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第5話 男が女の裸を求めるのは、いつの世も真理だ

「で、でも、お父様とお母様のお客様かもしれないよ。話してみれば、意外にいい人だったりするのかも」


「臆病者なのに、たまに驚くほど積極的な意見を言ったりするわね。でも、私は反対。奴からは危険な感じしかしなかったし」


 ティエナとディグルの姉弟は、マーラがいるのも忘れて言い合いを続ける。


 どうやら家に正体不明の変な奴とやらが現れたらしい。嫌な感じを覚えたティエナは、ディグルを連れてここまで逃げて来た。


 説明はされずとも、推測でそのくらいはわかる。見返りにエッチなことをしてくれるならともかく、タダでマーラが協力する理由はない。


「だ、だけど、お父様やお母様はどうするの? 僕たちが家に戻らないと、きっと心配しちゃうよ」


「……無事ならね」


「無事ならって、そんな」


「ディグルは奴をよく見てないからね。身長が二メートルを軽く超えているような大男なんて、どう考えても普通じゃないわ」


「と、特別に大きいだけかもしれないよ。それに家の地下から来たんだから、知り合いの可能性が高いと思うな」


 二人の会話を聞いていて、マーラはふむと心の中で頷く。


 ティエナはこのまま避難を継続したい。一方でディグルは一刻も早く帰宅したがっている。


 強気なティエナが消極策、弱気なディグルが積極策を望んでいるような気がする。何とも変な姉妹だと、マーラは苦笑する。


「知り合いじゃなかったらどうするのよ。私はね、ディグル。貴方が何より大切なの!」


 弟の肩を掴み、揺さぶるようにしてティエナはいかに自分が想っているかを強調する。


 姉が弟に対する想いよりずっと強いものを感じるが、マーラが口を挟むべき問題ではない。


 誰が誰を愛していようとも関係ない。愛がなければ、快楽を得ればいいのだ。平気でこんなふうに思うあたり、マーラは前世も含めて人を愛した経験がないのかもしれない。


「僕も姉さんは大事だ。でも、お父様やお母様も心配なんだよ」


 悲しげに顔を伏せるディグルを前に、ティエナは何も言えなくなってしまう。


 沈黙が場に舞い降りたところで、今度は自分の番だとばかりにマーラは口を開く。


「落ち着いたなら、そろそろ頼む。俺の前で服を脱いでくれ」


「アンタ、まだ言ってんの!?」


 貴族のお嬢様と思われるのに、ティエナの表情や口調には慎み深さやお淑やかさは感じられない。


「俺の目的は最初から最後までそこにある。脱いで、すがって、皆が幸せ。さあ、桃源郷へ向かって歩き出そうじゃないか」


「嫌に決まってるでしょ!」


 嫌悪感を丸出しにしたティエナが、あろうことかマーラを蹴ってきた。


 結構深く地面に刺さっているのでグラグラとまではいかないが、全身が軽く揺れる。


 見ている人間にはただの剣でも、マーラにとっては自分の体。強引に揺さぶられれば、気持ち悪くなったりもする。


「いきなり何をする。損害賠償を請求する。お前の下着だ。いや、服も頂こう!」


「服と下着を渡したら、私が裸になるじゃない! ディグルので納得しなさいよ」


「男のパンツなんぞいるかっ! 想像するだけで吐き気がしてくる!」


 マーラの言葉に、ティエナが不思議そうに首を傾げる。


「剣なのに、吐き気とかあるの?」


「当たり前だ。お前は俺を何だと思ってる」


「剣」


 間違ってはいない。確かにマーラは剣だった。普通のとは違って自分の意思を持ち、人間と会話できたりするが。


「まあ、その通りなんだがな。だったら、その剣である俺と普通に会話できてるのを、もっと不思議がれよ」


「そういえばそうね。くだらない要求ばかりしてくるせいで、変に思うのが遅れたのよ」


「くだらない要求だと?」


 ティエナには決して見えない、マーラだけが理解している両目を光らせる。


「男が女の裸を求めるのは、いつの世も真理だ。そうでなければ人間の世は発展しない!」


「力説してるとこ悪いけど、アンタは剣なんでしょ? 人間の繁栄に貢献できないじゃない」


「これだから素人は。いいか、よく聞け。人間かどうかは関係ない。そこに快楽があるかどうかが重要なんだ」


「ごめん、意味がわかんない」


 呆れたように言ったあと、またしてもティエナがマーラを蹴った。見た目は完全にお嬢様なのに、ずいぶんと足癖の悪い女である。


 しかしどうにかして服を脱がせないと、マーラの高まるリビドーを解消できない。次はいつ、妙齢の女性が目の前にやってくるかわからないのだ。


 どうやって説得しようか悩んでいると、遠くの方から何かを破壊する音が聞こえた。


「な、何っ!? アンタの仕業!?」


 慌てたティエナの口調からは、より上品さが消えている。どうやらこちらが素のようだ。きっと両親も苦労するお転婆娘なのだろう。


 マーラがそんなふうに思っているなど露知らず、ティエナは突如発生した物音についての説明を繰り返し求めてくる。


「ここに刺さりっぱなしの俺が、他の場所で起きてる事態を知ってるわけがないだろ」


「どうしてよ。偉そうに洞窟の奥でふんぞり返ってるんだから、全体を把握できるのが普通でしょ!」


「お前、それ、とんでもない暴論だぞ。気になるなら自分で見て来いよ」


「言われなくてもそうするわよ! ディグル。貴方はここで待ってて」


 そう言うとティエナは、ディグルの返事も待たずに駆けだした。


 お前も大変だな、そう言おうとしてディグルを見たら目が合った。恐る恐るというよりは、マーラを観察しているように思えた。


 考えてみれば、あれだけおどおどした態度のディグルが、たいした恐怖も覚えずにマーラと一緒にいられるのは違和感がある。


 姉を心配してついていってもおかしくなさそうなのだが、当たり前のようにこの場に残った。


 ティエナの言いつけを素直に守っただけかもしれないが、なんとなくそれだけではないような気がする。決して男色家ではないのだが、どうにも気になってしまう。


 向こうも同じ印象を抱いている。ぼんやりとだがわかる。それもまた不思議だった。


 普通ならここで原因をじっくり考えるべきなのだが、生憎とマーラは男なんぞに興味はない。いかに女性っぽい顔立ちをしていようとも男は男だ。


 相手はそうではないようで、意味ありげにマーラへ近づいてくる。まさか本当に服を脱ぎ出したりしないだろうなと、変な緊張感に襲われる。


 だがディグルが何か言ったりするより先に、慌ただしい足音が戻ってきた。ティエナだ。


「た、大変よ! 早く隠れないと! あの変な奴が追ってきたの! それに、あれは人間じゃない……人間なんかじゃない!」


 ヒステリックに叫んだティエナが、ディグルの手を取って隠れる場所を探す。


 マーラがいる洞窟の奥は、岩肌の壁しかない。暴れ回るのにも十分なスペースがある代わりに、身を潜める場所を見つけるのは困難だ。


 ティエナも同様の結論に達したらしく、イチかバチかで洞窟からの脱出を試みようとする。


 だが計画を実行へ移す前に、洞窟の最奥ともいえるこの場に変な奴とやらがやってきた。


 どうして見たことのないマーラがひと目でわかったのかといえば、ティエナの情報通りに二メートルをゆうに超える大男が姿を現したからである。


 ――いや、違うな。実際は動いてないが、マーラは首を左右に振る。視界に映った存在は人間じゃない。これも先ほどティエナが言ったとおりだった。


「あれはレッサーデーモンか。この洞窟には呼び寄せる何かでもあるのか」


 マーラの発言に真っ先に反応したのは、どうするべきか混乱していたティエナだった。


「レッサーデーモン!? 聞いたことある。確か魔族とかいうやつよね?」


「教えてほしければ服を――ぐおっ! だから蹴るな。やめろ。連続で蹴られると、揺れすぎて気持ち悪くなるだろうが!」


「だったら、さっさと言いなさいよ。こっちも余裕がないの!」


「お前もいい加減に理解しろよ。脱いだら教えてやると――」


「――ディグルの脱ぎたてパンツをかぶせるわよ」


 女にしか興味のないマーラには、まさしく最強最悪の脅しだった。冗談で済まないのは、ティエナの目を見ればわかる。


 仕方がない。今回だけだぞと前置きをしてから、レッサーデーモンについての説明をする。


 とはいえ、そこまで詳細には知らない。マーラの知識は、レイシャルラに持たれていた際に得られたものばかりだった。


「レッサーデーモンは魔物の中でも悪魔に分類される存在だ。悪魔の中ではレベルが低くても、一般的な魔物と比較すれば圧倒的な戦闘能力を所持してる。人間世界には滅多に現れないんだが、見かけたらすぐに兵士などに知らせるべきだな。まあ、街や村に滞在する衛兵程度では瞬殺されるだろうが」


「どこに兵士がいるのよ。そんな役に立たない情報を聞きたかったわけじゃないわ!」


「冗談だろ。お前が知りたいというから、わざわざ特別に教えてやったんじゃないか」


 うんざりした感じで言うマーラに、ティエナは改めて強い口調で違うと一刀両断した。

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