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第28話 ああ……争いなど空しいだけだ

 闇のレーザーがグレーターデーモンの腹を貫き、大きな穴を開ける。そこから闇が広がるように肉体を蝕み、やがて最初から何もなかったかのようにグレーターデーモンを消し去った。


「そ、そんな……!? い、いえ、でも悲観する必要はありません。グレーターデーモンがいなくなろうとも、魔剣マーラを使えば悪魔を殲滅できます!」


 ショックで浮遊を維持できなくなり、床に降りながらも気を取り直したミューリールに、レイシャルラは首を小さく左右に振ってみせた。


「確かにそうかもしれないけれど、ミューリール、貴女にできますか。マーラをお尻に挟んだり、意味不明ながらもおぞましく、いやらしい響きのする決め台詞を叫んだりする愚行を」


「愚行……」


 グレーターデーモンから皆を救った英雄となるべきティエナが、その場にがっくりと膝をつく。


 そんなティエナなど視界に映っていないといわんばかりに無視するレイシャルラは、近づいたミューリールの肩に優しく右手を乗せた。


「私には……最初から無理だったのですね。すべての悪魔を消滅させると誓っておきながら……私は……!」


「過ちは償えばよいのです。機会は平等に与えられます。それに気を落とさないでください。変態魔剣を扱えるのは、同じ変態だけです。つまり、ティエナさん以外にはどうにもできないのです」


「変態……」


 好き勝手言われているティエナが、涙目で立ち上がる。


「腹が立ってきた。さっきのまたやってよ……って、マーラ?」


 グレーターデーモンを消滅させて以降、無言だったマーラを心配してティエナが声をかけてきた。


「争い事は何も生まないよ。すべてを許すんだ。そうすれば世界はまた一歩平和に近づく」


「……は? ちょっとマーラ? アンタ、何、賢者みたいなこと言ってんのよ」


「ああ……争いなど空しいだけだ。ふう」


「あっははは!」


 突如として地下室に響いた大きな笑い声。マーラの様子を見ていたティエナが上げたものではなかった。


 声変わりしていない少年のような声は、どことなく聞き覚えがある。


「何者ですか!」


 レイシャルラが、落胆して床に蹲ってしまっていたミューリールの背後にある闇へ言葉を放った。


 投げつけられた言葉に反応するように闇が収束し、空間に長円を描く。そこから現れたのは、なんとディグルだった。


「ディグル!?」


「確かその名前はティエナさんの弟さんのでしたね。ではこの方が……」


 ティエナやレイシャルラが驚く中、活力を徐々に取り戻し始めたマーラが最初に言葉を発した。


「やっぱりお前が黒幕だったか」


「そうだよ。もっと前に気づいてるかと思ったけどね」


 駆け寄ろうとしていたティエナの足が、マーラとディグルの会話によって止まる。


「どういうこと?」


「少年でありながら、誰よりも深い知識を持ってたんだぞ。普通は怪しむだろ。それにトルドールは俺を知っていた。つまり奴に情報を教える黒幕がいたと推測できる」


「どうして黒幕なんだい? 仲間でもおかしくはないよね」ディグルは言った。


「トルドールのアホさ加減を見れば、捨て駒だったのは明らかだ。恐らく奴自身も魔法陣については詳しく知らなかったんだろ。そうでなければ、あんな間抜けな最期はありえない」


「アハハ! さすが僕の半身だね」


 にっこり笑ったディグルの発言に、今度はマーラも驚かされた。


「どうやらそこまでは知らなかったみたいだね。無理もないよ。僕だってさっきの大技を見るまで確信が持てなかったくらいだ」


 新たに質問をしようとしたが、マーラを遮ったのは弟の変貌ぶりに狼狽するティエナの声だった。


「一体どうしちゃったのよ、ディグル。まさか悪魔に操られてるの?」


「面白いね。君にかけた力の影響が薄れてる。きっと僕のマナを持つマーラと同じ時間を過ごしてきた影響だね。彼にも心の奥底で愛情を感じていた分、こちら側が薄れたのか」


 意味不明な言動を繰り返すディグルに、ミューリールを立ち上がらせたレイシャルラが嫌悪を露わにする。


「貴方は……人間ではありませんね」


「今さらその質問かい? どうやら神聖騎士様はあまり頭がよろしくないようだね」


「くだらない小細工ばかりをしたがる卑怯者よりは良いかと思います。ミューリールをそそのかしたのも貴方ですか?」


 ミューリールの名前で、何かを思い出したように目を大きくして、ディグルが手をポンと叩いた。


「彼女は驚きだったよ。まさか僕の用意した魔法陣を完成させるなんてね。人間にしてはなかなかの頭脳だ。それでもグレーターデーモン程度が限界だったみたいだけどね」


「グレーターデーモン程度?」レイシャルラが驚きの呟きを漏らした。


「フフ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はダンタリアンのディグル。君たちが魔神と呼ぶ者だよ。ダンタリアンというのは種族名みたいなものさ。深く考える必要はないよ。これまで通り、ディグルと呼んでくれればいい。愛情を込めてね」


 ニヤニヤしたディグルの目が、姉と慕っていたティエナに向けられる。


 一方のティエナは案の定、露骨に動揺中だ。まばたきの回数が極端に増え、心細そうにディグルとマーラを交互に見ている。


「ティエナさん。申し上げにくいのですが、ダイン家には貴女以外の子供は記録されておりません」


 ミューリールを支えるようにして、後退中のレイシャルラがティエナを見ずに話した。


「出産の際は、もしもの場合に備えて女性の神官が同席します。そのため、教会には各家庭の出産記録が残されているのです。今回の悪魔騒動の話がトルドール様によって持ち込まれた際、失礼ながら私はダイン家について書類上ではありますが色々と調査をしました」


「へえ、そんなのがあったんだ。それじゃ、バレても仕方ないね」


 クスクスと笑うディグル。秘密が露見しても悪びれる様子はなく、むしろ楽しそうにレイシャルラの言葉を肯定した。


「そのとおりだよ。失ったマナを取り戻したかったんでね。人間に召還させた悪魔を使って調達しようとしたんだ」


「マナを調達? そのようなことができるはずありません!」


 声を張り上げたのはレイシャルラだ。隣ではミューリールも顔色を青くして頷いている。結果として、自分が悪魔の手先みたいな行動をとってしまったことに絶望しているのかもしれない。


「君たち人間と、魔神と呼ばれる僕を一緒にしないでもらえるかな、フフ。方法はね、召還された悪魔と精神的な繋がりを持たせるだけなんだよ。そうすればレッサーデーモンなりが殺した人間のマナが、僕の中に集まる仕組みなのさ。だから神聖騎士様の知ってる魔法陣とは違ったんだよ。理解できたかな。ひとつお利口さんになれたね」


 とことん人間を下に見ているのがわかっても、混乱中のティエナはともかく、レイシャルラでさえも迂闊に攻撃を仕掛けられずにいる。一緒に行動していた時には感じられなかった凄まじいプレッシャーのせいだった。


「僕たちダンタリアンは知識の他に色々な特殊能力があるんだ。例えば自由な姿を見せたり、他人の心を操作してみたり、あとは愛情を植えつけてみたり。フフフ、少しは身に覚えがあるかな」


 顔の横で人差し指を立て、講義するみたいにディグルが言う。やはりこちらを小ばかにする感じが強い。これが元々の性格なのだろう。


 顔面を蒼白にするティエナに代わって、腹立たしくなってきたマーラがディグルの相手をする。


「要するにお前がティエナの心を操作し、弟がいると錯覚させ、強引に愛情を抱かせた。そういう解釈でいいのか?」


「正解だよ。さすが僕の半身。いや、正確にはマナ泥棒かな。君が意識してやったわけではないにしろ、ね」


 どういう意味だと返す前に、ショックで肢体を小刻みに震わせていたティエナが「嘘よ!」と叫んだ。


「ディグルは私の大切な弟よ! 皆で私を騙そうとしても無駄! 胸の中にある思い出や愛情は偽りなんかじゃないもの!」


「やれやれ。相変わらず煩い娘だね。僕のマナを持つ存在が見つかった以上、君は用済みも同然。本来の思い出と愛情を返してあげるよ」


 顔の横にあったままの人差し指に親指を擦らせ、ディグルはパチンと鳴らした。


 直後に、ティエナは大きく目を見開いて硬直する。数秒ほどそうしていたかと思ったら、両目から膨大な涙が溢れだした。


「そ、んな……わた、し……ひとり、娘……だった、のに……どうして……うあ、あ、あああ――っ!」


 真実に接したティエナが慟哭する。壊れそうな心を押さえつけるかのように、右手で自身の胸を強く掴む。


 書類上ですでに事実を知っていたレイシャルラも、沈痛な表情を浮かべた。隣ではミューリールが肩を落としている。


「悪魔召還をさせるためには強い意志と、実行させるだけの理由が必要となる。僕にとっては一瞬だったけど、寿命を持つ人間にとってはそれなりの時間をかけて準備したよ。野心溢れる愚かな男をそそのかして次期国王の男を罠にかけさせたりね」


 落ち込むティエナをニヤニヤ見下ろし、ティグルはなおも口を動かし続ける。


「意外だったのはティエナの父親だよ。とてもお人好しでね。罠にはめた男へ復讐するよう言ったんだけど、首を縦に振らないんだ。自分が王になれなくとも、国が潤って民が豊かな生活を送れればそれでいいとね。けれど、それじゃ僕が困る」

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