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第3話 毎日ニヤニヤが止まらないな

 以前に所属していた学園で将来の夢について聞かれ、真顔で「チート能力を持って異世界に転生し、ハーレムを作ること」と答えた日が懐かしい。


 通り魔に殺されたのは誤算だったが、おかげで異世界に転生できたのであれば感謝すべきなのだろうか。ひとり考えつつ、マーラはやっぱり違うなと自身の見解を否定する。


 膨大な魔力を持っているのは間違いない。異世界に転生後、初めてマーラを手にしたレイシャルラが話していたからだ。


 そこまではいいのだが、剣に転生したというのはなかなかに問題だ。何故か剣なのに色々な感覚はあるが、好き勝手に女体に触れない。


 せっかくレイシャルラという美人に持ってもらえたのに、お色気溢れる展開は道中で皆無だった。隙をついて下着などを覗けたりはしたが、それだけだ。


「こんなはずじゃなかったんだがな。まあ、剣に転生してしまったからには、今さらぐちぐち言っても始まらないか」


 本来ならマーラはすでに死んでいた。それが何の因果か、僅かとはいえ過去の記憶も持って転生できたのだ。これで良しとしなければ罰が当たる。


「そういえば俺の本当の名前って何だったっけかな」


 本当のというか前世の名前があるはずなのだが、一週間ほど前だろうか、レイシャルラがマーラを初めて手にした時には思い出せなくなっていた。


 どう頑張っても思い出せないので、得意の下ネタを織り交ぜて「マラでも何でも好きに呼んでくれ」と言ったところ、レイシャルラがわざとかたまたまかマーラと聞き間違えた。


 以降、この世界では魔剣マーラという名称で呼ばれることになった。思い出せない名前に思い入れはないので無問題だ。


 どうせひとりぼっちになったのだからと、マーラは改めて自分自身について考えてみる。


 マーラはかつて日本人だった。決して、ここ異世界の出身者ではない。


 もっともレイシャルラたちの側に立てば、マーラの故郷こそが異世界になるのだが。


 日本人だったマーラは不幸なことに、帰宅を急いで利用した近道の路地裏で通り魔に襲われて十六年の人生を終えた。


 殺されたショックなのか、過去の大半は思い出せなくなっている。両親の名前や顔も、いたかどうかすらもわからない。


 だが殺されたのは確かだ。なのにマーラは目覚めた。剣として唐突に。


 現在と同様に、どこかもわからない薄暗い洞窟の中にマーラは突き刺さっていた。


 手足がないので身動きはできない。なのに呼吸はできる。目も見えるし、においもわかる。挙句に喋れる。口なんてないのにだ。


 不思議に思うも、そもそも異世界の存在自体が不可思議なのだ。理解しようとするのは無理な話だった。


 異世界に転生して当初は混乱したが、しばらくひとりぼっちだったマーラには考える時間だけはたっぷりあった。


 日本人だった前世の記憶の大半が失われた代わりに、現在の世界がどういうものなのかを大体は理解できていた。


 それが当たり前だと、最初から自覚していた。しかし知っているのは世界の理のみで、他に人間がいるのかどうかは不明なままだった。


 そこにレイシャルラがやってきた。一見するなり強力な魔剣だと言い、マーラを手に取るかどうか悩んでいた。


 この機会を逃したら外に出る機会は失われる。何よりレイシャルラは極上の美人だった。


 ここぞとばかりにマーラは力ある魔剣を演じ、レイシャルラに引き抜かせるのに成功した。


 神聖騎士だというレイシャルラは、レッサーデーモン討伐の命を受けていた。魔物退治は幾度も経験あるみたいだが、悪魔と相対するのは初めてだったらしい。


 一般人と比べれば絶対的な力量を持つ神聖騎士であろうとも、悪魔との戦いは簡単ではない。


 そうした不安も手伝って、正体不明の魔剣――つまりはマーラを手に取るという決断に至ったのだろう。


 願ったり叶ったりの展開にはなってくれたが、期待した甘い場面はちっとも訪れてくれなかった。


 剣になっても視界があるのはありがたかったが、手を伸ばせないので触るのはもちろん、寝ているレイシャルラの服を脱がせるのも不可能だった。


 お腹が空かないのは利点だが、何故か性欲はある。しかも興奮度が高まるほど、魔剣としての能力が上がるのも感じる。


 逆に気分が萎えてしまえば、へなへなと硬度も失われ、剣としては役に立たない。


 まるで男の象徴みたいだ。何度も辿り着いた結論である。興奮すれば硬くなって、萎えればふにゃふにゃ。こんな魔剣、見たことも聞いたこともない。


 だが現実にマーラは存在する。だからこそレイシャルラに能力を引き出す方法を教えてやったのだが、最後までビキニアーマーを装備してくれなかった。


 実際に存在するのかどうかは不明だが、異世界だからきっとあるはずと思った。すでにこの場を立ち去ったレイシャルラは探してすらくれなかったが。


 とにもかくにも、現在は魔剣マーラとなった。かつて日本人だった記憶は役に立たない。何せ、ここは異世界なのだ。従来の常識は通じない。


 もっとも過去の記憶をほとんど失っているのに加え、現在の世界の情報を知らず知らずのうちに脳が入手しているので、必要以上に戸惑ったりもしなくて済んだ。


 実体を失ったのは残念だが、魔剣として新たな生を得られたので良しとする。もしかしたら不老不死なのかもしれないし、嘆くよりも利点と思われる部分に感謝する方が精神的に健康でいられる。


「しかし……やっぱり男の象徴っぽいよなぁ……」


 冷たい空気の流れる洞窟の奥で、ひとり寂しく呟く。


 洞窟へ到着するまでにレイシャルラが立ち寄った湖で、一度だけマーラは自身の外見を見たことがある。


 長さはおよそ一メートル程度だっただろうか。剣身は黒で、日に当たって光っていた。鞘はなかったので、レイシャルラは常にマーラを手に持って歩いていた。


 男の象徴という感想は外見についてではなく、どちらかといえば感覚的なものだった。


 肉体が魔剣となったような感じなので、暑い寒いなども感じられる。加えて敏感だ。


 グリップを握られるだけでぞくっとくるし、癖になりそうだったりする。問題は剣身が敵にぶつかった時、とても痛い点だ。全身がバラバラになりそうなくらいで、どうにも好きになれない。


 興奮状態になれば滾ってるせいで痛みを忘れるのか、そうしたものは一切感じない。あらゆる意味で元気になるほど、魔剣マーラの能力は圧倒的に上昇する。


 だからこそ当初はレイシャルラもマーラを装備したのだが、繰り返される下ネタ発言に嫌気を覚え、レッサーデーモンを倒した洞窟の奥に捨てていった。


 魔剣になってわりと時間が経過しないうちに、レイシャルラが目の前に現れた。だが、今回もそうなるとは限らない。下手したら何十年と、いつ来るかもわからない持ち主を待ち続けるはめになる。


 しかも、次の所有者も美人とは限らない。女であっても、よぼよぼの老婆だったならある意味拷問だ。男にはグリップを握られたくもない。


 マーラが執拗に拒絶したところで、強引に抜かれてしまえばどうしようもない。魔剣と言われども、装備者に呪いを与えたりするような特殊能力はないのである。


「やれやれ。しばらくは黙って待つしかないか。レイシャルラが戻って来てくれるかもしれないしな」


     ※


 儚い願いを持ち続けて、気がつけばどれくらいの時間が経過したのか。


 時計もない洞窟では、現在時刻すらもわからない。ただひたすらボーっとしているだけの生活。


 レッサーデーモンをレイシャルラが倒した後は、魔物の存在すら感じられない。寝ても覚めても、マーラはひとりぼっちである。


 常人であれば耐えがたい暇さに悶え狂ったかもしれないが、マーラは違う。妄想という素晴らしい友がいる。


 戻ってきたレイシャルラが、やっぱり貴方がいないと駄目なのとマーラにすがりついて嗚咽を漏らす。さらにその後の展開を好き勝手に想像し、むふふと他人が聞いたら不気味にしか思わない笑い声を洞窟に木霊させる。


 レイシャルラときゃっきゃっうふふしている最中に、嫉妬したミューリールもやってくる。マーラの頭の中に広がるのは、とても素晴らしい光景だ。


 魔剣にこそなっているが、手足を除けば目や鼻、それに口の感覚は人間の頃と変わらない。


「ふーっ。毎日ニヤニヤが止まらないな。レイシャルラもミューリールも困った女だ。たまには俺を自由にしてほしいぜ」


 妄想には無限のごときパターンがある。飽きるという奴がいるのであれば、想像力が欠如しているだけだ。現にマーラは、シンとした洞窟においても暇を感じていない。


 明かりもレイシャルラたちが回収していったおかげで、洞窟は基本的に暗い。ランプや魔法の光がなければ行動できないほどではないが、苦労はする。そのくらいの暗さだ。


 魔剣になった影響か、ずいぶんと夜目がきくようになっているので視界に関する不便さはない。自由に動ければ最高なのだが、どんなに願ってもさすがに手足は生えてくれなかった。


 次は妄想世界で、レイシャルラやミューリールをどのようにもてあそんでやろうか。マーラがそんなふうに考えていると、響くように足音が聞こえてきた。


 急いでいるような感じで、間隔は短い。かなり全力で走っている。普通ならここで妄想を一時的に停止して耳を澄ませるのだろうが、マーラにそんなつもりはない。誰のかもわからない足音より、脳内でレイシャルラとイチャイチャする方がずっと大事だった。


 正体不明の何者かが目の前に現れたら、その時に対処法を考えればいい。若い女性なら、古来より存在する名のある魔剣を装って所有者になってもらおう。


 まとめた思考を頭の片隅へ放り投げ、マーラは開いているかどうか外見ではわからない目をもう一度閉じる。わずかな休憩時に目を開けていたが、妄想世界へ突入するには完全なる闇の中で扉を開ける方がより効率的なのだ。


 裸エプロンに包まれたレイシャルラとミューリールの柔らかそうな肢体を、脳内で誕生させる。頬を赤らめ、流し目を送ってくる二人の女性は、もしかしなくともマーラにベタ惚れだ。腰をくねらせ、牝のごとき表情を見せる。


 妄想世界でのマーラはガードの左右を自在に伸ばし、手のように扱うのが可能だ。まずは女たちの、上半身の二つのふくらみから堪能するとしよう。


 しかし、どっぷりと自分の中に入り込んだマーラを呼び戻すノックのごとく、足音がどんどん強くなる。


 やがて足音が止まる。ゆっくりとマーラは目を開ける。視界に映ったのは、見るからに若い女性だった。

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