
別に隠そうと思っていたわけではない。が、正体を明かさなくても済むならばそれに越したことはないと常に思っており、こんな形で露見することは予期していなかった。ましてや目の前にいるのは、ゴーレムを称えると言っている信徒たち。
当然、三人は平伏することとなる。
「これは、とんだご無礼を!」ライヴは平身低頭しながら言う。「まさか、お二人はゴーレム様の使いだったとは!」
「使い?」
考えてみれば、確かにこの現象がゴーレムであることの証拠にはならない。ただ誰がやってもこうはならないので、必然的に選ばれものと判断せざるを得ないのだろう。結論は近からずとも、遠からずだ。
「こうはしておれん!」ライヴは言う。「お前たち、祈りの犠だ!」
その呼びかけに応じるようにして立ち上がった信徒二人は、おもむろに笛を取り出すとピーヒャラピーヒャラ踊り出す。
(いったい、何を見せられているんだ……?)古谷は訝った。
「えっと、これは何ですか?」エトは思うだけでは留まらなかったらしい。
ライヴは答えた。「ゴーレム様に捧げる祈りの儀式です」
「古くから伝わる神聖な……的な奴ですか?」
「いえ、最近我々で考案したものです」
(じゃあ、ただのお遊戯じゃん)古谷は思った。
ともあれ、終わるまで謎の時間を過ごすこととなった。
「あの、ところで気になったんですけど」エトは一段落するのを待って発言する。「さっき、二人って言いませんでしたか?」
「それはもう」と、ライヴは疑うことを知らずに言う。「お二人ともゴーレム様の使いであるに違いません」
「いえ、私は別に……」と、否定しかけるエト。
何なら、別に古谷も違うのだが。
それはともかく、フェルが声を上げた。「私、先ほど大変失礼な態度を!」
「フェル!」ライヴは今になって責め立てた。「なんてことをしてくれたんだ!」
「ご、ごめんなさい!」
「かくなる上は! もう一度、祈りの犠だ!」
「はい!」
「いや、もういいって!」古谷は止めた。
あんなものもう一度見せられるのは堪らない。
案の定、面倒くさいことになったのだった。
*
今やすっかりと態度を改めた信徒三人。ライヴは元々友好的だったが、他二人に関しても今では目をキラキラとさせてこちらを見ている。
「ゴーレム様の使いが町に来てくださるなんて、これほど光栄なことはありません」
これまで無口を貫いていたヒンクが、饒舌になるほどだ。
そんなわけで鳥人族の町に円満で招かれる運びとなったのだが、古谷は却って願い下げたい気分になっていた。天邪鬼と言われればそれまでだ。だがゴーレムの使いとわかっただけでこれだから、そのものだと知れた日にはどうなることやら。
これ以上、面倒なことになるのはごめんだ。
しかしまたとない機会でもあるわけで、どの道避けては通れないことを加味すると、今の状況を利用しない手はない。古谷は自らの気持ちをぐっと堪えることにした。
「こうしておれません! 早速参りましょう!」ライヴは急いた様子で言う。
「い、いや別に急がなくてもいいですよ?」古谷は言った。「まだ遺跡の調査とか残っているでしょうし」
気持ちとは裏腹に、なるべくならば問題を先延ばしにしたいという彼の悪い癖が現れる。
そんな見え透いた心を窘めるようにエトが彼の脛を軽く蹴る。純血種の覚醒は時間との勝負だ。最善は生まれる前に警告して、出生そのものを阻止すること。先送りにするなど悪手中の悪手だ。
古谷は観念したように肩を落とすのだった。
「だけど、どうやって向かうんです?」彼がそう疑問を呈したのはまだ面倒ごとに対する忌避の念があるからだった。
往生際が悪い。
「我々がお連れしますよ」と、ライヴが自らの肩を叩く。「この翼でね。何、一人や二人背負うことなど訳ありません」
実に頼もしく請け合う。
「でも、近くにはないんですよね?」と、エト。
「ええ、陸路を行けば数日ほどかかるでしょうな。ですが飛べばあっという間です」
「大丈夫なんですか? 人一人背負って長距離飛行なんて」
「あっはっは。妙なことを気になさる」ライヴは笑い飛ばした。「確かに昔は長距離飛行が困難だったとは聞いてありますが、今や魔道具の発達で解消されておりますよ」
「なっ!」エトは言葉を失う。
それが、彼女が見事に推理を外したものの正体だった。魔道具は欠点を補うという先入観ばかりに囚われて、本来の能力をさらに高める方向に発達していることを考えてもみなかったのだ。
如何せん、エルフは独自の魔道具を開発していると推論を展開していたばかりに、彼女の悔しさは一層強かった。
「も、盲点でした……」今度は彼女が肩を落とす番。
そんなすっかりテンションの上がりきらない二人を差し置いて、鳥人族たちは我先にと遺跡を出ようとする。渋々ついて行くと、先に外に出ていた信徒たちは既に飛行の準備に入っていた。
「是非、乗ってください」フェルがエトの前にしゃがみ込む。
「え、ですが」と、気後れする彼女に。
「先ほどは申し訳ありませんでした」重ね重ね謝罪する。「もう二度とあんなご無礼は働きません」
そこまで言われると強くは言い出せないのが、エトという女だ。本人ももう気にしないみたいなので、その背中に遠慮なく乗せてもらうことにする。
すると、「キャー! 私、今ゴーレム様の使いを背中に乗せていますよ!」とはしゃぎだす。熱い手のひら返しだ。
ライヴも窘めればいいものを、「うんうん、よかったな」と同意してやる始末。
ヒンクの背中に乗せてもらいながら、古谷は思った。
(いいから早く行ってくんないかなぁ)
また先送りの悪い虫が顔を出すその前に。
切に願うばかりだった。




