表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第二章:第七話 魔の山へ飛べ
26/43

7-2

「いやぁ、助かりました! 二人は命の恩人です!」


 鳥人族はそのかぎ爪で後頭部をかきながら、朗らかに言った。


「よそ見をして飛んでいたら野鳥とぶつかりまして。さっきも言いましたが昨日からずっとあそこにおったんですな。それでもう腹が減って腹が減って。いっそ自らの手でも食べてしまおうかと思っていたところなんですよ。何せ、いい天気でしょう? 太陽で炙ればおいしいチキンになるんじゃないかとね。ですが、そうせずに済みましたよ。無事、五体満足、鳥人族ってね」


「は、はぁ」古谷はそうとしか言い返せなかった。


 猛禽類といえば勇猛にして優雅なイメージだ。そんな見た目をしておきながら、出会いがしらは涙やら鼻水やらで顔面はぐしょ塗れで、助けたと思えばピーチクパーチク喋り出す。


(鷹の皮を被ったインコなんじゃないか? こいつ)それが古谷の第一印象だった。


「あの、水を差すようで悪いんですけど」と、エトが控えめな態度で話し始める。「太陽で腕を炙るのは難しいんじゃないかと」


(そこは広げなくてもいいんじゃないか?)古谷は思う。


「なるほど」しかし鳥人族は至って真面目な顔で答えた。「差し水が必要ということですか」


 しかも話がかみ合わない。


「いえ、そういうことじゃなくて。体内に水分がある限りは、という意味で」


 エトはエトで、まともに取り合わなくていいものを必死に返答している。


「その点なら心配ありませんよ」鳥人族は言った。「涙や鼻水で、水分を体外に排出していたところなので」


「それもそうですね」エトは安堵した息を吐く。「なら、問題ありませんね」


(いや、大ありだろ)古谷は思った。


 主に話が食べる方向にいっているあたりが。助かってよかったというのが始まりだったのにも拘わらず。


 彼女が相手のペースに乗せられているのは明らかだが、ともあれ、なんとなく場が和んだような気がしないでもない。


 内容はともかくとして、他種族であるのにも拘わらず人間族に友好的な態度をとってくれたことで、少なからず緊張感をやわらげるに至った。


「何にせよ、天然の干し肉になるのは避けられました」鳥人族は仕切り直すように言った。「お二人には感謝してもしきれないくらいです。ぜひ、お礼をさせてください」


「いえ、大したことは何も」と、エト。


「いやいや、遠慮なさらず。でなければ私の気が済みませんので」鳥人族は立ち上がった。「ささ。参りましょうか」


「どこへ?」


「この先の渓谷に仲間がおります。まずはご紹介いたします」と身を翻らせたが、何かに思い立ったようですぐに踵を返した。「これはこれは、申し遅れました。私はライヴと申します」


 丁寧に頭を下げるライヴに、二人もお辞儀をして名乗った。


「では、参りましょうか」


 そうして歩き出した三人。すぐに森を抜け、渓谷のある方へ。


 ライヴがあまりにもまっすぐと向かっていくので、身体的な特徴の違いを理解しておらず、一人羽で降り立とうとしているのではないかと心配したが杞憂だった。


「ここから降りていけます」


 そう言って示されたのは崖沿いに蛇腹に延びている道だ。その幅は狭く、ひとたび踏み外せば谷底に真っ逆さま請け合いだろう。


 これはこれで。


 笑みを引きつらせる二人を他所に、ライヴは意気揚々と降りていった。仮に落ちても問題ないためか、躊躇うことのない二足歩行。


 対する古谷とエトは、崖側に半ば腹ばいになるようにして横歩きをし、なるべく崖下を見まいとした。時折、吹き付けてくる風に足を竦ませながら進む。


 その最中で、エトが気になっていたことを聞く。


「あの、平気なんでしょうか」


「問題ないでしょう」と、ライヴ。「こう見えてしっかりしている道です。崩れるなんてことはあり得ません」


「いえ、そうではなくて。空の魔獣とか、いたりしないんですか?」


 確かに今の三人は何一つ遮るものもなく、丸見えだ。しかも無防備に近く、襲われたらひとたまりもない。


 しかしライヴは言った。


「こんなところにはいないでしょう」


「そうなんですか? ですが、ここって鳥人族の町ではないんですか?」


「え?」ライヴはよほど驚いたようで、振り返る。その際に足を踏み外しかけて。


「ああ!」二人は反射的に声を上げた。


 しかしそれが杞憂であることは初めからわかっていたことで、ライヴは羽を駆使して宙に留まった。


「危ない危ない」と、さして危機感もなく告げる。「危うく、ひき肉になるところでした」


「笑えませんよ……」エトは言う。よほど肝を冷やしたらしく、その場にへたり込む。


 落ちていったのが彼女の一言が原因だとすると目覚めが悪い。


「はっはっは。いやぁご心配おかけしました」ライヴは気にした様子もなく、笑い飛ばした。「しかし、随分と珍妙な勘違いをしていらっしゃる」


「……ええ?」そもそも、今の衝撃的な出来事で自分が何を言ったのかすらすぐには思い出せない。


「この辺りには鳥人族の町はありません」そんな彼女に、ライヴはあっさりと告げた。


「そうなんですか?」


「ええ」と、肯定の一言。


 珍しく、エトの推理が外れた一幕であった。


 それはともかくとして、古谷は問いかける。「じゃあ、ここでいったい何を?」


「聖地巡礼です」


「聖地……巡礼?」ただオウム返しすることしかできない。


 おかしな話だった。聖地巡礼とは、いわゆる宗教的に意味の深い場所を来訪していくもので、要するに信徒のやることだ。


 この世界は元々七つの神々がおり――既に一人は追放済み――人間族を含めて七つの種族を生み出している。つまりそれぞれの種族に対応した神がいるわけで、一神教だ。


 他種族の神々は、人間族を排斥するための聖典とやらを残しているわけで、信徒がこれを無碍にするのは考え難かった。


 しかも町がないと言っている傍からだ。わざわざ住処から離れた地に神を祀っているというのも変な話だろう。


(あるいは)古谷は思う。(それは事情を知っているからこそなのかもな)


 彼は特に直接神に対峙している。だからこその先入観を持っているわけだが、この世界に住む人々はどこ吹く風で、地域ごとに根付いている独自の宗教があるのかもしれない。


(あるいは、個人的にか)


 それは神かもしれないし、文化かもしれない。彼のいた世界では特定の文化に強い執着を持つ者がおり、それに所縁ある場所を巡る行為を聖地巡礼と呼んでもいた。


 この世界でもまた、同様の使われ方をしているのかもしれないと思った。


 それは概ね当たりだったと言える。なぜなら、ライヴはこう答えたからだ。


「ええ、ゴーレム様の遺跡を巡っているのです」


          *


 ほどなくして谷底へと降りていった一行。言葉の通り、仲間が待ち構えておりすぐさま駆け寄ってきた。


「司祭様!」そう言って、二人の鳥人族がやってくる。


「おお、お前たち」と、大仰に腕を広げる。「心配かけたな」


「かけたな、ではありませんよ」二人の内の女性と思しき方が言う。「昨日から何の音沙汰も……」


 と、言いかけてライヴの背後に控える、古谷とエトの存在に気づいた。


「ひぃ! 人間!」悲鳴を上げる。


「止せ」と、ライヴは窘める。「二人は命の恩人だ。彼らがいなければ、私は今頃おいしく食べられていた」


(いや、おいしく食べようとしていたのは自分自身だろ)古谷は心の内で指摘する。


 それはともかく、いくら司祭の発言でも簡単には受け入れられない様子で「そ、そうなんですか」と言葉の上では納得は示しても、態度は明らかに不振がっていた。もう一人の方も何も言いはしないが、不安そうな表情を浮かべている。


 しかしライヴは気にしない。


「失礼しました」と、古谷たちを振り返る。「まだまだ未熟ものたちでしてな。……っと、ご紹介しましょう!」


 それから先ほどの女性と思しき方を掌で示して「フェル」と呼び、もう一方を「ヒンク」と呼んだ。そして今度は、そんな二人に振り返って古谷たちを紹介した。


 紹介に預かった者たちは、ぎこちなく会釈を交わし合う。


 古谷たちは、ここのところ人間族である自分たちをあっさりと受け入れる人たちばかりに会っていたからか、却って新鮮な気持ちを抱いた。


「さて、挨拶も終わったことですし」ライヴは一人だけ達成感に満ちた顔をしていた。「早速お礼をせねばなりますまい」


「あの、そのことなんですが」エトは控えめに提案した。「実はお願いがありまして」


「聞きましょう。私たちにできることならなんでも致します」


 その言葉に、背後にいた信徒たちはびっくりした顔を浮かべる。なんとなく、その様子から日頃振り回されているのだろうことが想像させられた。


「私たち、鳥人族の町に行きたいんです。というのもですね……」と、訳を話しだす彼女。


 ライヴはそれを最後まで聞かなかった。「いいでしょう!」


「ええ!」と、エト。


「ええ!」それから二人の信徒も言う。


「あ、あの、せめて訳を」と、エトは本来ならば聞き入れられなかったときに言うようなことを言いだし。


「司祭様! いくら何でもそんなことを勝手に決めては!」フェルが窘める。


 だがライヴはどんな言葉にも耳を貸さない。「構いませんとも! 二人は命の恩人! むしろ歓迎したいくらいですよ!」


 高々と告げるその声は、渓谷中に反響するほどだった。


 息の合った様子でおたおたとするエトと信徒たち。その三人だけでは埒が明かないと思った古谷は発言する。


「俺たち、町の代表にお話したいことありまして。可能ですか?」


「簡単です」と、言うライヴ。


 しかしその訳を話さそうとしないので、安請け合いしているのではないかという気にさせられる。


 どうも自分の興味の外にあることは、とことん興味を示さない性格らしい。では、何に興味を示すのか。


 それは目下、古谷が聞きたいこともであった。


「ゴーレムの遺跡を巡っているとのことですが」


「よくぞ聞いてくださいました」ライヴは一層テンションを上げて話し出す。「我々はゴーレム教の信徒として、各地にある遺跡を巡り、祈りを捧げていっているのです!」


「それで、ですね」と、古谷。


「ああ、ゴーレム様」彼の言葉は耳に届かなかったようで、ライヴは悦に浸ったようにポエムを口ずさむ。「哀れな我らに光の救済を。次なる世界へ導いてくださいますよう、お願い申し上げます」


 そう言って、両手を組み合わせて天を見上げるようにする。それまで動揺を浮かべていた信徒二人も、敬虔な様子でかしずいている。


「だってさ」エトがからかいの調子で言った。


 古谷はそんな彼女を手で追い払うようにしてから言う。「この辺りにあるんですか、遺跡」


「ええ! ええ!」ライヴは嬉しそうに頷く。「ご興味があれば案内いたします」


 古谷は大いに興味がそそられた。何せそれは、自分自身に直接関わってくることだからだ。


 しかし本来の目的とは関係なく、遠回りとなってしまう。そのためエトへ目配せをしてみると、彼女も興味があるのか、あるいはそんな彼の心情を慮ってか。頷いて見せてくれた。


「頼みます」と、承諾を得られたことで古谷は告げる。


「では参りましょうか!」ライヴは言う。「いざ、聖地巡礼に!」


 高らかに告げて先導を始める。その後を信徒二人がついて行き、さらにその後ろを古谷たちが歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ