表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第一章:第四話 光を繋ぐもの
16/20

4-4

 ラムーベの町の人々からの歓声を背後から受けながら、古谷は思う。


(女神も中々粋なことをするじゃないか)


 ヒーローは遅れてやってくる。男であるならば一度は憧れるシチュエーションだ。彼女にされた数々の非礼は、これで水に流すことにした。


 突如として出現したゴーレムの姿に、驚いた純血種だったがそれも一瞬のことですぐに進行を再開する。それどころか、より一層速度を上げて身を捩らせた。


 対する古谷も構えを取ると、迎え撃つように駆けだす。威嚇するように大口を開けた白蛇と、走りこみながら繰り出した古谷の拳がぶつかり合うのはほとんど同時だった。


 腕を噛みつかれてしまった古谷だったが、これ幸いとそのまま振り回すようにし、地面へと叩きつける。しなる鞭のように叩きつけられた純血種は、その痛みに口から腕を離してしまう。


 続いて、古谷は横たわる大蛇を殴りつける。しかし白蛇はこれを躱す。空振った拳は丘の斜面を抉り、綺麗に生えそろっていた草ごと細かな流砂へと変えて、辺りへと飛び散らせた。


 攻撃を掻い潜った大蛇は、そのまま古谷の股下へと潜るようにすると、片足から這い上がるようにして巻き付いていく。胴へと昇っていき、頭は古谷の頭上を越えて、見下ろす形となる。


 一気に力を込めて締め付けると同時に、純血種は執拗に酸を吐きかけた。


 至近距離で酸を浴びることとなった古谷。避けることができず顔面で受けることとなり、煙を立てることとなる。またも視界を奪われた。


 しかし彼も負けじと引きはがしにかかる。辛うじて拘束を逃れた片腕だけを用いて、大蛇の胴体を掴もうとする。が、指が滑って数枚の鱗を剥がす結果になった。蛇は怯まない。次いで、古谷は剥き出しとなった皮膚に指を突き立てた。


 これにはさしもの白蛇も悶えたが、その悲鳴を噛み殺すように古谷の肩へと噛みつく。これにより頭の位置が感覚でわかるようになり、彼はちょうどその首を絞めるようにして握った。


 アルビノの蛇は一層強く歯を食いこませると共に、締め付ける力を強める。古谷も古谷で、握りつぶさんばかりの握力を加えながら引きはがそうと外側に向かって引っ張る。


 お互いが歯を食いしばり、苦しみながら、必死に戦っている。明確な殺意だけのやり取りを繰り広げていた。


 しばらくは拮抗していた力関係だが、やはり気道を塞がれるのは辛いらしく、最初に音を上げたのは純血種だった。ついに力が弱まっていき、歯が外れ、巻き付いていた体がしゅるしゅると解けていく。


 古谷はその首を掴んだまま宙ぶらりんとさせて、くびり殺すように自由になったもう一方の腕を添えようとする。が、その前に大蛇がなけなしの気力を振り絞るようにして口を大きく開けると、前面に魔法陣が展開された。


 古谷が反応するよりも早く、そこから水が放たれる。


 大量の酸を浴びた個所が、再び熱を帯びた。古谷は声ならぬ悲鳴を上げなら苦悶する。咄嗟に痛む個所を抑えたばかりに、せっかく取り押さえていた大蛇を解放してしまう。


「イ、ワイララ、スハオワ、シィオウ、ムシィ、テルウエ、パオワエル」


 純血種はそう言うと、自らの頭上に魔法陣を展開させる。さながら天使の輪のようなそれに引き上げられるようにして、宙に浮いた。


(なっ!)


 古谷はぼやける視界の中で辛うじてそれだけを知る。


 白い大蛇が身をくねらせながら飛んでくるその様は、さながら東洋竜のようにも見えた。一向に速度を緩めることはなく、そのまますれ違おうというところになって尾を首に巻き付けてきた。


 それでも勢いは衰えるところを知らず、古谷を引き摺って行く。背中で地面を削りながら、後ろ向きに引っ張られることとなった。


 首元の拘束を解こうとがむしゃらに身を捩らせるも、速度が速すぎるばかりに思うようにはいかない。


 そこで古谷は考えを変えた。両腕を大きく振り上げて、地面へと下ろす。その際、指先を鎌状にすることで地面へと深く突き立てることを意識した。踵もなるべく接地するようにし、胴体含めて今手に入れられるだけの最大限の摩擦抵抗を生み出す。


 それでも尚、しばらく勢いは止まらなかったが、地面を削り、古谷の背中側に大量の土砂が膨れ上がっていくにつれて次第に緩やかになり、ついにラムーベの町に入ろうかという辺りで失速した。


 これ以上の重量のものは運べないとばかりに、アルビノの蛇は尾を解いて、自らの身だけを天空へと舞い上がらせる。


 古谷は逃がすまいとこれをすぐさま追いかけようとしたが、その必要など端からなく、白蛇は大空で弧を描くようにすると戻ってきた。町を貫く中心の道を、その風圧で両脇に立ち並ぶ家屋の瓦を吹き飛ばしながら、飛んでくる。


 古谷は迎え撃つようにして、両手を組み合わせて高々と持ち上げた。タイミングよく振り下ろして叩き落とす算段だったのだが、僅かにズレて思ったほどの効果は上がらなかった。


 というのも、アルビノの蛇は喉元に噛みついてきたのだ。懐に入られ過ぎたばかりに、攻撃こそ当たったものの期待していた威力を出すことは叶わなかったのだった。


 問題はそれだけに留まらなかった。純血種は古谷の喉元に食らいついたまま、速度を緩めることなく上昇していったのだった。岩石の集積であるその巨体ごと、天へと昇っていく。


 その目論見は明らかだった。高高度から落とすつもりだ。


 これまでの戦いですっかりボロボロとなっているゴーレムの体は、いくら頑丈と言えどこの墜落には耐えられそうにない。遺跡のゴーレムに腕を焼き切られたように、限度というものがある。


 しかも危機的状況をより確かなものにするかのように、胸の結晶体が点滅を始めたのだった。


(くそ、ここでか)古谷は内心で毒づく。


 持続時間が終了すると同時に強制解除されて、生身の体が曝け出される。言うまでもなく、その状態で墜落をしたら無事に生き残れるわけがない。


 そうなる前に何とか振り解こうと、無我夢中で殴りつけた。しかし歯を深く食い込ませた白蛇は、一層強く食いしばり、必死に攻撃に耐えている。


 古谷はもっと直接的な行動に出ることにした。つまり噛みついている上顎と下顎との間に両手を滑り込ませて、無理矢理こじ開けようとしたのだった。


 それでもびくともしない。そうしている間にも上昇は続いていき、ついに雲の上へと出てしまった。


 ここまで来たらもう手遅れだ。古谷は一転して落ちないように努める。しかしそうするよりも前にアルビノの大蛇は、あれほどまでに頑なに開こうとしなかった口を、あっさりと開けたのだった。


 あえなく宙に放り出せることとなった古谷。すぐさま手を伸ばして手掛かりを求めたが、対する純血種は口から酸を吐いた。それはでたらめな方向な軌道を描いていたのだが、すっかり痛みを覚えた古谷の体は反射的に強張らせる。結果、大蛇の体には僅かに届かず、手は空を切った。


 何も支えるものがない彼の体は、物理法則に従って落下運動に移る。その質量に比例してみるみると加速度を上げていった。


 今や結晶体の点滅は速まっている。変身が解けるのも時間の問題だ。


(まだだ!)が、今の古谷にとって重要なことは別にあった。(何としてでも、奴だけはここで!)


 このまま純血種を放置すれば、エトをはじめとしたラムーベの町の住人は一人残らず殺されるだろう。それだけは何としてでも食い止めなければならない。


 例え、この命に代えたとしても。


 今の彼にできる最大限のことを思い出す。遺跡のゴーレムがとった行動。


(確か、こう!)


 片腕を垂直に、もう片方の腕を水平に。それらを十字に組み合わせる。


 それから周囲の魔力を吸収しだした。体へと取り込んでいき、全身が俄かに青白く輝きだす。


 それらを指先へと送り込むよう意識して、そして、照射した。


 まっすぐと飛んでくる光線を一時はまんまと浴びてしまう大蛇だったが、すぐにその射程圏外に逃れようとする。しかし古谷は逃がすまいと、腕を動かして執拗に狙いを定め続けた。


 そうして長時間、光線に当てられ続けた純血種の体内では大量のガスを生成し始めた。やがて充満し、許容量を超えて膨張していく。張り詰めたようになる皮膚を、光線が切り裂いた。


 ガスが漏れ出てきた瞬間、光線の熱で引火。そのまま体内に残るガスにまで誘引して、たちまちガス爆発を引き起こした。


 大蛇の体は、空中で爆散した。


 それを見届けた古谷は一息ついた。


(やった)


 しめやかに喜びを噛みしめて、体の力を抜く。そのまま流れに身を任せることにした。


 どの道、今の彼にどうすることもできない。ただ落ちるがままだ。


 背中に風を感じながら彼は視線を動かした。遥か彼方の地平線。伸びている道の、その行き先を照らすように太陽が輝いている。まだぼやけている視界の中で、彼はそれを眩しそうに見つめた。


(綺麗な世界だ)感慨深く、そう思った。


 やがて変身持続時間が終了した。岩石の体は接合を失い、ボロボロと崩れていく。細かい小石は空中に取り残されるように浮いていき、大きい岩はその重力に従って落ちていく。


 古谷の体はその間に挟まれる形で、大気に生身を晒した。これまで以上に強い風を背中に受けながら、彼はそっと目を閉じた。


(命を諦めないなんて豪語しておきながら、この様か)と、自嘲する。(まぁでも、これも俺らしいか)


 何をやっても中途半端な彼にとってはお似合いの結末かもしれない。それでも尊い命を救えたのだ。それも一つどころではない。それだけで十分だろう。


 その達成感が、再び手にした生でさえも未練なく手放せるきっかけとなる。


(最後の最後に、生きている意味があったのがわかってよかった)


 地上へと近づいていく。


          *


 そんな彼に向かって走る一人の少女の姿がある。ショートカットの青髪を振り乱し、一心不乱に丘を駆け抜けていた。


 純血種との戦いを観戦に徹していた町民たちだったが、その中でゴーレムの真の正体を知るのはエトただ一人だ。空中に投げ出され、岩塊の体が分解されていく様を目撃した彼女はその先に待ち受ける結末を予想して、慌てて走り出したのだ。


 何ができるかわからない。受け止めるなんてできるわけもなく、仮に落下地点に辿り着けたとしても一緒に潰れるのがオチだ。


 敏いだけにいつも予想ができて尻込みしてしまう。


(だけど、フルヤさんなら!)


 わが身を省みず、助けに向かうだろう。何ができるわけでもないだろうが、ただ黙って見過ごすなんてできなかった。


 エトは必死に願った。彼が助かることを。だけどすぐにそんな考えを頭から振り払う。


(私が助けるんだ!)


 手を目の前に翳す。初めは何も反応を示さなかったが。


 徐々に魔法陣が展開されていった。不安定ながらも形成されつつあるそれは、ついに完璧なものとなる。


 落下を続けた古谷の体は、いよいよ地上に到達しようという時。


 彼の体が、突如として何かに受け止められるように勢いが弱まった。そのままゆっくりと地面へと着地する。


 エトはそれでも足の勢いを緩めることなく、横たわる彼に駆け寄った。半ば滑り込むようにして、傍に膝をつくと涙ながらに呼びかける。


「フルヤさん! フルヤさん!」


 見たところ五体満足だ。だが、あの強風に揉まれて落ちてきているのだから窒息したとしてもおかしくない。そうでなくとも戦闘で多大なダメージを被っている。何とか純血種は倒せたはいいものの、それが最後の力を振り絞った結果であるかもしれず、達成と同時に事切れてしまったことも考えられた。


 エトは大粒の涙を零しながら、彼の無事を願い、呼びかけ続ける。零れた雫は、ぼたぼたと古谷の頬を濡らし、流れ落ちていく。


 やがて、その口角が上がった。


「何だよ」彼は目を閉じたまま、呟く。「やればできるんじゃん」


          *


 それから数日。純血種の襲来による被害は、まだその余韻を残している。ラムーベの町は壊滅こそ免れたものの、完全に復興するにはもう幾何の月日が必要だった。


 エトはそれを最後まで見届けることなく、町民たちに別れを告げた。彼女は言う。


「私、世界を見てこようと思います」


 これまで引きこもり続けていた月日を取り戻そうとするかのように、彼女を駆り立てる気持ち。世界の広さを知った今、居ても立っても居られない。そんな気力に満ち溢れている。


 町民たちは残念そうだが、そんな彼女の決断に快く背中を押した。


 そうさせる一つの要因に、古谷の存在があった。


「なぁ、まだか?」そんな彼は、湖畔の小屋の前で待ちくたびれていた。


「もうちょっとです」そう言ってようやくエトは姿を現す。


 世界を巡る旅。それは二人で行うこととなったのだった。その目的はただ一つ。これから生まれるであろう純血種を、時に食い止めて、時に生まれないよう各地を回って説得していく。苦難の道のりであるが、それが古谷のやりたいことだった。


 エトはそんな彼の思いを応援しようと、補助としてついていくことに決めた。そのついでに、世界を見て回りたいと願ったのだった。


「おい」古谷は言う。「なんだ、その荷物」


「何って」エトは重そうに引くリアカーを振り返った。「荷物ですよ」


 女性の旅は荷物が多いとは聞くが、これはさすがに異常だ。


「何をそんなに持っていくんだよ」


「書庫にあった本一式です」


「いらないだろ」


「でも、どこで役に立つかわからないじゃないですか!」


 古谷は頭を抱えた。「第一、それずっと引きずっていくってのか?」


「そこは、ほら」エトは言う。「フルヤさんがゴーレムになって持っていけば解決です」


「言っておくが、三分間しか持たないからな」変身を繰り返すたびに、慣れなのか持続時間が伸びていた。「それが終わったら、何時間かは変身できん」


「ええ! そうなんですか!」


 その事実を知った彼女は、不貞腐れたようにリアカーへと再度視線を向けると、「じゃあ、これだけで」と一冊だけを抜き取った。


 本を書庫に戻し終わると、二人はいよいよ旅に出る。ラムーベの町から街道を通り、次なる人間の町へと向かうつもりだった。


「いやぁ、楽しみですね」エトの足取りは軽い。「フルヤさんは元々旅人だったんですよね? じゃあたくさん頼っちゃいますね」


「あー、そのことなんだが」古谷は申し訳なさそうに言う。「あれは嘘なんだ」


「え? ああ、そうなんですか」エトにさしたる驚きはない。「そう言えば、思い当たる節が?」


「それからついでに言うがな」と、更なる予防線を張り始める彼。あまり当てにされても困ることを、予め言い訳したくなったのだった。「俺の方が、実はエトより年下なんだよ」


「そうなんですか!」これには彼女も驚いた。「てっきり、二つくらい上なのかと」


「実際は一つ下だ」


 なんだかずっと騙していたような気がして後ろめたさを感じたのだが、エトは特段気にした風でもなくこう言った。


「じゃ、フルヤさんじゃなくて、フルヤだね」


「ああ、それでよろしく」


 なんだか一足飛びで慣れ慣れしくされた気がしないでもないが、よくよく考えてみれば彼の方は既に呼び捨てだ。これで関係は対等ということだろう。


 悶着一つなく打ち明けられたことに安堵するとともに、彼女の切り替えの早さに感謝した。


「ところで、フルヤはさ」と、早速慣れた調子で言うエト。「どうするつもりにしたの?」


「どうするつもり?」


「混血種を守るのか、それとも人間を守るのか」


 重要な決断だ。それ如何によっては旅の意味も変わってくる。


 だが、古谷の心は既に決まっていた。


「ああ、それか」


 そして、その願いを告げる。


「その両方さ」

これにて第一章完結です。第二章へと続きますが、書き溜めのために次の投稿まで少し間が空きます。

引き続き、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ