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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第一章:第三話 許されざるいのち
12/20

3-4

 遺跡のゴーレムは古谷が変身したことを察知して、ゆっくりと体ごと視線を向けてくる。


(ようやく、自らの運命を受け入れる気になったか)そう言ってくる。


(悪いがあんたに加担するつもりはない)古谷は返した。それから臨戦態勢を取る。(話を聞く気がないなら、その気にさせるまでだ)


 古谷は駆けだした。肩を突き出すようにし、一直線にゴーレムへと向かっていく。その質量でタックルをかました。


 そんなことするとは思いもよらなかったのか、不意を突かれるようにして突進をまとも食らったゴーレム。二人の巨人はもつれるようにして地面へと倒れた。


(どうして使命なんかに囚われる!)古谷はマウントポジションを取り、抑え込むようにすると言葉を投げかけた。(あんただって不本意なんだろ!)


(これが我々に生まれた意味、生きる意味だからだ)


(意味が分かんねぇ! あんたの言ってることは全部矛盾してるよ!)


(そもそも生命が矛盾を内包している)


(だから仕方がないとでも言うのか! 言い訳染みてるな!)


 古谷は激情に任せて拳を振り上げる。勢いのままに振り下ろすも、片腕分の拘束を解かれたゴーレムはそれを難なくはじき返してしまう。それから瞬く間に体を翻し、今度は古谷を組み敷くようにしてマウントポジションを取ってしまった。


 その迫力たるや鬼気迫るもので、彼に対する攻撃にも躊躇がない。アイアンクローを仕掛けるように腕を伸ばしてくる。


 古谷はそれを止めようと必死で腕を抑えるも、両手を使わなければならないほどに力が強かった。しかもそれでも尚、完全に食い止めることはできず、じわじわとその手が迫ってきている。


 ついに顔面を掴まれてしまう。握力で圧迫されると同時に地面へと押し付けられ、苦しみ悶えた。


(あんたはただ考えるのを辞めただけだ!)古谷は喘ぎながらも説得を続けた。


 ゴーレムは反応を示さない。ただ古谷を力任せに押さえつけるのみ。


 そうしている間にも、古谷の胸の結晶体は赤い点滅を始めた。


(くっ、このタイミングで)


 点滅を始めてからゴーレムの状態でいられるのはそう長くない。これはいわば変身持続時間終了を告げるベルのようなものだと認識している。完全に変身が解けてしまう前に、どうにか納得させなくてはならない。


 古谷は半ば自棄になり、頭の痛みを振り切ってゴーレムの体に立て続けにブローをかました。苦痛で威力は落ちているとはいえ、何度も続けられたら堪らないだろうという算段だった。


 その目論見は当たった。俄かに手の力が弱まってきたところを狙い古谷は、今度は顔面を殴りつけた。それによってゴーレムは横ざまに倒れ、マウントポジションからの脱出を果たせた。


 意識をはっきりさせようと頭を振るゴーレムに向かって、古谷は飛び掛かる。両手を組み合わせた拳を背中へと叩きつけた。地面へと手を突き四つん這いの体勢となったところへ、さらにもう一度振り下ろす。ついに地面へ伏せさせることができた。


(いい加減目を覚ませよ!)古谷は言う。


(貴様こそ目を覚ませ。我々が争うことは無意味だ)


(いいや、わからずやのあんたを止めることには意味があるね)


(そうか)


 それだけ言ったかと思うと、ゴーレムはゆっくりと立ち上がった。それから古谷に背を向けて歩き出す。


(え、おいちょっと)


 納得してくれたのかと思ったが、あまりにも唐突過ぎる。思わず声を掛けると、ゴーレムは振り返ってきた。


(いったい、どうした)


 返答は奇妙なポーズだった。片手を垂直に、もう片方の腕を水平に。それらで十字を組むようにする。


(なんだ? 何をする気だ?)


 一抹の不安を抱えながらも真意を図りかねて立ち尽くしている間にも、ゴーレムの体は青白く輝きだす。そして、それは放たれた。


 最初に見えたのは一瞬の煌めき。それからそれが、一条の光の筋となって向かってきていることに気づく。


 避ける間もないほどの速さで、古谷はそれをまともに食らってしまう。


(ああ!)


 肩へと直撃する。じりじりと熱するようにして食い込んでいき、ついには片腕が焼き切られてしまう。


 古谷は声にならない悲鳴を上げた。思わず膝をつき、既になくなっている片腕を求めるようにして残った手を伸ばす。


(何百年もの間)ゴーレムは言う。(この時のためだけに生きてきた。全ては人間を守るため)


 痛みのあまり意識が朦朧としだした。放たれた言葉の意味を、頭の中で結ぶことができない。胸の結晶体の点滅は先よりもさらに早くなっている。


 霞んでいく視界の中で、ゴーレムがもう古谷は再起不能と判断したのか、再びエルフの虐殺に戻ろうとしていた。


(駄目だ……)古谷は消えそうな意識の中で必死に思った。(やめろ、やめろ、やめろ!)


 これ以上、誰も死なせるわけにはいかない。そんな思いが彼を突き動かした。


 やおらに立ち上がる。片腕分の平衡感覚を失いながらも、何とか自立する。同時に、彼の体は青白く発光を始めた。


 イヴをはじめとしたエルフの目には、先ほどゴーレムが光線を放った時と同じプロセスに見えていた。空気中に漂う魔力を吸収し、一点に集めていく。それは魔道具を用いて魔法を行使する際にも見られる光景だ。


 遺跡のゴーレムにはそれが見えていたわけではないが、青白い輝きには覚えがあった。それが成す意味にも心当たりがある。


 慌てて回避行動に移ろうとしたのだが、気づくのが遅かった。動き出すよりも早く、古谷が胸の結晶体より光線を放ったのだった。


 それは先ほどのものとは比べ物にならない威力を誇っていた。まずは太さからして異なり、通り道にある木々はその熱波だけで発火の過程を通り越して消し炭になる。瞬く間にゴーレムへと突き当たった。


 自らの胴体ほどある光線をその一心で受け止めることとなったゴーレムは、一瞬こそ耐えていたものの、やがて体が上下に別れた。下半身は無残にもその場に残り、上半身だけが遥か彼方に吹き飛ばされて行く。接地した後も、いくつもの木々をなぎ倒して滑って、ようやく止まる。


 当然事切れており、瞳に光は宿しておらず、胸の結晶体もまた輝きを失っていた。


 古谷は、結果はどうあれ収束を見たことに安堵する。同時に時間切れが訪れた彼の体は、繋ぎとめるものがなくなったかのようにボロボロと崩れていき、その中から吐き出されるようにして古谷の体が出てくる。


 地面に投げ出される形となった彼は、疲労感と相まってすぐさま眠るように意識を失った。


          *


 彼が次に前を覚ましたのは、アイフ、イヴ、それからエトに見守られながらだった。場所はどこかのエルフの家。


「ここは……」


 古谷が口を開くと、エトが飛びつくように反応した。


「目覚めたんだね!」


「エト……」


「よかった」と、抱き着く。「よかったよぉ」


「お兄ちゃん」イヴが尋ねる。「もう平気?」


「ああ」古谷は戦いの最中で失った片腕を持ち上げる。


 あくまでもゴーレムとして失った腕であるので、本当になくなったわけではない。厚い外殻に覆われておりある程度のダメージはシャットアウトできるその体に、痛覚や触覚といった器官が残っているのには理由がある。


 人体にも持って備わった危険を知らせる一種の信号であるのは当然として、同時に、全く感覚がないとなると直感的な判断が難しくなるということからでもあった。そもそも自分が今立っているのかどうかから意識しなくてはならなくなるので、自然と歩行が覚束なくなっていく。そういった不便さをなくすための処置であるのだが、もちろん欠点も存在する。


 古谷は今それを、身をもって感じていた。


「まぁ、何とか」小刻みに震える腕を見つめながら言う。


 その震えを抑え込もうと、もう一方の腕で抑え込むも一向にやむ気配はない。一時的な発作みたいなもので抗うだけ無駄と判断した古谷は腕を下ろすと、ふと視線を感じて見上げる。アイフと目が合った。


「どうした?」


 問いかけると、彼は「あ、いや」と珍しく歯切れ悪そうに視線を逸らした。それっきり、気まずそうに沈黙を貫く。


 怪訝に感じていると、不意にしわがれた声が聞こえた。


「大変な目にあったのう」長老だ。歩み寄る彼に、他三人は場所を譲るようにした。「だが本当に助かった。里を代表して礼を言おう」


 そう言って老エルフは頭を深々と下げる。アイフもそれに追随して頭を下げた。


「ああ、いや」古谷は曖昧に答える。「別に、そんな」


「しばらくここで療養なさい」老エルフは言う。


「申し出はありがたいけど、ここ誰の家なんだ?」


「なぁに、里を救った英雄だ。何も気兼ねすることはない」


「それ、答えになっているか?」


 古谷が疑問を呈していると、エトが腕を取ってくる。


「どうした?」


 彼女は少しの間、意味深な視線で見つめてきたかと思うと、首を振る。


(ああ、そうか)古谷はそこでようやく悟った。(ここは俺が守れなかったエルフの家なのか)


 そういうわけで古谷はしばらく滞在することとなる。エトも付き添いということで宿泊の許可を得た。


 アイフとイヴが去った後、家には代わる代わるエルフたちがやってきた。誰もが謝意を告げ、時として手を握ってくる。祈るように深く感謝された。


 お礼品なのか、果実などの食べ物を持ち込むものいる。中でも滋養をつけてくれと昆虫食を勧められた時は大いに困った。


 最後に新生児の母親が来訪する。その腕に赤ん坊を抱えて、涙ながらに助けてくれたことを感謝した。抱えられた赤ん坊は何があったかなどわかってはいない様子で、落ちそうになることも厭わず古谷に向かって必死に腕を伸ばす。


 何気なくその手を取ってやると赤ん坊はたちまち無邪気な笑みを浮かべた。


(これで、よかったんだよな)古谷は思う。


 そうして来訪者の波が一通り去っていった頃には日が暮れていた。古谷の体調を鑑みて、早々に食事を摂り、寝てしまおうということになる。


 貰った見舞い品の数々を机に並べて食べていると、エトがポツリと言いだした。


「フルヤさんはすごいです」


「え?」


 聞き返すと、彼女は言う。


「私は怖くて何もできませんでした。ラムーベの町が魔獣に襲われた時も、私は口先だけで誰も助けようともしませんでした。でも、フルヤさんはいつも行動で示します」


「それは……」と、言い淀む。「偶々だよ」


「そんなことありません。誰だって、できることじゃありませんから」


 古谷は居たたまれない気持ちになった。本来、彼はゴーレムを説得しようとしていたに過ぎない。にも拘わらず、倒してしまった。


「私、魔法が使えないんです」エトが言う。


「あ、ああ」それは本人が口を滑らせていたので知っていた。


 彼女は続ける。「前は使えたんですよ。それどころか町一番だったくらいで、でも母が死んで、父がいなくなって、気が付いたら使えなくなっていました」


「そう、なのか」


 魔法のことについては詳しくない古谷だが、それは心因性のものであるということは容易に想像がついた。


「何もできないんです、私」エトは言う。


 家族を失い、取柄だった魔法も使えなくなって、彼女からしてみれば持っていたものを全て奪われた気分だったのだろう。そうして何もかも失ってしまった彼女は、自信を喪失し、森の小屋の中に引きこもるようになる。


 自分の存在価値がわからなくなっているのだった。


(似ている)古谷は思う。(以前の俺に)


 彼もまた異世界に転生する前は同じこと思っていた。かつては何にでもなれると思っていた少年時代。現実を知るにつれて、自分は特別でも何でもないことを察し、気づけば平凡さに甘んじた。


 今の彼を支えているのはゴーレムになる力があるという一点だけで、それすらも彼自身が努力の末に体得した力ではない。本当に偶々だった、という一言に尽きる。


 だから落ち込む彼女にかけてやれる言葉は何一つなかった。


「だから」だというのに、エトは言う。「フルヤさんのこと尊敬してます」


(やめてくれ)古谷は心の内で懇願した。(そんなんじゃないんだ、俺は)


 認めないわけにはいかなかった。今尚、動き出さないゴーレム。あの頑固さなので諦めたとは考えにくい。状況から見ても死んだとしか考えられず、自身で言っていた「恒久の時を生きる」というのはあくまでも寿命の話であることが分かる。


 つまるところ、古谷弘治は自らの手でゴーレムを殺したのだった。

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