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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第二章:第七話 魔の山へ飛べ
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7-1

 アイフたちのもとで一夜を明かし、それから旅を再開した古谷たち。またも森の中を進むという代わり映えのない景色だが、二人の間にはしめやかな雰囲気が流れていた。


 古谷は歩きながらも、別れる直前にリーからもらった指輪を手の中で弄ぶようにして眺めている。


「前の夫とのものです」彼女はそう言っていた。「子供が生まれたら持たせようと思っていたんですが」


「いいんですか?」エトが尋ねると。「そんなもの貰ってしまっても」


「もう必要なくなりましたから」笑みを浮かべて言った。


 強がりによるものであることが明らかで、二人は沈痛な面持ちでそれを眺めることしかできなかった。


「どれだけ離れていても、その居場所を示してくれる魔道具です」リーは続ける。「お二人の役に立つんじゃないかと思います」


 そう言って、二対一組の指輪を差し出してきた。周囲に幾何学模様の彫られた同心円があり、それを中心にリング状になっている。


「お気をつけて」


 そうして送り出されたのだった。


 古谷はその指輪を頭上に翳してみる。真ん中にはめ込まれている白色の球体が、木漏れ日を反射して眩しく輝いていた。


「魔道具っていろいろあるんだなぁ」と、素朴な感想を口にする。


「そりゃあ一口に魔道具って言っても」前を歩くエトは、手元に広げた地図に目を落としたまま言う。「用途は様々だから」


「確か、魔法を使う手助けをするのが役割だよな?」以前に彼女がそんなようなことを言っていたのを思い出す。「エトは使わないのか?」


「うるさいなぁ」と、顔を膨れさせる。「私のはそういうんじゃないんだよ」


「というと?」


 無神経なその態度に、エトはムキになって講釈を始めた。「魔法が使えない原因は主に二つで、うまく魔力を体内で生成できないか、制御できないかなの。で、後者なんかは深刻な問題になっていたんだよ」


「そうなのか?」


「魔法の誤射だったり、暴発だったり。特に魔法を習得する過程段階の未熟児を中心に、そういった事故が年々後を絶たなかったんだよ」


「そこで魔道具の登場か」


「そ。とある町では魔力の集約や指向性などを意識しやすいよう木の枝を使用してて、そこからの着想で、より効率的に魔力を送りやすいように作ったのが原初なの」


 一番オーソドックスな魔道具、杖の誕生だ。


「もう一つの方は? 放置?」


「んなわけないでしょ。魔道具の開発競争の過程で、杖自体が周囲の魔力を吸収して威力を上げるというものが作られて、そこから発展する形で解決したの。体内で生成できない分は魔道具に補ってもらおうってこと」


「それも杖なのか?」


「いや、初めはマントや帽子なんかの装着できるものだったよ」


「マントはともかく、帽子はあんまり見たことないが」


「今では小型化して、アクセサリーが主流になっているからね」


「なるほどねぇ」


 要するにエトのそれは心因性なので、魔道具でもどうにもならないということらしい。心の問題が魔法で解決できないのは道理だろう。もしそんなことが可能なら中毒になること請け合いだ。


 それに一応、彼女は克服しつつある。一度、ラムーベの町で使ったものを浮かせる魔法は、あれ以降も使えてはいた。しかしあの時ほどの出力はなく、小石を数ミリ浮かせるだけで精一杯であるのだが。


「なるほど、じゃないよ」エトはぷりぷりとした態度で言う。「なんでフルヤってそういうこと何も知らないの?」


「そんなこと言われてもなぁ」


「本当にどこから来たのさ、フルヤって」


 古谷は苦笑いを浮かべるしかなかった。それから話題を逸らすように言う。


「そういや、これはそのどっちでもないよな」と、指輪をはめてみた。ぴったりとフィットする。


 一方で、エトの指は小さすぎるために入れてもスカスカだった。今はとりあえず紐を通して首から下げており、どこかの町で加工できそうな店があった時に合わせてもらうことにしたようだ。


「そうだね。今では需要に合わせていろいろなもの作られてるから。でも、私もこれは見たことないな」


「そうなのか?」


「多分だけど、エルフは魔法に長けた種族だから独自の魔道具とかがあるのかもね」


「ほほう」と古谷。


 その傍らで思う。


(あるいは特注品か。……本当にもらってよかったんだろうか)


 だが、あの雰囲気の中で突き返すのはさすがに難しい。せめて思いを汲んで有効活用しようと心に決める。


 そこで、もう一つのもらい物のことも思い出した。


「そういや、その地図」と、古谷は言う。「どこから出てきたものなんだ?」


「そりゃエルフの里でしょ」


「じゃなくてだな。……わかってるんだろ?」


「まぁね」と、エト。得意げに手元の地図を弾いて見せる。「これは大昔に作られたものだよ」


「大昔?」


「エルフの里の長老さんが言っていたでしょ。五百年前まではどの種族も共存していたって」


「あー」と、そこで合点がいく。「その時に作られたものか」


「おそらくね。エルフは長命な種族だから、当時のものを連綿と受け継いできたんだと思うよ。地形に多少の変化があるのも、経年で変わったりとかだろうね」


 それがアイフの手元にあり続けたということだ。翻せばそれは、現在の世界の状況を紐解く手掛かりにもなりそうなものでもあるわけで。


(何というか)古谷は思う。(秘匿するとかなんとか言っておきながら、長老もやること雑だよなぁ)


 とまで考えたが、エトでもあるまいし、そう誰でも真相に辿り着けるわけでもない。


 そんなことを話しながらザクザクと草を踏み進んでいくと、やがて出口が見えてくる。二人は俄かに足早になってそこへ向かった。


 そうして見えてきたのは目的地でもある渓谷だった。緑地のない、灰色の切り立った崖が数十メートル先に見下ろせる。


「よっしゃ」一歩前進できたことに歓喜し、早速向かおうと森から抜け出ようとした古谷だったが。


「ちょっと待って」と、エトに引き留められる。


「どうした?」


 尋ねるも、彼女は何かを探るようにキョロキョロと視線を彷徨わせていた。しかも見ているところが上方。およそ空へと向いている。


「どこ見てんだよ」古谷は言う。


 彼女は隙のない視線を飛ばしながら言った。「なんか、思っていたのと違うかも」


「どゆこと?」


「あれから考えてみたんだけどさ」


「どれから?」


「ルバンタの町を出る時から」と語気強めに言い、さらに続ける。「もしさ、種族間の交流を断つために魔獣を配置したのならさ」


「もしじゃないが」


「わかったわかった」エトは一蹴する。「空を飛べる鳥人族にはさ、それ用の魔獣がいてもおかしくないんじゃないかなって」


「つまり、空を飛ぶ魔獣がいると?」


「うん。でなきゃ、その意味がない気がして」


「……確かに」と、古谷。「じゃあ、今この瞬間も鳥人族が飛んでいないか見張ってるってことか?」


「かもしれないし」


「しれないし?」


「私さ、ここに来るまでずっと上空に気を配っていたんだけど、一匹も飛んでるところを見なかったよ」


「偶々じゃないか?」


「そういうこともあるのかなぁ? いくら神様が作り出したものと言っても有機体である以上、食料確保のためとかに偶には飛んでいてもおかしくなさそうなものだけど」


「それを言い出したら、あの巨体をどうやって維持しているのかも謎だが」


 質量分だけの食糧を得ようとしたら、あっという間に森の生態系は破壊されそうだ。しかもそれが複数匹いる。


 辿り着く答えは自然と共食いということになるが、となると魔獣の死骸を見かけないことが不思議だった。あの野蛮な獣が、残さず食べる勿体ない精神を持ち合わせているとは思い難い。それに少なからず骨は残るはずだ。


「というか、エルフの長老が生き物じゃないとか言ってなかったか?」古谷は思い出す。


「それって言葉の通りなのかな?」エトは首を傾げた。「……まぁそれは今はいっか。ともかく、なるべく身を隠しながら進もう。空飛ぶ魔獣なんて、相手にできないでしょ?」


「まぁ、そうだな」


 マーフォークの純血種での手痛い敗北はまだ記憶に新しい。慣れないフィールドでの戦闘はなるべく避けた方がいいだろう。


 そんなわけで遠回りをすることにした。ここから見るに、渓谷にほど近い場所へは森をさらに奥へと進むことになる。どっち道、身を晒すことにはなるのだがなるべくならその時間を短くしようということだ。


 そうして、森の中での歩行を再開する二人。


「そう言えば謎といえば」エトが不意に口を開く。「フルヤもだよね」


「え?」まさかまた出身地がどこだとか、そんな話が蒸し返されるのかと思った。


「他種族に変身できる魔法なんて見たことないよ」が、違うようだ。「っていうか、魔法なの? それ」


「いや、知らん」


「自分のことでしょうに」


「え? あるのか、そういう感じの魔法」


「あるにはあるよ」と、エト。「ただ姿を真似るだけだったり、どちらかというと擬態に近いかな。変身して、しかもその能力まで扱えるなんて聞いたことないよ」


「そういや、さっきの魔道具の話聞いてて思ったが、光線打つときもなんか力を腕に集中させてる感覚だったなって」


「じゃあ、あの光線も魔法なのかな?」


「さぁ、考えたこともない」


「……なんか、フルヤって自分のことになると途端に呑気というか、楽天的というか」


「そんなことないと思うが」


「よく言うよ。もう少し自分のこと気にかけたら?」


 古谷はこれを得意の苦笑いで受け流した。「ちなみに光を操る魔法とかはあるのか?」


「一応ね。だけど、手元で灯すだけであんなふうに飛ばすなんてできないはずだよ。ましてや殺傷力なんかないって」


「でも、あるにはあるんだな」


「まぁ、そりゃあね。ほとんど使われないけど」


「なんでまた」


「効率が悪いから。光を灯すには魔力を供給し続けなきゃだけど、火は一回燃焼材に着ければ事足りるし」


「言われてみれば、確かに」


 その傍らで古谷は思う。


(考えてみりゃ、俺はゴーレムのこと何も知らないな)


 神が人間を守るために生み出したというのは聞いたが、それ以外についてはさっぱりだ。まともに会ったのも遺跡にいた一体だけで、それももう倒してしまってこの世にいない。


(いや、そういやこの前の)と、ゴーストとの戦いの最中で助けてくれた翼の巨人を思い出す。(今思い返せば、ゴーレムだったか?)


 暗くてはっきりとはわからなかったが、見た目こそ違えど表皮が岩石でできているようにも見受けられた。


(また会う機会はあるのだろうか)


 と、思っていたところで。


「そこの方! お助けを!」声が聞こえる。


 どこから聞こえたものなのか。二人はわからず、その場に立ち止まって辺りを見渡した。


 が、一向にその主が見つからない。次第に気味悪く感じ始めたところで。


「上! 上です!」と、またも声。


 二人はその言葉に従って、頭上へと視線を向けた。するとそこには枝葉にぶら下がるようにしている人影がある。


 だが、ただの人型ではない。人の形こそしているものの全身は羽毛に包まれており、鋭い嘴を持ち、助けを求めて必死にもがく手指は四本で、かぎ爪がある。


 背に生える大きな翼が、枝や蔦に絡まって動きが取れなくなってしまっているようだった。


「昨日からずっとなんです! 限界です! お助けください!」


 そう懇願してくる鳥人間。猛禽類を思わせるその瞳には涙が溜まっていた。ついでに鼻水も垂らしている。


 これが鳥人族とのファーストコンタクトだった。

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