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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第二章:第五話 海からのSOS
19/20

5-3

「自己紹介遅れたね」マーマイトの彼は言う。「僕の名前はニーア。よろしく」


 古谷とエトはそれぞれ名前を名乗り、それから話し出す。


「聞いてほしいことがあります」エトが切り出す。「実は今、世界は――」


「ああいい、ああいい」ニーアは彼女の話を途中で遮った。「大方のことは聞いたよ。僕らが危ないって話でしょ」


「え、ええまぁ、だいたいそうですが、正確には――」


「純血種とか言ったっけ?」またも遮られた。あろうことか「いいんじゃない」とまで言い出す始末。


「いい?」エトが思わず問い返す。「すいません、それはどういう意味ですか?」


「そのままの意味さ。僕は大歓迎」


「いや、しかし、いざ目覚めるとこの町の方々は――」


「昔から嫌だったんだよねぇ」やはり最後まで言わせてもらえない。「正直さ、今のやり方はどうかと思っていたんだよ。いくら卵がもったいないからって言ったって、それで他種族から精子貰うか? 普通? やってることが売女とおんなじだよ」


「ええっと、種族の方針に関して我々は意見するところはなくてですね。ただ――」


「この前なんか滅多に来ない鳥人族がやってきたよ。あれもきっと騙された口だな」ニーアは古谷を指差す。「君もそう。違う?」


 急に矢面に立たされた彼は戸惑う。「え、あ、いえ」


 そして、それが事実であることも要因の一つだった。


「あはは」ニーアは嘲るように笑う。「隠さなくたっていいよ。こっちは逐一報告貰っているんだから、行動は筒抜けだ」


「そ、そうですか」


「実際、そういう馬鹿な輩が多いよ。ちょっと考えればわかりそうなもんなのに性欲に頭が支配されてろくにものも考えられない。しかも女に相手にされないような劣等種ばかり。そんな奴の遺伝子貰っても、ねぇ?」


「……」古谷は何も言えなかった。


 エトもまた、その考えを否定しきれない心情だったので沈黙を選択。


 ニーアは独壇場とばかりに続けた。「正直さ、そんな奴の遺伝子いっそのこと死に絶えた方がいいんじゃないかと思うよ。どうせ残すなら優勢遺伝子がいいに決まっている。でも、ここの女どもはそんな贅沢言ってはいられないから、手あたり次第に子孫を残そうとする。その結果、この町には馬鹿な連中が増え続けた。全く嘆かわしいよ」


 だから僕はさ、と彼は言う。


「混血種なんて存在はいなくなった方が世界のためなんじゃないかと思うんだよね。だってそれがあるべき形なんだしさ。僕、何か間違ってるかな?」


「あなたも生き残れませんよ」エトが言う。


「そう思う?」ニーアはしたり顔。


「何か、対策があるんですか?」


「まさか」と、ニーア。「所詮は運次第さ。ま、お互い生き残れるといいね。世界が浄化されるその日まで」


「俺からも一ついいか?」古谷が口を開く。


「どうぞ。まんまと色香に惑わされた劣等種さん」


 安い挑発をぐっと堪えて、彼は続ける。「ここ最近で、あんたの子供が生まれているんじゃないか? どこにいる?」


「ふぅん」と、一転してつまらなそうな顔。「どうしてそう思うの?」


「いや、それは……」と、口籠る古谷。


 それがゴーレムとしての超感覚に由来するものだと告げるのは憚られた。


 ずっとこの神殿に足を踏み入れた時から感じていた。不安ともつかない胸のざわめきが、今や純血種の存在を知らせるセンサーであることを彼は知っている。反応を示すということは近くにいるのだろう。だけれど、それ以上のことはわからない。


(くそっ)古谷は内心で毒づく。(どうせならもっと感度の高いものにしてくれよ)


 それならば最悪、居場所めがけて特攻することも視野に入れられる。


 だけど現状、その超感覚は彼から食欲と睡眠時間を削ぐ以外の役には立っていなかった。


「もしかして」古谷は強引に言いきる。「匿っているのか?」


「おいおい、随分と人聞きの悪い。もし本当に僕の子供なら、一緒に生活して何がおかしい?」


「じゃあ、生まれたんだな?」


「言葉の綾だよ、決めつけも甚だしいな」ニーアは面倒臭そうに手を振る。「馬鹿な奴と話すのはこれだから嫌なんだ。実に不快だ、帰ってくれ」


 すると、どこからともなく武装したマーメイドが現れる。古谷を両脇に抱え込むと、そのまま引っ張っていった。


「え、あ、ちょ」抵抗の余地もない。


 エトも慌ててついて行こうとし、一言の言い残すために振り返る。


「正常性バイアスと言うのをご存じですか?」


 ニーアは顔を顰める。答えはそれだけで十分だ。


「失礼します」一礼して、去っていった。


          *


「ぐえ」地面に投げ出されるようにされた古谷は、情けない声を上げた。


 浮力があるのでそれほど威力はなかったが、運悪く岩礁の角に背中をぶつけた。


 そんな彼の姿を見届けることなく去っていく兵士たちを見送ってから、セラが近寄ってきた。


「あらら、大丈夫ですか?」と、言う。


「ああ、まぁ」古谷は背中を摩りながら言った。


「話し合いは……」と、セラは遅れてやってきたエトを見た。その顔が芳しくないのを見て取って察する。「うまくいかなかったようですね」


「何ですか、あの人?」と、エトは完全にご立腹の様子。


 セラは苦笑を浮かべた。「まぁ、マーフォークの世界では、マーマイトは生まれながらにして王子様みたいなものなので、わがまま放題と言いますか」


「うまくいかないこと、わかっていたんですね」


「絶対とは思いませんでした」セラは気まずそうに弁明する。「ただ、難航するだろうなとは」


 エトはため息を一つ。


「時間を掛けるしかないんだろうけど」と、古谷へと目をやる。「多分、ないんだよね」


「え? ああ、まぁ」


 あれだけ脈絡を無視した質問をしたのだから、その真意を察するのはそう難しい話ではないだろう。


「だが実際、どのくらい猶予があるかまではちょっと」と、言い訳染みた様子の古谷。


 エトは、セラへと視線の向きを変えた。「ここ最近の出生記録ってどこかで見れますか?」


「え? うーん、そういった管理はしていなくて……」と、言いかけて気づく。「あ、でも卵の管理はしています。孵化したら速やかに場所を開けるので、入れ替えの合った日付は記録されているはずです」


「それって、もしかして」エトは嫌な予感を過らせる。


 その予感は的中することとなる。


 三人が次の目的地としてやってきたのは、先ほどのラブホテルもどきだった。正確には戻ってきた、という方が正しいか。


「やっぱり……」と、項垂れるエトだった。


          *


 結果としては、さして収穫はなかった。管理しているのは本当に卵の出入りだけで、誰の卵が孵化したといったような細かい記録はない。しかも日にいくつも出ては入ってくるので、おおよその当たりをつけることすらままならなかった。


 結局、漠然とした締め切りに追われるような形で、ことに当たるしかないということがわかっただけだった。


 とりあえず、今日のところはどうすることもできないので、一泊してまた明日考えるという方針になる。セラに宿屋を手配してもらう。


「一部屋でいいですか?」と、問いかける彼女。


「いえ、別々で」エトはすかさず言い返した。


 それは別に普段からそうなのだが、今日ばかりは言葉に棘を感じないでもない古谷だった。


 夕食時。古谷とエトは、同じ卓を囲んで料理にありつく。他の種族の出入りが多いとのことで対外向けの料理がいくつかある中、比較的無難なものを選んだ。煮魚と海藻のサラダだ。


 どちらも水中ということで浮かんでいかないよう、串に刺さってやってくる。魚はともかく、サラダに関してはこのような形で食べるのは新鮮だった。味もまた然り。


 煮魚はあまり煮過ぎて柔らかくすると、やはり水中という環境故にすぐに型崩れしてしまうからか、ある程度固く煮詰められていた。それでも中までしっかりと味が染みており、食べ応えがある。


 しかし水の中なのに火を使うというのは変な話だ。が、水温を上げるくらいならいくらでもやりようがあるのだろう。故に、煮魚は作れるという具合だ。


 料理に舌鼓を打ちながら、エトは切り出す。


「きっと、同じなんだろうね」


「同じ?」と、古谷。


「人魚さんたちがやっていることだよ。かつて人間がやった生存戦略と同じなんだと思う」


 果たしてそうだろうか。そこまでして積極的に異種交配する必要性があるかと言われれば疑問に感じる。人間以上に弱い種族と言うこともないだろう。そりゃ水の中でしか生きられないが、それがいったい何だというのだ。別に無理して陸上を生きる必要はない。


 かつて地球だって水生生物ばかりだった。陸に進出したのも、海中に生き物が溢れて食糧難に陥り、新天地を求めたからだ。特段、食糧危機に悩まされていないなら陸に上がる必要などない。


 根本的には異なるような気がしないでもない。


「そりゃ種全体として見れば不可解だけど」と、エトは言う。「でも個人単位で見たら自分の遺伝子を後世に残したいという思いもあるわけで、そうしたらやっぱり一つの卵も無駄にはしたくはないんじゃないかな」


「なるほど」


 古谷にそういう発想はなかった。そして思う。


(個人の思い、か……)


 種々繁栄という生物としての大前提は、いわば生まれ持ってのプログラムみたいなもので、個人の思いなど差し挟む余地がないとばかり思っていた。交配するかどうかの意思決定くらいはできるが、子を成すかどうかとはまた別問題で、乱暴な言い方をするならそれは副残物に過ぎない。


 古谷からしてみれば、その程度の認識だった。


 確かにエトのように好意的な見方をすることもできるだろう。


 一方、ニーアの言うことが決して理解できないでもなかった。


(混血種がいない世界)古谷は思う。(それがあるべき形……)


 純血種は、世界が元に戻ろうとする自然の摂理のようなものだという考え方もある意味ではできるのかもしれなかった。


          *


 その夜。自室に戻った古谷は、寝られるかどうかわからないが睡眠を試みることにした。水中での移動は、陸上よりも抵抗が大きく体力が余計に奪われる。寝不足な状態で活動するのは躊躇われた。


 マーフォークが寝床として活用するのは、人一人がすっぽりと入れるくらいの大きな二枚貝だ。こんなものメルヘンな世界でしか見たことがない古谷だったが、彼は既にファンタジー世界の住人だ。


 四六時中、海底谷の亀裂から光が差し込んでいるこの町では、暗くなるということはあり得ない。安眠の障害となる光は物理的に遮断する必要が出てくる。そこで二枚貝の登場だ。中に入り、上の貝殻を閉じるように閉塞する。暗闇の完成、というわけだ。


 中に敷き詰められたマットのようなものに丸くなるようにして横たわる古谷。中は水で満たされており、柔らかく、ひんやりとして気持ちがいい。弾力はあるものの、彼の体の形に沈み込んで受け止めてくれる。半身が密着するような形だ。


 セラが説明してくれた通りに貝殻を閉じようとして、その後に続いた会話も思い起こされた。


「あの、これ、閉じ込められるってことないですよね?」と、問いかける古谷。


 セラは言った。「気を付けてくださいね」


「え」


 もちろん、冗談だろう。お得意のマーメイドジョークだ。


(まさか、ね)古谷はそう自らに言い聞かせる。


 それからもしばらく悩んだ末、結局貝殻は閉じないで寝ることにした。思ったより疲労を感じていたようで、ぐっすりと眠ることができた。


          *


 不躾な来訪者が去った後、ニーアはお付きのマーメイドから離れて一人で私室へと戻ってきた。


 呆れたような溜め息を吐くと、こう言った。


「全く、身の程をわきまえない奴と言うのは困ったもんだよ。自分が世界の中心だと思い込んでいる」


 それから部屋の中で、一人で遊んでいた息子の隣へと腰かけた。


「しかし、あの男。どうしてわかったんだ?」


 息子が産まれたのは今からひと月ほど前だ。マーマイトという希少性から秘密裏にここまで連れてこられて、大きくなるまで半ば隔離状態となる。ごく一部の人間を除いて、人目に触れることはない。


 一人考え込んでいると息子がいつのまにやら遊びの手を止めて、不安そうな面持ちで見上げていた。


「おお、大丈夫だよ。何も心配することはない」


 そう言って頭を撫でる。


 産まれて間もないのにすくすくと育った息子は、今では少年というくらいの年齢に達している。この前なんかは、早くも喋り出した。


(この子は特別なんだ)ニーアはそう思っていた。(もしかしたら、奴らの言う純血種なのかも)


 だとしたらなおさら成長が待ち遠しい。自分の息子がこの世界を正しい形に世直ししてくれるのだ。これほど誇らしいこともないだろう。


「もちろん、その時は父である僕のことは見逃してくれるよね」


 マーマイトは希少種だ。守られるべき存在。そんなことは当然として、それが親子関係ともなれば、より確かなものとなる。


(この子を産んだその時点で、僕は安泰なんだ)


 そう思い、自らの幸運に越に浸る。


 そんな時だ。


「シィオウ、アルエ、アン、イダイオテ」と、息子が言う。


「え? 何だって?」


 聞き返すニーアだったが、息子は既に何事もなかったかのように遊びに戻っていた。そのため、空耳だと思ったのだった。

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