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第8話 その前に一度でいい、全裸を拝ませてくれ!

 従来より夜目がきくと本人も認めていただけあって、ティエナはしっかりと敵の動きを両目で追えている。レッサーデーモンの意識が避難中のディグルへ向かないよう意識しながら、わずかでも離れた位置へ誘導していく。


 悪魔とはいえ、マーラみたいに言語を扱えるわけではない。知能レベルとしては、さほどでもないのだろう。攻撃も腕力を駆使したものばかりで非常に単調だ。


 舞踏でもするように回避するティエナ。圧倒的に高まった自身の能力に、酔いしれている感じも見て取れる。


 普通の相棒なら調子に乗るなと苦言を呈したりするのだろうが、マーラにとっては願ったり叶ったりである。


 得意げになってくれている分、あらゆる面への警戒度が下がる。動きの激しさに合わせてズレ幅を大きくする下着にも気づいていない。


 なんとか二つの山の頂点に存在するという野苺を目にできないものか。そんなことばかりを考え、レッサーデーモンには目もくれずに、マーラはティエナの上半身を凝視する。


 グリップ部分に目があるような視界なので、急速に動かれると目が回りそうになるが、その程度の障害を気にしてはいられない。リアルタイムで美人のおっぱいを目撃できるかどうかの瀬戸際なのである。ここで集中しなければ、いつどこで集中するというのか。


「よし、そうだ。そのまま飛べ! ああ、もうちょっとなのに! ええい! いっそ脱いでしまえ! おい、レッサーデーモン! 俺の声が聞こえるのなら、女の邪魔な下着を剥ぎ取れ。褒美をやるぞ!」


 欲望のままに頭の中の言葉をそのまま声に出したが、やはりレッサーデーモンは人間の言語を理解できないようだ。


 しかし、人間であるティエナは違う。しっかりとマーラの敵への要望を両耳で聞いていた。


「アンタは何を言ってるのよ! いい加減にしないと叩き折るわよ!」


「やれるものならな! その瞬間、お前はただの貴族令嬢に逆戻りだ。弟と一緒に最期を迎えるはめになる」


「ぐう……最低最悪な剣ね。確かに魔剣だわ。さっさと敵を倒して、洞窟ともアンタともお別れさせてもらうわ!」


「待て。その前に一度でいい、全裸を拝ませてくれ!」


「お断りよ!」


 叫んだティエナが、足の裏に力を入れて地面を蹴る。向上中の身体能力のおかげで、岩肌の影響も受けずにどんどん加速する。


 真正面から突っ込むのではなく、相手を上回る速度を活かして背後へ回り込む。


 バックを取られたレッサーデーモンが腕を後ろへ振り回すも、ティエナはしゃがんで回避する。


「性格はゴミクズだけど、魔剣は魔剣という証かしら。夜目がきくだけじゃなくて、動体視力まで上がってるみたいね」


 スローモーションとはいかないまでも、だいぶゆっくりに見えるらしい。もしかしたら、マーラの状態にも影響を受けるのかもしれない。何故なら、他ならぬマーラ自体が滾るほどに、レッサーデーモンの動きをよく把握できるようになっていた。


「俺をさらに滾らせれば、もっと楽に戦えるぞ。よく言うだろ、女は度胸ってな」


「そんなの知らないし、人前なのに平気で裸になれる度胸なんていらないわよ!」


 レッサーデーモンが振り向いた時には、すでにティエナは改めて敵の背後を取っている。正々堂々と正面から戦いを挑むのは騎士の美徳らしいが、一時的にマーラの使用者となった貴族令嬢にはそうした考えはないようだった。


「てえいっ!」


 気合の声を発し、両手で持ったマーラを水平に一閃する。ティエナの狙いは、レッサーデーモンの足だ。


 萎えていればぶつかった痛みに襲われるが、滾っていれば興奮で気にならない。所有者の求めに応じ、マーラはレッサーデーモンの右足を斬り落とした。


 血飛沫が舞う洞窟内に、レッサーデーモンの苦悶の声が響く。獣じみた悲鳴とともに両目を血走らせ、食らいつかんばかりにティエナを睨みつける。


 片足がなくなって移動力は半減したものの、さすがは下級種であっても悪魔に分類される存在。諦めるつもりは毛頭なさそうだった。


 鬱陶しそうにしながらも、コートと帽子は脱がない。レッサーデーモンの腕力なら簡単に破れそうなのだが。


「どうして奴はコートと帽子を身に着けてるんだろうな」


 たゆんたゆんと揺れるふくらみを見上げつつ、胸の前で構えられているマーラはティエナに問いかけた。


「知らないわよ。お洒落したかったんじゃないの」


 吐き捨てるようにティエナは言った。心底、どうでもいいというのが伝わってくる。


「お洒落か。まるで人間みたい――って、ちょっと待てよ」


 考え込むように黙ったマーラが気になったのか、正面で殺気を全開にしているレッサーデーモンを警戒しつつも、ティエナは様子を窺うように何度もマーラをチラ見する。


 そうしている間にも片足で立ち上がったレッサーデーモンが、洞窟全体に行き渡るような激怒の咆哮を発し、ティエナへ飛びかかる。


 速度は半減しているはずなのに、逆にプレッシャーは増している。これが悪魔の力かと冷や汗を流すティエナの手の中で、マーラは唐突に疑問を口にする。


「なあ。お前は地下から出てくる両親を見たか?」


「……見てないわよ。レッサーデーモンを目にしてすぐに、ディグルを連れて逃げたもの」


「ふむ。地下で何をやってたかは知ってるのか?」


「アイツが隠し扉を破壊して出てこなければ、地下室の存在すら知らなかったわ」


 嘘は言っていないみたいだった。


 またしても考え込むマーラに、苛々した様子のティエナが「それが何よ」と聞く。


「前に倒したレッサーデーモンは服なんて着てなかった。そういう意味では、こいつは妙に人間っぽい。そこが気になった」


 ここでようやくマーラが何を言いたいか、ティエナも気づいたみたいだった。


「まさか、このレッサーデーモンがお父様かお母様だと言いたいの!?」


 ティエナの言葉が聞こえたのか、壁際でディグルが息を呑んでいた。


「真実は知らないが、そうでもなければ人間の服を着たがるレッサーデーモンなんて説明がつかないだろ。それに二メートル以上のデカブツの、膝下くらいまであるロングコートなんて特注でもなければ作れないぞ」


 レッサーデーモンは頭も大きい。少し冷静になって考えれば、普通の人間が着用するようなサイズでないのは明らかだ。地下に洋服ダンスがあったとしても、偶然入っている可能性は低い。


「お前も弟も地下の存在すら知らなかったんだろ? 仮に服も事前に用意されてたのであれば、決して可能性はゼロじゃない」


「そんな……嘘よ。いくら王家を追われたとはいえ、王国に忠誠を誓い、王族としての誇りを持っていたお父様が……信じられないわ!」


「王家を追われた?」


「そうよ。今でこそ私はティエナ=ダインだけど、旧名はティエナ=エルダイン。この意味がわかるわよね」


「さあ? とんと」


 緊迫した戦闘の最中だというのに、ティエナは派手にずっこけそうになる。


「魔剣だから常識がないってわけ? なら教えてあげるわよ。メイクリアス王国の王は、代々ジョルジという名前を名乗るの。現在は十五代目よ。その王、ジョルジに選ばれるのは初代から王族の血を受け継ぐエルダイン家の者だけ。王位継承権第一位の者が、次の王となる確率が高いわ。それがお父様だったの」


 その説明で、王家を追われた騒動の内容は大体想像がついた。魔剣に転生して以降は、なんだか頭脳が明晰になっているような気もする。過去の記憶がほとんどなく、正確にはわからないのであくまでもマーラの客観的印象にすぎないのだが。


「要するにお家騒動か。大方、継承権二位か三位の奴が、何らかの罠を仕掛けたってところだろ」


「その通りよ」


 ティエナは忌々しげに、左手の親指の爪を噛んだ。


「お父様は身に覚えのない国家反逆罪で投獄されそうになった。家族まとめて処刑したらどうかという話も出ていたほどよ。現国王の覚えがよかったおかげで、それは免れたけどね」


「よかったじゃないか。おっと。わかってると思うが、左から爪が来るぞ」


「見えてるわよ」


 バックステップで回避し、少しだけとはいえティエナはレッサーデーモンから距離を取る。


 先ほど足を一本斬り落としていたのが役に立った。物理的に素早い動きを封じられたレッサーデーモンは、距離を詰めるのに従来よりも多くの時間を必要とする。


 その間にマーラはティエナとの会話を継続する。本来なら戦闘の真っ最中に話し込んでいるべきではないのだが、事情が事情である。


 推測が当たっていた場合、ティエナは自分の親を葬らなければならなくなる。いくら魔剣化したスケベなマーラでも、積極的に見たい光景ではなかった。


「さっきの話の続きだけど、処刑を免れてよかったと思ったのは私だけ。ディグルが殺されずに済んだからね。だけどお父様は違った。誰より国の未来を案じ、身を捧げようとしてきた人だけに落胆ぶりは凄まじかった。確固たる目標を失い、ただ生きるだけの人間になっていた。王家を追われても、王の慈悲で貴族の一員には留まれた。新たな家名を与えられ、日々暮らす分には不自由しないだけのお金も毎月支給されているわ」


「至れり尽くせりじゃないか」


「下から見ればね。落ちた人間にすれば、耐えがたい屈辱なのよ。私は隣でディグルが笑ってさえいてくれれば満足だけど」


「そのわりには、服を脱がせようとか虐めに近い要求をしてたぞ」


「それはアンタが――まあ、いいわ、この際。あれも一種の愛情表現なの」


 言い終えたあとで、ティエナはいまだ壁際で心細そうに震えているディグルを見た。瞳には確かに慈愛の輝きが感じられる。


「で、生きる屍になったお父様とやらはどうなったんだ? 早く教えてくれ」


「自分で話を脱線させておいて、よく言うわよ。フン。とにかく、そうした理由でお父様は王位継承権を失った。王都に近い住居を追われ、郊外の家が新居になったけれど、それでも毎日を家族で過ごしていこうと言ってくれた。そんな時よ、あの男が現れたのは」


「あの男? お前の話は回りくどくていけないな」


「悪かったわね! じゃあ、単刀直入に言ってあげるわよ。トルドールよ!」


「トルドールと言われても、何のことか意味がわからないな」


「でしょうね。アンタと話してると、気が狂いそうだわ」


 怒りで軽く手を震わせながら、ティエナは向かってくるレッサーデーモンの突進を回避する。


 洞窟の奥壁にぶつかったレッサーデーモンが、怒りの咆哮を上げる。狂ったように暴れ出し、そこかしこに太い腕を直撃させていく。


 足を斬られた痛みとティエナを倒せない怒りで、我を忘れているようだった。

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