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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第一章:第四話 光を繋ぐもの
14/20

4-2

 一通りエルフの里は壊滅させた純血種は、次なる目標を求めて森の中を這い進む。やがて抜け出ると、壮麗な丘へと出た。その先にある人の営む気配に、一つ舌なめずりをしてさらに這っていく。


 全長十メートルを優に超える巨体なので、当然、ラムーベの町の住人からも早期段階で目撃された。


 遠近感を狂わせんばかりのその巨大さは初め見るものにすぐそこに蛇が現れた程度と思わせたが、それが中々やってこないとなるとまだ遠くにいるらしいことがわかる。徐々に近づいてきており、それがこれまでのどの魔獣を凌ぐ大きさだと推定されると町中はたちまち大騒ぎとなった。


 それは、既に朝になっているのにも拘らず寝ようと苦心している古谷の耳にも届いた。


(なんだ?)身を起こす。(何の騒ぎだ?)


 またも魔獣が現れたのかと思い、通りへと出てみると程度が違うことがすぐに知れた。


 逃げ惑う人々を追いかけながら、時折酸を吐いて人も物も見境なく溶かしていく。酸を浴びた人は、一瞬にして命を絶たれることはなく、自らの体が完全に溶解するまで断末魔を響かせた。


(純血種……)古谷はそのゴーレム特有の超感覚で悟った。(ついに覚醒したのか)


 強酸には二次被害があった。浴びたもののまだ辛うじて動けはし、生存本能が命じるままに近くの人に助けを求めて縋りつく。そうした際に付着していた酸の受け渡しが行われて、助けを請われた方も溶解していくこととなった。


 そんな有様に町の討伐隊も近づくことがままならなかった。いざ駆けつけたはいいものの、すっかりと尻込みしてしまい、ついでに士気も下がっている。


 よって純血種は誰の妨害を受けることなく、我が物顔で町を壊滅へと追いやっていく。


 古谷はこれを単独で迎撃にあたることに決めた。人の目を逃れて路地裏へと入ると、そこでゴーレムへと変身を遂げた。


「ハエルエ、カオムエス、テハエ、グオラエム」


 対峙すると純血種が言った。


 何やら言語のようにも思えて、古谷は気味悪く感じた。


(こいつ、喋るのか)


 が、何を言っているかわからない以上、対話は絶望的だ。仕方なく実力を行使することにした。


 先手は純血種だった。血気盛んにも噛みつかんと大口を開けて飛び掛かる。古谷はその口が閉じないよう両顎を掴み、半ばまで口内に入りかけながらも踏ん張った。力任せにぐいぐいと押してくるところを、受け流すようにして投げ飛ばす。


 アルビノの大蛇はしばし宙を舞い、一つの家屋の上に落ちる。そうして濛々と土煙が立ち込めたのだが、それに紛れるようにして姿を消した。


(どこ行った)


 逃げ出したのではなく、地面を這って家屋で身を隠すようにして隙を伺っていたのだった。視界を彷徨わせて古谷が背後を向いたところへ、飛び掛かる。


 まんまと肩を食いつかれた古谷。先日、ゴーレムとの戦いで焼き飛ばされた箇所と同様の場所で、どうも変身の度に元の体を取り戻すようであるのだが、本体にフィードバックされた痛みまでは消えない。古傷を抉られるような形で、痛みに喘いだ。


 それでも何とか背負い投げで地面へと叩きつけると、両手をがっちりと組み合わせた拳を振り下ろした。


 まんまと食らった純血種だが、負けじとひっくり返ったまま酸を吐き出す。それを胴体に浴びた古谷は焼けるような痛みを感じる。煙を立てながら、数歩後退った。


 その間に体勢を立て直した大蛇は、もう一度酸を浴びせかけた。今度はそれを顔面で受けた古谷は、たちまち視界を奪われる。


「テハイス、イス、テハエ、エンダ」


 言葉と共に飛び掛かってくる気配を感じた古谷は、その方向へと無我夢中に拳を繰り出した。それは運よく当たったらしく、純血種を怯ませることに成功する。


 単なるまぐれ当たりであったのだが純血種はそうは思わなかったらしく、未だ見えていない中で必死に気配を探ろうとしきりに辺りを見渡す古谷のことを遠巻きにしている。


「テエムパオルアルシィ、ルエテルエアテ」


 そして、そう言ったかと思うと大蛇は身を翻して去っていった。


 古谷が見えるようになりつつある霞む視界の中で、背を向けて這っていく純血種を見送る。


(なんで急に)古谷は思う。(だが助かった)


 ちょうど変身持続時間終了を告げる初期段階の点滅が始まる。とりあえず、追い返したということで古谷は早めに変身を解除することにした。その際にも、やはり人目につかないよう最大限に注意したのだった。


           *


「何が、あったんですか」


 古谷は未だ視界がはっきりしないということで、避難所の方に身を寄せていた。念のため常駐する医者に診てもらい、何ともないという太鼓判を押してもらう。つくづくゴーレムの体は頑丈なのだなと思う古谷だった。


 そんな折にエトが現れた。ここに来るまでに町の惨状を見てきたのだろう、その顔は驚きとも悲しみともつかない。古谷に対する問いかけだったのだが、同じく避難所に詰めかけている多くの町民たちがよってたかって返事をする。


「魔獣だよ、エトちゃん」「今までに見たことなくらいでかかったよ」「エトちゃんは無事?」「あの巨人がまた助けてくれたんだ」


 それから推移して、町民の間だけで話題が繰り広げられる。


「この前と言い、痛ましいことだよ全く」


 同意を示すように静かに頷く町民たち。エトはそんな彼らを掻きわけるようにして、古谷のもとまでやってくる。


「大丈夫、ですか」そう尋ねた。


「ああ、何とかな」古谷は答える。「少し、向こうで話そうか」


 彼女は頷き返す。


 二人は揃って避難所を出た。町の中ほどでは純血種により災害の痕跡が生々しく残っており、手付かずになっている。あまりにも突然のこと過ぎたので、手が回らないのは当然だった。


 おかげで遺族は近づくことすらままならない。遺体だけでも回収しようと今にも駆け寄りそうになっている何人かを、おそらく同じく遺族の人間か、あるいは討伐隊の面々か。必死に抑えている。


 途方もない無力感に、両者共に苦しそうに泣いている。傍から見ればそれは、悲しみを分かち合うように抱きしめ合っているようにも見えた。


 古谷はそんな惨い現場から目を背けるようにして歩きだした。エトもその後に続く。


「純血種が覚醒したんだ」古谷はおもむろに言った。


「純血種?」エトが尋ねる。


 彼女は何も知らない。古谷は一から説明することにした。


 混血種から、人間の血が完全に消えた時に生まれるのが純血種で、それには人間の血を根絶やしにするという本能が植え付けられていること。人間族はもちろん、混血種も淘汰しようとしてくること。


 古谷を含め、ゴーレムはそんな純血種から人間を守る使命を帯びているということ。


「それじゃあ、今頃エルフの里は……」エトの言葉は途切れた。


 古谷も取り立てて補足はせず、ただ頷いて見せるだけに留める。次第にエトの瞳に涙が浮かび始めて、しくしくと泣き始める。


 居たたまれなくなった古谷は、つい言った。「……ごめん」


「どうして」エトは涙交じりに言う。「フルヤさんが謝るんですか?」


「俺のせいだ。俺が遺跡のゴーレムを倒したせいで、町の人たちは……」


「そんなことないですよ。決してフルヤさんのせいじゃない」


「そんなわけない。俺は何もするべきじゃなかった」


「どうして、そんなことを言うんです」エトはそっと彼の手を握った。「フルヤさんは立派にエルフの方々を助けたじゃないですか」


「だが、それも無意味だったじゃないか!」古谷は声を荒げて、手を振り払う。「結局、殺されたんじゃあ意味がない。それどころか、余計に被害を増やした」


 ついにしゃがみ込んでしまう。顔を埋めて、今にも泣きだしそうだ。


「意味がないって」エトは驚愕したように言う。「それじゃあ、フルヤさんはエルフの方々を犠牲にするべきだったと言うんですか」


「じゃあ他にどうしろってんだよ。全員は助けられないんだから、そうするより他ないじゃないか」


「それは……」


 気まずい沈黙が訪れた。どこからともなく吹いた風が、胸糞悪くなるくらいの強烈な匂いを運んでくる。それは大蛇の吐いた酸の匂いと、それに溶かされた人間の体内のガスの匂いだった。


 古谷はやおらに立ち上がる。それからエトに背を向けると、何も告げずに歩き出した。


「どこへ行くんですか」あまりにも唐突な行動に彼女は問いかける。


「わからない」古谷は答えた。「だけど、もうここにはいたくない」


「そんな、駄目ですよ」エトは慌てて止めようとする。「いつまた純血種が現れるかわからないんですよ。そんな時、フルヤさんがいなければ……」


 言葉は途中で途切れた。首だけで振り向いた彼の顔が、苦しみに歪んでいるのが見えたからだ。


「これ以上、俺に何をしろって言うんだよ」吐き出すように言う。


「あ」エトは自分が今、残酷なことを口に仕掛けたことを自覚した。「いえ」


 結局、その先を続けることはできず、伸ばしかけた腕は再びひっこめられる。古谷はそれを見届けるよりも早く、歩き出していった。


 エトはそんな彼の背中を、ただ黙って見送ることしかできなかった。


          *


 ラムーベの町を離れた古谷は、無目的に森の中を彷徨い歩いていると見知った場所に出てきた。


 木々が折られて、開かれた場所。中央には倒木がある。そこはイヴと初めて遭遇した場所だ。どうやら無意識的に知った道を選択して通っていたらしい。


 ともあれ、清閑な場所だった。相変わらず木漏れ日が差し込み、倒木を照らしている。


 古谷はそれから何気なく、エルフの里に行ってみようと足を向けた。そこには僅かな期待があった。エトにはああいったものの、実は何事もなく生きているのではないかという期待だ。


 逃げおおせたか、あるいは伝来と異なって純血種は混血種を淘汰の対象に選ばなかったか。


 散々迷うことを想定したが、思ったよりもあっさりとついた。それは里の結界が解かれていることの証左でもあり、それが意味するところに不安を感じる。


 古谷は尻込みしたが、まだ確証はないからと意を決して里へと入っていく。


 里はもう里などとは呼べなくなっていた。木々はなぎ倒されて、そこに建築されていた家屋の木片と思しきものが散らばっている。家具類も然り。綺麗に整地されていた地面も抉られたかのように荒らされて、所によっては大地が剥き出しになっている。土に微かな変色が見れることから、大蛇の酸を浴びた個所なのだと思われた。


 そして、何よりラムーベの町でも感じた匂いが漂っている。それは紛れもなく、ここが死に溢れた場所であることの証だった。


 古谷はゆっくりと歩を進める。まるで足元に大事なものが敷き詰められているかのような、慎重な足取りだった。


 やがて、倒木の下敷きになっているエルフが何人かいることに気づく。彼は慌てて駆け寄った。


「大丈夫か」


 声を掛けるも返事はない。既に事切れているようだ。


 それでも微かな希望に縋りつくように、一人、また一人と声を掛けてくる。しかしどれだけやっても成果はなく、しかもその諦めの悪さが彼をさらに蝕む結果となった。


 何人目か。もう数えるのも嫌になるくらいエルフの死体に声を掛けていたのだが、次第に一人の少女に行き当たる。それは顔の半分が溶解して骨肉が剥き出しになっている。しかし残る半分から、その正体を知るには十分だった。


 イヴだった。


 恐怖のあまりに思わず尻餅をつく古谷。それから悲鳴を上げて、半ば逃げ出すようにして里を後にする。


 それから先はどこをどう行ったのか。自分でもわからなくなるくらい森を無我夢中で駆け抜けた挙句、彼はついに膝をついた。声ならぬ叫び声あげて、嘆く。自らの行動の末に生み出された数々の死が、今や立ち上がる気力さえも失わせていた。


(もう嫌だ)古谷は思う。(なんで俺ばかりこんな目に)


 いっそ、もう終わらせてくれ。そう切に願う。


 そんな彼の思いに答えるかのように、周囲に魔獣が姿を現し始めた。紫の魔獣と、黄土色の魔獣。それらが各数匹ずつ。一つの群れを成しているかのように彼を取り囲んだ。


 古谷はそれに気づいていながらも抵抗する素振りを見せなかった。ただひたすら伏せて、自分の生が終わるその瞬間を待ち侘びている。


 が、そんな時だった。


 いつまで経っても魔獣が襲ってこないことを不審がった古谷は、そっと顔を上げる。すると周りを取り囲んでいた魔獣は一つ残らず、眠るように倒れていた。


(何が、起こったんだ)


 疑問に思っている彼に、しずしずと歩んでくる人影がある。やがてその気配に気づいた古谷が目をやると、それは見知らぬ人であるが、なぜだか知っている感じがした。


「お久しぶりですね、古谷弘治」


 声に聞き覚えがある。忘れようにも強烈な記憶のために忘れられない。


「ティア」彼はかつて自分をこの異世界に送り込んだものの名を口にする。「そうなんだな」


 彼女は悲しげな瞳を浮かべたまま、一つ頷いて見せた。


          *


 薄暗い森の中。ラムーベの町より一時撤退を果たしたアルビノの大蛇は、その身を気怠そうに横たえていた。


 純血種はまだ中途覚醒の段階で、その本領を発揮できない状態でいる。ゴーレムに太刀打ちするには、最大限の力を引き出して望まなくてはならないだろう。それくらい奴らは頑丈にできている、ということを戦いの中で察した。


 完全覚醒を早めるため、早々に戦いを切り上げて準備に移行したのだった。身を横たえて、じっとその時を待っている。


 やがて赤い瞳が白く濁り始める。それから身を捩らせるようにすると、皮膚が破れ出し、中から改めて大蛇が姿を現し始める。古い角膜を脱ぎ捨てるようにして、身をくねらせ続けた。


 それは更なる脱皮だった。


 数日間かけて慎重に脱ぎ捨てていく。木や地面に古い角膜をひっかけるようにして、じわじわ、じわじわと。時折眠った。その際に夢を見た。人間の血を根絶やしできた世界での夢だ。そして、それは間もなく現実になろうとしている。


 終わった頃には深夜で、その日は満月だった。


 月夜に向かって呟く。


「イ、ファエエラ、グオオダ(いい気分だ)」

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