第30話 俺をそこらのスケベと一緒にしてくれるな
魅力的な誘いに間違いはなく、反射的に頷きたくなってしまう。しかし相手は魔神。人間の肉体に戻ってエッチなことができるかもしれないのは捨て難いが、簡単に信用したら大変な目にあう。それに――。
マーラはチラリと失意のどん底にいるティエナを見た。愛する両親を最悪な形で失い、せめて救おうと頑張っていた弟は偽りの存在で、両親を失うきっかけを作った魔神だった。注いでいた愛情も操作されたものだと知り、何もかもを信じられなくなっている。
短い期間であっても、マーラは彼女の手の中で過ごしてきた。絶望するティエナを放置して、人間に戻るなんて選択肢はありえない。そう決めたら、迷いはなくなった。
「せっかくの提案だが断らせてもらう。お前に干渉したドラゴンは直接手を下せない理由があって、俺を剣にした。邪悪な魔神を滅ぼすためにな」
「ない話ではないね。だけど意外だったよ。まさか君が人間に戻るのを拒絶するなんてね。フフ、なら条件を追加してみよう。僕が他者の愛情を操作できるのはもう理解しているよね。そこで、だ。君が僕に協力してくれるのなら人間に戻してあげるだけじゃなく、この場にいる三人の女もプレゼントするよ。ハーレム生活を送ってみたくはないかい?」
「是非、送りたい!」
マーラは即答した。状況を見守っていたレイシャルラが、非難の目を向けてくるのがわかる。
「人間、素直なのが一番だね。では早速だけど協力してもらうよ」
「断る!」
「……君は僕の力でハーレムをプレゼントされたいんだよね? なら協力してくれないと」
「勘違いするなよ。ハーレム生活を送りたいか聞かれたから答えただけだ。お前にプレゼントしてもらおうなんて思ってない。俺をそこらのスケベと一緒にしてくれるな。洗脳されたも同然の女に与えられるエロなんざ……いや、それもありといえばありか……」
「マーラ!」
飛んできた怒声はレイシャルラのだった。本気でブチ切れられる前にマーラは妄想を中止する。
「心配するな。俺はディグルに協力しない。望まない女に望まない痴態を晒させるなんてエロ道に反する!」
「……その割には、君は望まない女性に望まない淫らな姿を披露させて、力を得てきていたように思えるけど?」
「女が納得してれば合意だろ。お前みたいに特殊な能力で精神を操ったりはしてないんだ。力を求める代償としてエロが必要だから貰ってる。それが嫌なら、レイシャルラみたいに捨てればいい」
「口ではとても君を負かせそうにないね。力ずくということになるけど、構わないかな」
ディグルの目が細まる。場に緊張が走るも、ティエナはまだ使いものになりそうもなかった。
「だったらさっさと力ずくで従わせようとすればよかっただろ。それをしなかったのは、恐らく俺の意思が重要だからだ。力を取り戻すには、お互いに精神体になった状態で繋がらなければならないとか、そんな縛りがあるんじゃないか?」
「まいったね。僕のマナを手に入れたことで、知識レベルもずいぶんと人間の頃に比べて上がっているようだ。いかがわしい絵が描かれた四角い箱を両手に持って、アホ面晒して幸せそうに歩いていた男と同一の存在とはとても思えないよ」
なんとなくマーラは思い出す。そういえば殺された日は、贔屓にしているメーカーの新作エロゲの発売日だった。確かハーレムを作る内容だったように思えるが、記憶の大半は失われているので詳細ははっきりしない。
「いかがわしい絵が描かれた箱?」
こんな状況だというのに、レイシャルラだけでなくミューリールまでもが白い目でマーラを見る。
「そ、そんなことを気にしてる場合じゃないだろ。ティエナがこの有様なんだ。お前が俺を持て、レイシャルラ! 力を取り戻した奴がこの世界で悪ふざけのような遊びをしてみろ。大変なことに――あ、そうか」
突然、口調を変えたマーラに驚き、どうしたのかとレイシャルラが尋ねてきた。
「俺がお前と会ったのは偶然じゃないかもしれないぞ」
「どういう意味ですか?」
「もしかしたらディグルの力を奪ったドラゴンが、お前を俺の場所まで導いたんじゃないかってことだ。俺を剣にしたのがドラゴンなら、どこか適当な場所を探して置いたのも同じドラゴンだろうしな」
「マーラを悪用されるのを防ぐため、ですか」
「考えてもみろ。別に裸を見せるくらいなんとも思わない女が、俺を握って世界征服なんて野望に目覚めたらどうなる」
レイシャルラの返答を待つまでもない。明らかに大変な事態になる。
「恐らくそのドラゴンは俺をお前に持たせ、ディグルを討たせようとしたんだろうな。悪魔退治を求められる神聖騎士なら、いつか必ず遭遇する」
「色々と画策していたのは事実だろうね」
言ったのはディグルだった。相変わらずの余裕ぶりである。
「誤算だったのは力を失ったとはいえ、僕とマーラが出会ったことだろうね。まあ、力を発動するきっかけが淫らなエネルギーというのもだろうけど。とにかく、せっかく僕の力を詰め込んだ魔剣を誕生させたのに、十分に活用できる者はいなかった。僕を倒す可能性のある唯一の武器なのにね」
ゆっくりと。ディグルが一歩目を踏み出した。
「会話はそろそろ終わりにしよう。大丈夫、君たちを殺すつもりはないよ。人質兼餌にして、力を返してもらわなければならないからね」
ディグルの視線の先にいるのはティエナ。正確には彼女の右手に握られているマーラだった。
瞬間的にレイシャルラが動く。ディグルよりもティエナとの距離が近かったのもあり、先ほど言われたとおりにマーラを手に取った。
「上位精霊であるドラゴンが貴方と私を出会わせたのかどうかは知りませんが、この場で魔神を倒せるのはマーラの力だけです。頼りにします」
「任せておけ。とはいえ、中途半端に滾らせても相手にならないぞ。グレーターデーモンを倒した時みたいにマナの波動を直接ぶち当てるしかないだろうな。あれが俺の必殺技っぽいし」
「確かにあの攻撃は強力でした。教会に所属する身ゆえにあまり賞賛はできませんが、この場においては魔神ディグルを倒すのを最優先とします。ミューリール、援護とティエナさんのフォローをお願いします!」
「わかりました。いくら悪魔が憎かったとはいえ、グレーターデーモンまで召還してしまった私の大きな罪を償うためにも、全力で戦います!」
いつになく気丈にミューリールが叫んだ。頼もしげにレイシャルラが見つめる中、場違いないほど楽しそうにディグルが笑う。
「あれあれ、まだ気づいていなかったんだ。魔法陣を完成させたのは予想外だったけど、君にそうするよう仕向けたのは僕だよ。可愛い顔の裏側は、ドス黒い悪魔への復讐心に満ちているのがわかっていたんでね」
にっこりと、誰にも触れさせたくないであろうミューリールの秘密にディグルが踏み込んだ。
「ミューリールだっけ? 君は家族を悪魔に殺されたんだね。いや、村の人間全員か。聖国に所属してはいるけど、王国の人間なんだね」
「ど、どうして……」
ミューリールが声を震わせる。
「心を読んだとかじゃないよ。僕にはね、その者が抱えている秘密がわかるんだ。それにしても、神官らしい清楚な振る舞いを見せておきながら、常に悪魔を殺すことしか考えていない復讐者だったなんて笑えるよね、アハハ!」
「黙りなさい! 家族が死にたくないと言いながら、命を失っていく瞬間を見せられた私の気持ちが、貴方にわかるはずありません!」
「そりゃそうでしょ。僕は秘密は暴けても、人の心まではわからないんだから。あ、そうそう。秘密を他の人に教えちゃった代わりに、僕の内緒話を特別に教えてあげるよ。実は君の村が滅びたのは、実施的に僕の仕業なんだ」
「……え?」
絶句するミューリールと対峙するような位置に移動しながら、ディグルは発言の真意を説明する。
「僕が直接悪魔を召還するのは不可能でね。どうしようかと思っていた時に人間を利用してみようと考えたんだ。そこで適当に見つけた王国の村で、ひとり寂しそうに生活をしていた根暗そうな男に目をつけたんだよ。そいつに悪魔召還をさせてみたら見事に成功してね」
何が面白いのか、ディグルは口もとに手を当てて笑いだした。
「これでマナを取り戻す計画を実行に移せると喜んだよ。ついでに男への感謝の気持ちも込めて、僕が直々に命を奪ってやったんだ。そうしたら召還したばかりのレッサーデーモンが暴走を始めちゃってね。アハハ、ごめんごめん。若さゆえの過ちってやつかな」
ディグルが男をそそのかして召還させたレッサーデーモンは、三日三晩暴れて街を破壊し尽くしたあと、教会から派遣された神聖騎士たちによって退治された。その時にひとりだけ助かったミューリールは神官になるのを決意し、村を捨てて聖国へ移った。
そこまで言ったところで、ディグルは終幕とばかりに優雅に一礼をした。拍手をする者は誰もいない。
数秒の沈黙後、ランプの炎が作る明かりがゆらめく地下室に怒声が響いた。
落ち着かせようとするレイシャルラの声は届かない。燃え上がる憎悪を力に変え、ミューリールは両手を目の前で交差させて、神聖魔法を発動させる力ある言葉を叫ぶ。
「神に捧げし、我が名はミューリール! 従順な下僕たる我に魔を撃ち滅ぼす正義の刃を与えよ!」
交差させていた両手を上げると同時に、手のひらへ強烈な光が集まる。意志ある輝きがミューリールの手の中で、まばゆいばかりの剣に変わった。
「へえ。凄いじゃないか。それは確か、神聖魔法でもランク四に位置するものだったよね。でも、大丈夫? そんな大技を放ってしまうと、君のマナは一気に尽きてしまうかもしれないよ」
「それでも構いません。皆の仇を取れるなら、私の命だって惜しくはありません。神がもたらした聖なる光の刃に怯え、その身を朽ち果てさせなさい! ソードオブジャスティス!」
突き出されたミューリールの両手へ呼応するように、光の剣が一直線にディグルを目指す。




