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第9話 俺をさらに熱く滾らせるために街中で羞恥露出プレイをしてもらおうか!

 狂乱中のレッサーデーモンと改めて対峙する前に、ティエナはマーラへの説明を終えようとする。


「要するに、同じ王族のトルドールが次の王位を得るためにお父様を罠にはめたのよ」


「最初からそう言ってくれ。事情は理解した。絶望と復讐に燃えるお前の父親が、すべてを投げ捨てて悪魔の力を得ようとしても不思議はないわけか」


 マーラの言葉に、ティエナは苦しそうな表情を浮かべる。


「動機はあると思う。だけど、それだけで決めつけるのは早計だわ」


「なら、さっさと倒せばいい。俺はあくまで可能性の話をしただけだ。後味の悪い結果になったあとで、予想できてたなら教えろと言われても困るしな」


 そうね、とティエナは頷いた。


「どうせなら、弟をつれて洞窟を脱出してみたらどうだ。家に戻って両親の安否を調べてからでも遅くは――ん?」


 台詞の途中でマーラは言葉を止める。


 どうしたのと尋ねてきたティエナに、マーラはレッサーデーモンを見ろと告げる。


 確かに斬り落としたはずの敵の足が、いつの間にかなくなっている。さらには、斬られた部分から生えるように足が伸びつつあった。


「何あれ。再生してるの!?」


「そうみたいだな。両足を斬っておけば動きを封じられると思ったが、下っ端でも悪魔種なのは伊達じゃないってことだな」


「感心してる場合じゃないでしょ。あれじゃ、逃げても街まで追ってくるじゃない」


 足を再生中のレッサーデーモンは、最初からティエナやディグルを追ってきた。だからこそ、マーラは二人の関係者が悪魔化したのではないかと想像した。事実はいまだ不明だが、姿を変えたとはいえ家族で殺し合うのは決していい光景ではない。


「それでも俺は一時的に退避して、自宅で両親の安否を確認するのをおすすめするよ」


 本心だったのだが、何故かティエナは不思議そうな目をマーラに向けた。そのあとで、今度はおかしそうに笑う。


「アンタ、どうしようもないスケベな魔剣だけど、義理人情みたいなのはあるのね。予想外だわ」


 この世界では魔剣として誕生したが、前世では普通の人間だったのだから当たり前である。通り魔のせいとはいえ死に目を見せる親不孝をしてしまっただけでなく、親孝行も二度とできなくなった。その分だけ親と子供の絆みたいなものに敏感になっているのかもしれない。


 だが素直に認めるのはなんだか恥ずかしいので、マーラは照れ隠し気味に怒ってしまう。


「お前、魔剣である俺になめた口をきくと後が怖いぞ」


「はいはい」


 駄目だ。完全にティエナの中で、マーラは魔剣でありながらいい人的な存在になっていた。人情味溢れる魔剣というのもなんだか恰好悪いので、誤解という形にするためにも、必死になって悪ぶろうとする。


「過去には児童向けの小説を読んで感動のあまり号泣したりもしたが、今は違う。血も涙もない恐ろしい魔剣だ。フハハハ!」


「児童向けの小説で感動……しかも号泣したって。ますますアンタ、魔剣としての恐ろしさがなくなっていってるわよ」


「何だと!? くあ、うああ……そ、そうだ! 愚かな女め。俺がお前に退避を提案したのには理由がある」


「私とディグルを心配してくれたんでしょ?」


「違う! すべては俺の最上の目的。熱く滾るために、お前を罠にはめようとしたのだ。その格好のまま、街まで戻らせることによってな!」


 マーラの発言で、ティエナは自分がどのような服装になっているのかを思い出す。


 レッサーデーモンに対抗する力を得るためとはいえ、下着姿なのである。この場にいるディグルはティエナが脱いだ事情を知っているが、街の住民が知っているはずもない。どのような言い訳をしたところで、現在の恰好を目撃されたら痴女に認定される。


 加えてティエナは王都で有名人だ。王族から追放され、ただの貴族に格下げされた家の哀れな娘。数えきれないほど憐れみと好奇の視線を向けられてきた。


 そんなティエナが下着姿で外をうろつけば、一瞬にして王都中の噂になる。仮に両親が無事だったとしても、違う意味で王都に住んでいられなくなるかもしれない。


 郊外であっても王都への滞在を許されているのが、父親の最後の心の拠り所になっている。愛娘のティエナが奪うような形になれば、絶望はますます強まる。下手したら自害をしかねない。


「街に戻るなら、急いで服を着ないと……!」


 慌てるティエナに、マーラはいいのかと告げる。


「俺が萎えると、強化されたお前の能力が元に戻るぞ。本来は貴族の令嬢でしかない女が、魔剣の加護を失ってレッサーデーモンから逃げ切れると思うのか?」


 答えは否だ。足を失ったままならともかく、短時間で再生されるのであればすぐに追いつかれる。これまで攻撃を回避してこられたのも、すべて魔剣マーラのおかげなのである。


 言葉に詰まったティエナが、羞恥と屈辱の涙で瞳を濡らす。


「ほんの少しでも見直した私が愚かだったわ。やっぱりアンタは最低最悪な魔剣ね!」


「お褒めに預かり光栄だ。自分の立場を理解したなら、俺をさらに熱く滾らせるために街中で羞恥露出プレイをしてもらおうか!」


「絶対にお断りよ!」


 諦めて頷くかと思いきや、ティエナは全力で拒絶した。マーラは内心で小首を傾げる。


 おかしい。途中までは想定通りだったのに、辿り着いた着地点が違った。これでは歪んだ欲望を満足させられない。


 無言となったマーラに、壁際に避難中のディグルの呟きが届いてくる。


「お姉様の淫らな姿が見たいのなら、見直された時にそのまま信頼を勝ち取って、恋人みたいな仲になるのを目指せばよかったのに……」


 マーラ同様に恋愛経験が乏しそうなディグルに言われ、露骨に動揺してしまう。


 異性とろくに会話した経験もないせいか、反射的にマーラは恰好をつける選択をした。結果はご覧の有様だ。


 なるほど、とマーラは素直に感心する。出会う女のひとりひとりを着実に虜にしていき、最終的には魔剣の姿であろうともハーレムを完成させる。それでこそ、異世界へ転生した意味があるというものだ。


 決意したマーラは軽く咳払いをしたのち、気を取り直してティエナに声をかける。


「すべては君の気を引きたかったがゆえの冗談さ。本当の俺は海よりも青く透き通った清い心の持ち主なんだ。君と弟が親かもしれないレッサーデーモンと戦うなんて、俺には耐えられない。何故なら、君を愛しているからさ。ハニーっ!」

「うわ、気色悪。本気で鳥肌立ったんだけど」


「……あれ? ここで感激して、私も愛してるわダーリンってなるんじゃないのか?」


「なるわけないでしょ! この変態ドスケベ大アホ魔剣!」


 口汚く罵られたマーラは、怒り心頭で避難中のディグルを睨む。


 外見は変わらなくとも殺気みたいなのを感じたのか、ディグルは「ひいっ」と小さく悲鳴を上げた。


「何が信頼を勝ち取って恋仲を目指すだ。そんな簡単にいったら世話がないんだよ!」


「ディグルに八つ当たりしないでよ!」


 マーラを縦から横に構えたティエナが、剣身の部分に怒りの膝蹴りを見舞った。


 鳩尾に膝をぶち込まれたような感覚に、たまらずマーラは呻き声を上げる。


「何をしやがる。萎えてしまっただろうが!」


「そんなの知らないわよ!」


 ギャーギャー騒いでいるマーラとティエナに、ディグルが警戒の言葉を飛ばす。


「ティエナ姉様、危ないっ!」


 感情に任せた会話をしているうちに、すっかり足が再生したレッサーデーモンの接近を許していた。


 反射的にティエナは、水平に構えたマーラで敵の攻撃を受け止める。


「うぎゃあああっ! 痛すぎるぅぅぅ!」


 鋭く尖った爪を剣身で受け止めた結果、児童向け感動小説で号泣した時よりも多くの涙を流すはめになった。実際には剣が濡れたりしないのだが。


 これまでなら敵の爪も弾き返せたかもしれないが、現在のマーラは絶賛萎え萎え中である。剣身の強度は通常レベルまで低下している。そしてそれは、向上していたはずのティエナの身体能力についても同様だった。


 レッサーデーモンの攻撃を押し返すどころか、マーラを両手で持つティエナはどんどん力負けしていく。堪えきれなくなって地面に倒れたりすれば、どうぞ仕留めてくださいと言わんばかりに隙だらけとなる。だからこそ力勝負にも勝つ必要があるのだが、従来の貴族令嬢の細腕ではいかんともし難い。


「な、何とかしてよ。アンタは古代からあるかもしれない魔剣なんでしょ」


「痛くて無理っ! 俺が壊れるから、さっさと離してくれ!」


「じょ、冗談でしょ! そんな真似をしたら、私が死んじゃうじゃない!」


「女は他にもいるから大丈夫だ! きっとどこかに、喜んで俺を滾らせてくれる女もな!」


「アンタって最低! 信じられない! スケベなだけじゃなくて、正真正銘のクズだわ!」


 痛みに堪えながら、お前が滾らせてくれないせいだとマーラは怒鳴る。


「ふざけないで。下着姿にまでなってあげたじゃない。萎えたとか言っている暇があるなら、さっさともう一度滾らせなさいよ!」


 ティエナの下着姿は見ているだけで滾ってくるほど魅力的だが、あくまでも余裕がある時に限定される。今にも叩き折られそうな状況下では、さすがのマーラといえどもスケベ心を発揮する余裕はない。


「ぐうう……こ、この……だ、駄目……押し返せない……!」


 ティエナが耐えきれずに地面へ膝をつく。痙攣する両手が力を失い、レッサーデーモンの爪に押される。


 もう駄目だとティエナが目を瞑った瞬間。マーラの剣身が下着越しとはいえ、胸の上に置かれるような形になった。

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