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第25話 汚れのない真っ白な下着で繋がれた仲じゃないか

 廊下で最初に出会った使用人に、レイシャルラが決して地下室へは入らないようにと告げ、出入口のドアを封鎖する。その後すぐに、三人でダイン家へ向かった。


 鍵はかかっておらず、使用人もいない。ティエナにとってはいつもと変わらない自宅のはずなのに、妙に緊張した様子を見せている。


 マーラがどうかしたのか問いかける前に、レイシャルラの呟きで理由が判明する。


「何なのですか、この邪気は……」


 声がかすれかけている。横目で見れば、レイシャルラの額どころか首筋にも多量の汗が滲んでいる。レッサーデーモンを前にした時でも、これほどは緊張していなかった。


 それだけ悪しき気配がするのだろうが、一方でティエナはどうして怯えているのかが気になった。


「ティエナに、敵の存在を察知するような力があったのか」


 最初に「ないわよ」というひと言が返ってきた。


「でもね、わかるの。もの凄く気持ち悪い。トルドールの屋敷へ行く前とは大違いじゃない。マーラにはわからないの?」


 ふむ、と考え込んで首を捻る。外見は変化がないので、マーラ自身の感覚でしかないが。


「さっぱりわからん。エロはなさそうだけどな」


「この状況でまだそのような発言をするのですか。ティエナさんはよく気が狂いませんね」


「慣れてはいないけど、諦めたわ。レイシャルラさんが望むなら、ディグルを探し出したあとでお返しするけど」


「必要ありません」


 にこやかな笑顔で断言されてしまった。


「そんなことより、早く中に入らなくていいのか? ディグルを探しつつ、ミューリールの様子を見るんだろ?」


「そうでした。ティエナさん、ランプをお借りできますか?」


「何だ。神聖魔法には、闇を照らすものとかはないのか?」


「残念ながら存在はしません。仮にあったとしても、先ほどから感じる邪気の持ち主と対峙するのを考えればおいそれと使用はできません。神に授かった奇跡には限りがあるのです」


 教会の関係者らしいレイシャルラの説明を聞きながら、ティエナは屋敷に入る。入口付近はまだ日の光が届くので明るい。


 ホールのすぐ右側にある小部屋のドアをティエナが開ける。どうやら、物置として使っているみたいだった。


 埃をかぶったランプをひとつ取り出し、後ろからついてきていたレイシャルラに手渡す。


 レイシャルラが、同じ室内にあった火打石を使ってランプに火をつけた。


「ミューリールがランプを持っているはずですが、地下は暗かったですし、予備としてもうひとつあってもよいでしょう。道中の安全も確保できます」


「別にランプを使わなくても、二人で俺を持てばいいだろ」


 何気なく発した言葉に、ティエナとレイシャルラが不思議そうな顔をする。


「え? もしかしてマーラに触れてれば、何人でも能力強化されるってこと?」


「さあ? 試したことないからわからないな。さっきのはふと思っただけだ」


「なるほど。ちょっと試してみる?」


 ティエナに言われたレイシャルラは、嫌そうに眉をひそめながらもマーラのグリップに指を伸ばした。


 触れた途端に、驚きを露わにする。どうだったとティエナが聞くまでもなく、レイシャルラにもマーラの影響が及んだのは明らかだった。


「ティエナはどうなんだ?」マーラが聞いた。


「変わらないわ。レイシャルラさんの能力が強化されたなら、誰でも触れば力を得られるってことね。便利なのか厄介なのかわからないけど。でもこれなら暗い道中でもランプはいらないわね」


 今度はティエナの台詞に対して、レイシャルラは疑問を生じさせる。


「多少の能力の強化は感じます。ですが、ランプが不要なほど夜目がきくようにはなっていません」


「あれ? どうなってんの?」


 ティエナがチラリとマーラを見てきた。


「俺に聞かれても困るが、もしかしたらそれぞれに強化される能力値が異なるんじゃないか? 例えば、今で言うならティエナは滾らせてくれてたが、レイシャルラはそうでもない。その分の差が出てるとかな」


「ありえますね」言ったのはレイシャルラだ。


「じゃあ、レイシャルラさんでマーラが滾れば、私には何の影響もないのね。せっかくだし……」


 言うが早いか、ギクリとしたレイシャルラのスリット部分をティエナが左手で掴んだ。


 片手にランプを持ち、もう片方の手でマーラを握っているレイシャルラは、咄嗟に反応しきれなかった。


 スリットの入ったロングスカートの前部分が持ち上げられ、純白の下着がお目見えする。


「な……な……なっ!」


「パンモロきたあァァァ! いやっふうゥゥゥ!」


 顔を真っ赤にするレイシャルラの前で、マーラは歓喜の雄叫びを上げる。


 屋敷全体に漂っているという邪気すらをも払えそうな気がするほど、マーラの剣身が熱くなる。


「何をするのですか!」


「あ、あはは。ごめん、ごめん。で、どうだった?」


 スカートを離したティエナが、やりすぎたかという感じで笑う。今頃になって復讐を恐れているのか、頬にひと筋の汗が流れている。


「確かにランプも不要なほど視界がクリアになりました。能力もレッサーデーモンを倒した時同様に強化されています。ですが! 私には不要な剣です!」


「そんなに嫌うなよ。汚れのない真っ白な下着で繋がれた仲じゃないか」


「下品かつ適当な発言はやめてください!」


 怒鳴りつけたあと、ランプで結構ですとレイシャルラはマーラから手を離した。


「しかし、いつなんどきアクシデントが発生するかわからない。ティエナだけでなく、レイシャルラも俺を扱えるようにしておいた方がいいだろう。あくまでも難局に対応するためだ。やましい気持ちはない。俺を信じてくれ!」


「……では、私はどうすれよいのですか?」


「もちろん素っ裸で――」


「やましい気持ちしか感じられません!」


 懸命な説得空しく、マーラの提案は一喝されて終わった。


 神聖騎士とは思えない足音を立て、ややがに股で先を急ぐレイシャルラの背中を、ティエナが追いかける。その際に、あれを毎日続けていたら捨てられるのも当然ねと冷めた口調で言われた。


「仕方ないだろ。何度も言うが、俺は女に滾らせてもらわないと役立たずなんだ。例えるなら、もの凄い武器を持ってるのに実践する場がない童貞ってところだな」


「うん。意味わかんないから捨てていい?」


「せめて溶岩以外にしてくれ」


 軽口を叩きながら、レッサーデーモンが空けた穴から地下へ向かう。道中、嫌な空気が漂ってくる。ここまでくればマーラにも、レイシャルラやティエナが怯えていた理由を理解できた。


「おいおい、とんでもないのがいそうだな。ミューリールは大丈夫なのか?」


「あの子は優秀な神官です。敵を地下室で足止めして、私が助けに来るのを待っています」


 迷いなく断言できるのは信頼の証。レイシャルラとミューリールの絆の深さが多少はわかった気がした。


 だがそんな小さな微笑ましさも、地下室へ到着するなり遥か彼方へ消え去る。広大な地下空間の中に存在していたのは、レッサーデーモンよりも禍々しさを増した巨大な怪物だった。


「あれはまさか……グレーターデーモン!?」


 レイシャルラの声が裏返る。グレーターデーモンがどのような魔物か教えてもらわなくとも、見ていれば理解できた。


 レッサーデーモンと似たような体躯でありながら、外見はまるで違う。比較対象にならないくらい、立派というか凶悪だった。


 巨大で猛々しい、黒光りした角が頭の左右に生えている。その背後にはわずかながらに小さい黒角がもう二本ある。それでも、レッサーデーモンのよりは立派だ。


 黒と灰色の中間のような肌の色は禍々しく、筋肉で膨れ上がった肉体は屈強そのもの。鋭い目は血の色に光り、真っ直ぐにこちらを見据える。


 背中にある肌と同じ色の大きな翼が、今にも羽ばたかんばかりに左右へ広がっている。手足の爪は伸び、口から覗く牙も獣とは比べものにならないくらい鋭い。


「噛まれただけで死んじゃいそうね」


 ティエナが息を呑んだ。マーラのおかげで強くなっていても、まともに戦ったら分が悪そうだった。


「グレーターデーモンは上位種の悪魔です。レッサーデーモンは極稀に偶然で呼び出せることもありますが、こちらは絶対に無理です。正しい知識と手順を要する儀式を行わねばなりません。その方法も一般には伝えられておらず、聖国をとりまとめる大神官様で知っているかどうかといったところでしょう」


「そんなに強いのか」


 グレーターデーモンから目を離さずに、レイシャルラがマーラの質問に答える。


「伝承によれば聖国のひとつの都市が、一体のグレーターデーモンに壊滅させられたそうです。退治したのは時の大神官様で、己の命を引き換えにした退魔の神聖魔法を駆使してなんとか消滅させたみたいです」


「おいおい。伝説の魔王みたいな奴じゃないか。勝ち目なんてないだろ。逃げて教会に応援を求めた方がよくないか?」


「その意見に賛成なのですが、実行できるかどうかは別の話になります」


 マーラたちを見ているグレーターデーモンが、口を大きく開けて顔を歪める。笑っているのだ。獲物を虐殺するシーンでも想像しているのだろう。


「……私が時間を稼ぐ。その間にレイシャルラさんは、教会と王国に応援を。私がお願いするより、ずっと効果がある」


「で、ですが!」


「大丈夫。私にはドスケベな魔剣がついるし。ね、お願い」


 そう言って頬を赤らめたティエナが、不意にマーラの剣身へ唇を寄せた。いわゆるキスだった。

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