三つ首キメラ、異世界M-1グランプリを目指す!
三つの首が揃った時、伝説が始まる。
そんな噂が魔界の隅々まで広がっている。だがその伝説とは、世界征服でもなく、勇者討伐でもない。
目指すはただ一つ――「異世界M-1グランプリ優勝」だった。
巨大な洞窟の奥。黒曜石のステージの上で、三つ首のキメラが向かい合っていた。
「おい、台本覚えたか?レオン!」
「当然だ!俺の炎のごとく燃え上がる完璧な記憶力をナメんな!」
「いや、お前この前、『完璧』って言ったあとに三行飛ばしたよな?」
「……それはアドリブだ!」
「アドリブは忘れた時の言い訳じゃねえぞ!」
「トリス、細かいこと気にしすぎだって!」
「おいおい、始まる前からケンカすんなよ、お前ら。」
真ん中のフロスがため息まじりに首を振る。
「もう時間なんだ。リハやるぞ。」
「おーっす!」
「了解!」
三つ首が正面を向いた瞬間、洞窟の壁に魔法で描かれた客席が現れた。
観客は誰もいない。
だが、このリハーサルに命を懸けるのが彼ら三つ首キメラーズの流儀だった。
「それじゃあ、いくぞ!」
「せーの!」
「炎の右首、レオン!」
「氷の左首、トリス!」
「そして真ん中、毒のフロスだ!」
「三つ合わせて――」
「三つ首キメラーズ!!!」
「……って、なんで誰も拍手しないんだよ!」
「観客いねぇからだよ!」
「寂しいな……。」
場の空気が妙にしんみりしてしまった。
「今日のネタは――魔王城の面接だ!」
「またそれ!?もう十回はやってるぞ!」
「問題ない。今度はトリスのヤバい志望動機を前面に押し出す。」
「俺が!?どこがヤバいってんだ!」
「全部だ。」
「ふざけんな!」
そして、数刻後。
リハーサルは終わった。が、フロスの顔色は微妙だ。
「……はっきり言う。つまらない。」
「はあ!?どこがだよ!」
「レオン、お前のツッコミは炎だけど、肝心なところで消えてる。炭火かよ。」
「うるせぇ!」
「トリス、お前の氷はいい。でも表情が死んでる。氷の像より無表情だ。」
「それがキャラだろ!」
「そのキャラが寒すぎて観客が凍ってんだ。」
「ぐぬぬ……。」
「まとめ役の俺が毒吐いてどうするんだ、って思ってたけどな。今のお前ら、薬より毒が効く。」
「クソ……でも間違ってねぇ。」
「次の舞台は本番だ。せいぜい死ぬ気で行け。」
「了解!」
「おう!」
翌日、三つ首キメラーズは王都に向かった。
目指すは、魔王主催の異世界M-1グランプリ。
「なあ、レオン」
「なんだ」
「優勝したら世界征服できるかな?」
「できねぇよ!」
「……即答かよ!」
「でも、伝説にはなるだろ」
「それならいいか」
「お前のいい加減さ、そろそろ凍り付かせようか?」
トリスの冷気が風に乗る。
「……冗談だよ!」
王都の大劇場は満席だった。
リッチのコント、ミノタウロスの歌ネタ、天界からは神々のモノボケコンビまでいる。
「なんだよあいつら!天使の羽根投げてるだけでウケてんぞ!」
「羽根が爆発するんだ。芸が細けぇ」
フロスは毒霧を纏いながら冷静に分析する。
「次、俺らだ」
「よし、燃やすぞ!」
「いや、燃やすのは客席じゃないぞ」
「氷漬けにしてもいいか?」
「それもダメだ」
「毒霧はOKだよな?」
「……ちゃんと薄めろよ」
「毒は濃いから意味がある」
「頼むから死者は出すな!」
そして、ステージに立つ。
フロスは毒霧を纏い、レオンは炎を纏い、トリスは冷気を纏って、三つ首が叫ぶ。
「炎の右首、レオン!」
「氷の左首、トリス!」
「毒の真ん中、フロスだ!」
「三つ合わせて――」
「三つ首キメラーズ!!!」
「今日は皆さんを笑い死にさせに来ました!」
「死なせるな!」
「じゃあ、ネタいくぞ!」
魔王城の面接。
「名前は?」
「炎のレオンです!」
「志望動機は?」
「世界を燃やして焼き肉フェスを開催したい!」
「不採用!」
「はやっ!」
「魔王がヴィーガンだからだ」
「意識高い魔王だな!」
「特技は?」
「火炎放射!」
「不採用」
「理由は!?」
「魔王の屋敷が木造だからだ」
「なんだその火力不足のボケは!!」
「次!」
「氷のトリスです」
「志望動機は?」
「世界を凍らせて、毎日しろくまアイス食べ放題」
「不採用!!」
「なぜ!?セブンのしろくまアイス美味しいのに」
「この世界にセブンイレブンなんて無い!次!」
「毒のフロスだ」
「志望動機は?」
「観客を全部毒で片付ける」
「不採用だろそれ!」
「冴えわたる俺の毒舌」
「物理的に殺すな!!」
会場は沸きに沸いた。
トリスの冷気が凍らせた笑い、レオンの火炎で温め直し、フロスの毒舌でさらに熱を加える。
「ありがとうございましたー!!!」
観客席はスタンディングオベーション。
魔王も勇者も手を叩いている。
結果発表の時。
「優勝は――リッチ&ゾンビィ『骨まで笑わせ隊』!!!」
「……。」
「……。」
「……あ?」
「また負けたな」
「クソ、次こそ……!」
「次は世界凍らせて、毒霧で包んで、燃やすか」
「いや、まず漫才しろよ!」
三つ首が笑う。
「次は、優勝だ」
結果発表の翌朝、三つ首キメラーズは安宿のボロ机を囲んでいた。
テーブルの上には、焦げ跡と霜と紫色のシミ。完全に事故現場だった。
「……で、次は何のネタにする?」
レオンが腕を組み、炎の尾を揺らす。
「勇者の謝罪会見ネタはどうだ?勇者、スキャンダルまみれにしようぜ」
トリスが氷の彫刻を削りながら提案する。
「いいけど、オチに毒霧使わせろ。観客、気絶させて終わりたい」
フロスがにやりと笑う。口元から薄い紫煙が漏れている。
「いや、笑い取って終われよ!」
レオンが即ツッコミを入れるが、フロスは肩をすくめる。
「毒は毒だ。薄めても効く」
「そこじゃねぇ!」
トリスも思わず凍気を散らす。
それでも、三つ首は同時にうなずいた。
「次こそ優勝する」
「伝説は、俺たちが作る」
「そのために、毒も氷も炎も全開だ」
三つ首キメラーズは、再び歩き始める。
その先に何があろうとも――彼らは、毒々しく、激しく、冷たく、そして熱く笑いを届けるために。