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第6話 興奮度合いが足りないんだよ

「私が欲しいのは相手の弱点とか、この場から逃げる方法よ!」


 失った余裕を取り戻せていないらしく、ティエナが相変わらずヒステリックに叫ぶ。


 ディグルはおどおどしたままで、こちらに近づいてこようとしているレッサーデーモンを見る。


 服装のおかげで遠目からは人間に見えたのかもしれないが、こんなのが街中を歩いていたら普通は問題になる。


 ティエナもディグルも自宅の地下から突然現れたと言っていた。家を出れば、そこは街中なはずだ。


「お前たちの家は、街はずれの目立たない場所に建ってたりするのか?」


 マーラの質問に答えるのはティエナだ。


「郊外の方だけど、大きい家だし、目立たないってわけじゃないわ。本当の家名は剥奪されても、貴族なのに変わりはないしね」


 本当の家名が剥奪された。気になる情報ではあるが、今はあれこれと多くの質問をしている余裕はない。


「ふむ。では郊外とはいえ、街に現れたレッサーデーモンを衛兵たちは見逃したのか。信じられないな。貴族なんだから、それなりに大きな街に住んでるんだろ?」


「大きな街も何も、私たちの家があるのは王都よ」


「王都ということは、メイクリアス王国か。待てよ。じゃあ、この洞窟は王国領になるのか?」


「ここは王国と聖国の国境付近よ。同盟関係の両国だからこそ、たいした警備兵もいなくて、わりと自由に行き来できるけどね」


 マーラの疑問に答えたあと、ティエナは「それより!」と本日一番の大声を出した。


 忙しなく動かすティエナの視線の先を確認すれば、接近するに連れて体がより大きく見えるようになったレッサーデーモンが歩いていた。


「知りたい情報を頂戴よ。私はともかく、ディグルをなんとしても助けてあげたいの!」


 ティエナの訴えに、内心でマーラはニヤリとする。


 気になった点を解消すると同時に、危機的状況をより強く演出して、ティエナに切羽詰まらせる狙いもあった。


 ほとんどすぐそこまでレッサーデーモンは迫っている。脇を通り抜けようにも、攻撃を仕掛けられたらティエナやディグルに避けるすべはない。


 先ほどの台詞からして、ティエナはディグルの盾になりそうだが、命を懸けたとしても守ってやれるのは一度が限界だろう。マーラに指摘されずともわかっているからこそ、ティエナも必死なのだ。


「レッサーデーモンの弱点の情報はないが、どうにかする方法なら知ってるぞ」


 絶体絶命だと思っていたティエナの瞳に希望が満ちる。溺れる者は藁にもすがるという言葉が前世にあった通り、今ならどのような要求にも従ってくれそうだ。


「だったら、早く教えてよ!」


「簡単な話だ。お前が服を脱げばいいんだよ」


「こんな時にふざけないで! アンタなんかに頼ろうとした私が愚かだったわ!」


 なんだか似たような罵りを少し前に聞いた記憶もあるが、思い出している場合じゃない。半狂乱になっているティエナに、マーラは説明を続ける。


「真面目に言ってるんだよ。俺は魔剣で、性的に興奮するほど、実力を発揮するという特性がある」


「そんなふざけた魔剣が、この世に存在するわけないでしょ!」


 即、嘘だと断定される。さすがに少しだけ悲しいが、信じてもらえないことにはどうしようもない。


「なら勝手にしろ。ここで弟と仲良く散るんだな」


 突き放すようなマーラの言葉に、ティエナが奥歯を噛んだ。


 じっくり思案している時間はない。ティエナの家の地下からやってきたというレッサーデーモンは、攻撃可能な範囲に入りつつある。


 どんなに強く弟を助けたいと願っても、貴族の娘で武器ひとつ持たないティエナには到底無理だった。


「わかってるんだろ。助けたいのなら、自分以外の力を借りるしかないって。俺ならできるぜ、間違いなくな」


 すでに一度、レイシャルラが所有者だったとはいえ、マーラはレッサーデーモンを消滅させている。一体限りの特別製とかでない限りは、発言した通りになんとかできる自信があった。


「……本当に、アンタならどうにかできるの?」


「約束してやるよ。だから服を脱いで、俺を手に取れ」


 マーラが見ている前で、意を決したようにティエナが動き出した。


 しかし服に手はかからない。脱ごうとしないままに、両手でマーラのグリップを掴んだ。


「あ、おい!」


「アンタが魔剣なら、私に力を貸しなさいよ。大切な弟を守るために!」


 特別な魔法で封印をされていたわけではないので、一般人でもその気になればマーラを引き抜ける。


 ゲームみたいに装備制限はない。条件付きの武器なら話は変わるだろうが、何の縛りもないマーラであれば極端な話、村人でも手にできる。


 両手に力を込め、大切だと言った弟のディグルを守るために、突き刺さっていた地面からティエナはマーラを抜いた。


「さあ、抜いたわよ!」


「お前、俺の話を聞いてたか?」


 冷たい口調で、マーラはティエナに声をかけた。


「萎えてたら俺は力を発揮できないんだよ。わかったら、さっさと脱げ」


「嫁入り前の貴族の娘が、そんなはしたない真似できるわけないでしょ! 絶対、無理!」


「じゃあ、俺もお前らを助けるのは絶対に無理だ」


 怒りか羞恥か不明だが、顔を真っ赤にしているティエナに断言した。抜けばいいとだけ思っていたのなら、死刑宣告にも等しかったかもしれない。


「ふざけないでよ。魔剣なんでしょ!? 何とかしなさいよ!」


「確かに魔剣だが、できることとできないことがある」


「さっき、倒せるとか言ってたじゃない!」


「お前が俺の興奮レベルを上昇させてくれればな」


 言い合いをしている最中にも、レッサーデーモンの大きな足音が近づいてくる。


 どうしてもティエナを脱がせたいマーラを援護するかのように、ディグルが大きな悲鳴を上げた。


 次いで怖いよと半泣きで言えば、ぞんざいに扱っているように見えて、誰よりディグルを想っているティエナが放っておけるはずもなかった。


「わかったわよ。アンタを興奮させればいいんでしょ!?」


 半ばヤケクソ気味に叫んだティエナは上半身をかがめ、マーラの前でかすかに胸の谷間を見せた。


 異世界だというのに、レイシャルラもミューリールも極端に露出度の高い服を着ていなかった。間近で健康的な小麦色の胸元を見せられれば、確かにグッとくるものはある。だが、それで終わりだった。


 王国民の特徴なのか、肌の白かったレイシャルラとミューリールと違い、ティエナはわりと黄色人種に近い。やや薄めに日焼けした日本人といった感じだろうか。だからこそ余計に、エロ成分がもっと欲しくなる。


「足りない。おかわり」


「はあ!? もう十分でしょ。さっさと倒しなさいよ!」


 火を噴きそうなほど赤面中のティエナが、両手で持ったマーラを振り回す。


 敵意に満ちた目でティエナを見下ろしていた、レッサーデーモンのふくらはぎ当たりに命中する。人間と違ってそこにもえぐいほどの筋肉がついているので、予想通りにマーラの一撃は弾き返される。


 きゃんと実に可愛らしい悲鳴とともに、持っていたマーラごとティエナは後方へ尻もちをつく。


 うううと唸ったところで、事態は好転しない。どうやら白いロングコートの下は何も着ていないらしいレッサーデーモンは、足を上げてティエナを踏み潰そうとする。


 新しく悲鳴を上げたティエナが、転がるようにしてレッサーデーモンの足の裏から逃れる。


 すぐに立ち上がると、猛然とダッシュする。自身の背中へ隠すようにして、ディグルの前に立つ。もちろん、両手には変わらずマーラを持っている。


「何が悪魔を倒せるよ! 全然、役に立たないじゃない!」


「当たり前だろ。興奮度合いが足りないんだよ。ちょっと熱くなっただけの状態で敵にぶつけられても、こっちが痛いだけだっての!」


「逆切れしないでよ! 私はきちんとアンタを興奮させたわよ!」


「だから、足りないって言ってんだろ。弟を守りたいなら、もっとサービスしろよ。俺を熱く滾らせろ! さもなければレッサーデーモンに殺されるぞ!」


「ほとんど脅しじゃない!」


 マーラを手放しても他に武器はない。強大なレッサーデーモンに目をつけられた以上、逃げるのも不可能に近い。五体満足で洞窟を出るには、ティエナはどうしてもマーラに頼らざるを得ないのである。


 ここで大事なのは、あくまでもマーラはどちらでもいいという態度を貫くことだ。ティエナにエロを供給してもらうのを必要以上に求めれば、逆に足元を見られかねない。


 悩んでいる間にも、レッサーデーモンはティエナとディグルを餌食にしようと攻撃を仕掛けてくる。


 ティエナの足よりも太い腕が、洞窟の壁にめり込む。なんとか回避していなかったら、今頃は死んでいたはずだ。


「今回は上手くかわせたみたいだが、普通の人間がいつまでもレッサーデーモンの攻撃に対処できるとは思えないぞ。そろそろ覚悟を決めるべきじゃないか?」


 ティエナが死ねば、次はディグルの番になる。貴族の娘が素早く動き回っても、高が知れている。レッサーデーモンは何度も攻撃を外してくれない。


 恐怖で涙を流すディグルの顔を見たあと、ティエナは優しく髪を撫でた。マーラには見せてくれそうもない微笑みを与え、大丈夫よと告げる。


「ディグルは私が守るの。そのためなら、恥ずかしい思いだってしてあげるわよっ!」


 強い決意の言葉を吐いたあと、マーラとディグルが見ている前でティエナはドレスを脱いだ。

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