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第26話 精根尽き果てるまで!

 肉体のエロさこそ至高と思っていたマーラに、強烈な電流を浴びせられたかのような痺れが走る。


「頑張ってくれたら……ご褒美までの時間をおもいっきり短縮しちゃうんだけどな」


 脳裏に蘇るご褒美の内容に、ますますマーラの滾り度がエスカレートする。


「頑張ります! 力の限り! 精根尽き果てるまで!」


 燃え上がる欲望の炎は、相手がグレーターデーモンであろうとも消せはしない。黙っていても笑いがこみあげてきそうなほど、マーラの高ぶりは凄まじい。比例するように、所有者であるティエナの肉体を中心とした能力も強化される。


 刀身から放出される黒いオーラを身に纏う格好になったティエナは、咆哮を発して前方のグレーターデーモンに突撃する。


 誰に剣技を習ったわけでもない貴族の令嬢なので、振りかぶったマーラを勢いよく下ろすという単調な攻撃しかできない。けれど爆発的に向上している身体能力のおかげで、難なく敵を撃破できる。


 レッサーデーモンクラスであれば。


 お返しするように地下室へ咆哮を響かせたグレーターデーモンが、伸びた爪でマーラを受け止める。


 一本を斬り落としたところで、人間の親指を抜かした手をしている敵の指は三本も残っている。一気に叩き落とするのは難しく、どうしても途中で剣の動きが止まる。


 ならばともう一度マーラを振り上げるも、その際にできた隙を見逃すほどグレーターデーモンは甘くない。


「何をしてる! 攻撃がくるぞ。後ろに飛べ!」


「え?」


 瞬時に意味を理解できず、ポカンとするティエナに、マーラを受け止めたのとは別の手が迫る。指には凶悪に尖っている爪が存在していた。


「悪しき魔の者よ。闇の世界に帰りなさい! ホーリーライト!」


 凛とした声が響いた直後、天井に発生した聖なる光がグレーターデーモンへ降り注いだ。まるで太陽にでも焼かれるように、敵は光から目を逸らして苦悶の声を上げる。邪気の塊のごとき肉体にダメージを与えるだけでなく、視界を奪う効果もあるみたいだった。


「レイシャルラさん? これが神聖魔法なのね。初めて見たけど凄い」


「感心してる場合か! 今のうちに敵を攻撃しろ。余裕を見せてられる相手じゃないんだぞ」


「わかってる!」


 返事をしたティエナが、両手に持ったマーラで突きを放つ。本来ならこれで終わりになるはずだった。


 しかし、敵が纏う黒い筋肉の鎧は想像以上に硬く、弾かれはしなかったが貫くには至らなかった。


「一撃で仕留めるのは無理か。すぐに俺を抜け。敵の肉体に埋まったまま手を離せばティエナは丸腰になる。嬲り殺しにされたくないだろ!」


「絶対にごめんよ!」


 素直に指示に従い、両手を後ろに引っ張ってマーラを抜く。その数秒後に、視界を回復させたグレーターデーモンが怒りで目を血走らせて腕を振るう。


 人間の倍近くはありそうな長さの腕を鞭みたいにしならせる。激突した石床が、粘土細工だったかのように、軽々と破壊された。


「ボディプロテクトをかけます。防御力が強化されますが、過信はしないでください。私と違って、ティエナさんは防具を装備してないのです」


 レイシャルラも全身鎧などで身を固める重戦士などと比べれば軽装備だが、それでも魔力を込められた白銀の胸当てで上半身を守っている。神聖騎士らしくガントレットやブーツなども魔法の防具だ。恐らくスリットの入った改造修道服にも何らかの効果があるのだろう。


 一方でティエナは鎧系は身に着けていない。戦闘を軽んじているわけでなく、単純にマーラを効果的に使うつもりだったからである。


 衣服越しとはいえ豊乳による左右非対称の華麗なダンスを披露されれば、当然のように興奮の度合いは増していく。


 おかげで、とても貴族令嬢とは思えない動きでティエナは敵の攻撃を回避できる。仮に食らったとしても、肉体防御も強化されているので致命的なダメージにはならないはずだった。


「わかった。ありがとう、レイシャルラさん。心配してくれて」


「甘いな」


「え? 何よ。どういうこと」


「ティエナは奴の真の意図に気づいてない。レイシャルラは私と違ってと言った。つまり鍛えられて引き締まった自分の肉体と違い、お前の体はだるだるのぶよぶよだと挑発したのさ」


「なっ――!? く……真の敵はレイシャルラさんだったのね」


 憤るティエナを呆れたように見つめ、レイシャルラが呟く。


「着実に毒されてきていますね。これも魔剣の影響なのでしょうか」


「俺にそんな力はない。単純にティエナの元々の性格だ」


 ティエナが反論しようとしたところで、俺を忘れるなとばかりに、ダメージから回復したグレーターデーモンが組んだ両腕による振り下ろしを見舞ってくる。


「ちょっと! せっかく与えた傷が治ってるんだけど!」


 ヒステリック気味にティエナが叫んだ。


「レッサーデーモンも再生能力を持ってただろ。それの上位種なんだから当然だ」


 レイシャルラも頷き、持っていたランプを近くのテーブルへ置いて、鞘を滑らせて白銀の剣を抜き取る。マーラには遠く及ばないとはいえ、彼女の愛剣もそれなりの魔力を帯びている。


 当初は教会へ応援を頼みに行く予定になっていたが、ティエナを単独で残すのは危険と判断したのだろう。剣を抜いたレイシャルラも本格的に参戦する。


「お喋りはあとにしましょう。まずは敵を倒せなくともダメージを与え、ミューリールの安否を確認します」


 レイシャルラがそう言った瞬間だった。重ねるようにして、透き通った声が場に木霊した。


「私の事なら心配いりません。この通り、元気にしています」


 宙に浮かぶ光る物体。それは禍々しい赤い光に覆われたミューリールだった。


「まさか……悪魔に体を乗っ取られたのですか……?」


 レイシャルラが声を擦れさせる。


「いいえ、違います。私がこのグレーターデーモンを使役しているのです」


 悪びれもせずにミューリールは言った。しっかりと両目を開き、霊体のごとく浮いている空中でショートボブの髪の毛を揺らす。


 相変わらず巨乳だが、今はそこに注目している余裕はない。それでも自然と視線が吸い寄せられてしまうのは、剣とはいえマーラが男の感覚を所持しているからだろう。


 そんなことをマーラが考えている間にも、側にいるレイシャルラとミューリールとの会話は続く。


「一体、何を言っているのですか、ミューリール。正気に戻ってください!」


「私は正気です。ウフフ。心配しないでください、皆様に危害を加えたりはしません。戦ってもらったのは、この悪魔の力を確かめるためです。マーラさんの庇護を受けたティエナさんと、神聖騎士のレイシャルラさんを同時に相手しても引けを取らないどころか、圧倒してもおかしくない戦闘能力。これこそ、私が求めていたものです」


 正気だと言われても、彼女を知っている者なら心配せずにはいられない。可愛らしい外見こそ変わらないが、瞳は狂気で血走っている。とても平常とは思えない。もしくは今の姿こそが、ミューリールにとって真の姿なのか。答えを知っているのはひとりだけだ。


「これで悪魔を殺せる。一体残らずぶち殺せる! 泣き喚く姿を見て、命乞いをさせて、惨めに潰してやる!」


 ミューリールらしい丁寧な口調も消え失せ、ますます狂っているとしか例えようのない有様になる。短い付き合いしかないマーラでも唖然としているのだ。ずっと一緒に行動してきたレイシャルラの驚きはもっとだろう。


「ど、どうなってんのよ、これ」


 事態を飲み込めていないティエナが、マーラに聞いてきた。


「さあな。ただ、あいつの言ってることが本当なら、グレーターデーモンを召還したのはミューリールだ。それも悪魔を殺すため? わけがわからんな」


 マーラの言葉が聞こえたのか、ミューリールが目をぎょろりと向けてくる。


「わけがわからない? どうして? 悪魔を殺すのに理由なんているの? いらないわよ、そんなの」


 とてもいびつにミューリールが笑った。


「悪魔が私の村を焼き、両親を殺した時みたいにね。殺したいから殺すの。滅ぼしたいから滅ぼすの。一体残らず塵芥にしてやるの! 邪魔をするなら、尊敬するレイシャルラさんであろうとも排除させてもらいます」


 ミューリールは本気だった。しかしそれを知っても、神聖騎士であるレイシャルラは一歩も引かない。しっかりと仲間の神官を見据え、はっきりとした口調で貴女は間違っていると告げる。


「悪魔を滅ぼしたくて神官になった動機は理解できます。ですが、そのために悪魔の力を借りてはいけません。最後に貴女の魂まで飲み込まれます」


「それが何か? この世界から悪魔を消滅させられるのなら、何でも差し出します。己の心だろうと思い出だろうと友人だろうと尊敬する女性だろうと、私はあァァァ!」


 両手を広げて叫んだミューリールに呼応して、グレーターデーモンが身の毛もよだつ雄叫びを放った。


 敵意と殺意が満ちた目で睨みつけるグレーターデーモンに慈悲の心はない。ミューリールが命じるままに、この場にいる全員を殺そうとする。


「説得は無意味だな。とりあえず、お仕置きも含めてミューリールの頭に一発キツいのをお見舞いしてやるべきだ。あいつが正気に戻れば、グレーターデーモンを何とかする方法もわかるかもしれないしな」


「基本的に暴力は好きではないのですが、それ以外に方法はなさそうですね。グレーターデーモンを無視して、敵を召還したと思われるミューリールを攻撃します。ですが、決して殺さないでください」


「当たり前だろ、あの巨乳は捨て難いからな。必ず俺の手に取り戻す! 手はないけど!」


「こんな時までスケベなことを考えられるなんて、ある意味アンタを尊敬するわ」言ったのはティエナだ。


「そうだろう。感動のあまり、もっと俺を滾らせてくれてもいいんだぞ」


「必要があったらそうするわ。私もミューリールさんの気持ちはわかるけど、だからといって悪魔なんかに頼ったりしたら駄目よ。自分が経験した悲劇を、他の人にも味わわせてしまうかもしれないもの」


 悲しげに伏せた目を、すぐにティエナは上げる。視界に捉えたのは、どうやっているのか宙に浮かんでいるミューリール。修道服を纏ってはいるが、今の彼女に神官らしさはまるでない。相応しい表現があるとしたら、それこそ悪魔神官である。

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