第4話 さあ、服を脱ぐがいいっ!
身長はレイシャルラよりもやや低いくらいで、高そうなドレスに身を包んだ女体は、とても健康的な体型をしている。
短く切りそろえられた髪の毛は赤に近い茶色。闇の気配が強い洞窟内においても目立つ。とりわけ大事な胸の大きさはミューリールよりは小さく、レイシャルラよりも上という印象を受ける。
代わりにスカートに包まれた腰部分は肉感的だ。きっと触り心地がよさそうなお尻や太腿をしているに違いない。
マーラがいきなり現れた女性の観察をしたように、相手もまた不思議そうにマーラを見ていた。
ランプを持っていないため、何かがあると気付いていても、それが剣だというのはよくわかっていないみたいである。
さらに一歩近づいてきた女性が、恐る恐るマーラに手を伸ばした。軽くグリップに触れられる。しなやかな指の感触に、たまらず声を反射的に漏らしてしまう。
「おうふ」
「――ッ!?」
ビクっとした女性が、飛び跳ねるように後退りする。距離を取り、忙しなく周囲を見渡す。自分の他に、この場に誰かいないか探っているのだろう。
「ディ、ディグル? いるの? 私が戻ってくるまで、出入口の近くで隠れてなさいと言ったでしょ」
叱るような口調だが、声は震えている。ディグルというのが誰かマーラは知らないが、恐らくはこの洞窟へ一緒にやってきた知人の名前だろう。
改めて女性を見る。ワンピースみたいなドレスがよく似合っている。幾重にも生地が連なった重そうなスカートの裾が、ところどころ破けている。
レイシャルラやミューリールのような神聖騎士や神官の関係者とは思えない。マーラの目には、どこぞの貴族のお嬢様に見える。
好奇心旺盛なお嬢様が我儘を発揮し、困る使用人を無理やり引き連れて洞窟へ冒険に来た。あくまでマーラの予想でしかないが、かなりいい線をいっているような気がする。
やや考えたのち、マーラは女と会話をしてみることにした。謎の多い人物ではあるが、顔もスタイルもかなり良いからだ。
「貴族の娘か? ならば、その場で服を脱げっ!」
くわっと目を見開いたのだが、外見は剣そのもののマーラの変化を、普通の女性が見抜けるはずもなかった。
女性がきょとんとした顔で、目の前にいるマーラを凝視する。まだ魔剣が言葉を発したのだと、理解しきれていないみたいだった。
「どうした。剣が会話できるのがそんなに不思議か? お前は何も気にせず、俺の前で生まれたままの姿になればいいのだ!」
今度はさらに強めの口調で言ってみるも、肯定の返事は聞こえてこない。
もう一度催促してやろうかとマーラが思った時、急速に女が顔を赤く染めた。
「どうして私が服を脱がないといけないのよ。それに、何で剣が喋ってんの!? 信じられない!」
矢継ぎ早に、唾を飛ばしそうな勢いで質問がされる。どうやら見た目通りに、かなり勝気な女性みたいだった。
レイシャルラは強気というより凛とした感じのするタイプだったが、マーラの前に新たに現れた女性は単純に生意気な感じだ。
「だが、それがいい」
マーラは思わず口に出していた。
「強気な女性が、猫になる瞬間がたまらない。そこまで持っていった時の感動や興奮は、男にしかわからないだろうな。まさか現実で、そのような機会に恵まれるとは思わなかった。魔剣、万歳。さあ、服を脱ぐがいいっ!」
「だから、どうしてそうなるのよ! 何なの、この剣。喋るわ、変だわ。ありえない!」
「信じられないの次はありえないか。ずいぶんとボキャブラリーが貧相だな。そこは惚れたと言うべきだ」
「どうすれば、奇妙な発言ばかりする剣に私が惚れるのよ。ああ、なんだか頭が痛くなってきた」
「それはいかん。まずは頭を冷やすためにも――」
「――服は脱がないわよ」
実にあっさりとマーラの次の台詞は見抜かれ、しかも即座に却下された。
なら帰れと言いたくなるが、気の強そうな顔はマーラの好みだ。もっとも、普通に見られる容姿の女性であれば、誰であっても好みの部類に入る。
ストライク範囲はとてつもなく広い。例外は老婆と幼女である。さすがのマーラでも手を出す気にすらならなかった。
「服を脱がないのなら、どうしてお前はここに来たんだ?」
「どうしてって、決まってるでしょ。私は追われて――あっ、そうだ。ディグル! 急いで迎えに行かないと!」
なんとも忙しい女性である。すでにぼろぼろになりつつあるスカートの裾をふわりと浮かせ、身を翻した女は両手を伸ばして、壁にぶつからないよう気を付けながら来た道を戻っていった。
取り残されたマーラは、すぐに先ほどの女性の全身像を思い浮かべる。そこから集中力を発揮し、徐々に着ていたドレスを透けさせる。そうすれば、あっという間に全裸の完成である。あくまで妄想の産物でしかないが、マーラは十分に満足可能だ。
新たな所有者にできなかった無念さなどない。生身の女性を目に出来たことで、オカズが一品増えたのだ。心の底から感謝したいくらいだった。
静けさが戻ってきた洞窟で、地面に突き刺されたまま、次なる妄想世界の扉を開く。そこには誰もが羨むマーラだけの桃源郷が存在する。
ひとりぼっちには、ひとりぼっちなりの楽しみ方がある。それを熟知しているマーラこそ真の勝者。自分自身を讃えながら、先ほど出会った女性にも頭の中で痴態を演じさせる。
「ふふん。さっきまでの態度はどうした。くけーっけっけ」
「何、気持ち悪い声を出してるのよ。おぞましくて鳥肌が立ったじゃないの」
目を閉じて自分の世界へ入り込んでいたせいで、マーラは女の接近に気づくのが遅れた。すぐ前に立っていたのは、慌ただしく立ち去ったばかりの女だった。
「戻って――」
「――来たけど、服は脱がないわよ」
またしても台詞の先回りをされた挙句に、超速で拒絶されてしまった。どうあっても、名前も知らない勝気そうな女は裸になりたくないらしい。
「どうしてだ?」
「本気で聞いてるっぽいわね。私からすれば、逆に意味不明な剣の前で裸にならないといけない理由を知りたいんだけど」
「俺が望んでいるからだ」
「じゃあ、私が望んでいるから脱がない。話は解決ね。で、ちょっと聞きたいんだけど」
「断る」
女が不満そうにするが、当然だった。こちらに協力してくれない人間に、マーラが何かをしてやる義理はない。異世界だろうが異世界でなかろうが、助け助けられの義理人情は必要なのである。
「この洞窟は何? 他に誰もいないみたいだけど、何かに使われてたとこなの?」
マーラの言葉を完全無視し、当たり前のように女が質問をしてきた。この我儘ぶりからして、やはり貴族のお嬢様で間違いなさそうだ。
「答えてほしければ服を脱げ。一枚につきひとつの問いに答えてやろう」
「仕方ないわね。ディグル、お願い」
くるりと顔だけ後ろを向いた女が、誰かに話しかけた。
マーラが女の視線の先をじっと見る。そこには女と対照的に、おどおどとした臆病そうな少年が立っていた。
真っ白な袖の長いワイシャツの上にグレーのベストを羽織り、ベージュの半ズボンをはいている。白い靴下と同じく白をベースとしたスニーカーも合わさって、ざ・おぼっちゃんみたいな服装になっている。
身長は生意気そうな女よりも低く、髪型は女性のショートカットに近いくらいか。真ん中分けした前髪の間から覗く瞳は自信というものをまったく宿しておらず、生来の気弱さを感じさせる。
外見通りの性格をしているらしく、ディグルと呼ばれた少年は緊張と不安で震える声を出す。
「な、何がお願いなの? ま、まさか姉様は、僕に服を脱げって言うの?」
泣きそうになる少年に、気の強い女はさらに言葉を続ける。
「そうしないと質問に答えないって言うんだもん、この剣。少しくらいサービスしてあげなさいよ」
「む、無理だよぉ」
とりあえず二人を放置しておき、マーラはふむと心の中で頷いた。ディグルという少年は女の弟で、力関係は圧倒的に姉が上回っているようだ。
懸命に拒否する弟だったが、徐々に姉の要求に逆らえなくなっていく。このままでは、本当にマーラの前で服を脱ぎかねない。
姉同様に顔立ちは整っており、中世的というか女性みたいな印象も受ける。しかしディグルという名の少年は間違いなく男。象徴を見たわけではないが、マーラの中の判別機能が間違いないと断言している。
極稀に女性としか思えない男。男としか思えない女性もいるが、さすがにそこまで守備範囲は広くない。年齢に関するストライクゾーンは広めでも、やはり純粋な女性がマーラの好みだった。
「残念ながら男の裸で喜ぶ趣味はない。脱がれても不機嫌になるだけだぞ」
マーラの言葉にディグルは心から安堵したような顔を、姉だという女は不服そうに唇を尖らせた。
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「だからお前が脱げ。そうすれば質問に答えてやる」
「仕方ないわね。ディグル、お願い」
振り出しに戻る。どうやっても女は、マーラの要求に応じるつもりはないみたいだった。
残念ではあるが、それならそれで仕方ない。マーラも、名前すら知らない女の質問に答えなければいいだけだ。
「ティエナ姉様ぁ……早く家に戻ろうよぉ」
ティエナと呼ばれた女は、不機嫌そうに首を左右に振る。
「無理よ。ディグルだって見たでしょ。あの変な奴を。捕まったら最後、絶対に殺されるわ」