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第29話 俺はお前なんか知らないぞ

 あくまでもトルドールは捨て駒。王家を追われた元王族に悪魔を召還させ、憎んでいる王家の連中を生贄にして、さらに多くの悪魔を呼び出させる。


 数が揃った頃には、教会の関係者が大挙して押し寄せる。全滅する可能性はあるが、その際の戦闘で失われた命の分だけディグルのマナは補充される。


 説明された計画のおぞましい内容に、吐き気を催したのはマーラだけではないだろう。怒りで剣を握る手を震わせているレイシャルラを見ればわかる。


 そんなマーラたちの怒りをさらに煽るように、ディグルは自身の行動についての話を、まるで自慢するみたいに続ける。


「仕方ないから予定を変更したよ。特殊能力を使って、彼のひとり娘であるティエナに僕の存在を弟として認識させたんだ。心から僕を愛しているという設定でね。表面上は完全に思い通りだったけど、心の奥底では弟などいないのを理解していたんだろうね。時折、無意識にキツくあたったりしてたのはそのせいさ。もっとも、偽りの認識を打ち破る力はなかったみたいだけど」


 ディグルが魔神と呼ばれるに相応しい、邪悪な笑みを見せた。


「面白かったよ。正体不明の少年を、いないはずの弟と言って愛情を注いでいる娘を見る親の顔は。王家を追われて無気力になった? 違うね。よく思い出してごらん。君が僕と楽しそうにするたび、困惑していた両親の姿を」


 思い当たるふしがあったのか、ティエナがギクリとする。


 その反応にディグルがさらに気をよくし、饒舌ぶりを加速させる。


「戸惑いが不安に変わるまで、そんなに時間はかからなかったよ。寝込んだ母親に元気になってもらいたくて、君は僕を連れて毎日のように寝室へ励ましに行ってたね。そのたびに、愛する母親が精神に変調をきたしていたとも知らずにねェ! アーハッハ!」


「やめて! もうやめてぇぇぇ!」


「どうして耳を塞ぐんだい? すべて君のせいじゃないか。愛する妻が寝込むようになってから、意味ありげに何度も笑う僕を見て、娘が悪魔に憑かれたと父親が勘違いしたのもねェ! これも傑作だったよ。罠にはめたトルドールに謝罪させて近づけ、悩みに乗るふりをして追い込んだんだ」


 ディグルの目が不気味に光る。残酷な真相の暴露が進むにつれて、顔に宿る愉悦の感情も濃くなっていった。


「悪魔を滅ぼすには悪魔の力を使うしかないってね。生来の意志力の強さも、心が弱れば何の意味もなかったよ。そそのかされるままに君の父親は儀式を行った。自分の妻を側に置き、これで仲良く暮らせると微笑みながらね。アハハ!」


「何が……何がそんなにおかしいのよっ! この悪魔っ!」


「やだなあ。僕は悪魔じゃなくて魔神だよ。おかしいのは当然だろ。悪魔の書の全貌を理解しきれていない人間が、自らの妻が生贄に捧げられるとも知らずにレッサーデーモンを召還したんだからさ!」


 ディグルは芝居がかった仕草で目を閉じ、軽く俯いて胸に右手を当てる。


「目の前で弾け散る愛を誓った女。絶望して崩れ落ちる男。悲しみと嘆きの血の雨に濡れて、この世のものとは思えない叫びを放つんだ。まさに喜劇だよね。たっぷり笑わせてもらったよ!」


 目を開けたディグルは、この上なくうっとりとしていた。


「魔神ダンタリアン! 神に認められし騎士である以上、貴方の悪行を見過ごすわけにはいきません。ここで滅しなさい! ホーリーライト!」


「駄目だよ、常に冷静さを維持するように努めないと。怒りに任せて、格上の相手に無謀な戦いを挑んだりしてしまうからね」


 まるで何でもない作業のように、ディグルは頭上で輝く光に手を伸ばし、握り潰すように閉じる。実際に光を掴んでいなかったはずなのに、それだけで神の奇跡と称される聖なる光は掻き消えた。


 圧倒的な実力差を目撃させられたレイシャルラが愕然とする。冷や汗が幾つも頬を流れ、足元へ垂れ落ちていく。


「僕の力が失われていると聞いて、今なら勝てると思ったのかな。残念。判断を間違えてしまったね。本来の二割程度の力しか出せなくとも、グレーターデーモン程度なら片手で捻り潰せるんだよ。さて。一度挑んだ以上、逃げたりしないよね」


 ディグルが両手を広げ、いつでもどうぞというポーズをとる。隙だらけのはずなのに、外見は少年のディグルに誰も勝てる気がしなかった。


「何だ、こないのか。それなら楽しい会話を続けようか。どこまで話したかな。そうそう、間抜けな男が何よりも大事だと言っていた女を生贄に捧げて、自らレッサーデーモンになってしまったところだったね」


 具体的な名称を出していなくとも、ディグルのいう間抜けな男がティエナの父親を示しているのは明白だった。


 他ならぬティエナにいつもの気丈さはなく、崩れ落ちた床の上で虚ろな目をしながら何事かをぶつぶつ呟くばかり。マーラを握っているのもやっとだった。


「レッサーデーモンになった男は自らの過ちに気づきつつも、最愛の娘だけでも守ろうとしたんだよ。いつの間にか側にいて、弟だと言っている謎の少年の魔の手からね。だけど親の心子知らず。愛する娘はとことん男の邪魔をした」


 それがマーラとティエナの出会いのシーンに繋がるのだろう。ディグルはこの場にいる人間の顔を順番に見渡し、口角を吊り上げた。


「悲しみに暮れる男は余計に少年へ怒りを募らせるも、致命的な悪手となったんだ。なにせ負の心に囚われるほど、悪魔との融合は強まるからね。結果として何を目的に行動しているのかわからなくなり、哀れな男は守ろうとした娘を殺そうとした挙句に返り討ちにあったのさ。おしまい」


 締めとばかりに拍手をするディグルを、レイシャルラのみならずミューリールも呪い殺さんばかりに睨みつける。


「トルドールを始末したのもお前か?」マーラは質問した。


「そうだよ、と言いたいところだけど、少し違うかな。さっきも話したよね。僕は哀れな男に復讐をさせようとしていたんだ。だから最初は愚かな男を生贄にするつもりだったんだよ」


 ディグルの言う哀れな男がティエナの父親。愚かな男がトルドールになるのだろう。誰も疑問の声を挟まず、ネタ晴らしともいえる話を聞き続ける。


「でも途中で面白くなくなってさ。哀れな男が知らない間に、僕が魔法陣を勝手に書き換えたんだ。彼の妻が生贄になるようにね。それで、あんなに面白い展開にできたんだよ」


 誰かの歯ぎしりの音が聞こえた。それすらも心地よさそうに、ディグルは弾んだ声を出す。


「しばらく放置して偽りの姉と行動を共にし、ひとりで屋敷に戻ると驚いたよ。そこの神官が、失敗が前提の魔法陣を正しいものに直していたんだ。おかげでトルドールも生贄となり、グレーターデーモンが呼び出された。彼女のマナが僕ほどにあったなら、とんでもないのが召還されていただろうね」


 ディグルの魔法陣は、召還主のマナと生贄の命の強さによって呼び出せる悪魔が変わるらしかった。


「人間がどのくらいの悪魔を召還できるのかも見たかったんだけど、期待外れだったよ。神官ですらグレーターデーモンがやっとじゃないか。でもツイていたよ。まさかマーラの力の源が僕のマナだったなんてね、驚きだ。いや、想定外というほどでもないかな。君と僕には浅からぬ縁があったわけだし」


「縁……だと? 俺はお前なんか知らないぞ」


 ティエナみたいに心を操られたのかと思ったが、ディグルは少し前までマーラの力が自分のマナだとは知らなかったと言った。前々から知り合っていた可能性は低い。


「僕に引っ張られて、この世界へ来た時に忘れてしまったのかな。無理もないね。魂だけの存在になっていたはずだし」


「……どういう意味だ」


「そのままだよ。地球だったかな? そこで僕は君に出会った。すぐにお別れしたけどね」


「まさか……俺を殺した通り魔は……」


「そう。僕だよ」


 実にあっさりと、ディグルは日本人だった頃のマーラを殺したと認めた。


「僕は好奇心旺盛な性格をしていてね。次元の扉を開く方法を見つけた時は歓喜したよ。その扉を通って、最初に辿り着いたのが地球さ。まだ色々と慣れていなくてね、到着した暗がりの場所で偶然出会った君を咄嗟に殺してしまったんだ。いやあ、僕も若かったな。アハハ」


「笑いごとじゃないだろうが!」


「そんなに怒らないでよ。君だって僕の力の大半を奪ったじゃないか。意図した行為ではないといえ、ね」


 普通なら簡単には信じられない話だが、マーラはディグルを初めて見た時に奇妙な親近感を覚えていた。同一のマナを所持していたという理由なら、なんとなく納得ができる。


「反射的に君を殺してしまった僕は、すぐに新たな次元の扉を開いた。初めて辿り着いた世界で僕以上の存在がいて、目をつけられたりしたら大変だしね。今度は慎重に行動しようと決めたんだけど、次に開いた扉が問題だった」


 ディグルが一度言葉を区切る。


「この世界へ到着するなり、何者かに僕の力を奪われたのさ。次元の扉を出入りするには、肉体を精神体へ変える必要がある。君たちでいうところの魂だけの存在みたいなものだね。その後すぐに肉体を構築する。地球でもそうだったんだ」


 そこでディグルは、心底悔しそうに歯を噛み鳴らした。


「迂闊だったよ。精神体となった僕に干渉できる存在がこの世界にいたとはね。おかげで警戒のために、わざわざ子供の姿を選んだほどだよ。地球で君を殺した時は別の姿だったから、気付かれなかったのは幸いだけどね」


 マーラをチラリと見て、ディグルがフンと鼻を鳴らす。


「まあ、そんなことはどうでもいいか。問題は僕に仕掛けてきた奴だ。見当はついている。魔力を取り戻したら、お礼をしに行ってあげるんだ。この大陸にいるドラゴンの一体にね」


 この世界のマナを見守る役目を担う上位精霊のドラゴン。そのうちの一体が、肉体を再構築する前のディグルに何らかの干渉をして、魔力を奪ったということになる。


「俺を殺したのをどうでもいいことと言ったのも気に入らないが、それよりも先に疑問に答えてもらう。俺をわざわざ剣に転生させたのは、そのドラゴンなのか?」


「そうとしか考えられないでしょ。地球で殺された君は魂だけの存在となり、その後すぐに次元の扉を開いた僕に引っ張られる形でこの世界に来た。僕のマナを奪ったドラゴンはどうするか考え、君に与えたんだろうね。けれど僕の力を受け入れる器としては、人間の肉体はあまりにも脆弱だ。そこで膨大な魔力を所持できる剣にしたんだろう。いわば君もドラゴンの被害者なんだよ」


「被害者?」


「そうさ。せっかく転生できたのに剣なんて面白くないだろ。僕に協力しなよ。マナをすべて返してくれるなら、僕が君を人間にしてあげる。交換条件としては、悪くないと思うけどね」


 確かにその通りだと内心でマーラは頷く。人間の姿になれれば、異世界とはいえもう一度人生をやり直せる。ティエナやレイシャルラみたいな美人とラブラブにだってなれるかもしれない。

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