第27話 これは……これこそまさに割れ目にポン!
「どうしても私の前に立ち塞がるというのであれば、もう容赦はしません。グレーターデーモンの手によって、ひと足先に地獄で待っていてください。すべての悪魔を滅ぼしたら、すぐにでも追いかけます」
そう言った直後の一瞬だけ、本来のミューリールに戻ったように見えた。しかし微かな微笑みを残し、彼女は再び狂気に支配される。
普段の姿からは信じられない大声を発し、グレーターデーモンに立ち塞がる敵をすべて排除せよと命令する。
グレーターデーモンは召還主の指示に従い、身震いするほどの殺気をマーラたちへ向けた。ノコギリのような牙を覗かせ、これから行う残虐行為を思い浮かべて愉悦に浸る。
「ミューリールが関わってると知った以上、教会の応援を呼ぶわけにはいきません。悪魔憑きとして処分されてしまいます。私はなんとか彼女を助けたいのです。ティエナさん、手伝ってくださいますか?」
もちろんと頷いたティエナは、マーラを持っている手で力こぶを作ってみせる。
「私だって悪魔なんて存在がなければとは考えもする。そうすればきっとお父様もお母様も生きて……うぐっ。泣くのは……あとっ! ディグルを助け出して、全部落ち着いてからにする!」
ティエナは下唇を噛み、涙がこぼれそうになるのを全力で堪える。
「ふむ。残念ながらいじらしい姿では滾らないか。同情では腹が膨れないのと一緒だな。困ったものだ」
「……相変わらず空気の読めない変態魔剣よね。でも、アンタに頼らないと駄目そうだし……あーあ」
困ったようにため息をつきながらも、ティエナは上衣の襟を引っ張った。
お目見えする胸元に視線を向けていると、さらにティエナは自分の肌が傷つかないように気を付け、上衣の裾からマーラを入れた。見やすいように、ガード部分と胸元が平行になるようにもしてくれる。
チラリとティエナの顔を見れば、かつてないほど真っ赤だ。恥ずかしさを押し殺して、グレーターデーモンへ対応するため、ミューリールを狂気から救うために、マーラをより熱く燃え上がらせようとしていた。
所有者の意図を理解したマーラのすべきことはひとつ。変態魔剣と言われようが、熱気のこもった衣服内で下着に包まれた双丘を凝視し、どこまでも高く欲望と興奮を突っ走らせる。
「滾って……きぃぃたぁぁぁぜえぇぇぇ!」
「なんか複雑だけど、この際どうでもいいわ。行くわよ、マーラ!」
衣服からマーラを抜いたティエナは、今にも襲い掛からんとするグレーターデーモンの動きを瞬時に見極める。相手がどんなに速かろうとも、今の彼女はそれをあっさり上回る。
軽くステップして振り下ろされた右手を回避後、今度は前進する。石床に突き刺さった敵の腕を足場代わりに、巨人に等しき悪魔を駆けのぼる。
もう片方の手が叩き落とそうと向かってきても、慌てることなく速度を上昇させて置き去りにする。歴戦の勇士のごとき動きに、神聖騎士のレイシャルラが感嘆の吐息を漏らす。
「さすがですね。私は付き合いきれませんでしたが、ティエナさんは見事に使いこなしています。ただ、決してマーラに呑まれないようにしてくださいね」
「大丈夫。痴女になんてなりたくないし。さあ、覚悟してもらうわよ、ミューリールさん!」
律儀に忠告へ返事をし、ティエナは大きく跳躍する。元々ジャンプ力が高まっていたのに加え、巨大な悪魔を踏み台にした。いくらミューリールが高い場所に浮いていようとも、届かないはずがなかった。
殺すつもりのないティエナはマーラの剣身で、ミューリールの頭部に強烈な一撃を食らわせようとする。順調に思えたが、やはりグレーターデーモンは上位種。レッサーデーモンとは動きも頭脳も桁が違った。
巨体に似合わない素早い動きで反転したグレーターデーモンは、背後から斬りつけようとするレイシャルラに目もくれず、ティエナの足首を右手で掴んだ。
「何っ!? 離して!」
「そうしてほしいなら、私が命令してあげる。空中から地面への旅へご招待します」
魔女のごとき妖しい笑みを浮かべたミューリールに従い、グレーターデーモンは掴んだ足ごとティエナの全身を地下室の冷たい床へ叩きつけようとする。
常人とは比較にならない身体能力を手に入れていても、戦闘経験の不足はどうしようもない。ティエナはなすすべなく、背中から硬い床に振り下ろされた。
石床にヒビが入り、ところどころが弾けるように壊れる。砕けた石が四散する中央に、ティエナの肢体が横たわる。マーラのおかげで肉体が強化されていたのと、事前にかけられていたボディプロテクトのおかげで致命傷にはなっていないが、ダメージを負ったのに変わりはなかった。
「かはっ! がっ、ぐ、うう……」
苦悶の呻きをこぼすティエナの足を、グレーターデーモンはまだ離さない。顔に悪魔らしい醜悪な笑みを張りつけ、再び右手を上げようとする。
そこへ、そうはさせないとレイシャルラが斬り込む。ティエナに気を取られ、注意が疎かになった瞬間を狙った。
気合の声とともに突き出された白銀の剣が、人間の体なら心臓がある部位に突き刺さる。そこに悪魔の肉体を構成する核があるのを、神聖騎士のレイシャルラは知っていた。
全力で押し込もうとするが、防具などなくとも高い防御力を誇るグレーターデーモンの肉体に剣先を阻まれる。
攻めるレイシャルラと耐えるグレーターデーモン。力を抜いた方が敗北へ近づくと両者ともに本能で理解していた。だからこそ力を振り絞ってせめぎ合っていたが、根負けしたのは体力的に劣るレイシャルラだった。
再生能力と硬い腹筋によって白銀の剣が押し出されるや否や、左の張り手を顔面に食らって、レイシャルラが後方へ吹き飛ばされる。鼻血が舞い、肩口から着地するなり石床を転がる。
しかしレイシャルラが頑張ってくれたおかげで、多少なりともティエナの回復する時間が稼げた。右足を捕まえられた体を捻って、なんとか手放さずにいたマーラで悪魔の右の手首を切断する。
「くはっ、はあ……! 少しは効いた!?」
「フフフ、無駄です」
悪魔の代わりに、ミューリールが答える。興奮が鎮まったせいか、冷静さを取り戻したかのように本来の口調へ戻っている。
ミューリールを軽く睨んで舌打ちしたあと、ティエナは視線をグレーターデーモンに戻して絶句する。斬り落としたばかりの右手が、凄まじい再生能力によってすでに修復され始めていた。
「想像以上ですね。二人がかりでこの有様では、とても勝ち目はありません」
闇の中でも白く輝く美しい剣を杖代わりに立ち上がったレイシャルラが、よろよろとした足取りながらもティエナの横に並んだ。
二人の正面に立つのは、まだまだ余裕のありそうなグレーターデーモン。巨大な悪魔の背後に隠れる形で浮遊しているミューリールへ一撃を加えるには、どうしても一度は突破しなければならない。
「私たちが敗れて国民が犠牲になるくらいなら、覚悟を決めて教会へ応援を求めましょう。ミューリールを救うことはできなくなりますが、私の我儘で罪なき人々を危険に晒すわけにはいきません」
悲壮な決意をするレイシャルラを横目で見て、ティエナは泣きそうな顔で手に持つマーラに話しかける。
「ねえ、マーラ。どうにかならないの!?」
「どうにかと言われてもな。俺はあくまでもティエナの武器だ。滾るほどに力を増す、な。そして俺自身はまだ一度も限界を迎えてない」
「つまり、もっと滾らせれば何とかなるってこと? 本当でしょうね……」
ジト目を向けられても、断言はできない。先ほども言ったとおり、マーラはあくまでも剣でしかないのである。
「選択するのはティエナだ。俺は武器として務めを果たすしかない。変な奴に所有者になってほしくないから、サポートや助言をするつもりではいるがな」
「ううう……わかったわよ! こうすればいいんでしょ!」
半ばヤケクソ気味に言ったティエナは、手に持ったマーラを自身の背後に回してお尻に密着させた。恐る恐るなのは斬れるのを怖がっているからだが、マーラには大丈夫だという確信があった。
「心配するな。鋭くするのは無理だが、切れ味を鈍らせるのは俺の意思でなんとかできる。だから遠慮なく挟み込め!」
「なんでそんな妙な力が備わってるのよ! これで結果が出なかったら、本当に溶岩へ捨ててやる!」
顔を真っ赤に染めたティエナが、ホットパンツの上からマーラを押し込んだ。生地越しとはいえ、五十年後に設定されていたご褒美をたった今貰えたのである。
「これは……これこそまさに割れ目にポン! 肉と肉に挟まれて俺は……俺はあァァァ!」
歓喜にむせび泣くマーラの刀身から、爆発でもしたかのように黒い光が溢れ出る。地下室の闇よりも深い漆黒に、巨大なグレーターデーモンの顔に怯えが走る。
「な、何だというのですか、その力は……! いかがわしい言動ばかりの不愉快な魔剣を、早く叩き折りなさい!」
「残念だが、そうはいかんな。ティエナ! そのまま俺を上下に動かすんだ!」
「ええっ!? そ、そんな真似をしたら私のお尻に擦れるじゃない!」
「もうちょっとなんだ。あと少しで奴を倒せそうな気がするんだ!」
「ほ、本当ね!? あああ、なんか気持ち悪いィ!」
実行された直後に、マーラの中で強烈な熱が漲る。膨張した欲望がそのままマナに変換され、剣身全体を覆う。
「今だ! 俺をグレーターデーモンに向けろ! このタイミングを逃すな!」
「わけわかんないけど、言う通りにしてあげるわよ!」
ここまできたら好きにしてくれとばかりに、ティエナはお尻から離したマーラの剣先をグレーターデーモンへ向けた。
「そして決め台詞だ! こう言え!」
「え、えええ!? なんか、それって」
「早くしろ! 手遅れになるぞ!」
「もう、わかったわよ! この……い、い、イッちゃえぇぇぇ!」
「ぬっおおおォォォ!」
指示された決め台詞をティエナが叫んだ刹那、マーラを中心に発生していた漆黒のオーラが収束し、剣身から一気に放たれた。




