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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第二章:第五話 海からのSOS
17/21

5-1

 古谷たちが人魚の町の話を聞いたのは、ルバンタの町に滞在を始めて一週間が経過した頃だった。


 それは町の飲食店で、昼間から管を巻いているくたびれたおっさんが言っていたことなのでいまいち信憑性に欠けていたわけだが、何の手がかりもない二人にとっては真偽を確かめる余地くらいはあった。


 そのため、早速目的地に向かった。町を離れてしばらく、森の中を彷徨い歩いていると疲労からか、文句も多くなる。その矛先は、自然とこの情報を齎したおっさんへと向けられた。


「本当にこんなところにあるのかよ」古谷は言う。「適当なこと言ってるんじゃないのか、あのおっさん」


「話だともうすぐなんだけどなぁ」と、エト。


 旅に出る以前から森の中に居を構えていた彼女は、大自然の中を歩くのに慣れている。そのため、あまり疲弊している様子はない。


 が、それでも一向に目的地が見えてこないことに焦れているようではあった。


「第一さ」古谷は言う。「町の近くにあるのにどうして一人しか知らないんだよ。考えてみりゃ、おかしな話だ」


 主な原因は口先ばかりのこいつだ。


「なんでだろうねぇ」エトは気のない返事をする。「ただ他種族との生息地域の境には魔獣がいるから。生きて帰ってきたのが一人だけなのかも」


「今のところ、全く現れる気配ないけど」


「みたいだねぇ」


 まるでぶぅたれた子供をいなすような口ぶりのエト。めげずに目的地を探し求めていると、とあるものを見つける。


「なんだろう、これ?」


 それは蔦に覆われていたので小さい木なのかと思ったのだが、考えてみれば不自然だ。エトの胸くらいまでの高さしかなく、鬱蒼と茂る森でこれでは光合成もままならないだろう。


 細い幹にまるで四角形を描くようにして絡まる蔦の様子を見るにつけて、ピンとくるものがあったらしい。


「どうした?」古谷が尋ねる。


「いや、もしかしたらと思って」


 そう言って、エトは絡まる蔦を剥ぐようにして引っ張った。意外としぶとく古谷も加勢する形で一部分を引きちぎると、その正体を知る。


 看板だ。そこにはこう書かれている。


「人形の町はあちら」それから矢印。


「う、胡散くせぇ」古谷がぼやいた。


「あ、あはは」さすがのエトもこれには苦笑い。「意外と友好的なのかもね」


「なわけあるかよ」


 この世界において人間族というのは排他されるべき存在として認知されている。かつて他種族とまぐわった結果、世界中が混血種で溢れかえることとなったからだ。


 これを遺伝子レベルでの侵略と見なして怒りを燃やした神々は、人間族に限らず種族間での交流を断絶。そして特に危険な存在として人間族には他種族に害を成す存在というお触れを、聖典などというご大層な形で残した。


 それを信じるかどうかは個々人に委ねられるわけだが、環境が閉塞的であればあるほどそれは効果的に機能する。


 これから向かおうとしている人魚の町とやらだが、種族としてはマーフォークに属する。この異世界において海に生息する種族はこのマーフォークだけで、自然と閉じられた環境とならざるを得ない。


 説得は聞き入れられないこと請け合いだが、それでも向かっているのはひとえに避けては通れない道だからでしかなかった。


「なんかの罠なんじゃないか?」古谷は言う。


「誰が何のために?」エトは言い返す。「仮にそうだとしても、あれだけ蔦が絡まっていたんだから仕掛けられたのはかなり前だよ。もう機能してないって」


 元より推理力の高い彼女に、推論合戦で言い負かせられる見込みはない。


「言ってみただけだ」と、せめてもの強がりを口にする。


 それっきり二人は口を噤んで、ひたすら歩き続けた。時折、足元の根や草木に足を取られながら進んでいく。幸いにして魔獣に遭遇することなく、森を抜けることができた。


 薄暗い森から一転、明るい陽射しに晒された二人は目を細める。手庇を作り、正常な視界を確保する。


 海岸が見えた。白い砂浜。寄せては返す波。燦然と照り付ける太陽が、波間を白銀に照らしている。


 そんな海岸の手前に、森の中で見たのより一回り大きい看板が建てられていた。


「人魚の町、ルーンテイツへようこそ!」


「だって」エトが言った。「なんか、大々的だね」


「誰に向けての案内なんだよ」古谷は指摘する。


 ともあれ、せっかくここまで来たのでは行ってみることにした。二人は波打ち際まで歩いて行く。


「で、ここからどうしたらいいんだ?」


「さぁ?」エトは首を傾げた。「とりあえず、呼んでみる?」


「呼ぶって?」


 そう言うや否や、彼女は実践した。


「人魚さぁーん!」


 声は水平線の向こう側へと微かな残響を残して消えていく。それだけで何も起こらない。


「誰かいませんかぁー!」エトはめげずに続けた。


「無駄じゃないか?」古谷は言う。


 エトは両手を口元に当てたまま水平線に向かって叫ぶ。「さっきから文句ばかりうるさぁーい!」


「ええ?」


「誰のためにやってると思ってるんだぁー!」


「わ、悪かったって……」


 すると、エトは靴を脱ぎ捨てて海の中に入っていく。手で水を救うようにすると、「おりゃ!」と古谷に向かって勢いよくかける。


「え? 何? 何なの?」


 返事はせず、彼女は次々と水をかけてくる。古谷はこれに応戦することにした。


 彼も靴を脱ぎ、ズボンの裾を捲ると海に入る。水をすくってはかけていく。


「やったなぁ!」


「そっちから始めたんだろうに」


「おりゃおりゃ!」


「食らえ食らえ!」


 二人してお互いをびしょびしょにしていく。次第に楽しくなってきた二人は本来の目的も忘れて、はしゃぐようにして跳ね回り、水をかけあった。


 そんな二人に、控えめな様子で声がかかる。


「あ、あのぉ」


 唐突に聞こえた声に動きを止めた古谷たち。見れば、水面から顔を出す女がいる。


「呼ばれた気がしたんですけどぉ」耳が横長に伸びており、ひれを彷彿とさせる。「もしかしてお邪魔でしたかねぇ?」


 なんだか気恥ずかしくなる二人だった。


          *


 古谷たちの前に姿を現した人魚は、セリッシュという名前らしい。


「気軽にセラと呼んでください」と言った。


 それから来訪の意を告げるよりも早く、町へと案内しようとする。その前に小瓶を飲まされた。


「これは?」古谷が尋ねる。


「水の中でも呼吸ができる魔法薬です。それ一つで一日ほど効力があります。それ以上滞在する予定でしたら申し付けてください」


 説明の後、彼女の先導のもとに海へと潜っていく。セラは上半身こそ人間のそれだが、下半身は魚のような鱗に覆われたどっしりとしたもので末端には尾ひれがついている。赤みがかった髪をたなびかせ、身をしならせながらすいすいと泳いでいた。


 彼女の言う通り、呼吸の心配はなかった。それどころか目も開けていられる。これもおそらく魔法薬の助けなのだろうと思われた。


 実に手厚い歓迎だった。他種族を招き入れることに手慣れた様子。さすがは看板を出すだけのことはある。


(人間に抵抗がないのか?)古谷は疑問を感じた。


 ともあれ、あまりにもあっさりと招待されたので目的を道中で話すというあべこべな現象が起きた。


「あの、私たちが来た理由なんですが」エトが切り出した。会話もなんら支障なくできる。「伝えたいことがありまして」


「伝えたいこと?」セラが問い返す。


「はい。なんと言いますか、忠告のようなものなんですが」


「なるほど?」


「実は世界的に人間の血が薄まりつつあるんです」


「ほうほう?」


「かつて人間族は、他種族とも交配を結ぶ生存戦略を取りました。その結果、混血種族が生まれるようになったんですが、今その血が薄まりつつあるんです」


「それがよくないことなんですか?」


「ええ、その、信じがたい話かとは思うのですが、血が薄まった結果生まれるのが純血種と呼ばれるものでして、それは人間の血を淘汰しようと襲ってくるんです」


「ふむふむ? 要するに混血の私たちも危ないと?」


「話が早くて助かります」


「うーん」セラは指先を顎に当てた。「お話は分かりましたが、私としては何とも判断がつきかねますね」


「……ですよね」と、がっくり来るエト。


「第一、その話はどこから出てきたものなんですか?」


 当然の疑問だった。続きは古谷が引き取る。


「ゴーレムという種族を知っていますか?」


「ゴーレム?」考えるように腕を組む。思い至ったのか、はっと顔を上げた。「全然知りません!」


「あ、そですか」と、古谷。「いや、ともかく。そのゴーレムという種族は純血種から人間を守るためにいる存在で、そういった事情の諸々を知っているんです」


「それで、お話を聞いたと」


「ええ」


 セラは両の人差し指をこめかみに当てて、くるくると回す。「何だか、話が複雑になってきましたね」


 確かに知らない情報ばかりが開示されると処理しきれなくなるものだ。しかもこれでもかなり端折っているのだから、実情はさらに混み合っていると言えるだろう。


「できれば、町の代表と話がしたいんですか」その方が手っ取り早いだろうと、古谷が言う。


「わかりました」セラはこれを気安く請け合った。「到着次第、話を通してみます」


 既に自分の範疇で決められる話ではないという判断からだろう。一見、責任転嫁のようであるが、社会を形成している以上は秩序を守るためにも個人に定められた権限というものがある。


 その線引きをはっきりしているという点において、目の前の彼女は信頼がおけた。


「お願いします」古谷は言った。


 それからもしばらく海中遊泳は続いた。海底には海藻類が揺れ、サンゴやイソギンチャクのような刺胞動物が繁茂し、見知らぬ魚たちが生態系を築いている。古谷たちが泳ぐ姿を目撃すると警戒するように離れ、身を潜めて様子を窺っていた。


「あそこです」


 そういうセラの言葉につられて指先の差された方向に目をやれば、海底谷に形成された町がある。中央に大きな亀裂が走っており、そこから淡い緑の光が幻想的に辺りを照らし出している。


 そこを中心に、両側の高低差のある岩棚のところどころに家屋が建っていた。それは貝殻を模したのか、それともそのまま利用しているのか。不揃いの円形を積み重ねたような形をしており、それが家屋と思ったのはひとえに窓のような穴があいていて、そこから光が漏れていたからだ。


 やがて近づいてきた一行は、着地できそうな場所へと足を落ち着ける。


「お疲れさまでした」セラが労いの言葉をかける。「そしてようこそ。人魚の町、ルーンテイツへ」


「今更だけど」古谷が尋ねる。「本当に俺たちを連れてきてよかったんですか?」


「本当に今更ですね」セラがくすりと笑みを漏らした。「ですが我々マーメイド、いつでも誰でも歓迎しているんです」


 町中では、あれだけ警戒心の強かった魚たちが群れとなって気兼ねなく行き交い、幾人もの人魚が優雅に泳いでいる。セラとは知り合いなのか、すれ違いざまに手を振り合っていた。それからすれ違いざまに古谷たちへと目をやるが、奇異の視線を向けるどころかウインクさえしてくる。他種族を当たり前のことのように受け入れていた。


 看板に偽りなしとは、まさにこのことだろう。

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