表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第二章:第六話 天使と悪魔の間に…
23/43

6-3

 アイフはゴーレムの正体を知ってか知らずか、戦いに協力を始めた。


 引き離した二体の魔獣は、道半ばで軌道を晒した同一体に何があったのかわかっていない様子で、わけもわからず古谷へと向かっていく。


 ほとんど同時で攻撃を仕掛けられそうな形で、古谷はどう対処したらいいものか決めあぐねていると、それを見かねたアイフが魔法陣を展開して水を飛ばす。それは一体の魔獣の足元にかかり、地面をぬかるませた。


 転ぶには至らなかったが微かに足を滑らした様子で、おかげで二体のタイミングはズレ、古谷は順番に対処することができた。迫りつつある方を全身で受け止めると、遅れてやってきた方へ投げつけるようにする。二体の魔獣は一絡げになって倒れた。


 その間にも目に矢の刺さった方の魔獣は起き上がっている。その瞳から羽根は見えないが、抜くなどという器用なことができる生物でもないので、ただ中ほどで折っただけだろう。その眼球の中には矢じりが残っていると思われた。


 そのせいでか、眇めるように片目だけを半ば閉じかけている魔獣は、やはり自分の身に何があったのかわかっていないようで安直に目の前に古谷へと怒りを燃やした。一層凶暴さを増しており、荒々しい様子で襲い掛かる。


 古谷はそんな魔獣の噛みつこうと開けた口に向かって、あえて拳を叩きこんだ。


 喉奥まで岩の塊が入り込んだことにより目を丸くした魔獣は、腕を引き抜くとたちまち唾液を滴らせて、えずくようにした。そうして背を丸めたところを、横合いから蹴り飛ばす。


 それから古谷は未だにもつれ合っている二対の魔獣に対して、光線を放つ。迫りくる光の帯に一層慌てたせいで却って避けること叶わず、諸共塵となる。


 次いで残る一体を仕留めようとしたが、逃げたのか、既にその姿はなくなっていた。


 いつまた胸の結晶体が点滅するとも限らない。深追いはやめて、古谷は変身を解くことにした。それから樹上へと目を向ける。


 アイフは驚くでもなく、淡々とした様子で見下ろしてきていた。が、やがて諦めたように溜め息を吐くと、飛び降りてくる。


           *


 かくしてエトとも合流し、アイフとの再会を祝す。


「お久しぶりです、アイフさん」


「ああ」


「さっきは助かった」古谷は礼を言う。


 アイフの返答は先ほどと変わらない、浮かないものだ。「ああ」


「こんなところで何を?」エトは気にせず続ける。


「いや……」と曖昧に答え、さらにその調子を崩さず言う。「お前たちは……」


「俺たちは今、他種族の地域を巡って旅をしてるんだ」古谷が説明する。「純血種の危機を知らせて、生まれないようにするために」


「そういうことでは……」と言いかけて、「いや、そうか……」と締める。


 なんだからしくない様子だ。二人の知る彼は気真面目で、はっきりと物を言う。ここまで曖昧に言葉を続けるのは、偽物の線まで疑ってしまいそうだ。


 古谷とエトは訝しげな視線を交わし合っていると、アイフはそっぽを向くように踵を返す。


「じゃあ、俺はここで」


「え、あ、ちょっと待てよ」古谷は引き留める。「どこに行くんだよ」


「別にどこでもいいだろ」


「なんでまだすげない態度を取るんだよ? 別に人間のこと嫌ってるわけじゃないんだろ?」


 そう言うと、アイフは複雑そうな表情で振り返ってきた。怒りと悲しみと、それから一匙の諦めがブレンドされている。


 彼は以前、二人に厳しい態度を取っていたが、それは部隊を率いるという立場上という意味合いが大きかった。里を守るものとして厳格な態度を取らなければ、示しがつかないという考えかららしい。


 しかし里がない今、彼にそうする義理はない。


「あ、いや」自らの言葉が悲壮の呼び水になってしまったのかと思い、古谷は慌てて言い添える。「そんなつもりじゃなかったんだが」


 するとアイフは表情をやわらげて、首を振る。「お前の言う通りだよ。もうその必要はないんだ」


「悪い……」


「謝ることはないさ」と、諦念とも自嘲ともつかない調子で言う。「お前はむしろ俺たちを助けてくれたんだ」


 それから自らの腕を持ち上げたかと思うと、その掌へ視線を落とす。今でも覚えている何かの感触を確かめるように、握っては開いたりを繰り返した。


「俺は、逃げたんだ」


「アイフ……」


「今はこの森に身を潜めている。行く当てがなくてな。隠居みたいなものだ」


「危険じゃ、ないんですか?」エトが問う。


 するとアイフはこう返した。「どこなら安全なんだ?」


 エトは黙した。反論の余地がないというほどでもないが、どこか投げやりとも取れるその言い方がそうさせた。


「よかったら、寄っていくか」アイフは自責の念を感じたのか、そう提案してくる。「食い物とか、少しは恵んでやれる」


「いいのか? お前だって大変だろうに」古谷は言う。


「お前はいつもそうだな」アイフは責め立てるでもない、淡々とした口調で告げる。「自分のことよりも他人を優先する」


 それは返答を期待したものではなく、独白染みていた。さながら自分の惨めさに対する裏返しのようなもののように感じられる。


 結局、古谷も言葉を失うこととなり、それを肯定と受け取ったアイフは「ついてこい」と二人を先導し始めた。


            *


 森を歩くこと数十分。ほどなくして一軒の小屋に辿り着く。外観は随分と古びているようだが、基礎自体はしっかりとしていそうだ。


「誰が何のために作ったかわからないが」アイフは説明してくれた。「元々あった小屋を修繕して使ってるんだ」


 彼の言う通り、ところどころに新品の木片が張られていたりする。新旧入り混じるつぎはぎだらけの小屋だが、もちろん素人仕事なので嵐が来たらとても耐えられそうにはない。


 二人は誘われるようにして小屋へと入る。エトは元々住んでいた小屋がこんなものだったせいか、むしろ落ち着いた様子を見せた。


 が、彼女の家よりは些か広い。机に椅子が四脚。そしてベッドのサイズはダブルくらい。


 微かに使用感の見られたそれは、エトでなくても一人暮らしでないことを悟らせる。だがそのことをとても指摘する気にはなれず、二人は並んで腰かけた。


 席を外していたアイフが、いくつかの果実と、それから一枚の大きな紙を手に戻ってきた。


 それが何かを尋ねるよりも前に、彼は机の上いっぱいに広げて見せてくる。それからこう問いかけてくる。


「どこへ行きたいんだ」


 それは地図だった。羊毛紙に丁寧に地形が描かれている。が、通常見かける地図とは随分と様相が違う。この世界において、どの種族も蟻の巣状に生息域を広げているので、未知の部分が省略されているか、黒く塗りつぶされているのが主だ。潔く「わからない」と書かれているものさえある。当然、それによる座標のズレというものが生じている。


 各種族の地域から地図を集めて突き合わせたりすると完全なものになったりするのだが、それはともかくとして、目の前で広げられている地図は今あげた例のどれとも違った。紙一杯、綿密に書き込まれている。


「これは?」珍しくエトが疑問符を浮かべる。


「世界地図だろ」古谷はここぞとばかりに言って見せた。


 往々にして、彼女よりも先んじてわかることが少ないばかりにどこか得意げだ。


「ええ!」するとエトは盛大に驚いて見せる。「本当なんですか?」と、アイフに確認にさえとる始末。


 何をそんなに驚いているのかと訝った古谷だが、よくよく考えてみればおかしなものだと気づく。魔獣により行き来がままならないこの世界で、呑気に測量などというわけにもいかないだろう。


 では、これはいったい何か。自らの早とちりを恥じる傍らで、アイフの答えを待つと間もなく彼は言った。


「その通りだ」


「ええ!」古谷が言う。


「なんでフルヤが驚いているの?」と、エト。


「え、いや、本当だとは思わなくて」


「ああ、そう」半ば呆れたように言い、それから彼女はアイフへと視線を向ける。「どこでこれを?」


「代々、里に伝わっていたものだ。出自は知らん」


「本物なんですか?」


「ある程度は」と、アイフ。「ここまで来るのに利用したが、多少の誤差はあれど概ね適合していた。使える代物だ」


「なるほど」エトは思案するように顎を撫でる。


 あるいは何か感付いたのかもしれない。古谷はそう思ったが、今はさほど重要なことではないので後で暇があれば尋ねることにしようと心を決めた。


 それよりも今は。


「俺たちは鳥人族の集落に行きたいんだ。おそらくこの辺りにいるんじゃないかと思ったんだが」


「どうしてそう思ったかはさておき」と、前置きするアイフ。「当たり、だろうな」


「やっぱりな」と、得意げな古谷。


 しかし最初にそう言いだしたのはエトだ。さながら手柄を横取りした形となるが、肝心の彼女は特に気にしていなかった。


 話は続く。


「一度ならず、空を飛んでいるところを目撃した」アイフは地図の一点に指を落とす。「俺たちが今いるのがこの辺り」


 それから、つと指を滑らせていく。


「多分、この渓谷の辺りだろう。何度かそっちの方向に飛んでいくのを見た」


 猛禽類などは谷に営巣することもある。古谷もこれには納得だった。


 一人頷いていると、アイフは不意に言う。


「やる」と、短い一言。


 その言葉と共に差し出されたのは、他でもない机上に広げられた地図だ。滑らせるようにして押し出してくる。


「え、いや、ですが」エトは躊躇いを見せた。「大事なものなのでは」


「何が大事なもんか」アイフは吐き捨てるように言う。「俺は最近までこれが何か知らなかったんだ。こうして里を出るまでずっとただの落書きとしか思ってなかった」


「でも、今や、その……」


「里にあった遺産の一つだってか?」と、彼女の言い淀んだ部分を補足した。「関係ないさ。こんな紙切れ一つで俺の故郷は語れない。それにお前たちの方が遥かに必要としてる。だろ?」


 どこか自暴自棄とも取れる言葉の連続だ。素直に受け取ることをためらわせる。


「すまない。そういうつもりじゃなかったんだ、本当に」そんな心情を察してか、アイフは言う。「受け取ってくれ。前に命を助けてくれたことへの礼だ」


 まだエルフの里が壊滅してからそう月日は経っていない。気持ちに整理がついていないとしても何らおかしなところはなかった。


「わかったよ」古谷は、彼の思いを汲むことにした。「有難く使わせてもらう」


「ああ。役立ててくれ」


 と、そんな時だった。小屋の扉が不意に開かれる。


 誰だろうと視線を向けてみると、そこには女性のエルフが一人いる。果実やら野草などがいっぱいに入っている籠を両手で持つようにしており、「よいしょ」と声を上げて入室すると、古谷たちの存在を認めて言った。


「あれ? アイフのお友達?」エトの正体がわかっていないわけではないだろうに、遠慮なく歩み寄ってくる。「初めまして。私、リーといいます」


 二人は躊躇いがちに名乗り返す。決して、彼女の分け隔てない態度に驚いたわけではない。


 古谷たちの心情を知ってか知らずか、リーは言う。


「今はアイフの妻です」と、穏やかに微笑む。


 そんな彼女の腹部は、細身な体に対して不自然に膨らんでいた。


 古谷たちはそっとアイフへと視線を投げかけると、彼は気まずそうに視線を逸らしていた。それが、これまで彼の歯切れさせていた正体であることを自白していた。


 彼の妻を自称する彼女は妊娠しているのだった。


 果たして、その身に宿すのは赤ん坊(天使)か、純血種(悪魔)か。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ